特集:エネルギー安全保障の強化に挑む欧州「リパワーEU」計画を読み解く
気候変動対策から安全保障への転換(4)

2022年9月1日

「欧州グリーン・ディール」(注1)に代表される気候変動対策から、ロシアによるウクライナ侵攻を機に、安全保障政策へと軸足を移しつつあるEUのエネルギー政策を解説する4回シリーズ。最終回となる第4回では、欧州委員会が5月18日に詳細を発表した、天然ガスを中心としたロシア産化石燃料依存からの早期脱却計画「リパワーEU」を紹介する(2022年5月20日付ビジネス短信参照)。第3回で概要を解説した通り、「リパワーEU」は、(1)自発的な取り組みやエネルギーの効率化などによる省エネ、(2)エネルギー供給の多角化、(3)再生可能エネルギーへの移行の加速を、計画の柱に位置付けている。各柱の内容を解説する。なお、本稿は2022年8月9日時点の情報に基づく。

(1)省エネの推進

「リパワーEU」の第1の柱となるのが、省エネの推進である。欧州委は、第1の柱に関してEU省エネ計画PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(690KB)を2022年5月18日に発表した。これによると、高騰するエネルギーに対する価格シグナル、エネルギー効率の改善、自発的な省エネ努力による需要抑制は、ロシア産化石燃料から脱却する上で、最も安価、安全かつクリーンな方法であるとしている。特にロシア産天然ガスの供給に混乱が生じる場合には、不必要なエネルギー消費の自発的な削減と、エネルギーの効率改善策の優先的な実施が求められるとしている。2030年の温室効果ガス削減目標(1990年比で少なくとも55%削減)を達成するための政策パッケージ「Fit for 55」(2021年7月15日付ビジネス短信参照)では、ガス消費量の削減の3分の1以上が、エネルギーの効率改善策に由来するものである。このことからもわかるように、中長期的にはエネルギーの効率改善策の実施が特に重要となる。エネルギーの効率化は、エネルギー消費を構造的に減少させるものであることから、ロシア産化石燃料依存からの早期脱却に向けて、エネルギー効率の改善策をさらに加速させる必要があるとしている。そこで、EU省エネ計画では、短期的な省エネの推進と、中長期的なエネルギー効率化による構造的な改善を中心的な政策に位置付けている。

EU省エネ計画では、まず、ロシアによるウクライナ侵攻という地政学的な状況に鑑み、エネルギー効率の改善策の実施を待つ余裕はないとして、自発的な選択に基づく省エネの実施を直ちに進める必要があると強調する。特に住宅用暖房分野は、消費エネルギーの42%が天然ガス、14%が石油であり、運輸分野については、消費エネルギーの93%が化石燃料となっていることから、短期的にはこの2分野での省エネが重要だとしている。住宅用暖房分野においては、暖房の設定温度を下げる、未使用の部屋の暖房を切る、ボイラーの設定温度を60度以下に下げるといった要請を、運輸分野では、高速道路での運転スピードを落とす、自転車や公共交通機関の利用を促すなどの要請を推奨している。国際エネルギー機関(IEA)によると、こうした措置の実施により、年間130億立方メートルの最終ガス消費と、年間16石油換算メガトンの最終石油消費をそれぞれ減らすことができると試算している。自発的な省エネを実現するために、欧州委は、省エネの重要性やその方法の周知徹底が必要だとしている。

中長期的なエネルギー効率の改善策について、欧州委は「Fit for 55」で引き上げた2020年時点でのEUベースライン予測値に対するエネルギー効率改善の2030年目標である「少なくとも9%」をさらに「少なくとも13%」に引き上げる提案をしている。また、「Fit for 55」の政策パッケージ第2弾で提案した、全ての建物を対象に最低エネルギー性能基準を義務付ける建物のエネルギー性能指令の改正案(2021年12月17日付ビジネス短信参照)についても、さらなる強化案を検討している。さらに、エネルギー消費の抑制を目的に、冷暖房機器や冷蔵庫をはじめ、エネルギー消費の大きい家電など約30の製品グループを対象に、製品仕様の基本要件やその適合性評価の枠組みを定めるエコデザイン指令に関しても、欧州委はEU域内での統一的な運用を図るとともに、一部例外を除く幅広い製品に対象を広げる改正案(2022年4月4日付ビジネス短信参照)を既に提案していることから、今後、この改正案の成立に向けて注力するとしている。加えて、加盟国に対しては、エネルギー効率の良い機器や暖房システムの購入時のリベートの提供や付加価値税(VAT)の減税といった支援策が必要だとしている。

