人権侵害に対する施策が日系企業にも影響(米国)
「サプライチェーンと人権」に関する主要国の政策と執行状況(9)
2021年6月25日
米国は近年、人権に関連した政策を拡充している。トランプ前政権下では、特に対立を深める中国との関係で、関連法の整備や法執行強化が推進された。バイデン政権も、新疆ウイグル自治区での人権侵害を通商政策の最優先課題に挙げている。中でも、米国は強制労働を問題視する。人権侵害の倫理的な観点に加え、是正すべき不当な競争条件という経済対策の側面を含むからだ。
本稿では、米国の人権政策が企業のサプライチェーンに及ぼす影響やその実務対応を取り扱う。
米国における人権関連法・規制を取り巻く状況
米国は、ビジネスに影響を及ぼす人権関連法令について、適用範囲を限定的なものにとどめていた。しかし、米中摩擦が高まる中、より厳格な対応を模索している。例えば2020年3月、米国内で事業活動する上でのデューディリジェンスとして、人権に関する事業情報の開示を企業に義務付ける法案(H.R. 6279)が連邦議会に提出されていた(注1)。そのほか、政府調達や貿易、制裁といった各分野で、法改正による人権侵害に対する法執行機能の強化に向けた取り組みが近年進んでいる(表1参照)。
分類 | 法・規制 | 内容 |
---|---|---|
デューディリジェンス | ドッド・フランク法(2010年成立) | 証券取引委員会(SEC)が、紛争鉱物の採掘に関わる企業に対して、コンゴ民主共和国などでの労働力の行使に問題がないか情報開示を義務付け。 |
政府調達 |
連邦調達規則 (2015年3月改正) |
連邦政府機関と契約する事業者は、強制労働を含む不正取引がないことを毎年確認する義務を負う。 |
貿易 (輸入) |
1930年関税法307条(2016年2月改正) | 米税関の調査に基づき、強制労働に依拠した製品の輸入差し止め(違反商品保留命令:WRO)を認める。 |
対敵国制裁法(CAATSA) (2017年成立) |
北朝鮮人の強制労働に依拠する産品などの輸入を禁止。北朝鮮国内に加え、同国外の北朝鮮人の労働も対象。中国やロシア、ASEAN諸国なども重点監視先とされる。 | |
貿易 (輸出) |
輸出管理規則 (EAR) |
商務省・産業安全保障局(BIS)は2020年10月、人権保護を目的に、EAR規制対象に監視システムなどを追加。対象製品に米製品・技術・ソフトウエアを含む場合、(再・みなし)輸出にはBISの輸出許可が必要。 BISは2019~2020年に、人権侵害を根拠として、中国に所在する52の主体をエンティティリスト(EL)に追加。EL対象による許可申請は原則不許可の扱い。繊維製品のほか、人工知能(AI)技術やサイバーセキュリティー技術を扱う企業などが対象。 |
制裁 | グローバル・マグニツキー人権問責法(2016年12月成立)、ウイグル人権政策法(2020年6月成立) | 財務省の特別指定国民(SDN)指定により、米国資産を凍結、米国人との取引禁止。2020年10月28日時点で、107の主体を指定し、うち63件が人権侵害に該当。2021年3月には、新疆ウイグル自治区に関連して、中国政府幹部も指定(2021年3月23日付ビジネス短信参照)。 |
出所:各法・規制を基にジェトロ作成
輸入面では、米税関が強制労働に依拠すると決定した製品に違反商品保留命令(WRO)を発動することで、輸入を差し止めることが可能だ。差し止めは税関による自主調査のほか、第三者からの情報提供(注2)も契機になる(図1参照)。差し止め措置を受けた輸入者は措置後3カ月以内に該当製品を米国外に輸出するか、税関に反論(再検討の申請)を行う。反論が棄却・却下された場合は、該当製品は差し押さえられ、財産没収の対象になる。
米税関によるWRO発動件数は、近年改めて増加傾向にある(図2参照)。米国内では、1980~1990年代に人権尊重の機運が一時高まり、WROも一定数発動されていた。その後、2001~2015年はなかったが、2016年から再び発動されるようになり、2020年には15件に上った。国別には、中国が43件。全体の71.7%と圧倒的な割合を占める(図3参照)。増加に転じた要因には、米中摩擦の激化に加え、2016年2月に成立した2015年貿易円滑化・貿易執行法による「消費需要例外(Consumptive Demand Exception)」条項の廃止が挙げられる。同法の成立以前は、米国内の需要を国内生産で満たせない製品は差し止め対象から除外していた。しかし、現在は同条項が利用できず、より厳格な取り締まりが実施されているとの指摘がある。米税関によると、WROに基づき直近6カ月(2020年10月~2021年3月)に371もの貨物が保留されているという。
