特集:外国人材と働く介護などで始動、インド人技能実習生
2019年11月29日
インドの技能開発・起業促進省と、日本の外務省ならびに厚生労働省が2017年10月に締結した技能実習制度開始の協力覚書に基づき、農業や建設、機械関係や介護などの対象職種で3~5年間、インド人の日本での技能実習が可能となった。インドでは現在、大学や日本語学校、経済団体や企業などの20以上の送り出し機関が認定され、技能開発・起業促進省と民間が共同出資する国家技術開発公社(NSDC:National Skill Development Corporation)がTITP(インド技能実習制度)の実施監督機関として機能している。2018年7月には、技能実習生の第1期生が初めて訪日した。
良好な関係も、いまだに身近とはいえない日本とインド
13億超の人口を抱えるインドは、その半分以上が25歳以下と若く、15~64歳の労働人口は6割以上に達する、世界有数の人材の宝庫といえる。一方、インド国内における国民の就職状況は必ずしも良いとは言えない。非正規労働者などが多く、インドの就労状況の実態を把握することは困難であるが、雇用創出は政府の一大目標になっている。
国内での働き口に恵まれなかった若者の選択肢になるのが、海外での就労だろう。この場合、まず候補となるのは英語圏の国々だ。インドは英国植民地支配下にあった影響で、英語が準公用語となっており、話者人口では米国に次ぐ世界2位と言われている。英語圏、また英語が広く使われている国には、インド人コミュニティーが発達しており、親類などが留学、居住しているといった場合も多く、インド人にとって身近な存在だ。米国、英国、オーストラリア、アラブ首長国連邦などの中東諸国、シンガポール、マレーシアなどのアジア諸国がその代表格だ。
その半面、日本での就労は言語の違いがハードルとなり、いまだに一般的でない。インドでは、日本に対して悪いイメージを持たれていることはほとんどなく、日印の政治関係も良好だが、両国民は互いにとって、気軽に行き来できるほどの身近な国ともいえない。法務省の在留外国人統計(2018年12月)によると、日本に滞在する外国人のトップは中国の95万8,000人、これに韓国(54万4,000人)、ベトナム(33万7,000人)、フィリピン(30万8,000人)、ブラジル(20万4,000人)が続き、インドは3万8,423人で13位となっている。同じ南アジアでも、ネパールは人口約2,930万人ながら、日本の在留人数は9万1,521人の9位で、インドの2.4倍に上っている。
これまでに100人以上が来日
日本に在留するインド人が伸び悩む中、2019年10月時点で、派遣前などの実習生の数を含め、これまでにインド国内で研修に参加した技能実習生数は718人で、実際にインドから日本に派遣された実習生は109人、2019年度(2019年4月~2020年3月)の全体では191人に上る見込みだ。現在、インド人実習生は介護、機械整備などの職種に従事することが多く、月に11万~18万円程度の給与が支払われている。NSDCの担当者にインド人技能実習生にとっての日本での就労の魅力を聞いたところ、「生活条件が良く、安全な点」が挙げられた。一方、日本人とインド人の相互の理解が進んでいない点に言及し、一番の課題は「インド人技能実習生の受け入れ先の確保」だという。
外国人材の受け入れにおいて、日本では以前からなじみの深い中国人に加え、昨今はベトナム人、フィリピン人、インドネシア人などが一般的になっている。しかし、「インド人は受け入れの経験がないため、すぐに受け入れてくれる機関がまだ少ない。日本でワークショップなども開催しているが、まだ不十分で、引き続き広報に注力していく必要がある」と述べた。これまで派遣したインド人技能実習生の日本での評価はおおむね良く、一度派遣した先からは「また、インドの実習生を派遣してほしい」という声も聞こえていると言う。今後は、さらにインド人実習生派遣の機会と魅力を日本で発信していくことが重要であるようだ。
インド人実習生でWin-Winの関係
技能実習制度の送り出し機関の1つ、NAVIS ヒューマン・リソーシーズ(以下、NAVIS)は、インドで17年間にわたり、主に企業向けの日本語・英語や日本のビジネスマナー研修を展開する、インド人の人材育成・紹介派遣企業だ。同社は、技能実習制度を使った介護人材の送り出しに特化している。同社では、介護の知識を習得した人材を送り出すため、実習生は全て看護師から選定し、日本語研修を実施した上で、日本へ送り出している。同社は2019年3月に初めて、インド人看護師を介護人材として日本に送った。現在、日本で働く実習生は16人で、2019年の送り出し数は31人となる見込みだ。