特集:外国人材と働くベトナムの国立医科大学との連携で就労可能な看護師を養成
日本の看護師国家試験で初の合格者

2019年4月18日

神奈川県厚木市に拠点を構えるイノベイションオブメディカルサービスは、1982年に設立され、薬局運営や治験支援(SMO)などの医療事業、福祉用具・医療機器のレンタル販売、訪問介護等の事業を展開している。2013年からはベトナムの国立タイビン医科薬科大学と連携し、日本で就労可能なベトナム人看護師の養成事業を開始し、2019年2月に実施された日本の看護師国家試験で初めて合格者を出した。外国人材の活用が注目される中、同社開発推進部の望月正晴部長に、本事業の概要と展望について聞いた(4月4日)。

タイビン医科薬科大学に日本コース新設

質問:
事業の概要は。
答え:
厚生労働省発表の看護職員需給見通しにもみられるとおり、日本の医療現場ではかねて看護師の慢性的な不足に悩まされてきた現状がある。こうした事態の改善に少しでも貢献したいと考え、日本で就労可能なベトナム人看護師養成事業を開始した。具体的には、ベトナムには8つの国立の医科大学があるが、その1つであるタイビン医科薬科大学の看護学部に日本コースを設置し、日本で就労可能なベトナム人看護師を養成する事業である。
日本で看護師として働くためには、まず日本の看護師国家試験の受験資格を満たし、そして日本で実施される国家試験に合格しなければならない。外国の看護師養成所を卒業した者については受験資格認定を取得する必要があり、(1)日本語能力試験(JLPT)のレベルN1取得、(2)日本の看護教育に準拠した教育を受けること、(3)母国における看護師資格を取得することなどが認定要件として挙げられる。これらを満たしたのち、日本の厚生労働大臣に受験資格認定の申請をして承認を得ることになる。
学生は大学の入学金と授業料のみを負担し、それ以外の費用(日本語教育費、JLPT受験費用、看護師国家試験対策費用、日本への渡航費など)は当社が負担する。一方、当社は、将来的に日本で就労可能となったベトナム人看護師の受け入れを希望する日本の病院から出資を募り、事業の財源に充てている。現在は、23法人に出資いただいている。

タイビン医科薬科大学の外観
(イノベイションオブメディカルサービス提供)

最も熱意のあった大学と連携

質問:
なぜベトナムで事業を始めたのか。
答え:
ベトナムを選んで初めて視察に行ったのは2010年のことだが、ベトナム人の勤勉さや素直さなどの国民性、宗教や食文化などを踏まえて日本人との親和性が高いのではと考えたことが大きな理由だった。実際に事業化を検討する中で、ベトナム北部の学校5校と話を進めたが、その中でも特に、タイビン医科薬科大学が熱意をもって取り組もうとしてくれ、連携するに至った。

1期生が初めて日本の看護師国家試験に合格

質問:
本事業の課題と展望は
答え:
2013年に日本コースを開設して1期生を受け入れたが、このときはトライアルとして20人(看護学部:学年定員60人)で開始をした。2014年以降は60人(同120人)に増員し、毎年受け入れを行っている。途中で成績による選抜があり、一定数の学生は日本コースを離れて一般の看護学部に移ることになるが、現在、日本コースには200人を超える学生が在籍している。学生のカリキュラムは、従来の学部専門科目(看護)と日本コース独自の追加看護科目、外国語(日本語)で構成されており、追加科目も正式に単位認定される。日本語だけで週4日、1日4時間の授業があり、帰宅後は宿題や予習復習もあるので、勉強は相当ハードである。

大学の日本語授業(イノベイションオブ
メディカルサービス提供)

日本の追加看護教育(イノベイションオブ
メディカルサービス提供)
2014年にはハノイ市に現地法人(IMS ASIA CO., LTD)を設立し、日本人が駐在している。これにより、ベトナムでの細やかで手厚い学生フォローが可能となった。それでも、多数の学生の面倒を見きることは容易ではない。また、子どもの将来を気に掛ける親との信頼関係構築も大きな課題だ。

保護者説明会の様子
(イノベイションオブメディカルサービス提供)
2013年に入学した1期生の中で、JLPTのレベルN1を取得した学生が2019年2月に実施された日本の看護師国家試験を受験し、1人が合格した。本事業で初めての合格者である。日本で看護師として働く場合には、在留資格は「医療」の分野に位置付けられ、家族の同伴も可能であり、さらに日本滞在が一定期間経過すれば永住権の取得も可能である。給与は、日本の看護師と同じ水準のため、在ベトナムの看護師と比べるとその初任給は大幅な増加となる。
現在、ベトナムでは、このように在留資格「医療」を取得するほか、日越経済連携協定(EPA)、介護の技能実習や特定技能、留学など、日本へ行くルートが増え、医療系人材の市場は大きな動きを見せている。それでも、医療職としてのルートは限られており、日本で『看護師として働きたい』と考えるベトナム人にとっては、まだハードルが高い。当社は熱意と向上心のある学生に等しく可能性を与え、チャレンジできる環境を提供するとともに、日本の医療現場で活躍できる人材を育てることで、日越両国の発展に貢献することを使命と感じている。

取材を終えて

同社は、事業開始から6年間の取り組みを経て、トライアルで開始した第1期生の中から初めて看護師国家試験で合格者を出した。ベトナム人看護師の養成は、先述のとおり、日越EPAのほか、介護の技能実習や特定技能、留学など日本へ行くルートは増えており、いずれも日本に一定期間滞在した上で、看護師国家試験を受験することになるが、同社のプログラムはタイビン医科薬科大学で必要となる単位を取得した後、国家試験のために日本に一時渡航して受験することになる。そのため、学生にとってはよりハードルは高く、日本で看護師として働く強い意志が必要となるだろう。

今回、合格した学生Pさんは「日本コースのおかげで自分の夢、目標、進路を見つけることができました」と喜びをかみしめつつ、「特に、大学3年生の時は大学の授業に加え、病院実習、当直、日本語の学習で休日もありませんでした」と多忙な学生生活を振り返った。同社では、大学での単位取得などの形式的なサポートだけではなく、モチベーションの維持・向上などメンタル面でのサポートも重要と考えているという。望月部長は、日本コースの学生の中で日本語が一定レベルに達した学生とは、日本とベトナムをスカイプでつなぎ、頻繁にコミュニケーションの機会を設けるなど、学生に対してきめ細かなサポートにも努めている。

日本では人口の高齢化に伴い、高齢者を中心に医療、介護分野で需要が高まっており、人手不足は一層深刻化することが見込まれる。さらに、外国人看護師の受け入れを希望している病院からは、看護師不足の状況を改善するだけではなく、外国人材を受け入れることによって他の看護師への刺激となり、職場の活性化も期待されているようだ。今後、同社とタイビン医科薬科大学の共同によるきめ細かなサポートにより、高いハードルを乗り越え、日本で活躍する外国人材が一人でも多く誕生することを期待したい。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部主査
内場 茂之(うちば しげゆき)
1996年、ジェトロ入構。ジェトロ名古屋、経済産業省中小企業庁へ出向、ジェトロ・ロンドン事務所ダイレクター、本部企画部企画課課長代理、大阪本部総括課長代理、ジェトロ・香港事務所次長、本部企画部主幹(地方創生推進担当)などを経て現職。

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