特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向世界で導入が進むカーボンプライシング(後編)拡大するボランタリークレジット市場
2021年9月15日
「世界で導入が進むカーボンプライシング(前編)炭素税、排出量取引制度の現状」で触れたとおり、カーボンプライシングには、炭素税や排出量取引制度(ETS)の形態がある。さらに、ETSの応用型としてカーボンクレジット取引制度がある。再生可能エネルギー(再エネ)導入、森林管理など温室効果ガス(GHG)排出を削減・抑制するプロジェクトをクレジットとして認証し、そのクレジットを売買するものだ。特に近年では、民間事業者によるボランタリークレジット市場が拡大している。
本稿では、多様なカーボンクレジット取引制度の概要を整理し、その最新動向を紹介する。
クレジット取引市場は多種多様
クレジット取引制度では、プロジェクトを実施する企業にとって、ビジネスとしてクレジットの売却益が期待できる。同時にクレジットを利用する企業にとっても、自社の排出削減が難しい場合に排出をオフセット(相殺)できる。クレジット市場には1.国際機関、2.政府・自治体、3.NGOなど民間事業者によるものなどがある。多種多様な制度が乱立しているのが現状だ(表参照)。
項目 | 国際 | 国内・地域 | ボランタリー |
---|---|---|---|
発効主体 | 国際機関 | 各国政府・自治体 | NGOなど |
代表的クレジット | CDM | EU-ETS、カリフォルニア州ETS、Jクレジット | Verra(Verified Carbon Standard)、Gold Standard |
発行残高(MtCO2、2020年)カッコ内は前年比伸び率 | 2,948(3%増) | 488(25%増) | 803(30%増) |
出所:World Bank,"State and Trends of Carbon Pricing 2021."
1.の代表は、京都議定書で承認されたクリーン開発メカニズム(CDM)。途上国と協力して実施した対策によって実現した排出削減量をクレジットとして、削減の効果を2国間で分け合うことになる。ただし、パリ協定上は、CDMの扱いが明確にされていない。パリ協定第6条で、市場メカニズムとしてa)国連による中央集権型のクレジット取引と、b)締約国間での自主的なクレジット取引の2つの形態が認められた。しかし、排出量のカウント方法など実施細則が合意できていない。この点は、2021年11月の第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)で議論されることになっている。
排出量取引制度にリンクしたクレジット取引も
2.の政府・自治体によるものとしては、例えば、カリフォルニア州ETSにリンクしたクレジット取引が挙げられる。事業者は炭素削減プロジェクトに投資し、その結果として取得したオフセットクレジットを、排出量抑制順守に利用できる。ただし、オフセットクレジットの対象は、国内の森林管理・都市林管理、畜産業排泄(はいせつ)物分解、オゾン層破壊物質の解体・掘削時のメタン回収に限定される。また、分野ごとに定められた手順に沿ってプロジェクトを開発し、認定第三者機関による認証を取得する必要もある。オフセットの使用枠上限も設定(2021~2025年は4%)。さらに、2021年以降は、州の環境便益に直結しないプロジェクトからのクレジットの使用は半分以下に限定される。
日本では、政府が推進するクレジットとして、Jクレジット、グリーン電力証書、非化石価値取引の3種類がある。Jクレジットでは、省エネ・再エネ設備の導入や森林管理などによるGHGの排出削減・吸収量がクレジットとして認定される。グリーン電力証書は、再エネにより発電された電気の環境付加価値を、発電事業者などがクレジットとして取り引きする仕組みだ。クレジットの購入者は消費電力が再エネによるものとみなされる。また非化石価値取引は、小売電気事業者を対象としたクレジットだ。
ちなみに、日本は2011年から、開発途上国との間で二国間クレジット制度(JCM 、Joint Crediting Mechanism)を実施している。その狙いは、日本独自の取り組みとして途上国の排出削減プロジェクトを支援するところにある。CDMと同様の仕組みを講じ、同時に日本の削減目標達成に活用する。現在、そのパートナー国は17カ国に上る。
民間主導のボランタリークレジット、評価基準作りにも着手
