特集:外国人材と働く多文化共生に向けた官民の取り組みが進む(浜松)
2019年9月4日
浜松市:多様性を都市の発展の活力に
静岡県浜松市に住む在留外国人数は2万4,336人に上り、人口(80万4,780人)の3.0%を占めている(2019年1月1日時点)。全国に20ある政令指定都市の中では、大阪市、名古屋市、京都市、神戸市に次いで5番目に多い水準だ。
浜松市では、1990年の「出入国管理及び難民認定法」の改正施行以降に在留外国人が急増し、2008年には3万3,326人に達した。その後の景気悪化の影響で外国人の数は減少したが、2016年からは漸増が続く(図参照)。浜松市全体の人口が微減傾向にあるのとは対照的だ。
在留外国人の増加や定住化を踏まえて、浜松市では外国人市民が地域づくりやまちづくりに参画し、活躍できる環境の整備を進めている。2001年に、浜松市は他の国内12都市とともに「外国人集住都市会議」を設立した。同会議では、定住化が進む外国人住民が地域経済を支える大きな力になっているとの認識に立ち、日本人住民と外国人住民との地域共生に向けて、国への政策提言に取り組んでいる。
同会議が2001年の「浜松宣言及び提言」で発表した外国人登録制度の改善は、2012年の同制度の廃止と住民基本台帳制度への移行という形で実現した。また、2018年12月に政府が取りまとめた「外国人材の受け入れ・共生のための総合的対応策」には、同会議が提唱する行政・生活情報の多言語化や日本語教育の充実などの施策が、「生活者としての外国人に対する支援策」として盛り込まれている。
浜松市は2017年、欧州評議会が主導する「インターカルチュラル・シティ・ネットワーク」に、アジアの都市として初めて加盟した。文化的な多様性が都市を発展させる経済や文化の活力になり得るという考えの下、世界34カ国・地域の136の加盟都市(2019年8月1日時点)間でノウハウ・知見を共有している。
例えば同ネットワークは、多文化共生に関する11項目について各加盟都市を評価し、「インターカルチュラル指数」として公表している。2017年の調査では、浜松市は100点満点中54点で、評価を実施した88都市のうち20位だった。同調査は単なるランク付けが目的ではなく、各項目について他の加盟都市でのベストプラクティスに言及するなどして、より良い取り組みを促している。
さらに、2018年には「第2次浜松市多文化共生都市ビジョン」を策定した。「異なる文化を持つ市民がともに構築する地域(協働)」、「多様性を都市の活力と捉え、発展していく地域(創造)」、「誰もが安全・安心な暮らしを実感できる地域(安心)」をキーワードに、外国人市民の支援と多文化共生に関する施策を推進している。浜松市は将来の人口ビジョンで、現在約80万の人口が、2040年には69万5,000人、2060年には56万4,000人にまで減少するとの見通しを示している。こうした中、協働、創造、安心は持続可能なまちづくりの観点からも重要なポイントだ。ジェトロ浜松が委員として参画している「浜松市“やらまいか”総合戦略推進会議(委員長:鈴木康友市長)」でも、多文化共生は重要テーマの1つに位置付けられている。
産業界:世界のグローバル人材から選ばれる都市を目指す
地元産業界も、外国人材の活用についての問題意識が高い。浜松経済同友会は2019年3月、「世界のグローバル人材から選ばれるまち『HAMAMATSU-浜松』を目指して」というテーマで経済サミットを開催した。
サミットでは、浜松経済同友会で政策副委員長(当時)を務めた石川雅洋氏(ソミック石川の代表取締役社長)が「浜松の産業がより一層活性化するためには、定住する外国人市民を含めたグローバル人材が活躍する環境づくりが必要」と強調した。具体的には、「浜松の企業とグローバル人材とのネットワークづくり」や「グローバル人材への教育を通じてスキルアップの機会を提供するなど安定した就労環境づくり」、「家族の生活環境、子女教育の環境を整備するなど、安心して暮らせるまちづくり」など、「共生・共栄」をキーワードにした取り組みを提言した。
浜松経済同友会では、提言の実現に向けた取り組みを継続している。外国人社員向けの企業内研修など、産業界が率先して対応すべき点を整理しつつ、行政や教育機関、国際交流団体との連携を提案する意向だ。
企業の取り組み:外国人社員向けに日本語教室を開催
実際に、外国人社員向け研修に積極的に取り組む企業を紹介しよう。現在、浜松経済同友会の政策委員長を務める石川社長のソミック石川だ。ソミック石川はボールジョイントやダンパーなどの自動車部品を生産しており、ボールジョイントでは国内シェアトップ、ダンパーでは世界シェアトップを誇る。世界6カ国に10工場を構えるなど、海外展開も積極的だ。同社の約1,700人の従業員のうち、外国人社員は約40人だが、期間社員や技能実習生を含めると約240人に上る。国籍はブラジルがもっとも多く、中国、インドネシア、タイなどが続く。
ソミック石川では、外国人社員を対象にした日本語教室を2015年度から実施している。これは、社内調査の結果、外国籍の社員の多くが、語学力の問題からコミュニケーション不足やすれ違いを感じていることが分かったためだ。「国境なき職場づくりプロジェクト」を立ち上げ、外部から講師を招いて日本語教室を開催し、外国人にとって分かりにくい工場内の表示や標識を学ぶなど、企業ならではのカリキュラムを組み込んだ。日本語教室のインタビュー練習に自ら参加した石川社長は「継続して取り組むことが重要」とバックアップする。2019年前期の日本語教室には11人が参加し、国籍はブラジル5人、中国5人、タイ1人。参加した社員の感想は「今後も続けてほしい」と評判も上々だ。
本プロジェクトを立ち上げ時から担当する保坂いくみ氏(人事総務部人財開発室推進グループ)は、日本語教室の目的は「日本語能力の向上だけではない」と話す。語学を生かしたコミュニケーションをきっかけに、「国籍を問わず、社内で働くすべての人が良好な人間関係を構築すること」が大切であり、「社内における多文化共生の実現」、「次世代のリーダーの育成」も目指している。さらに、「企業として取り組む以上、生産性の向上と企業利益にも寄与したい」としている。
このように、浜松市では定住する外国人市民が多いことから、自治体が多文化共生に向けた施策を積極的に進めている。また産業界も、外国人材を地域経済の活力として活用する必要性を認識している。「外国人材は労働者であるとともに、地域における生活者である」という視点を共有しながら、行政と産業界と企業が、他人任せにせず、それぞれが取り組むべきことを見いだして取り組む「浜松モデル」。外国人材との共生、協働を通じて都市の活力や成長につなげる先行事例になることが期待される。
- 執筆者紹介
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ジェトロ浜松 所長
志牟田 剛(しむた ごう) - 1999年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課、ジェトロ鳥取、ジェトロ・ワルシャワ事務所長、対日投資部外資系企業支援課などを経て、2017年7月から現職。共著『欧州新興市場国への日系企業の進出 -中欧・ロシアの現場から-』(文眞堂)など。