特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向主要国で進む水素利活用の戦略策定(1)ヨーロッパの動き

2021年10月14日

新たなエネルギー源として、水素の活用に注目が集まっている。水素は、エネルギーとして使用する際に二酸化炭素(CO2)を排出しないという特徴がある。産業界では既に水素が利用されてきたが、その多くは天然ガスなどの化石燃料を用いて生産した水素であり、水素生産時のCO2発生が避けられない。そこで、再生可能エネルギーを用いた水の電気分解で生産された、生産から使用までCO2を排出しない水素の導入に向けた動きが進展している。このような水素は、「低炭素水素」や「クリーン水素」、「グリーン水素」などと呼ばれており、CO2の排出量が多い製鉄業や、航空・海運業などにおいて、製品の低炭素化または脱炭素化を可能にするエネルギーとして期待が寄せられている。

本稿では、水素の活用に向けて実施されている実証プロジェクトや、主要国・地域の水素戦略について、前編と後編に分けて説明する。

新たなエネルギー源として注目集まる水素

水素は、燃焼(酸素と結合)時にCO2が発生しないという特徴があるが、燃焼時にCO2が発生しなくとも、生産方法(注1)によっては一部CO2が発生する場合がある。そのため、水素は、生産時にCO2排出を伴うか否かによって、主に3種類に大別される(表1参照)。再生可能エネルギーを用いた水の電気分解によって、CO2を排出せずに作られるものをグリーン水素、化石燃料由来だがCO2 回収・(有効)利用・貯留(CCUS)を行うものをブルー水素、化石燃料由来でCCUSを行わないものをグレー水素と呼ぶ。CCUSは水素生産時に発生するCO2を回収・貯留することで、これにより水素の生産から消費までに生じるCO2がネットゼロになる仕組みだ。

表1:水素の分類
項目 グリーン水素 ブルー水素 グレー水素
生産時に使用するエネルギー 再生可能エネルギー 化石燃料 化石燃料
生産時の二酸化炭素排出 なし。 あり。ただし、回収・貯留・再利用を実施。 あり。

出所:IEA、IRENAなどを基に作成

最も環境にやさしいのはグリーン水素だが、グリーン水素の価格はグレー水素に比べて高いことが難点だ(注2)。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、グリーン水素の生産拡大における課題は経済性であり、グリーン水素の生産価格がグレー水素や化石燃料と同水準まで達する必要がある、と指摘している(注3)。

グリーン水素の価格は、電解槽への投資コストや稼働時間、再生可能エネルギーによって発電された電力のコストなどに左右される。IRENAによれば、2020年時点では太陽光または風力由来の電気で作られたグリーン水素の価格はブルー水素の価格を上回っているが、今後10年で、グリーン水素の生産コストを1キログラムあたり2〜3ドルまで低下させることが可能になるという(注4)。

EU加盟国で水素戦略の策定が相次ぐ

水素の中でも、グリーン水素とブルー水素の生産・利活用について、各国で水素戦略が策定されている(表2参照)。多くの国でグリーン水素の生産・輸送・利活用を主軸に据えているが、一部の戦略では、化石燃料およびグレー水素からグリーン水素活用社会への移行期に、ブルー水素の短中期的な活用を計画している場合もある。

EU(注5)では、欧州委員会が2020年 7 月に「欧州の気候中立に向けた水素戦略」を発表し、グリーン水素の推進を明確にした(2020年7月10日付ビジネス短信参照)。同戦略では、水素の電解槽の設置規模とグリーン水素の生産量を、2024年までに少なくともそれぞれ 6ギガワット(GW)と100万トン、2030年までに40GWと1,000万トンに、それぞれ引き上げることを目標としている。なお、短中期における推進対象には、既存の水素生産によるGHG(温室効果ガス)を削減するほか、将来のグリーン水素導入を支えるため、「低炭素水素」(ブルー水素)も含んでいる。また、欧州委は同戦略の発表と同時に、戦略の推進および実施を支援し、投資を加速させるための「欧州クリーン水素アライアンス」を発足させた。

