特集:COP27に向けて注目される中東・アフリカのグリーンビジネス民間企業も脱炭素に向け取り組む(トルコ)
鉄鋼、セメント、自動車、繊維・衣料品部門を例に
2022年11月2日
トルコ政府は2022年4月、国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)に基づいて、「トルコ温室効果ガスインベントリ(1990~2020) 」を報告した。この報告によると、トルコの2020年の温室効果ガス(GHG)排出量は5億2,390万トン。日本が排出する量の45.6%という規模になっている。うちエネルギー分野由来が70.2%、農業14.0%、工業プロセスおよび製品の使用12.7%、廃棄物3.1%だ(日本は、順に86.6%、2.8%、8.8%、1.8%/表参照)。
前編にあたる「欧州グリーンディールとの整合に意欲」では、トルコの輸出がEU向けに依存すること、それがEUの基準にあわせた取り組みを進める理由になっていること、に触れた。その上で、特に「欧州グリーンディール」に向けた取り組みを紹介した。本稿では、カーボンニュートラル実現に向けた民間企業の取り組みについて概観。特に、EU向けの輸出の割合が大きいセクターについて取り上げる。
温室効果ガス(GHG)排出・吸収活動 | トルコ | 日本 | ||
---|---|---|---|---|
GHG排出量 (1,000トン、注1) |
排出量における割合(%) |
GHG排出量 (1,000トン、注1) |
排出量全体に占める構成比(%) | |
1.エネルギー分野 | 367,577 | 70.2 | 994,360 | 86.6 |
A.燃料の燃焼 | 358,995 | 68.5 | 993,324 | 86.5 |
1.エネルギー産業 | 142,927 | 27.3 | 438,598 | 38.2 |
2.製造業・建設業 | 60,150 | 11.5 | 235,853 | 20.5 |
3.運輸 | 80,680 | 15.4 | 179,199 | 15.6 |
4.その他部門 | 75,238 | 14.4 | 139,673 | 12.2 |
5.その他 | IE | — | NO | — |
B.燃料からの漏出 | 8,581 | 1.6 | 1,037 | 0.1 |
1.固体燃料 | 5,558 | 1.1 | 470 | 0.0 |
2.石油、天然ガス 他 | 3,023 | 0.6 | 567 | 0.0 |
C.CO2 の輸送と貯留 | 0 | 0.0 | NO,NE | — |
2.工業プロセス及び製品の使用 | 66,763 | 12.7 | 101,390 | 8.8 |
A.鉱物産業(CO2) | 47,109 | 9.0 | 31,217 | 2.7 |
B.化学産業 | 3,091 | 0.6 | 4,715 | 0.4 |
C.金属製造 | 10,460 | 2.0 | 5,742 | 0.5 |
D. 燃料由来の非エネルギー製品及び溶剤の使用(CO2) | 134 | 0.0 | 2,344 | 0.2 |
E.電子産業 | 59 | 0.0 | 2,595 | 0.2 |
F.ODSの代替製品の使用 | 5,853 | 1.1 | 52,855 | 4.6 |
G.その他製品の製造及び使用 | 57 | 0.0 | 1,836 | 0.2 |
H.その他(CO2) | NE,NA | — | 87 | 0.0 |
3.農業 | 73,155 | 14.0 | 32,186 | 2.8 |
A.消化管内発酵 | 34,615 | 6.6 | 7,633 | 0.7 |
B.家畜排せつ物の管理 | 9,060 | 1.7 | 6,230 | 0.5 |
C.稲作 | 262 | 0.0 | 12,004 | 1.0 |
D.農用地の土壌 | 27,389 | 5.2 | 5,809 | 0.5 |
E.サバンナを計画的に焼くこと | NO | — | NO | — |
F. 農作物残渣の野焼き | 173 | 0.0 | 84 | 0.0 |
G.石灰施用 | NE | — | 233 | 0.0 |
H.尿素施肥 | 1,657 | 0.3 | 193 | 0.0 |
I.その他の炭素を含む肥料 | NO | — | NO | — |
J.その他 | NO | — | NO | — |
4.土地利用、土地利用変化、林業(LULUCF)(注2) | △ 56,948 | △ 10.9 | △ 52,010 | △ 4.5 |
A.森林 | △ 48,220 | △ 9.2 | △ 57,005 | △ 5.0 |
B.農地 | 395 | 0.1 | 4,706 | 0.4 |
C.草地 | 777 | 0.1 | 581 | 0.1 |
D.湿地 | 189 | 0.0 | 27 | 0.0 |
E.開発地 | 419 | 0.1 | 178 | 0.0 |
F.その他の土地 | 696 | 0.1 | 254 | 0.0 |
