新型コロナ禍2年目のアジアの賃金・給与水準動向
2021年のミクロデータを用いた月額基本給比較

2022年7月4日

ジェトロは毎年、海外進出日系企業を対象にアンケート調査を実施し、各国・地域の月額基本給の平均値を、米ドル建てに換算して比較している。本稿では2021年の日系企業の賃金ミクロデータを利用し、新型コロナ禍2年目となった同年の各国・地域の賃金水準の変化や、今後の見通しを考察する。

通貨チャット安で目立つミャンマーの低廉さ

本稿では、ジェトロが2021年8~9月に中国・タイ・ベトナム・インドなど、アジア・オセアニアの20カ国・地域に進出する日系企業に対して実施した2021年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)のデータを用いて、アジア各国の賃金水準を比較する。ジェトロは同様の手法により、2019年と2020年の調査結果をもとに、レポートを作成している(2020年4月16日地域・分析レポート2021年5月12日地域・分析レポート)今回の調査では2021年8月時点の職種別賃金を聞いており、為替レートも同月の期中平均を利用した(注1)。

日系製造業の作業員(正規雇用の実務経験3年程度の一般工と定義)の月額基本給の中央値と平均値を算出すると、図1のとおりとなる。全体で最も中央値が低いのはバングラデシュで、98ドル(前年比10.1%減)となった。続いて、ミャンマーが121ドル(19.3%減)、スリランカが123ドル(3.2%増)、ラオスが136ドル(8.6%減)となった。この4カ国のうちスリランカを除く3カ国で、中央値は前年より下落した。特にミャンマーでは通貨チャット安が進行した影響から、他国に比べて低廉さが目立つようになった。

図1:製造業の作業員・月額基本給(2021年)
(中央値と平均値の比較、単位:ドル)
全体で最も賃金水準が低いのはバングラデシュで、98ドルだった。続いて、ミャンマーが121ドル、スリランカが123ドル、ラオスが136ドルとなった。

注:カッコ内は有効回答企業数。
出所:2021年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)データから集計

中国の中央値の540ドルを100とした場合、マレーシアは78、タイは73、インドネシアは69となり、ASEAN主要国ではおおむね中国の7~8割の賃金水準だ。また、インドが50、ベトナムは46、フィリピンは44、カンボジアが39で、この4カ国の賃金水準は中国の半分以下(4~5割程度)となっている。さらに、ラオス(25)、スリランカ(23)、ミャンマー(22)、バングラデシュ(18)では、人件費が中国の4分の1から5分の1という状況だ。

作業員の月額賃金、インドネシアとベトナムは一定範囲に集中

続いて、日本企業の主要投資先であるベトナム、インドネシア、タイ、中国の4カ国について、製造業の作業員の月額賃金分布(密度曲線)を比較する(図2参照)。まず、ベトナムは200~250ドル、インドネシアは350ドル付近に回答が集中している。この2カ国では、平均的な相場から大きく外れている企業は少ない。

図2:日系製造業の作業員・月額基本給のデータ分布の比較
ベトナムは200ドル~250ドル、インドネシアは350ドル付近に回答が集中している。他方、タイの場合は分布の凸が低く、350ドル付近が最も集中しているが、450ドル、600ドル付近という企業も一定程度みられる。また、中国の場合は450ドル~500ドル付近が多いが、凸がさらになだらかとなっている。

注:分布の各値の合計は1となる。一部の異常値は除いている。
出所:2021年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)データから集計

他方、タイはベトナムやインドネシアと比べて、分布の凸が低く、350ドル付近が最も集中しているが、450ドル、600ドル付近の企業も一定程度みられる。中国の場合は凸がさらになだらかとなっており、450~500ドル付近が多いが、業界や地域によって水準にばらつきがあるとみられ、賃金水準はベトナムやインドネシアなどに比べて一般化しづらい状況となってくる。

工業地帯の賃金水準、同じ地域はどこか?

作業員の賃金水準(中央値)について、細かい地域分類でデータを確認する(表1参照)。有効回答数が10社以上の地域(注2)をみると、バングラデシュ(98ドル)、ミャンマー(121ドル)、ラオス(136ドル)、パキスタン南部のシンド州(171ドル)に続いて、ベトナムの北部と中部の地方省が賃金水準の低さが目立つ。ハナム省が194ドル、ハイズオン省、ダナン市、バクニン省は216ドルなどで、カンボジア(210ドル)に近い水準となった。また、フィリピンの工業集積地帯のカラバルソン地域(カビテ州、ラグナ州、バタンガス州など)は239ドルと、ベトナムのハノイ市(241ドル)と水準が変わらなかった。

