特集:COP27に向けて注目される中東・アフリカのグリーンビジネス鉄鋼大手トスヤル、脱炭素社会への貢献を語る(トルコ)
EU排出量取引制度も契機に
2023年2月24日
トルコにとって最重要の輸出先と言えば、欧州連合(EU)だ。そのEUで、2022年12月13日、炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入が合意された(2022年12月14日付ビジネス短信参照)。CBAMとは、EUが、EU排出量取引制度(EU ETS)などの温室効果ガス削減規制を強化する中で、いわゆるカーボンリーゲージ(規制の緩いEU域外への製造拠点の移転や域外からの輸入増加)対策として、EU域内の事業者がCBAMの対象となる製品を域外から輸入する際に、域内で製造した場合にEU ETSに基づいて課される炭素価格に対応した価格の支払いを義務付けるものだ。
そこでジェトロは、トルコの鉄鋼大手トスヤル・ホールディング(以下、トスヤル)のフアット・トスヤル会長に、同社のグリーン戦略について話を聞いた(2023年1月12日)。なお、トスヤルにとって、欧州は言うまでもなく重要市場だ。
- 質問:
- トスヤルの取り組みは、どのような考えに立っているのか
- 答え:
- トルコの鉄鋼業は、近年、急成長を遂げている製造分野の1つだ。その理由の1つとして、持続可能性(sustainability)を志向した変化と変革を挙げることができる。特に、パリ協定と欧州グリーンディールの下で、この変革が加速化している(2022年11月2日付地域・分析レポート参照)。中でも、風力と太陽光エネルギーを中心に再生可能エネルギー(再エネ)投資が急増していることに注目すべきだ。トスヤルも、2017年に太陽光発電を導入した。
- EUのCBAM導入は、当社にとっても厳しい。同時に、業界の変化と変革の機会とも捉えている。この変化を認識し、受け入れることができない企業は、市場、特にEU市場や先進国の市場で競争力を維持することができなくなる。 トスヤルは、持続可能性を常に重要視してきた。そのため、長年にわたって時宜を得た投資をしてきたと自負する。これは傘下の全ての企業について言える。原材料から生産プロセス、販売・マーケティング、出荷までの全ての活動を通じて、だ。また、技術、イノベーション、循環型経済(circular economy)、再エネ利用など、多くの課題になおも取り組んでいる。
- 当社では、直近の2~3年だけでも、100件以上の持続可能性志向の研究開発(R&D)プロジェクトを実施してきた。その多くが世界初で、知的財産権はトスヤルに帰属する。これらにより、当社の製鉄所の炭素排出量を30%削減することができた。
- 当社では、「責任ある生態系管理」「脱炭素鋼」「ビジネスの未来」が3本柱だ。これを基本に脱炭素社会に貢献することを、ビジネス戦略の中心に置いて投資し続けている。
- 質問:
- では、具体的な投資例を。
- 答え:
- 当社は、トルコ南東部のオスマニイェに、トスチェリキ・プロフィル(Tosçelik Profil )工場を擁す。この工場内に、太陽光発電施設の設置を進めている。その容量、140メガワット(MW)に及ぶ。屋上施設としては、世界最大規模に当たる。これによって、当社は世界で最も二酸化炭素(CO2)排出量の少ない鉄鋼メーカーになる。
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トスチェリキ・プロフィル工場の屋上パネル(トスヤル・ホールディング提供)
- 循環型経済に重点を置いた投資例もある。エネルギーだけでなく、空気、水、さらには小さな鉄かすさえも施設で活用している。傘下企業のトスヤル・ハースコ(Tosyalı Harsco )が擁するオスマニイェ・スラグ処理施設では、生産プロセスから発生するスラグを処理している。ここでは、グループ企業だけでなく、他社の鉄鋼工場で発生したスラグも処理の対象だ。廃棄物を処理して回収したリサイクル金属は、さまざまな分野で原料や添加剤として使用されている。例えば、アスファルト道路に充填(じゅうてん)する際や、セメント生産、建設などに活用される。
