特集:外国人材と働く高度外国人材の活用を企業活動、地域経済の活性化につなげる(沖縄県の事例)
2019年8月19日
沖縄経済が好調だ。2018年に沖縄を訪れた観光客数は過去最高の984万人を記録。2019年もここまでは堅調に推移している。特に外国人客が急激に増加しており、2013年比で約5倍の290万人に達した。全国の景況感に減速の兆しが見える中、直近7月1日に日本銀行那覇支店が公表した短観の全産業の業況判断指数(DI)は、好調な観光需要を背景に、過去最長の29カ月プラスとなった。有効求人倍率、完全失業率ともに改善しており、業種によっては人手不足が深刻化している状況だ。人材も不足している。観光業界であれば、語学力だけでなく、外国人客に付加価値の高いおもてなしをできる人材、商業やIT産業では海外展開を担う人材の不足だ。リーディング産業の観光産業、IT産業の企業の取り組みを中心に、沖縄での高度外国人材の活用状況についてレポートする。
みえてきた高度外国人材獲得の課題
県内では、2016年度から一般財団法人沖縄観光コンベンションビューローが観光産業を対象に、2017年度からは沖縄県が県内の幅広い産業を対象に、アジアの高度外国人材の就職を促す事業を始めている。急増する外国人観光客へのサービスの質を高めることだけが、その目的ではない。沖縄県は、アジアの巨大市場と近接する沖縄の地理的優位性を生かし、成長著しいアジアの活力を取り込むことで自立型経済を構築し、日本とアジアの懸け橋となることを目的とした、経済戦略「沖縄県アジア経済戦略構想」を掲げており、県内外の企業の海外展開を沖縄から広げていくための人材の確保も、目的の1つとなっている。
沖縄県によると、高度外国人材の活用を巡っては、東京都や大阪府の取り組みが先行していたが、九州において留学生の九州域内での就職を促す動きが活発化したことを受けて、沖縄県でも同様の取り組みが必要と判断した。
しかし、県内の留学生数は、県内の大学で最も多くの留学生が在籍している琉球大学でも289人(2016年度。在留資格が「留学」の者)にとどまる。そのため、アジアの大学生や県出身の海外留学生をターゲットに、(1)国内の大都市圏や中国、韓国、東南アジア主要都市におけるジョブフェア開催による求職者募集、(2)有料職業紹介事業者らが参加した実証事業による高度外国人材の「人材バンク」構築と県内企業のマッチング支援、(3)県内企業への包括的なハンズオン支援と求職者への情報提供体制の整備を行ってきた。ウェブサイト「Work in 沖縄 」では、生活環境、就業までの流れ、仕事の探し方など、求職者に向けた情報を多言語で提供している。実証事業に参加した一部の事業者は、マッチングサービスを継続して行っている。
一連の取り組みを通じて課題もみえてきた。1つ目は、住居の問題だ。沖縄県によると、外国人によるアパートの賃貸が難しい事例がある。2つ目が、ミスマッチの問題だ。スキルアップ、キャリアアップの志向が高い高度外国人材に対して、採用側がキャリアパスを示すことができず、結果として採用に至らない事例が散見されたという。そして3つ目が、県外主要都市と比べて低い賃金水準だ。
実際、観光業の企業では、外国人材の獲得に積極的な動きが見られるものの、その確保は容易ではないようだ。WBFリゾート沖縄(豊見城市)によると、一般的な会社説明会で外国人材を引き付けることは難しく、チャンス(キャリア)の実現訴求型、会社のオリジナリティー訴求型、福利厚生の充実訴求型、親御さんの期待(満足)訴求型というように、さまざまな切り口で採用活動を行い、外国人材の採用に至ったという。
また、留学生数の多い中国など東アジアの賃金水準の上昇、国内では県内外の賃金水準の差を背景に、留学生の県内就職希望者が伸び悩んでいるという現実もあるようだ。宿泊客の4割が外国客のオキナワマリオットリゾート&スパ(名護市)によると、インバウンド観光が好調で、人手不足は深刻だという。同ホテルでは15人の外国人従業員を直接雇用しているが、日本語を上達させたいという従業員には、eラーニングや配置転換、地域交流への参加機会を設けるなど、給与以外のインセンティブを用意している。観光業界では外国人材の採用が他の業種に比べて進んでいるが、社員寮を用意できない中小事業者では、外国人材に限らず、人材そのものの確保に苦労しているようだ。