民間事業者による3.は、Verra(注1)などNGOが運営する。ボランタリークレジット市場と呼ばれ、特に近年、大きく拡大してきた。背景には、カーボンニュートラルの実現を宣言する企業が増加していることがある。こうした企業が自社で目標とする排出量削減ができない場合の相殺手段として、需要が増加した。世界銀行によると、2020年のクレジット発行残高は803MtCO2(CO2換算メガトン)。前年比30%増もの伸びだった。
さらに今後、ボランタリークレジットの需要を一層押し上げる要因として、CORSIA(国際⺠間航空のためのカーボン・オフセットおよび削減スキーム)の実施が挙げられる。国際⺠間航空機関(ICAO)では2020年以降、GHGの排出を増加させないことが合意されている。CORSIAはそれを実行するためのスキームであり、GHG排出のオフセットにボランタリークレジットの利用が承認されている。2021年よりパイロット運⽤が開始され、各航空会社はオフセット義務量が割り当てられ、必要量の排出枠をクレジットで購入することになっている。このため、クレジットの一層の需要増加が見込まれる。
ボランタリークレジットを活用したビジネス例として、カーボンニュートラル液化天然ガス(LNG)が挙げられる。これは、ボランタリークレジットによって、二酸化炭素 (CO2)排出が相殺されたLNGだ。このLNGを燃焼させても、CO2排出はゼロとみなされる。例えば、エネルギー大手のロイヤル・ダッチ・シェルは2019年6月に東京ガスとGSエナジーにカーボンニュートラルLNGを販売。このLNGは、インドネシアの泥炭地保全、ペルーの森林保全などのプロジェクトでCO2を吸収・削減したことで得たクレジットにより排出が相殺されたものと説明されている。さらに、東京ガスからは国内事業者へカーボンニュートラル都市ガスという形で供給されている。
なお、各国政府・自治体が発行するクレジットも、前年比25%増の488 MtCO2と拡大している。これは、ETSの排出枠をオフセットするニーズ増加などを反映した結果だ。一方、CDMを中心とした国際機関によるクレジット発行残高は、2,948 MtCO2。ボランタリー市場の3倍以上の規模に当たる。しかし前述の通り、パリ協定での扱いが不明確なことなどもあり、前年比3%増にとどまっている。
さらに、インターナル・カーボンプライシングという形で、自社内で炭素価格を導入する企業も増えている。これは、企業内部で独自に設定、使用する炭素価格で、低炭素投資、脱炭素化対策の推進を目的とする。世界銀行によると、2020年時点で853社が導入し、1,159社が今後2年以内に導入する意向を示している。
投資家や消費者などの関心の高まりを受けて、カーボンニュートラル実現を宣言する企業が増加してきた。そのなかで、その現実的な手段の1つとして、ボランタリークレジットの需要は今後、一層増大することが見込まれる。一方で、発行機関が多数に上り、クレジットの評価基準も十分に確立されていない。現在、有識者によるタスクフォースにより、基準づくりなどが進められている。その議論の行方も注目される(注2)。
- 注1:
- Verraは、ボランタリークレジット市場の代表的な自主的炭素基準であるVCS(Verified Carbon Standard)の管理団体。
- 注2:
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前イングランド銀行総裁のマーク・カーニー氏は2020年9月、「ボランタリーカーボン市場の拡大に関するタスクフォース」(英語)を設立。民間セクター主導のイニシアチブで250以上の企業・団体が参加した。このタスクフォースでは、クレジットの質に関する基準や評価枠組みなどを作成している。
また、2021年7月には、英国政府によって有識者を集めた「ボランタリーカーボン市場十全性(integrity)イニシアチブ」(英語)も設立された。高品質なクレジットを推進するための議論が進められている。
- 世界で導入が進むカーボンプライシング(前編)炭素税、排出量取引制度の現状
- 世界で導入が進むカーボンプライシング(後編)拡大するボランタリークレジット市場
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部 上席主任調査研究員
若松 勇(わかまつ いさむ) - 1989年、ジェトロ入構。ジェトロ・バンコク事務所、アジア大洋州課長、海外調査計画課長、ジェトロ・ニューヨーク事務所次長などを経て、2020年10月から現職。