G.伐採木材製品 | △ 11,281 | △ 2.2 | △ 807 | △ 0.1 |
H.その他 | NA | — | 14 | 0.0 |
5.廃棄物 | 16,402 | 3.1 | 20,186 | 1.8 |
A.固形廃棄物の処分 | 11,237 | 2.1 | 2,654 | 0.2 |
B.固形廃棄物の生物処理 | 21 | 0.0 | 354 | 0.0 |
C.廃棄物の焼却と野焼き | 7 | 0.0 | 12,909 | 1.1 |
D.排水の処理と放出 | 5,138 | 1.0 | 3,668 | 0.3 |
E.その他 | NO | — | 601 | 0.1 |
6.その他分野 | NO | — | NA | — |
国際バンカー油 | 7,636 | 1.5 | 24,976 | 2.2 |
航空機
|
5,892 | 1.1 | 8,390 | 0.7 |
船舶
|
1,744 | 0.3 | 16,586 | 1.4 |
バイオマス起源のCO2 | 12,949 | 2.5 | 64,513 | 5.6 |
全温室効果ガス合計 (LULUCF除く) | 523,897 | 100.0 | 1,148,122 | 100.0 |
全温室効果ガス合計 (LULUCF含む) | 466,950 | 89.1 | 1,096,112 | 95.5 |
全温室効果ガス合計(間接CO2含む、LULUCF除く) | NA | — | 1,150,086 | — |
全温室効果ガス合計(間接CO2含む、LULUCF含む) | NA | — | 1,098,075 | — |
注1:GHG排出量を計上する上で対象になる気体には、(1)二酸化炭素(CO2)のほか、(2)メタン(CH4)、(3)一酸化二窒素(N2O)、(4)ハイドロフルオロカーボン(HFCS)、(5)パーフルオロカーボン(PFCS)、(6)六ふっ化硫黄(SF6)、(7)三ふっ化窒素(NF3)がある。(2)~(7)は、CO2に換算して計上される(CO2相当量)。
なお、表中の記号が意味するところは、次の通り。
- NO:発生しない
- NE:未推計
- NA:該当しない
- IE:他に含まれる
注2:森林等の土地利用およびその変化に伴う温室効果ガス排出・吸収。プラスは排出量、マイナス(△)は吸収量を表す。
出所:UNFCCCに基づいてトルコと日本が報告した「温室効果ガスインベントリ」を基にジェトロ作成
鉄鋼セクター:グリーン対応の投資優遇措置や排出量取引制度に期待
トルコで鉄鋼セクターは、輸出産業の主力だ。輸出先としては、やはりEU向けが大きい。2021年のEU向け鉄鋼輸出は、101億7,270万ドル。当年の鉄鋼輸出総額のうち、ほぼ4割(39.3%)を占めた〔出所:トルコ統計機構(TUIK))〕。トルコ国内の鉄鋼企業は、CO2排出量の少ない電炉が約70%を占め、高炉は約30%となっている。そのため、高炉主流の国(例えば、日本は2020年の時点で高炉が約75%、電炉が約25%)の鉄鋼産業に比べて、製造時の温室効果ガス排出量が少ない。
トルコ経済政策研究財団(TEPAV)は2022年5月、トルコ企業の気候変動対策に向けた準備状況についてのアンケート調査結果(トルコ語)(1.17MB)を公表した。この調査結果によると、対象の鉄鋼企業のうち、CO2(二酸化炭素)排出量を計測している企業は38%。温室効果ガス削減計画を実施している企業も、同様に38%あった。トルコ鉄鋼生産者協会(TCUD)は、鉄鋼業界は政府に対し、グリーン対応に向けた新規投資優遇措置や排出量取引制度の確立を期待していると言及した。
トルコ最大の鉄鋼企業と言えば、オヤク・グループだ。当グループには、高炉で生産する企業が含まれている。その傘下、エレーリ鉄鋼(Eregli Demir Celik、以下エルデミル)は、2021年にエネルギーを効率的に活用する施策を実施した。その結果、エルデミルで42%、グループ内の別企業イスケンデルン鉄鋼(Iskenderun Demir Celik)で40%のエネルギー消費の節約に成功。合計28万5,000トンのCO2排出量を削減できたとした。ちなみにエルデミルは、電力消費の約65%を自社工場の敷地内で生産しているという。
また、トスヤル・ホールディングは2022年3月31日、自社鉄鋼工場(電炉)の屋上に出力140MW(メガワット)の太陽光発電システムを設置すると発表した。このプロジェクトでは、中国のファーウェイ、トルコの太陽光発電システム企業ソーラーエーペックス(SolarApex)と協力する。屋上太陽光発電システムとしては、世界最大規模になる。完成は2023年4月に予定され、年間11万6,525トンのCO2排出が削減されることになるという。
セメントセクター:再エネ投資やエネルギー効率化に取り組む
