特集:COP27に向けて注目される中東・アフリカのグリーンビジネス二酸化炭素除去(CDR)クレジットで小規模農家の植林を支援(世界)

2023年2月9日

「二酸化炭素(CO2)除去(Carbon Dioxide Removal、CDR)」は、温室効果ガス(GHG)削減のツールとして、CO2を大気から除去し、地下や海域、コンクリート製品などに永久に貯留する人為的活動だ。本稿では、植林などを通じたCDRを用いて、企業のネットゼロ達成と、小規模農家による植林事業の促進を目指す企業の取り組みについて紹介する。

2015年に採択された「パリ協定」を受け、各国がネットゼロ(GHGの排出量と吸収量が差し引きでゼロになること)に向けた目標策定や取り組みを行う中、先進国を中心に、CO2排出に対して価格付けし、市場メカニズムにより排出を抑制するカーボンプライシングを用いた排出権取引(カーボンクレジット)が拡大している。カーボンクレジットには、国際機関や政府・自治体が発行するものなどさまざまな種類があるが、民間事業者によるカーボンクレジットの「ボランタリーカーボンマーケット」も近年大きくなっている(2021年9月15日付地域・分析レポート参照)。米国のカリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院ゴールドマンスクールのデータベースによると、発行年別のボランタリーカーボンクレジットの数量は、2015年に約6,433万CO2削減トン相当だったが、2021年には約2億9,764万CO2削減トン相当と、5倍弱に増加している。

一方、ボランタリーカーボンマーケットは評価基準や規制が定まっておらず、その品質には課題が残っている。国連のアントニオ・グテーレス事務総長が2022年11月に発表したネットゼロに関する報告書では、企業の取り組みについて、自社の削減目標達成に「高品質クレジット」以外のカーボンクレジットの利用は不可と明確化した。また、同月にエジプトで開催された国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)でも、排出量取引に関するカーボンクレジットなどを規定するパリ協定第6条に関して、「高品質クレジット」にかかる人権や先住民族への配慮などが議論された(2022年12月26日付地域・分析レポート参照)。

このボランタリーカーボンマーケットについて、独自の樹木モニタリング技術や衛星技術を用いて、小規模農家の植林事業をベースとするCDRクレジット(CDRによるCO2除去量に対して価格付けをしたクレジット)を提供しているのが、フェアベンチャーズ・デジタル(Fairventures Digital)だ。同社は2021年設立。ドイツ・シュトゥットガルトに本社を置き、ウガンダ・カンパラとインドネシア・バリ島に事務所を持つ。同社は小規模農家のカーボンマーケット参入を促進し、公正な対価の支払いを通して植林事業を支援することや、透明性の高いクレジットを発行することを目指し、ボランタリーCDRクレジットの発行を行っている。発行に当たって、同社のCDRクレジットには現在、Verra(注1)やゴールドスタンダード(注2)が提供しているカーボンクレジット認証から外れた新たな方法論が必要とし、炭素市場関連企業のカーボン・スタンダード・インターナショナルやカーボンフューチャーと協力の上、持続性を考慮した新たな認証規格を開発している。また、建材やバイオ炭(注3)による長期の炭素貯蔵事業も実施している。現在の主な顧客はスイスなど欧州の中堅企業だが、CDRクレジットに関心のある世界各地の顧客を受け入れている。

次のインタビューは2022年11月14日、COP27のクライメット・イノベーション・ゾーンで自社展示を行ったフェアベンチャーズ・デジタルの創業者でエグゼクティブディレクターのステファン・ファーバー(Stefan Ferber)博士に聞いた。