タイの工業地帯のチョンブリ県、ラヨン県、チャチュンサオ県からなる東部経済回廊(EEC)は393ドルと、インドネシアの工業地帯の西ジャワ州(384ドル)と同水準となっている。この水準は中国の武漢市(463ドル)や深セン市(455ドル)に比べると、約15%程度低い計算となるが、東莞市(378ドル)は同水準にあるといえる。中国は北京市の1,274ドルを筆頭に、同一国内でも都市によって大幅に水準が異なる点は留意したい。

表1:作業員の月額基本給 地域別比較(省・州・都市圏別、単位:ドル、%、社)(△はマイナス値、-は値なし)
順位 国・地域名 地域(省・州・都市圏) 月額基本給中央値 平均値 有効回答数
中央値 前年比
1 バングラデシュ バングラデシュ 98 △ 9.7 105 18
2 ミャンマー ミャンマー 121 △ 19.5 168 23
3 ラオス ラオス 136 △ 8.7 145 10
4 パキスタン シンド州 171 169 11
5 ベトナム ハナム省 194 12.7 208 13
6 カンボジア カンボジア 210 5.0 215 21
7 ベトナム ハイズオン省 216 1.0 240 12
8 ベトナム バクニン省 216 0.2 239 14
9 ベトナム ダナン市 216 2.3 220 11
10 ベトナム ハイフォン市 225 △ 10.3 259 28
11 フィリピン カラバルソン 239 △ 2.8 274 21
12 ベトナム ハノイ市 241 △ 6.8 265 35
13 ベトナム フンイェン省 243 12.7 264 26
14 ベトナム ホーチミン市 244 △ 15.5 257 18
15 ベトナム ロンアン省 251 △ 10.4 271 10
16 インド タミル・ナドゥ州 256 6.2 247 17
17 ベトナム ビンズオン省 265 3.2 293 37
18 インド ハリヤナ州 270 △ 14.4 329 16
19 ベトナム ドンナイ省 273 5.6 290 44
20 インドネシア バンテン州 333 △ 2.0 351 12
21 タイ その他 363 △ 5.7 410 121
22 インドネシア ジャカルタ首都圏 374 10.1 423 19
23 中国 東莞市 378 △ 12.7 462 23
24 インド カルナータカ州 378 40.9 403 23
25 インドネシア 西ジャワ州 384 7.4 391 100
26 タイ 東部経済回廊 393 △ 5.5 419 85
27 中国 深セン市 455 26.2 595 12
28 中国 大連市 463 0.3 506 18
29 中国 武漢市 463 △ 7.0 572 19
30 中国 佛山市 463 14.6 486 12
31 マレーシア セランゴール州 474 20.3 496 37
32 タイ バンコク 483 0.6 536 37
33 中国 青島市 587 35.5 705 25
34 中国 広州市 605 4.8 669 19
35 中国 重慶市 633 7.1 669 13
36 中国 天津市 656 42.0 711 11
37 中国 蘇州市 772 52.8 765 26
38 中国 上海市 926 35.1 1,124 15
39 台湾 桃園県 1,149 12.5 1,200 11
40 中国 北京市 1,274 35.6 1,369 12
41 台湾 台北市 1,436 24.1 1,543 21
42 シンガポール シンガポール 1,845 1.0 1,929 51
43 香港 香港 2,184 5.8 2,199 27

注:有効回答数10社以上の地域のみ。
出所:2021年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)データから集計

非製造業のスタッフ賃金水準、中国で10%上昇

次に、非製造業のスタッフ(正規雇用の実務経験3年程度の一般職と定義)の賃金水準について確認してみる(図3参照)。スタッフ月額基本給の中央値が最も低かったのはパキスタンで、341ドル(前年比33.0%増)だった。続いて、ミャンマーが367ドル(16.6%減)、スリランカが402ドル(6.2%増)、ラオスが418ドル(24.4%減)の順となった。前回調査(2020年度)で初めて1,000ドルを超えた中国は、前年比10.0%増と上昇が続き、1,112ドルとなった。中国を100とすると、マレーシアは約8割、タイは約7割、ベトナムは約6割、インドは約半分、カンボジアとラオスは約4割、ミャンマーとパキスタンが約3割の水準だった。

図3:非製造業・スタッフの月額基本給(2021年)
(中央値と平均値の比較、単位:ドル)
中央値が最も低かったのはパキスタンで、341ドル(前年比33.0%増)となった。続いて、ミャンマーが367ドル(16.6%減)、スリランカが402ドル(6.2%増)、ラオスが418ドル(24.4%減)の順となった。