(2)エネルギー供給の多角化

「リパワーEU」の第2の柱となるのが、エネルギー供給の多角化である。欧州委は、第2の柱に関してEU対外エネルギー戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(717KB)を発表(2022年5月18日付)した。この戦略は、気候変動とエネルギー危機は、EUだけでなく世界的な課題であり、再生可能エネルギーへの移行こそが、こうした課題を同時に解決できる方法であるとしている。そこで、EUのみならず、特にウクライナなどの近隣諸国など、EU域外国との間においても、パートナーシップを通じた再生可能エネルギーへの移行に向けた取り組みを加速させるとしている。 EUにおいては、再生可能エネルギーへの移行やエネルギー効率化による需要減により、ガス需要の大部分を代替することができるとしている。一方で、ロシア産化石燃料依存からの脱却も喫緊の課題であるとして、今後数年以内に代替ができない天然ガス需要に関しては、ロシア以外の国からの天然ガスの供給を、液化天然ガス(LNG)で500億立方メートル以上、パイプライン経由で100億立方メートル以上、増やす必要があるとしている。

欧州委は既に、供給元の多角化に向けて、域外国との協議を強化している。その第1弾となったのが、米国との合意である。欧州委は2022年3月25日、2030年までのLNGの大幅な追加供給で米国と合意したと発表(2022年3月28日付ビジネス短信参照)。この合意により米国は、2022年に150億立方メートル分を、その後は2030年まで少なくとも年間500億立方メートル分のLNGを、EUに追加供給するとしている。これにより、EUのロシア産天然ガスに対する需要の3分の1弱を米国産LNGに置き換える見通しが立ったことになる。また、欧州委は2022年6月15日に、イスラエル産天然ガスをパイプライン経由でエジプトに輸出し、エジプトで液化させた上でEUに輸出するとの覚書をイスラエル・エジプトの両国と締結した。6月23日には、ノルウェー産天然ガスの追加供給に向けた協力強化で、ノルウェーとも合意した。7月18日には、天然ガス供給量の拡大に関する覚書をアゼルバイジャンと締結したと発表。この覚書では、EUは2027年までに現在の2倍以上となる年間約200億立方メートルの天然ガスを、アゼルバイジャンから輸入することで合意した。2023年には輸入量は年間120億立方メートルに増加する予定だとしている(2022年7月20日付ビジネス短信参照)。

また欧州委は、エネルギー供給の多角化を進める上での方策として、ガスの共同調達も進めている。これに関しては、第2回で言及した通り、2022年3月23日に発表した短期的措置に関する政策文書(2022年3月24日付ビジネス短信参照)において、その詳細を明らかにした。4月7日には、加盟国が自発的に参加するパイプライン経由の天然ガス、LNG、水素の共同購入を調整するEUエネルギー・プラットフォームを設置した。同プラットフォームは今後、参加する加盟国間での需要の集約、ガスの輸入・貯蔵・輸送に関連したインフラの最適化や、信頼できる域外国とのガス調達に関する長期的な協力枠組みの締結に向けた取り組みを実施することになる。さらに、欧州委は、参加加盟国の購買力を最大限活用し、ガスの共同調達をより深化させるために、参加加盟国を代表して、欧州委が交渉・契約締結を実施する「共同調達メカニズム」の設置を検討している。

(3)再生可能エネルギーへの移行の加速

「リパワーEU」の第3の柱は、「Fit for 55」により強化されつつある再生可能エネルギーへの移行をさらに加速させることである。この柱の全体の目標となるのが、EU全体での最終エネルギー消費ベースに占める再生可能エネルギー比率を、「Fit for 55」で提案された2030年までに「少なくとも40%」から「少なくとも45%」に引き上げることである。欧州委は、「Fit for 55」で改正を提案した再生可能エネルギー指令を再度、改正する提案をしている。その上で、新たな2030年の数値目標の達成のために、欧州委が特に重視しているのが、太陽光発電(PV)とグリーン水素(注2)である。

特にPVは、過去10年間でエネルギーコストが大幅に低下しており、かつ迅速に設置が可能であることから、欧州委は、短期間での大規模な設置に向けたEU太陽光戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます) (756KB)を発表(2022年5月18日付)した。同戦略は、2025年までに2020年の2倍以上となる320ギガワット以上、2030年までに約600ギガワット分のPVの新設を目指す。目標通りにPVの新設が進んだ場合、2027年までに年間90億立方メートル分の天然ガスの需要を置き換えることができるとしている。この数値目標の実現の鍵となるのが、屋上へのPVの設置である。目標を達成するためには2022年末までに政策の実施を開始する必要があるとして、欧州委は「欧州太陽光屋上イニシアチブ」を提案した。このイニシアチブは、一定の規模の建物にPVの設置を義務付けるものである。有用な床面積が250平方メートル以上の全ての新設の公共施設および商業施設は2026年までに、同様の床面積以上の全ての既存の公共施設および商業施設は2027年までに、全ての新設住宅は2029年までに、PVの設置を義務付ける。欧州委は、PV設置の義務を法制化すべく、建物のエネルギー性能指令の改正を提案している。また、PVの域内バリューチェーンの強化を目指し、業界関係者や研究機関などの協力を推進するために太陽光産業アライアンスを立ち上げるとしている。

