年間収益1億豪ドル超の企業に報告を義務化(オーストラリア)
「サプライチェーンと人権」に関する主要国の政策と執行状況(10)

2021年6月30日

オーストラリアでは、2019年1月1日に現代奴隷法(Modern Slavery Act 2018)が施行された。同法は、被害者搾取の手段として威圧や脅迫、だましなどを用い、人の自由を侵害する現代奴隷(modern slavery)に対応するもので、日系企業も適用対象になり得る。適用企業はリスク評価の手法などを報告する義務がある。本稿では、同法の対象企業や具体的な義務内容、現地日系企業の対応事例といった面から解説をしていきたい。

日系企業も対象となり得る場合も

現代奴隷法の対象は、国内・外国企業を問わず、オーストラリア国内で事業を行う企業などで、その傘下にある事業体を含む年間収益が1億オーストラリア・ドル(約84億円、豪ドル、1豪ドル=約84円)を超える会社、信託、パートナーシップ、個人事業、投資組合、NPOを含む事業体としている(注1)。ただし、ニューサウスウェールズ(NSW)州では、2021年5月時点で未施行だが、州法によって年間収益が5,000万豪ドルを超える企業を適用対象と定めているので、州法の動向にも注意を要する。

リスク評価の手法と軽減措置を義務化

同法は、サプライチェーンとそのオペレーションにおける現代奴隷の存在について、適用対象企業などが調査し、リスク評価の方法とその軽減措置について毎年報告することを義務付けている。具体的には、以下の(1)から(5)の報告要件を規定している。

(1)
組織の詳細、事業運営(operation)とそのサプライチェーン
(2)
当該企業ならびにその企業が所有または支配する事業体の企業運営上の現代奴隷のリスク
(3)
当該企業のサプライチェーンに存在する現代奴隷のリスク
(4)
リスクの分析・評価と現代奴隷への対処措置、また当該措置の有効性に関する分析・評価
(5)
当該企業が所有または支配する事業体との協議プロセス

対象企業は報告書を連邦内務省のオンラインサイトに登録・提出する。提出された報告書は内務省のデータベース(The Modern Slavery Statements Register外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )に取り込まれ、一般公開される。提出期限は、2019年1月1日以降に開始する各企業の会計年度の終了から6カ月以内と規定している(注2)。また毎年の報告書には、当該企業の最高経営議決機関(取締役会など)の承認と責任者(取締役など)の署名が必要になる。なお、新型コロナウイルス感染拡大の影響に鑑み、2020年6月末までに会計年度末を迎えた企業に対しては、報告期限を3カ月延長する措置が取られた。

同法にはこの義務違反についての罰則はないが、適正な報告書の提出義務を怠った企業については、不適正事項の説明要求、所定のリスク軽減措置の要求、事業体の名称を含む違反行為に係る事項を公表する権限を内務相に与えている。また、州政府が州法によって罰則を別途定めている場合がある(注3)。

日系企業の提出は23社

先のデータベースに登録する企業は2,588社(2021年5月26日時点)となっている。そのうち、提出が義務付けられている企業は1,159社、自主的に報告書を提出している企業は162社となり、日系企業は23社が提出している(表参照)。

表:登録企業、提出企業状況(2021年5月26日時点)
項目 企業数
登録企業 2,588社
義務的報告書提出 1,159社
自主的報告書提出 162社
日系企業 23社

出所:”The Modern Slavery Statements Register外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ”(内務省)から作成

以下、公開されている国内外企業の報告事例を2つ紹介する。

事例企業(1)ウェスファーマーズ(オーストラリア)

オーストラリアの複合企業ウェスファーマーズは、2019/2020年度に同社のサプライヤー105社で340件の現代奴隷法の違反を特定したと公表。これは前年度の127件の2.7倍に上っている。重大な違反の多くは、透明性(記録の保持と文書化)や安全性(建物と火災の安全性)の違反、過度の残業、無許可の業務委託、賄賂などと報告している。

報告書外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、同社は4件の重大な違反に伴い、3つのサプライヤーとの契約を直ちに終了。40件の違反が認められた17のサプライヤーへの発注を中止した。340件の違反のうち161件については直ちに修正され、135件は順調に修正に向かっているという。

事例企業(2)アルディ・オーストラリア(ドイツ)

ドイツ系スーパーマーケット大手アルディ・オーストラリアは2020年7月末、現代奴隷法に基づく声明を発表し、同社は生鮮食品やココア、コーヒー、紅茶などのサプライチェーン内でリスクの高い分野を特定したことを明らかにした。

アルディのグローバルサプライチェーンでは、ミャンマーやバングラデシュなどで生産された商品が現代奴隷に関するリスクを示していると報告外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます した。リスクの高い食品として魚介類、ナッツ、ココア、コーヒー、紅茶、食品以外では繊維や靴、家庭用品、電子機器、おもちゃを挙げている。また、カートの整理を行うトロリーコレクターや清掃サービスなどの労働集約的な請負業者サービスの使用が国内事業のオペレーショナルリスクをもたらすことを発見したと報告した。

日系企業への影響は限定的だが留意は必要

現代奴隷法の影響は今のところ、日系企業に対しては限定的とみられる。しかし、企業規模にかかわらず、オーストラリア政府、消費者、取引相手、地域社会、投資家、場合によっては従業員といったステークホルダーの人権問題に対する企業の取り組みに向ける視線は厳しくなっている。企業はオーストラリアだけでなく、人権侵害が起きやすい新興・途上国を包含するサプライチェーンを人権面からもマネジメントしつつ、事業展開していく局面に立たされている。


注1:
年間収益は、オーストラリア国内で事業を行う企業などの連結収益。外国の親会社がオーストラリア子会社を所有している場合は、原則として親会社の収益は含まない。
注2:
例えば、会計年度が6月末の企業は、2019年7月1日から2020年6月30日までの期間にかかる報告書を、2020年12月31日を期限として提出する必要がある。
注3:
例えば、NSW州法(2021年5月時点で未施行)が適用されると、最高110万豪ドルの罰金が科される可能性がある。
執筆者紹介
ジェトロ・シドニー事務所
住 裕美(すみ ひろみ)
2006年経済産業省入省。2019年よりジェトロ・シドニー事務所勤務(出向) 。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
児島 亨(こじま とおる)
2014年、TOKAIコミュニケーションズ入社。
2021年4月からジェトロに出向し、現職。

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