注:カッコ内は有効回答企業数。
出所:2021年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)データから集計

地域レベルのスタッフの賃金水準(中央値)を確認すると(表2参照)、最も低かったのは前年同様にパキスタンのシンド州(328ドル)だった。続いて、ミャンマー(367ドル)、スリランカ(402ドル)、インドネシアの西ジャワ州(417ドル)、ラオス(418ドル)の順だった。反対に、最も高いのはオーストラリアのビクトリア州(3,887ドル)で、ニューサウスウェールズ州(3,703ドル)、ニュージーランド(3,489ドル)、シンガポール(2,657ドル)、韓国のソウル市(2,472ドル)と続いた。

表2:スタッフの月額基本給 地域別比較 (省・州・都市圏別、単位:ドル、%、社)(△はマイナス値)
順位 国・地域名 地域(省・州・都市圏) 月額基本給中央値 平均値 有効回答数
中央値 前年比
1 パキスタン シンド州 328 37.7 497 13
2 ミャンマー ミャンマー 367 △ 16.8 416 116
3 スリランカ スリランカ 402 6.1 418 11
4 インドネシア 西ジャワ州 417 2.3 443 19
5 ラオス ラオス 418 △ 24.1 479 12
6 カンボジア カンボジア 450 0.0 491 47
7 バングラデシュ バングラデシュ 477 15.6 557 20
8 フィリピン マニラ首都圏 498 △ 13.2 557 25
9 インドネシア ジャカルタ首都圏 511 7.5 557 106
10 インド デリー準州 540 △ 9.8 629 21
11 インド カルナータカ州 540 3.2 636 19
12 タイ その他 604 △ 24.6 673 26
13 ベトナム ハノイ市 648 9.8 706 132
14 ベトナム ホーチミン市 648 0.2 715 141
15 インド ハリヤナ州 675 19.9 719 43
16 マレーシア セランゴール州 711 △ 15.0 849 23
17 タイ バンコク 816 1.8 852 172
18 中国 成都市 849 17.6 891 12
19 中国 青島市 926 7.0 1,022 20
20 中国 大連市 926 7.0 1,037 20
21 マレーシア クアラルンプール 949 △ 0.8 958 34
22 中国 広州市 1,030 1.9 1,155 12
23 中国 武漢市 1,081 10.3 1,240 15
24 中国 上海市 1,390 20.3 1,441 41
25 中国 北京市 1,430 13.9 1,576 48
26 台湾 台北市 1,605 12.2 1,687 97
27 香港 香港特別行政区 2,312 △ 0.4 2,506 236
28 韓国 ソウル市 2,472 4.8 2,459 32
29 シンガポール シンガポール 2,657 3.9 2,823 274
30 ニュージーランド ニュージーランド 3,489 5.7 3,752 17
31 オーストラリア ニューサウスウェールズ州 3,703 △ 0.8 4,120 42
32 オーストラリア ビクトリア州 3,887 △ 10.1 3,950 12

注:有効回答数10社以上の地域のみ。
出所:2021年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)データから集計

最低賃金引き上げやインフレによる賃金上げに注意

2021年は新型コロナウイルスのデルタ型変異株拡大に伴う操業規制の強化などで稼働率が低下した影響を受け、特に製造業ではASEANの多くの地域で賃金が横ばいに推移、あるいは下落した。他方、マレーシア、インドネシア、中国など、賃金上昇が続いた国・地域もあった。

しかし、2022年以降、各国・地域で入国規制が緩和され、経済活動が新型コロナ前の状況に戻りつつある。そのような中、最低賃金を引き上げる動きも出てきた。マレーシアでは5月から25%引き上げられたほか(2022年5月2日付ビジネス短信参照)、ベトナムでは7月から平均6%(2022年4月14日付ビジネス短信参照)、ラオスでも8月から9.1%引き上げられる(2022年6月21日付ビジネス短信参照)。また、インフレ進行によって従業員からの賃上げ要求が高まることも懸念され、労務コストを取り巻く状況に注視が必要だ。


注1:
アンケートに基づいて実態に近い数値を確認できる一方、有効回答数が少ない国では、実施年によって平均値などが大きく変動する点に留意が必要。
注2:
バングラデシュはダッカ周辺、ミャンマーはヤンゴン周辺に日系企業が集中しているため、両国では細かい地域区分をしていない。また、回答数が少ない国・地域は細かい都市区分をしていない。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、ジェトロ・カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
山口 あづ希(やまぐち あづき)
2015年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産・食品課(2015~2018年)、ジェトロ・ビエンチャン事務所(2018~2019年)を経て現職

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