2021年のEUへのセメント輸出額は2億845万ドル。トルコのセメント輸出総額の15.3%を占めている。トルコのセメント企業でも、再生可能エネルギー(再エネ)の普及や、エネルギー効率の向上、水の再利用などに向けて投資が進んでいる。前述したTEPAVの調査によると、調査対象のトルコのセメント企業のうち、CO2排出量を計測している企業が40%。温室効果ガス削減を実施している企業が35%だった。鉄鋼セクターとほぼ同水準の取り組み状況だ。
オヤク・グループは、セメント事業も擁する。傘下企業の1つ、オヤク・チメント(Oyak Cimento)は、2050年にカーボンニュートラルを実現させると宣言。(1)化石燃料から代替燃料への切り替え、(2)再エネ投資、(3)エネルギーの効率化・デジタル計測によるCO2排出量の削減、(4)クリンカー使用の削減など、さまざまな対策を実施している。
また、アクチャンサ(Akcansa)も、対策を実施。化石燃料の消費を削減し、2021年には代替燃料の比率を19%に引き上げたという。また、エネルギー効率を高めるために、廃熱による発電で工場の電力消費の24.9%をカバーし、水の再利用率を92%に向上した、などとしている。
自動車セクター:EV普及が重要課題
自動車産業の対EU輸出は、2021年に189億6,619万ドル。その輸出総額のうち64.6%を占めた。一方で、トルコのCO2排出量のうち、15%以上を運輸部門が占めている(表参照)。そのため、CO2削減を期す以上、電気自動車(EV)の普及が重要課題になる。EVは、政府主導の国民車メーカーTOGGで2022年中に量産開始が予定されている。加えて、TOGGとフォードオトサンは2022年3月、商用EV向けのバッテリー工場設立に関して覚書に調印した。
またフォードオトサンは、風力と太陽光による再エネ発電だけで生産過程の電力をまかなうことで、2050年までのカーボンニュートラル実現を目指す。同社はすでに、工場外壁にソーラーパネルを設置するなど、取り組みを進めている。
さらに、トファシュ(フィアット)は、研究開発(R&D)予算の21%をCO2削減のために割り当てた。この予算に基づき、電力節約に向けてスマートエネルギー管理システムを構築している。
繊維・衣料品セクター:委託大手アパレルもEU基準適合を要請
EUへの繊維・衣料品の輸出は2021年、178億3,470万ドルだった。トルコの繊維・衣料品輸出総額の51.8%を占めた。また、繊維・衣料品は、トルコの軽工業で最大規模を誇る部門だ。世界大手アパレルメーカーからの委託生産の規模も大きい。例えば、スペインのインディテックス、スウェーデンのH&M、ドイツのヒューゴ・ボス、米国フィリップス・バン・ヒューゼンなどは、トルコから調達していることで知られる。こうした企業は、化石燃料不使用や工業用水の効率的利用など、「欧州グリーンディール」の基準に合わせた形での生産をトルコの委託先に要求している。これを受けてトルコ企業は、(1)火力発電所から再エネ電力への調達切り替えや、(2)用水効率の向上、(3)原料をリジェネラティブ・コットン(注)に切り替えるための準備、などを進めている。
例えばイェシム・テキスティル(Yesil Tekstil)は、石炭燃料ボイラーを天然ガスボイラーに切り替え、工業用水の再利用に向けた施設を整備するため、投資。目標は、2023年までに、工業用水の50%を再利用できるようにすることだ。
ソクタシュ(Soktas)がCO2排出量削減に向けて進める取り組みは、(1)電力調達の切り替え(石炭火力発電所から、天然ガスとオリーブの搾りかすによる発電へ)、(2)太陽光発電システムの設置準備など、だ。また、工業用水の再利用プロジェクトへの投資も継続するとしている。
- 注:
- 「リジェネラティブ」は、自然環境をより良い状態に再生させることを目指す考え方。特にリジェネラティブ・コットンは、土壌の質などを改善しながら栽培された綿花。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・イスタンブール事務所 国際貿易専門家
エライ・バシュ - 2009年6月にトルコのチャナッカレ・オンセキズ・マルト大学教育学部日本語教育学科を卒業。その後、大阪大学に留学し、2014年3月に言語文化研究科言語文化専攻博士前期課程を修了。2015年3月からジェトロ・イスタンブール事務所で調査担当として勤務。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・イスタンブール事務所 調査担当ディレクター
中島 敏博(なかじま としひろ) - 1995年関西大学大学院博士課程後期課程修了。1988~95年桃山学院高校で非常勤講師(世界史)。1995~99年カナダ・マギル大学(McGill University)イスラーム研究所PhD3単位修得後退学。2000年から現職。共著『イスタンブールに暮らす』JETRO出版、共著『早わかりトルコ・ビジネス』日刊工業刊、寄稿『トルコを知るための53章』明石書店刊、寄稿『NHKデータブック 世界の放送2009年~2016年、NHK放送文化研究所編』NHK出版刊