県内の有料職業紹介事業者によると、日本語や日本文化への理解力が高い留学生への需要は、観光産業を中心に根強い。一方で、県内の大学関係者によると、英語で受講可能な授業の数をグローバル化の指標として採用している大学が多いため、日本のことや日本語を学ぶ機会を持たない留学生が増えているという。
高度外国人材で海外の農業向けITソリューションに挑む
もう1つの沖縄のリーディング産業であるIT産業でも、高度外国人材を活用して海外展開を目指す動きがみられる。外資系企業向けのバイリンガルユーザーサポートやネットワークサポート、業務システム開発を手掛けるサムズインターナショナル(中城村)は、マレーシア人のエンジニアや、外資系金融機関でシステム開発を行ってきたバイリンガルの日本人エンジニアを採用して、農業向けITソリューションのインドネシアでの展開や、ハワイの福祉分野ITソリューションの国内への導入を進めている。米国人のエンジニアもパートタイムで雇用しており、3人体制で海外事業を進めている。同社の中村勇代表取締役は「沖縄にはIT関連企業が450社以上立地しているので、海外展開することで特徴を出したい。そのためにスキルのある人材を採用しようと考えた」と話す。同社は、これまでに外資系企業がクライアントのバイリンガル案件を手掛けてきたことから、クライアントやこれまでに築いてきた人脈を通じて、高度外国人材の紹介を受けて採用している。
マレーシア出身のエンジニア、ファビアン・トン氏は来日4年目。英語と中国語が堪能で、同社がインドネシアの東ジャワ州で導入を検討した「インドネシア版農業管理システム」の設計・開発と渉外を担当した。諸般の事情によりプロジェクトは中断しているが、同国の別のビジネスパートナーを発掘し、新たな情報通信技術(ICT)を活用した農業ソリューションの開発案件を並行して進めているところだ。トン氏によると、英語を日常的に話すマレーシア出身のエンジニアは、英国やオーストラリアなど英語圏で働くことは多いが、日本、そして沖縄で働くことはあまりないようだ。そのため同郷人はほとんどいないが、沖縄の生活環境には満足しているという。
「経済のグローバル化や、ITの活用により、従来の産業に新たな価値やビジネスを生み出す動きが活発化している今、バイリンガルのシステム開発や海外展開の必要性は高まるが、同時に高度な人材の確保や育成には時間もお金もかかるので、経営者の決意が必要」と中村氏は語る。同社の海外展開への挑戦は、受注型ビジネスモデルと言われる沖縄のIT産業の未来像なのかもしれない。
地域経済活性化につながる可能性も
人材不足を補うという点で、外国人材活用への認知度は高まっているが、高度な知識やスキルを持つ人材の不足を補うという点ではこれからだ。沖縄には、沖縄科学技術大学院大学(OIST)のような高度外国人材の宝庫もある。OISTでは、在籍する研究者の起業を促したり、スタートアップ・アクセラレーター・プログラムの提供を通じて世界中から優れた起業家を集めて支援したりするなど、沖縄を「科学技術により、イノベーションを起こす場所」と定義し、高度な知識を持つ外国人材を集めようとしている。高度外国人材の活用推進は、企業活動だけでなく、地域経済をも活性化させる起爆剤にもなり得る。
- 執筆者紹介
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ジェトロ沖縄 所長
西澤 裕介(にしざわ ゆうすけ) - 2000年、ジェトロ入構。ジェトロ静岡(2001~2004年)、経済分析部日本経済情報課(2004~2007年)、ジェトロ・サンホセ事務所(2008~2010年)、ジェトロ・メキシコ事務所(2010~2013年)、海外調査部米州課(2015~2017年)などを経て現職。