樹木測定用カードを手にするステファン・ファーバー博士(ジェトロ撮影)
質問:
ビジネスモデルは。
答え:
例えば、欧州には、自社のGHG排出量を相殺してネットゼロを目指す、科学的根拠に基づく目標設定イニシアチブ(Science Based Targets initiative、SBTi、注4)で称される「バランサー」企業が約1,000社存在する。しかし、企業がスコープ1、2、3(注5)での測定を行っても、環境に対して実際にどれほど影響を与えているか把握することは難しい。この問題について、われわれは解決する仕組みを作っている。
フェアベンチャーズ・デジタルのパートナーとなる樹木生産者(農家)は、専用アプリの「トゥリーオ(TREEO)」(注6)と測定用のカードを用いて樹木をスキャンし、データを「ツリー・クラウド」へ送信する。われわれは、自社技術と衛星画像によるマッピング技術を組み合わせ、各農家の土地の様子や樹木の位置・数量を確認するほか、樹木の直径などから実際のCO2除去量や、炭素貯蔵量を算出する。これらのデータを基に、正確で透明性の高いカーボンクレジットの発行を実現している。
世界には、植林により200ギガトンのCO2吸収が可能な劣化地が9億ヘクタールあり、われわれはこれに大きな将来性を感じている。一方、現状のカーボンクレジット市場では、樹木を生産する農家が十分な対価を手にしておらず、それにより市場が拡大しにくいということが言える。フェアベンチャーズ・デジタルは現在、CO2排出トン当たり35ユーロで取引を行っているが、その売り上げの最大80%を樹木生産者に送金している。20%については、洪水などの災害や、病気で農家が林業を続けられなくなった場合などに備える「リスクバッファー」となる。
また、フェアベンチャーズ・デジタルは植林事業に加えて、CO2を大気中に戻さずに長期的に炭素を貯蔵する方法として、バイオ炭や建材も利用している。バイオ炭は、化学肥料よりも費用が安くて環境にも良い上、100年以上も炭素を貯蔵することができる。建材としては50年程度の炭素貯蔵が可能で、木造建築のある日本には、このプロジェクトに関心を持つ企業があるのではないかと思っている。
質問:
創業の背景と、拠点をインドネシアとウガンダに設置した理由は。
答え:
われわれは、フェアベンチャーズ・ワールドワイド外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (注7)というNGOのスピンオフとしてスタートした。フェアベンチャーズ・ワールドワイドはインドネシアで10年以上、森林再生プロジェクトを実施している。そのプロジェクトの中で、われわれが現在提供している技術が必要と分かり、2021年にフェアベンチャーズ・デジタルを設立した。フェアベンチャーズ・ワールドワイドでつながりがあった5,000人以上(注8)の農家とは今も関係を持っている。このように、インドネシアでは既にコミュニティーができており、樹木の種類などの知識もあるため、インドネシアから事業展開を行った(注9)。しかし、ビジネスモデルはあらゆる地域で実践可能で、他国での展開もできると考えている。
質問:
今後の事業展開について。
答え:
目標は、2027年までに1,000万トンのCO2を捕捉することだ。われわれは2021年11月に設立して今年(2022年)で1年を迎えるが、来年(2023年)はさらなる資金調達を行った上で、他の国に事業を展開したいと考えている。特に、日射量や降水量が多く、土壌が肥沃(ひよく)で樹木の成長が速いという観点で、アフリカで言えばケニアやタンザニアなど、熱帯地域の国々に関心を持っている。
質問:
競合企業の状況は。
答え:
炭素除去の事業を行う競合他社は幾つかあり、森林やマングローブ、鉱物、炭素除去装置など、炭素除去のソリューションは多数存在する。それら競合企業と異なるのは、われわれが小規模農家と協力し、自然環境にとって良い方法を取っていることにある。具体的には、多くの炭素除去プロジェクトで、単一種類の樹木による、他の生物が存在しない森林が利用されている。このような森林は多くの炭素を吸収するが、他の生き物の生物多様性や土壌の健康、私たち自身の食糧安全保障全体にとっては有害となり得る。一方、われわれは生物多様性が保たれた自然で永続的な森林づくりを目指している。

注1:
ボランタリークレジット市場の代表的な自主的炭素基準のVCS(Verified Carbon Standard)の管理団体。
注2:
世界自然保護基金(WWF)のイニシアチブを前身として設立された、CDM (クリーン開発メカニズム)や JI (共同実施)プロジェクトの質に関する認証を提供する国際NGO。
注3:
植物や家畜のふん尿などの原料を加熱して製造した炭。農地の肥料として使用することで、難分解性の炭素を長期間土壌に固定することができる。日本では2020年9月からJクレジット制度で、バイオ炭をカーボンクレジットとして認証できるようになっている。
注4:
WWF、CDP(旧カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)、世界資源研究所(WRI)、国連グローバル・コンパクトによる共同イニシアチブ。企業に対し、気候変動による世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べ1.5度に抑えるために、科学的知見と整合した削減目標を設定することを推進している。2022年12月28日時点で1,133社のヨーロッパ企業が短期削減目標を設定している。
注5:
スコープは、GHG排出量の算定と報告基準の1つ。スコープ1は事業者自らによる直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)、スコープ2は他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出、スコープ3はスコープ1と2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)を指す。
注6:
農家(樹木生産者)向けのアプリケーションは2022年12月28日現在、アンドロイド版のみ提供されている。
注7:
本部をドイツ・シュトゥットガルトに置くNGO団体。熱帯雨林の小規模農家に対し、アグロフォレストリー(林業とともに、樹木の間での耕作や樹木を活用した畜産などの農業を行うこと)に関するレクチャーや、苗木の配布、持続可能な木材バリューチェーンの開発、樹木の炭素吸収にかかるモニタリングアプリケーション(TREEO)の提供などを通じた支援を行っている。
注8:
インドネシアで1,492人、ウガンダで3,665人の農家とパートナー関係を持っている。
注9:
フェアベンチャーズ・ワールドワイドは2016年のインドネシア事務所開設に続き、2018年にウガンダ事務所を開設しており、フェアベンチャーズ・デジタルの活動拠点となっている。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中東アフリカ課
久保田 夏帆(くぼた かほ)
2018年、ジェトロ入構。サービス産業部サービス産業課、サービス産業部商務・情報産業課、デジタル貿易・新産業部ECビジネス課、ジェトロ北海道を経て2022年7月から現職。

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