新疆ウイグル自治区での人権侵害が日系企業のサプライチェーンにも影響
中国については目下、新疆ウイグル自治区での人権侵害が問題視されている。トランプ政権時の2020年7月、同自治区が関与するサプライチェーン上での強制労働や人権侵害の有無などを精査する諮問機関が立ち上げられた(2020年7月9日付ビジネス短信参照)。諮問機関は、国務省と財務省、商務省、国土安全保障省で構成。同自治区でウイグル族など少数民族の人権を中国政府が抑圧しているとして、これを支援する企業・団体が調査された。この調査結果などを踏まえ、米国は2021年1月に、新疆ウイグル自治区からの綿・トマト(その派生製品を含む)に対する輸入留保を発表した(2021年1月15日付ビジネス短信参照)。それ以前から、同自治区に所在する企業に対する個別の輸入留保事例はあったが、特定製品に対する包括的なWROは初となる。通商関係に詳しい米国弁護士によると、第三国で加工された場合でも、新疆ウイグル自治区産の綿を微量でも含む中間材または完成品としても、差し止め対象になる懸念があるという。さらに、現在の第117期議会(2021年1月~2023年1月)では、新疆ウイグル自治区での強制労働に依拠した製品の輸入を原則禁止する法案(S.65)が提出されている。
こうした人権関連規制は、現実に、日本企業にも影響を及ぼしている。カリフォルニア州ロサンゼルス・ロングビーチ港では2021年1月5日、衣料大手ユニクロの貨物輸入が保留された。貨物に積載された綿製の衣料製品について、新疆生産建設兵団(XPCC)が関わる綿製品を禁輸するWRO(2020年12月7日付ビジネス短信参照)に違反するためだったという。ユニクロは再審査を申請したが、米税関は綿の加工に関与したXPCCが強制労働に依拠していないことの証明が不十分として、申請を棄却した。なお、ユニクロは強制労働の存在を否定。今後も人権尊重を最優先課題として取り組み、米税関と協働して輸入通関の継続に向けて対応を進めるとしている。
さらに、前述の通商弁護士は、米税関の措置の結果、企業が行政・民事・刑事上の罰則を受けるリスクを指摘する。米税関は、1930年関税法に基づき、通関手続きで不正行為や不作為などを犯した輸入者に対して罰金を徴収する権限を有する。実際に、米税関は2020年8月、強制労働に依拠する輸入があったとして、輸入者のピュア・サークル(Pure Circle)から57万5,000ドルを徴収したと発表。本件に関して、米税関は2016年5月に発動したWROに基づき調査を行ったところ、同社がWRO発動以前の2014~2016年初めに中国企業から甘味料ステビアの粉末とその派生製品を輸入していた証拠を入手したとし、2019年12月に罰金を徴収することを通知していた。ピュア・サークルは強制労働を否定。その一方で法的には争わず、米税関と協議の上、税関側が当初求めた罰金の7%以下で和解したと説明している。
こうした取り締まりの強化を踏まえ、企業は人権順守の対応を進めている。例えば、スポーツ用品大手アディダスは、新疆ウイグル自治区との綿糸取引を行わないようサプライヤーに勧告し、同自治区政府を介した人材雇用を禁止した。ナイキも、サプライヤーに該当取引があるかの確認を実施するほか、同自治区の製糸工場を利用する衣料品ギャップは取引先と協議しつつ対策を検討。飲料大手コカ・コーラはサプライヤーに法令順守を求め、第三者機関の監査を活用する。MUJIブランドを展開する良品計画は、新疆ウイグル自治区に由来する綿製品の対米輸出を中止。インドやトルコ、米国から綿を調達すると米メディアの取材に回答している。
米税関は効果的な文書提示を勧告
では、実際の通関手続きではどうすべきか。米税関は新疆ウイグル自治区からの綿・トマト(派生製品を含む)に関して、強制労働に依拠しないとの証明に必要な書類を例示している(参考1参照)。強制労働に関わるILO指標を参考に挙げつつ、調査の検討材料として、第三者機関による監査報告書やサプライチェーンを図示した書類、従業員の生活・労働環境を示す写真なども有効になり得ると説明している。通商弁護士によると、書類の翻訳(英語化)や正確性(正式な文書であるとの証明)、整理(大量の文書提出の回避)も重要だ。
参考1:証明書類と原産地証明様式
- 証明書類〔新疆ウイグル自治区の綿・トマト(派生製品を含む)の例〕
- 強制労働に依拠しない証明には、国外売主が署名した原産地証明とその他関連書類が必要。
- 原産地証明は米国法が定める特定の様式(以下)に従う必要がある。製品が輸出元以外の国での採取・生産・製造を経ている場合は、当該国の最終所有者・売主による原産地証明が別途必要。