ドイツは、EUの水素戦略よりも1カ月ほど早い、2020年6月に国家水素戦略を採択した(2020年9月9日付地域・分析レポート参照)。同戦略では、カーボン・ニュートラルの達成、パリ協定の目標の達成を掲げており、予算規模は90億ユーロとしている。同戦略では、2023 年までの第 1 段階を「水素市場の立ち上げ開始と機会の活用」、次の2030 年までの第 2 段階を「国内・国際的な水素市場の立ち上げの強化」としており、2023年までに実施する38の施策が策定されている。38の施策は、水素生産、水素の利用、インフラと供給、研究・教育・イノベーション、欧州レベルで必要な行動、国際水素市場と国外との経済的連携、などの9種類に分類されている(注6)。例えば、水素生産に関する施策では、グリーン水素の生産に必要な電力に対する公租公課の大幅免除の検討や、電解設備の運転事業者と電力系統事業者・ガスパイプライン事業者による新たなビジネスモデルや協力モデルの可能性の検討、電解設備への助成などが挙げられる。水素の利用に関する施策では、交通、産業利用、ビル・住宅への熱供給分野に細分化し、それぞれでインフラ構築やエネルギー転換のための助成などの施策を定めている。現在、ドイツで利用される水素は年間約55テラワットアワー(TWh)だが、その大半がグレー水素であり、まずは2030年までにグリーン水素14TWhの供給を目指している。なお、同戦略では、長期的に持続可能なエネルギーはグリーン水素としているが、市場形成過程でブルー水素を利用する可能性も排除はしていない。

フランスは、2020年9月に国家水素戦略を策定し(2020年9月10日付ビジネス短信参照)、2030年までに6.5GWの「脱炭素水素」(グリーン水素)生産設備の設置と600万トンのCO2排出量の削減を目指す。フランスでは石油や化学産業で水素が利用されてきたが、多くはグレー水素であり、年間900万トンのCO2が排出されていたという。同戦略では、(1)水電解によるクリーン水素生産セクターの創出と製造業の脱炭素化、(2)クリーン水素を燃料とする大型モビリティの開発、(3)水素エネルギー分野の研究・イノベーション・人材育成支援、を3本柱とし、環境にやさしい社会への移行と水素関連セクターの創出を促進する。

スペインは、2020年10月に「水素ロードマップ」を発表した(2021年8月30日付地域・分析レポート参照)。水素の供給面では国内の水素電解能力を2024年までに300~600メガワット(MW)、2030年までに4GWに高める計画だ。利用面では、2030年までに運輸分野で水素ステーション100~150カ所を設置、燃料電池車のバスや小型商用車・トラック、水素鉄道の導入を目指す。また、産業分野では、水素消費の25%をグリーン水素に転換する見込みだ。すでに大手電力企業を中心に、多数の企業が水素関連プロジェクトを発表している。

イタリアは、2020年11月に「水素国家戦略予備ガイドライン」を策定し、2030年までに最終エネルギー需要の2%を水素で賄うことや、水素利用を通じて2030年までに最大8メガトン(二酸化炭素相当)を削減することなども数値目標として掲げている(2021年5月17日付地域・分析レポート参照)。同ガイドラインはあくまでも予備としての位置づけで、国家水素戦略とその詳細については2021年内にも改めて発表される予定だが、産業界ではすでに水素の活用機会の拡大を期待し、産業界と大学・研究機関などによる共同プロジェクトや、企業間提携の動きがみられる(2021年6月4日付地域・分析レポート参照)。

チェコは、EUの「欧州の気候中立に向けた水素戦略」を基盤とした国家水素戦略を2021年7月に承認した(2021年8月2日付ビジネス短信参照)。経済的に利用可能な水素技術の発展加速と実装を目的としており、(1)低炭素水素の生産、(2)低炭素水素の利用、(3)水素の輸送と貯蔵、(4)水素関連技術の開発、の4本柱で構成されている。

このほか、新型コロナウイルス対応によって後ろ倒しになっているものの、オーストリアでも水素戦略策定が進んでいる(2021年5月17日付地域・分析レポート参照)。

英国もグリーン産業革命の1つとして水素戦略を発表

英国は、2021年8月に水素戦略を発表した(2021年8月23日付ビジネス短信参照)。GHG排出ネットゼロ達成のために2020年に発表された「グリーン産業革命のための10項目の計画」に基づく戦略で、グリーン水素とブルー水素を大量生産する計画が示されている。水素戦略では、2030年までに5GW規模の水素生産能力を開発することや、鉄鋼や電力システム、大型船や航空機などを含む幅広い分野で水素が利用可能になるためのロードマップを示している。さらに、「ネットゼロ・水素基金」を通じて2億4,000万ポンド(約362億円、1ポンド=約151円)を投資し、関連分野の成長を促すとともに民間投資を呼び込もうとしている。また、水素と並行して、CCUSの開発も進めている。2030年までに国内4カ所でCCUSを導入し、年間1,000万トンのCO2を回収する計画で、すでに、欧州のエネルギー関連企業による開発が進んでいる(2021年6月15日付地域・分析レポート参照)。

