特集:外国人材と働く日本企業とインドネシア人材のマッチングに大きな可能性
2019年11月28日
ASEAN域内で最大の経済大国インドネシア。政府は若年層の失業対策として、教育や職業訓練に関する予算拡充、インターンシップの強化など人材育成に積極的で、日本の特定技能制度に期待を示す。国民も中等教育の第2外国語で日本語を選択するなど日本への関心が高い。豊富な労働力を有するインドネシアだけに、日本側からもインドネシア人材への期待は大きい。
豊富な労働力から人材送出国として期待
インドネシアは、東南アジア最大の経済規模(名目GDP 1兆ドル)を有し、東南アジア唯一のG20メンバー国だ。人口は約2億6000万人で、世界第4位の人口規模となる。今後さらなる人口増加とともに、人口ボーナスが2030年まで続くと予想されており(図1参照)、所得水準も増加していくことが見込まれていることから(図2参照)、豊富な労働力と旺盛な消費によって、引き続きインドネシア経済が成長していくことが期待されている。また、図2からは所得の低い世帯層は今後も依然として多いことがわかる。こうした層はより富を求めて海外に働きに出る動機を持つ層を形成する。このように豊富な労働力に加えて、低い所得層の存在はインドネシアの人材送り出し国としての可能性を高めている。
図1:人口構造
出所:国連 世界人口予測・2019年版
労働市場の課題とインドネシア政府の対策
(1)製造業の規模拡大と就業者増加が必要
インドネシアの産業別就労者数をみると、農林水産とサービス関連に多くの就労者が属している(表参照)。製造加工の就労者は1,792万4,002人(14.1%)にとどまり、産業構造の高度化や輸出促進の観点から、製造業の規模拡大や就労者の増加が必要とみられている。
(2)若年層の失業率対策が課題
失業率は年々減少傾向にあり、2018年8月時点では5.34%となっている(図3参照)。年齢グループ別の失業率では、15~19歳は26.67%、20~24歳は16.73%、25~29歳は6.99%となっており(図4参照)、若年層の失業率が高く、インドネシア政府としても若年層の失業率対策が課題となっている。また、地域別失業率で、例えば、西ジャワ州8.17%、バンテン州8.52%など、一部の地域では失業率が高い状況だ。さらに学歴別では、職業高校(SMK: Sekolah Menengah Kejuruan)卒業生の失業率が高い。そのため、インドネシア政府は職業訓練の充実に力を入れ、例えば、工業省はLink & Matchプログラムの下で職業高校の教員や学生のインターンシップなどを促進している。
業種 | 人数(人) | 割合(%) |
---|---|---|
農林水産 | 38,700,530 | 30.5% |
採掘採石 | 1,383,508 | 1.1% |
製造加工 | 17,924,002 | 14.1% |
電気・ガス・蒸気/熱水・冷気調達 | 343,948 | 0.3% |
給水、廃棄物およびリサイクル管理、廃棄物および廃棄物処理・清掃 | 435,909 | 0.3% |
建設 | 7,058,350 | 5.6% |
卸売業および小売業、車とオートバイの修理・メンテナンス | 23,546,668 | 18.5% |
運輸、倉庫 | 5,094,619 | 4.0% |
飲食、ホテル | 8,095,891 | 6.4% |
情報通信 | 998,373 | 0.8% |
金融サービス・保険 | 1,695,697 | 1.3% |
不動産 | 268,399 | 0.2% |
会社サービス | 1,582,911 | 1.2% |
行政、防衛および社会保障 | 5,348,057 | 4.2% |
教育サービス | 6,310,134 | 5.0% |
健康・社会福祉活動 | 2,013,513 | 1.6% |
その他のサービス | 6,267,326 | 4.9% |
合計 | 127,067,835 | ― |
出所:インドネシア中央統計局(BPS)
(3)技能レベルや教育水準の高い労働者を
