ウクライナ情勢下のロシアとEU経済の見通し
現地所長が解説(1)
2023年1月27日
ジェトロは2022年12月14日、「ジェトロ事務所長が語るグローバルビジネスの行方」シリーズのロシア・欧州セミナーを東京で開催し、ロシア・西欧の5事務所長が最新動向を報告した。前半の本稿では、モスクワ所長とブリュッセル所長による、ウクライナ情勢下でのロシアとEU経済の現状と見通し、EUのエネルギー政策を中心とした講演概要を報告する(後半「現地所長が解説(2)エネルギー危機下のドイツ、フ ランス、英国の経済政策」参照)。
対ロ制裁の効果は限定的だが、経済は大きく減速
モスクワ事務所の梅津哲也所長は、西側諸国の対ロシア制裁の効果やロシア経済の見通し、在ロシア外資系企業の動き、ビジネス上のリスクについて解説した。
梅津所長は対ロシア制裁の影響で発生した物不足は局所的、一時的なものであり、生活や治安状況に大きな変化はないが、産業への制裁の影響が強まれば、生活面への影響も出てくるだろうとの見方を示した。
今後のロシア経済は「低位安定」で推移する見込みだ。ロシア中央銀行や国際金融機関は2022年下半期に入り、ロシア経済成長率予測を同年の春先より上方修正したが、経済の落ち込みは長期化する可能性があるとしている。梅津所長は当初の予想ほどに経済が落ち込まなかった背景について、(1)これまで数度の経済危機を経た国内の産業・経済基盤の成長、(2)エネルギー資源価格の高止まりや資源採掘の好調、(3)中銀の適時・適切な金融対策で為替レートが安定したことを挙げた。
その一方で、2022年の経済減速は過去10年で最大となるとみられ、ロシアは欧米諸国による制裁への対応と、エネルギー資源の新規輸出先を見つけることが政治・経済上の課題となっている。産業面では外資系メーカーの撤退や製造停止が影響し、製造業も回復の足取りが重い。GDPの約半分を占める個人消費も減速しており、軍への30万人規模の動員や、10万人とも言われている国外脱出者も経済成長の懸念材料として挙げた。
ロシアはエネルギー資源に依存した貿易構造を持つ。歳入に占める資源関連収入は3~4割に上り、特に原油価格の動向が財政収支に大きく影響する。2023年の連邦予算は、ロシア産原油価格1バレル当たり70ドルを見込んでいるが、2022年12月時点でロシアの代表的な原油指標のウラル原油価格は50ドル台まで下がった。欧州市場の代表的指標の北海ブレント原油は12月時点で1バレル約80ドルで、ロシア産原油価格との乖離が発生している。今後、ロシア産原油価格と国際価格の乖離が広がれば、歳入や政府系基金の国民福祉基金などに悪影響を与える恐れがある。
リスク評価が大きく変化し、外資系企業はさまざまな可能性模索
ジェトロが2022年8月に実施した在ロシア日系企業のアンケート調査「ロシア・ウクライナ情勢下におけるロシア進出日系企業アンケート調査結果」(注1)や、各国の在ロシア商工会議所が実施したアンケート調査の結果(2022年6月21日付ビジネス短信参照)によると、在ロシア外資系企業は事業を継続、一時停止、撤退と、さまざまな対応をしているが、全体的には縮小傾向だ。ロシア市場での売り上げや利益率が欧州企業に比べて低いことも背景にある。
欧米企業の中には、存続のあらゆる可能性を模索している企業もあり、事業譲渡に買い戻し特約を付してロシアに戻る布石を打つ動きも見られる。他方で、日系企業も、当初もくろんでいたロシア市場の売り上げを別の地域でカバーすることが世界的な景気減速の影響から難しくなり、ロシア市場からの早期撤退はあらためて検討が必要との声が挙がり始めている。
梅津所長は今後のロシア経済を見る上での注意点について、カントリーリスクの判断基準が根本から変わったことを挙げた。ロシアは欧州向けガス輸出契約を一方的に変更し、欧州が承諾しなければガス供給を停止すると発表したことや、資源開発案件では投資家側に不利な条件を持ち出さないグランドファーザー条項がほごにされたことを例に、ビジネスの前提となる国に対する信頼に懸念が生じているとした。
今後のロシア経済の行く末を占うカギは、産業力が維持できるか、資源以外の収益源を持てるかにある。梅津所長は、ロシア企業の技術力は以前と比べて向上しているが、完全に撤退した欧米企業の技術を代替できるかは注視する必要があるとし、世界経済の減速でロシア産以外の原油価格も下がり、資源輸出による収入が今後もロシア経済を支え切れるかは不透明との見方を述べた。
EUの財政政策、加盟国間で対立構図あり
ジェトロ・ブリュッセル事務所の山崎琢矢所長は、ウクライナ情勢下のEU経済の現状と見通し、EUのエネルギー政策について解説した。