一方で、再生可能エネルギーに由来するグリーン水素は、脱炭素化が難しい産業や運輸の部門において、天然ガスなどの化石燃料を置き換えることが期待されている。欧州委は2020年7月に、「欧州グリーン・ディール」の一環として、2030年までにグリーン水素の生産の大幅な拡大を目指す水素戦略(2020年7月10日付ビジネス短信参照)を発表していた。欧州委は今回、2030年のグリーン水素の域内生産目標を1,000万トンに引き上げ、加えて1,000万トンのグリーン水素を域外から輸入するとの目標を掲げている。これに合わせて、グリーン水素の需要を喚起するために、「Fit for 55」で提案した産業部門で利用される水素消費量の50%と、運輸部門での水素消費量の2.6%を、グリーン水素を念頭に非生物起源の再生可能なガスにするという2030年目標を、それぞれ75%と5%に引き上げることを検討している。こうした目標の実現に向けて、欧州委は2022年5月5日、グリーン水素の生産に必要な電解槽の製造業者など20社の最高経営責任者(CEO)とともに、EU域内の電解槽の製造能力の拡大に向けた共同宣言に署名した(2022年5月9日付ビジネス短信参照)。また5月20日、グリーン水素などの非生物起源の再生可能なガスの定義に関する委任規則案を発表(2022年5月27日付ビジネス短信参照)。7月15日には、15加盟国が共同申請した水素分野の研究開発および実用化のためのプロジェクト群「IPCEI Hy2Tech」を、複数の加盟国による共同支援を認めるEU国家補助ルールの特例措置「欧州共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)」として承認した(2022年7月19日付ビジネス短信参照)。これは、水素分野では初のIPCEIの承認である。さらに、自由競争に基づく水素市場の確立に向けた新たな規制枠組みに関する政策パッケージ(2021年12月16日付ビジネス短信参照)の早期成立に向けて、引き続き尽力するとしている。

欧州委は、 PVやグリーン水素以外の再生可能エネルギーも重視する意向である。バイオメタンに関しては、2030年までに生産量を350億立方メートルにするバイオメタン行動計画を発表。ヒートポンプに関しても、設置率を現行より2倍にし、今後5年間で累積1,000万ユニットの設置を目指すとしている。

この他、欧州委は、再生可能エネルギーの普及に際し、設置許可を得るための手続きが複雑化かつ長期化している点を指摘。再生可能エネルギーへの移行を加速させるためには、制度面での後押しも不可欠としている。そこで、欧州委は、現行の法的枠組みの中で加盟国が実施可能な、迅速な許可申請手続きに関する勧告PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます) (501KB)を発表した(2022年5月18日付)。この勧告では、加盟国に対して、再生可能エネルギーの普及は最も重要な公共の利益であるとして、再生可能エネルギー設備の設置計画や許可申請手続きを最優先で取り扱うように求めている。また、許可申請手続きの各段階での審査期限を明確かつできる限り短くした上で、手続きを一括で行える制度を設けるべきとしている。特に、公共・商業施設や住宅の屋上へのPVの設置に関しては、加盟国に対して、3カ月以内に許可申請手続きの完了すべきとしている。さらに、加盟国が、環境への悪影響が少ないなどの点で、再生可能エネルギー設備の設置に適した地域(洋上を含む)を「再生可能エネルギー特区(go-to areas)」に指定し、特区内での設置手続きついては、さらなる迅速化を求めている。欧州委は、勧告内容を法制化すべく、再生可能エネルギー指令の改正案に、勧告内容を反映した条文を含めている。


注1:
「欧州グリーン・ディール」の詳細は調査レポート「『欧州グリーン・ディール』の最新動向(全4回報告)」(2021年12月)参照。
注2:
再生可能エネルギー由来の電力を利用して、水を電気分解して生成される水素。製造過程で二酸化炭素を排出しない。
執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所
吉沼 啓介(よしぬま けいすけ)
2020年、ジェトロ入構。

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