インドネシアでは、就労者の57%がインフォーマルセクターに、43%がフォーマルセクターに属している。就労と学歴の関係をみると、インフォーマルセクターは中学校以下の学歴が75.6%を占める。フォーマルセクターは、大学やポリテニックといった高等教育以上が24.0%、普通高校が23.0%で、学歴が高いほどフォーマルセクターに属する傾向があることがうかがえる(図5参照)。今後、Industry 4.0などによる産業高度化や労働生産性向上を実現していく上で、インドネシア政府は技能レベルや教育水準の高い労働者を増やしていくことが必要としており、教育や職業訓練に関する予算の拡充、人材育成・研究開発に対する減税制度の導入などを進めている(2019年8月15日付ビジネス短信参照)。
(4)日本の特定技能制度に期待
2019年6月25日、石井正文駐インドネシア大使とムハンマド・ハニフ・タギリ労働相との間で、日本の在留資格「特定技能」を有する外国人に係る制度の適正な運用のための基本的枠組みに関する協力覚書の署名式が行われた(2019年6月27日付ビジネス短信参照)。インドネシア政府はインドネシア人材の就労機会の確保とスキルアップの観点から、特定技能制度に大きな期待を寄せている。素形材分野や介護分野、建設分野など14分野で、インドネシアを含む9カ国から5年間で34万5,150人(上限)の受け入れが見込まれるうち、インドネシアから7万人程度を送り出したいという意向を有している。
外国で就労するインドネシア人の推移をみると、2017年時点で26万2,899人となっている(図6参照)。主な就労国・地域は、マレーシア、台湾、香港、サウジアラビア、シンガポールだ(図7参照)。主な就労業務はハウスメイドやプランテーションワーカーなど。学歴別では中学校以下の割合が多い。
日本の法務省在留外国人統計では、2018年12月時点のインドネシア人の技能実習生は合計2万6,914人(技能実習1号から3号の合計)と報告している。
日本での就労に対する期待と不安
(1)多くは中等教育の第2外国語で日本語を習得
日本企業は1970年代当初からインドネシアに投資を続けており、例えば、四輪車および二輪車で9割以上のシェアを占めるなど、インドネシアでのプレゼンスを有している。そのため、インドネシア人が現地の日本企業での就労可能性を高めるために、インドネシア人学生が中等教育での第2外国語として日本語を選択するケースが多い。日本の国際交流基金が2015年度に実施した「海外日本語教育機関調査」によると、インドネシアは中国に次いで2番目に日本語学習者数が多い国となっている(中国:95万3,283人、インドネシア:74万5,125人)。一方で、この調査によると、インドネシアの日本語教員数は少なく(中国:1万8,312人、インドネシア:4,540人)、国際交流基金の日本語パートナーズ事業などの取り組みを通じて日本語教育の支援が行われているところだ。
(2)日本での就労への関心は高いものの心配も
10月上旬にジャカルタとバンドンで実施した海外ジョブフェア(経済産業省委託事業の下、ジェトロとパソナ社が実施)では、2カ所合計で約1,350人の参加があり、日本での就労について大きな関心があることがうかがえた。
海外ジョブフェア参加者に対して、日本での就労の関心や心配な点についてインタビューしたところ、関心を持っている点としては、「日本で仕事経験を積むことできる」「先進的な技術を学ぶことができる」「人的・業務的ネットワークを構築することができる」「良い給料を得ることができる」「日本文化が好き」といった声が多く聞かれた。日本の仕事スタイルに関しては、「規律が厳しい」「時間どおり」「残業が多い・ハードワーク」「組織的」といった見方が多かった。心配な点では、「祈りの時間を確保できるか」「ハラールフードがあるか」「時間を守れるか」「正しいビジネス日本語を使えるか」といった不安が多かった。日本へ留学した学生がインドネシアに一度帰国した後に、あらためて日本で働くことに関心を持ち就労先を探すケースも見受けられた。また、インドネシアにある大手日本企業と、インドネシア人にはなじみがない日本にある中堅中小企業と、どちらで働くことが魅力的かを聞くと、日本にある中堅中小企業で働くことに魅力を感じるという声もあった。