同社の鴛渕貴子チーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)は「インドには就業現場で得られる技術力が足りない、日本には人が足りない。両国が技術と人を補完し合うことでWin-Win(ウィンウィン)の関係が構築できる」と語る。同氏はインド人材の魅力の1つとして、言語習得能力の高さを挙げる。「日本での生活、特に介護の現場では日本語でのコミュニケーションが欠かせないため、実習生の要件となる日本語能力試験のN4レベルは当然ながら、さらに上級のN3まで取得して送り出すことを目標としている」という。インド人は幼少のころから母語、英語とヒンディー語、タミル語など地域の主要言語などを操り、日本人と比べると多言語を利用することに慣れているため、日本語の習得も早いようだ。ベトナム、インドネシアの実習生はN3レベルの合格に1年半から2年かかるといわれるが、NAVISでは現状5カ月で合格させており、「今後、その期間をさらに短縮し、人材輩出を加速していく」と意気込む。
選び抜かれた人材を派遣
鴛渕CMOは直面する課題として、NSDCの担当者と同様、「日本側でのインド技能実習生を活用する企業を増やすことが重要だ」と認める。派遣した実習生の日本での評価が今後の実習生送り出し増加につながってくるからだ。「はじめに選考した実習生は、1,200人の看護師の中から数十名を選んだ。その中でも、研修についていけず辞めてしまう候補生もおり、最終的に派遣された実習生は選び抜かれた人材だ」とした。続けて、「派遣後も問題がないか、逐次フォローをしており、現在のところ特段の問題は発生しておらず、受け入れ先からも、職場の雰囲気が明るくなったなど、良い評価を得ている」とのことだ。
当実習制度における運営上の改善点として、鴛渕氏は「ビザの発給期間の短縮」を挙げた。「実習生はそれまで就労していた職場を退職して研修に参加しているため、無給の状態をできるだけ短縮したい。ビザの発給は、現在申請してから早くても2カ月程度かかっている」と言う。サウジアラビアやイラク、イスラエル、英国などは、インド人看護師にいち早く注目しており、国を挙げて看護師獲得のための自国のPRをしたり、派遣プロセスを簡素化し、受け入れ先の決定後、速やかに渡航できるシステムを構築したりしているそうだ。鴛渕氏は「日本は特に日本語を習得しなければならない高いハードルがあり、他国を上回るメリットをインド人看護師にPRする必要がある」と強調する。
日本が実習先として選ばれるための、日本の魅力をインドで発信することも重要だ。鴛渕CMOは「日本の介護現場経験と技術を習得したインド人看護師が数年後インドに戻り、そしてさらに世界で活躍する人材の橋渡しをしていく」とした。続けて、「外国人の人材が日本の現場の技術を通して海外で広く活躍することは、「ジャパン・ブランド」を広げることを意味し、わが社のミッションでもある」と話した。
※NAVISの実習生の研修・日本での生活の様子を記録した(YouTube )も閲覧可能。
他分野に広がる活躍の場
インドの産業界で、存在感が際立つのが自動車産業だ。この分野でも、インド人材の日本の技術の習得が期待されている。インド市場はマルチスズキがシェアの約半分を確保し、サプライヤーを含め多くの日本企業が活躍している。自動車業界でも、NSDCの傘下に自動車技術開発協会(ASDC:Automotive Skills Development Council)があり、自動車業界における人材の技能向上に努めている。ASDCは自動車関連の研修機関を取りまとめ、指導者の育成、カリキュラムの作成、研修基準の設定などを実施している。現在、同分野では日本に実習生を送るといった取り組みはないものの、ASDCは今後の実習制度の導入に意欲を示している。同協会のアリンダム・ラヒリCEO(最高経営責任者)は「日本では言語の習得が課題の1つとなるだろう。日本語の基礎の習得は必要だが、サービスエンジニアなどであれば、高等な日本語能力は必要ないので、今後検討できる分野ではないか」と語った。
さまざまな分野で、今後の活躍が期待されるインド人技能実習生。日本とインド両方での認知度を高めることで、制度利用の拡大が期待される。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ニューデリー事務所
古屋 礼子(ふるや れいこ) - 2009年、ジェトロ入構。在外企業支援課、ジェトロ・ニューデリー事務所実務研修(2012~2013年)、海外調査部アジア大洋州課を経て、2015年7月からジェトロ・ニューデリー事務所勤務。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ニューデリー事務所
ミナクシ・ベルワール - 2003年8月よりジェトロ・ニューデリー事務所勤務。所長秘書業務、渉外を主に担当。