- 強制労働がないことの証明に必要な原産地証明書様式
-
強制労働がないことの証明に必要な原産地証明書様式の記入事項は次の通り。
-
サプライチェーンに関連する書類として、米税関は以下を例示。他にも追加提出の可能性あり。
- 綿製品
- 綿糸メーカーおよび綿花の供給源からの宣誓書(綿花の調達源を特定するもの)
- 綿糸および綿花に関する購入注文書類やインボイス、支払い証明
- 綿糸に関わる生産工程リストや生産記録〔綿(生産者)を特定する記録を含む〕
- 綿生産者から綿糸メーカーへの輸送書類
- 綿の収穫を行った従業員に関する勤務表や給与証明など、綿糸生産者に販売される綿に関わる工程報告
- トマト製品
- トレーサビリティーに関する書類〔種~トマト~トマト(加工)製品〕
- 加工施設による宣誓書〔親会社やトマト(種を含む)の調達元を特定するもの〕
- 加工施設および調達元からの購入注文書類やインボイス、支払い証明
- 全ての生産記録(農場の種の段階から、完成品が米国に輸送されるまで)
出所:米税関・国境保護局(CBP) を基にジェトロ作成
米政府はサプライチェーンに関する法令順守のため、企業向けに情報提供している。米税関は、強制労働に関する規則や実施例などを公開。労働省も強制(児童)労働の懸念が強い製品リストを国別に公表する。もっとも、リストに法的効果はなく、注意喚起の位置づけにとどまる。また、国務省予算によって制作されたコンプライアンス点検ツール(Responsible Sourcing Tool)や、労働省が開発したサプライチェーン管理アプリ(Comply Chain)も有用だろう。
規制対象拡大や取り締まり強化が進む見通し
前出の省庁横断の諮問機関は、新疆ウイグル自治区で強制労働の疑いが強いとされる産業分野を例示(以下参照)。そのうえで、リスク要因として注意するよう産業界に喚起している。同時に諮問機関は、サプライチェーン管理で第三者機関による監査だけでは必ずしも十分ではないと指摘(注3)。あわせて、自主的な立ち入り検査やサプライヤーおよび現地司法当局との協力などを実施するよう促している。
参考2:新疆ウイグル自治区において強制労働が報告されている産業分野の例
農業、携帯電話、清掃機器、建設、綿(製品)他繊維製品、電気機器、資源採掘、髪製品、食品加工(麺)、印刷、履物、砂糖・甘味料、玩具
注:諮問機関は、これら産業分野に含まれる全ての製品が必ずしも強制労働に依拠しているわけではないと説明している。
出所:新疆サプライチェーン・ビジネス諮問機関の報告を基にジェトロ作成)
米国は、今後も強制労働に依拠した輸入に対する取り締まりを強化する方針を打ち出している。バイデン政権は通商政策の方針として、新疆ウイグル自治区での人権侵害を最優先課題とする。その上で、強制労働に基づく製品の輸入を一切認めないと述べている(2021年3月3日付ビジネス短信参照)。米税関の体制については、従来は、強制労働を専門とする部署は存在しなかったが、2018年に正式に担当部署が設置されている。一方で政府説明責任局(GAO)は、部署の設置後も調査に必要な人員が不足していると指摘。ビル・パスクレル下院歳出委員(民主党、ニュージャージー州)らは2021年5月、米税関の体制強化のため、2,500万ドルを予算要求した。
「サプライチェーンと人権」に関する主要国の政策と執行状況
- カリフォルニア州サプライチェーン透明法の概要と執行状況(米国)
- 英国現代奴隷法の最新動向と企業の対応
- 国内法で人権侵害行為に対する制裁を規定、対策の開示義務も(イタリア)
- 人権関連の法制化が進む一方で、順守体制に課題も(フランス)
- 域内統一ルールを志向し、多様な手法で人権侵害抑止を狙う(EU)
- ドイツで審議進む人権デューディリジェンス法案の概要と動向
- 児童労働規制が先行、より広範な人権デューディリジェンス法案の審議へ(オランダ)
- 法制化の動きは限定的(スペイン)
- 人権侵害に対する施策が日系企業にも影響(米国)
- 年間収益1億豪ドル超の企業に報告を義務化(オーストラリア)
- 米欧と協調した対中措置と、「現代奴隷法」制定の動き(カナダ)
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ニューヨーク事務所〔戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員〕
藪 恭兵(やぶ きょうへい) - 2013年、ジェトロ入構。海外調査部調査計画課、欧州ロシアCIS課、米州課を経て、2019年10月から現職。