海外ジョブフェアに参加した日本企業からは、「想像以上に優秀な人材が日本での就労に関心を示していることに驚いた」「中小企業では理系人材の確保が難しい状況でインドネシアに可能性を感じる」といった感想が複数聞かれた。
(3)大学によるキャリアセンター設置の動きも
インドネシアは日本と異なり、大学卒業直後に就労することが必ずしも一般的ではないいため、大学が卒業生の就労先を把握していないケースも多いが、最近ではバンドン工科大学をはじめとしてキャリアセンターを設置する大学も出てきており、学生の就労支援の充実が図られている(ITBキャリアセンター)。また、キャリアセンター間のネットワーク構築の取り組みも行われている(インドネシア・キャリア・センター・ネットワーク)。前述の海外ジョブフェアも大学などの協力の下で実施され、日本での就労について大きな関心があることがうかがえた。
一方で、日本の教育機関と連携する大学へヒアリングを行ったところ、日本で働くことに期待を当初持っていた学生が日本でのインターンシップ経験の後に、日本で働くことへの関心が低下するケースがあると指摘された。当該大学はインドネシアの比較的裕福な家庭の子どもが通学する大学で、車を所有する学生もいることから、日本でのインターシップの際、2段ベッドで1部屋4人の生活などがネガティブな影響を与えた可能性があるとのことだった。また、他の優秀な日本語学習者を育成する大学からは、過去に日本に就職した学生を輩出したものの、現在はどちらかというと学生をインドネシア国内の日本企業に就職させたいという意向が示された。
(4)技能実習生送り出し機関はきめ細かな対応
インドネシアからの技能実習生の人数は年々増加している。送り出し機関にヒアリングを行ったところ、技能実習生候補者の選抜、数カ月間の研修(日本語、生活指導、労働知識・5Sなど)、日本へ渡航後のフォローなど、きめ細かな対応を行っているという。技能実習を円滑に実施・完了できるようにするために、渡航前の研修や渡航後のフォローは非常に重要だと強調していた。
日本企業に必要な心構え
既に述べてきたように、インドネシアでは日本語学習者が多いこと、日本での就労に関心も高いこと、多くの若年層が就労先を求めているといったことなどから、日本企業とインドネシア人材がマッチングできる可能性は大きいといえるだろう。
一方で、インドネシアは多様な民族や地域で構成されており、世帯収入レベルも多様なことから、インドネシア人材の特性や能力をひとくくりにすることはできない。また、インドネシア経済がさらに拡大していく過程で、例えば、新工場建設などに伴うマネジメント人材やIndustry 4.0などによる産業高度化に伴って技能レベルや教育水準の高い人材が求められていくため、インドネシア国内でも優秀な人材へのニーズが高まると想定される。さらに、就労先は日本以外の国にも選択肢があることに鑑みると、日本で働くことの魅力を高めていくことが必要となる。
日本企業にとっては、個々の人材の能力などに応じた適切な処遇とともに、宗教や文化への配慮が必要となろう。ジェトロを含む公的機関は、日本企業が外国人材と働く上で必要な情報提供を行うとともに、日本企業や外国人材が直面する課題等の把握に努め、それらに適切な対処・支援を行っていくことが必要となろう。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ジャカルタ事務所 次長
吉田 尋紀(よしだ ひろき) - 2002年、経済産業省入省。半導体産業、素形材産業(金型、金属プレス、熱処理、鋳造)、宇宙産業、知的財産政策、中小企業政策、国際標準化政策、資源エネルギー国際政策などの担当経験を経て2018年から現職。インドネシア政府への政策提言活動、人材関連業務などを担当。
- 執筆者紹介
- ジェトロ・ジャカルタ事務所
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スサンティ・ラハユ
2015年からジェトロ・ジャカルタ事務所で勤務。インドネシア経済概況および政策動向調査、人材関連業務などを担当。