表2:欧州主要国・地域の水素戦略
国・地域 戦略名称(括弧内は採択または発表日) 概要
EU(欧州委員会) 欧州の気候中立に向けた水素戦略(2020年7月) 水素の電解槽の設置規模とグリーン水素の生産量を、2024年までに少なくともそれぞれ 6GWと100万トン、2030年までに40GWと1,000万トンに、それぞれ引き上げる。
ドイツ 国家水素戦略(2020年6月) カーボン・ニュートラルの達成、パリ協定の目標の達成が目的。2023年までの第1段階で、38の施策を実施予定。2030 年までの第 2 段階ではグリーン水素14TWhの供給を目指す。
階層レベル2の項目北部5州(注) 北ドイツ水素戦略(2019年11月) 利用する水素をいずれほぼ100%グリーン水素とすることを目指し、2035年までに北部ドイツでグリーン水素経済を確立する。
階層レベル2の項目バイエルン州 バイエルン水素戦略(2020年5月) 州として戦略的に研究・開発、インフラ・ネットワーク構築などを進める道筋を提示。
階層レベル2の項目ノルトライン・ウェストファーレン州 水素ロードマップ(2020年11月) 各種の試験プロジェクト実施による、水素経済の構築に向けた基盤づくりを目指す。
階層レベル2の項目バーデン・ビュルテンベルク州 水素ロードマップ(2020年12月) 産業、交通、エネルギー部門で使用される化石燃料を抑制、温室効果ガス削減を期待。州を水素・燃料電池技術の先行地とすべく、州内の水素経済の構築・拡大を目指す。
フランス 国家水素戦略(2020年9月) 2030年までに6.5GWのグリーン水素製造設備の設置と600万トンのCO2排出量の削減を目指す。
スペイン 水素ロードマップ(2020年10月) 水素電解能力を2024年までに300~600MW、2030年までに4GWに高める。燃料電池車両や水素鉄道の導入、産業分野では、水素消費の25%をグリーン水素に転換することを目指す。
イタリア 水素国家戦略予備ガイドライン(2020年11月) 2030年までに最終エネルギー需要の2%を水素で賄うこと、水素利用を通じて2030年までに最大8メガトンを削減することを目標に掲げる。2021年中にも国家水素戦略と詳細を発表予定。
チェコ 国家水素戦略(2021年7月) 経済的に利用可能な水素技術の発展加速と実装が目的。低炭素水素の製造、低炭素水素の利用、水素の輸送と貯蔵、水素関連技術の開発の4本柱で構成。
英国 水素戦略(2021年8月) 2020年11月に発表した「グリーン産業革命のための10項目の計画」のひとつ。2030年までに5GW規模の低炭素水素製造能力を開発するためのロードマップを示す。

注:国家または州政府等による戦略のみ掲載。北ドイツ水素戦略は、ハンブルク、ブレーメン、ニーダーザクセン、メクレンブルク・フォアポンメルン、シュレースビヒ・ホルシュタインの5州によるもの。
出所:欧州委員会、各国政府資料、ジェトロビジネス短信等を基に作成

水素の需給両面を強化する欧州の水素戦略

欧州では、EUの「欧州の気候中立に向けた水素戦略」が発表されて以降、EU加盟国や英国で相次いで水素戦略が策定された。グリーン水素の利活用に向けては、インフラ整備やコストの問題など、越えるべきハードルが複数あるため、ブルー水素を併用した段階的な水素普及も進展している。また、各国の施策をみると、電解槽能力の拡大などの供給面と、燃料電池車や幅広い産業における水素導入など活用面の双方に関する内容が含まれている。水素の供給能力拡大に加え、需要とそれを支えるインフラ整備を並行して進めていることがうかがえる。


注1:
水素の生産方法としては、化石燃料の改質や、製鉄所・化学工場などからの副産物としての水素発生、水の電気分解などがある。詳細は、資源エネルギー庁、第1回CO2フリー水素ワーキンググループ配布資料外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
注2:
「欧州の気候中立に向けた水素戦略」によれば、各水素の1キログラム当たりのコストは、生産条件次第ではあるものの、グリーン水素が2.5~5.5ユーロ、ブルー水素が2ユーロ、グレー水素が1.5ユーロ。
注3:
“Green Hydrogen Supply: A Guide to Policy Making”(IRENA)、2021年5月
注4:
“Global Renewables Outlook: Energy transformation 2050”(IRENA)、2020年4月
注5:
欧州燃料電池水素共同実施機構(FCH JU)が2019年に発表したレポート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによれば、EUの最終エネルギー需要に占める水素の比率は2015年時点で約2%だが、2050年までに8~24%に拡大する見込み。
注6:
詳細はジェトロ「ドイツにおける水素戦略と企業ビジネス動向」(2021年4月)参照。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
柏瀬 あすか(かしわせ あすか)
2018年4月、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、市場開拓・展示事業部海外市場開拓課を経て現職。

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