- また、蒸気、電力、天然ガスの消費を削減するためにも、多くのプロジェクトを実施している。例えば、ガズィ大学との協力枠組みの中で、天然ガスの消費を抑えられるよう取り組んだ。具体的には、(1)線材工場の焼鈍炉から排出されたガスを専用の廃熱ボイラーで蒸気化した上で、(2)その蒸気を傘下のトスヤル東洋(注1)の工場で利用している。
- やはり傘下のイスケンデルン・サルセキ(トルコ語) の施設では、水素を使ってCO2排出量を削減する投資プロジェクトが始まっている。これにより、標準的なアーク炉と比較して化石燃料エネルギーの利用を20%抑えることができる。スクラップから生産する施設として最も先進的な施設になる。
- 我々の長期目標は、水素に投資することによって、化石燃料を使用しないサステナブルなエコシステムを作り出すことだ。その中で、付加価値の高い鉄鋼生産能力を増強していきたい。そうすることで、世界で求められ好まれるグリーン鉄鋼生産者の1つとして、当社が国際的な地位を強化することができると信じている。
- 質問:
- トスヤルの目標は。
- 答え:
- 太陽光発電への投資が完了してから遅くとも6カ月以内に、トルコの工場施設で当社が消費する電力の19%を自社発電で賄うことができるようになる。この比率は、継続投資によって2025年までに50%に達するだろう。そして、残りの50%も再エネ源による発電で賄うことを目指している。
- 当社は2022年11月に最初の水素の生産を開始した、2023年には燃料としての水素の使用を始める。そして2026年までに、当社全ての施設で水素を使用することを目指している。
- 水の利用についても同様だ。水資源の効率的な使用と使用済み水の回収に向けたプロジェクトを開始する。資源効率を確保することにより、2年以内に使用済みの水の60%を回収できる。これが、持続可能な水使用につながるだろう。
- 再エネと効率化に投資することによって、当社は既に約16万1,000トンのGHG排出を抑制済みだ。これは、トルコでの事業によるGHG排出量の17%に相当する。先ほど述べたとおり、2026年には水素を主燃料にしたい。これによって、化石燃料を使用する機器を排除し、GHGの排出を大幅に削減させることになる。再エネ発電の目標とともに、クリーン電力は、グリーン水素の使用目標を実現する上で補完的になる。我々は、グリーン水素を生産する周辺地域初の鉄鋼会社になることを目指している。
- CO2排出量に関して、当社は電気抵抗溶接鋼管(ERW)とスパイラル鋼管について環境製品宣言(EPD)認証(注2)を取得した。目指すのは、まず(1)鉄鋼生産で炭素排出量を最小限に抑えること。さらには、廃棄物ゼロとリサイクルに重点を置き、(2)持続可能な未来に向けて、完全にグリーンな鉄鋼生産に移行すること、だ。
- 注1:
- トスヤル東洋は、日本の東洋鋼鈑と合弁で設立した企業。
- 注2:
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EPD認証は、業界標準(ISO14025とEN15804)に準拠して持続可能な製品の安全性を検証するためのもの。
この認証を取得することにより、全プロセスの環境影響を追跡し、製品やサービスが持続可能な基準を満たしていることを示すことができる。なお、ここでいう「全プロセス」には、原材料の入手から、製造・処理、輸送、生産ユーティリティー、リサイクルまで含まれる。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・イスタンブール事務所 調査担当ディレクター
中島 敏博(なかじま としひろ) - 1995年関西大学大学院博士課程後期課程修了。1988~95年桃山学院高校で非常勤講師(世界史)。1995~99年カナダ・マギル大学(McGill University)イスラーム研究所PhD3単位修得後退学。2000年から現職。共著『イスタンブールに暮らす』JETRO出版、共著『早わかりトルコ・ビジネス』日刊工業刊、寄稿『トルコを知るための53章』明石書店刊、寄稿『NHKデータブック 世界の放送2009年~2016年、NHK放送文化研究所編』NHK出版刊