欧州委員会が2022年11月に発表した秋季経済予測(2022年11月18日付ビジネス短信参照)によると、EUの実質GDP成長率は、2022年に3.3%、2023年は0.3%と減速するが、その後徐々に成長を取り戻し、2024年には1.6%まで回復する見込み。ロシア産ガスへの依存度が高かったドイツやラトビアなどで、2023年の経済成長率の落ち込みが予測される。2022年のEUのインフレ率[消費者物価指数(CPI)上昇率]は9.3%の予測で、バルト3国と東欧諸国で非常に高く、2022年の年末にピークを迎えるとしている。
EUの金融政策に関しては、今後さらなる利上げが示唆される中、高債務国のイタリアなどの南欧諸国からは、資金調達コストの上昇を懸念する声が上がっている。
財政政策では、EU復興基金で総額7,500億ユーロが投入されたが、追加の資金を求める南欧・東欧諸国と、財政規律重視のドイツ、オランダ、北欧との間で対立がある。山崎所長は、今後のEUの財政政策について、加盟国間で意見の相違があるものの、ウクライナ侵攻への対処に結束の必要がある現下の状況などに鑑みると、追加基金の創設など何らかの財政緩和が図られ、まとまる方向にいくのではないかとの見方を示した。
ウクライナ情勢がEUのグリーン化の追い風に
山崎所長は続いて、EUのエネルギー政策を説明。総論として、脱炭素化はウクライナ情勢下でむしろ進んでいるとの見方を示した。
EUでは、ウクライナ危機以前の2021年7月に、温室効果ガス(GHG)削減を目指す政策パッケージ「Fit for 55」を発表。第1弾は13本の法律からなり、これらを2022年内または2023年明けに成立させるべく、欧州委、欧州議会、EU理事会(閣僚理事会)の3者間で最終調整を行っている。山崎所長は、自動車の二酸化炭素(CO2)排出基準の改正や炭素国境調整メカニズム(CBAM)を例に、よりグリーン化が進む方向で議論が進んでいると説明した。
ロシアは2022年2月からのウクライナ侵攻以降、欧州向けのガス供給を大幅に制限し、EUでもともと40%を超えていたロシア産ガスへの依存度は10月時点で7.5%程度まで低下。ガスの価格高騰による需要減や、11月の暖冬の影響で、12月時点でEU域内でのガス貯蔵率は約96%となった。一方で、現在の貯蔵量には、ロシアから以前に輸入したガス量も含まれているため、(1)次の冬季のガス不足への対応、(2)高騰するエネルギー価格への対応が欧州で現在の最大の政治・経済課題となっている。
EUが2030年までに削減予定のガス需要量は、ロシア産化石燃料依存からの脱却計画「リパワーEU」とFit for 55で示したものを合わせると、約3,000億立方メートルとなり、2021年時点のEUによるロシアからのガス輸入量(1,550億立方メートル)を超える。
エネルギー価格の高騰対策として、欧州ではさまざまな取り組みが実施されている。特にガスのプライスキャップ(上限価格)設定に関しては、EU内で議論を継続中(注2)。山崎所長は、自国のみでは十分な価格対策を講じることができない南欧・東欧諸国が導入に賛成する一方、ドイツ、オランダ、オーストリア、デンマークは慎重姿勢だとした。
リパワーEUでは、中長期的な脱炭素化の加速も大きな軸となる。山崎所長は、同計画でグリーン水素の域内生産の推進を発表して以来、EU内でのプロジェクト形成が加速しているとし、電解槽の製造能力拡大の動きや、補助金制度の実施を例に挙げた。
今回のセミナーは、オンデマンドで2023年2月21日まで配信している。視聴料は4,000円(消費税込み)で、ジェトロ・メンバーズは2,000円(消費税込み)で視聴できる。オンデマンド配信の申し込み方法や手続きの詳細は、ジェトロのウェブサイトを参照。
- 注1:
- ジェトロは2022年8月25~31日、モスクワ・ジャパンクラブ加盟企業とサンクトペテルブルク日本商工会加盟企業の202社を対象にアンケート調査を実施。107社から有効回答を得た(有効回答率53.0%)。対象社数は両組織に加盟する企業がいるため、重複を除いた企業数。
- 注2:
- 2022年12月19日、EU理事会はガスの上限価格を導入する市場修正メカニズム設置規則案に政治合意した(2022年12月21日付ビジネス短信参照)。
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
小野塚 信(おのづか まこと) - 2021年、民間企業勤務を経てジェトロ入構。
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
森 友梨(もり ゆり) - 在エストニア日本国大使館(専門調査員)などを経て、2020年1月にジェトロ入構。イノベーション・知的財産部イノベーション促進課を経て、2022年6月から現職。