特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向自動車電動化や水素エネ・洋上風力推進などに官民動く(スペイン)
日本企業との協業も活発化
2021年8月30日
スペインでは、モビリティーの電動化やグリーン水素(注1)産業エコシステムの構築を目指し、官民で活発な動きがみられる。豊富な太陽・風力エネルギーが生み出す安価な再生可能エネルギー(以下、再エネ)電力がその強みと言える。EU復興基金の活用を視野に入れた日本企業の参入事例や商機についても紹介する。
モビリティー電動化、復興基金と規制の両面からてこ入れ
運輸部門は、温室効果ガス(GHG)排出量全体の27%を占める最大の排出源だ。「2050年までに1990年比90%GHG削減」を目指し、2030年までに現時点での排出水準から約3割を削減するのが目標だ。しかし依然として1990年の水準を上回っている(2021年8月30日地域・分析レポート参照)。そこで、今後10年以上の対策の中心となると目されるのが、モビリティーの電動化となる。
豊富な太陽・風力エネルギーで再エネ電力を安価に発電できるスペインでは、モビリティーの電動化の潜在性が高いと言われる。しかし、2020年時点で乗用車の全保有台数や新規登録台数に占める電気自動車(EV)とプラグインハイブリッド車(PHEV)の割合は、それぞれ0.36%、4.9%。いずれも、EU平均の半分以下だ。また、充電インフラの設置数も8,173カ所と、フランスやドイツ(約4万5,000カ所)と比べて大幅に少なく、2020年現在、電動化で後れをとっているのが実情だ。そのため、モビリティーは復興計画の中で最も重要な分野に位置付けられ、2023年までの復興基金プロジェクトの中で最大の予算(132億ユーロ)が割り当てられた。
規制面では、気候変動法で2050年までの乗用車・バンの排出ゼロ化に法的拘束力を持たせ、現行のEU目標に沿って2040年までに新車販売(商用車を除く)の全てをゼロエミッション車にする。また、人口5万人以上の全自治体で2023年までに低排出区域を設置することを義務付け、化石燃料車の都市中心部への乗り入れを制限。あわせて、大型給油所や住宅以外で20台以上の駐車場スペースのある建物には充電インフラの設置が義務付けられた。
また普及促進面では、復興基金から2021~2023年に65億ユーロを集中投下し、EV・燃料電池車(FCV)への買い替えや充電インフラ設置の支援、低排出型の都市交通インフラ整備を促進する。2021年の自動車購入補助(1台当たり最大7,000ユーロ支給)と充電インフラ設置助成(費用の30~80%)の予算は、前年の4倍に当たる4億ユーロ規模だ。今後3年間に最大8億ユーロまで拡大可能となっている。これによって国内のEV需要を喚起し、2023年までに充電ポイントを現在の12倍の10万カ所、保有EV台数を3倍の25万台に拡大する。
国内の自動車メーカー拠点のEV化対応も、復興基金の恩恵で一気に進みつつある。これまでEV生産投資については、車載バッテリー工場の誘致が懸案となっていた。復興計画により、官民連携による240億ユーロ規模の自動車セクター向け旗艦プロジェクトが始動。公的資金42億9,500万ユーロを投じ、約197億ユーロの民間投資を呼び込もうとしている。復興基金の支援を受けるためには、EVとバッテリーメーカーの両方が参加する企業連合を立ち上げ、複数の企業や地域を巻き込むことが必須だ。そのため、おのずからEV製造エコシステムの形成が促される。既にフォルクスワーゲン(VW)グループと傘下のセアトが同支援を通じて、同社として欧州3カ所目のバッテリー工場を設置する意向を明らかにしている。その他のメーカーも、EV生産計画を表明しつつある(2021年7月29日付ビジネス短信参照)。
グリーン水素大国を目指す
再エネ電力を利用して、二酸化炭素(CO2)を排出せずに製造するのがグリーン水素だ。エネルギー集約型産業や大型輸送など電動化が困難な分野を中心に、長期的な排出削減で電動化と両輪をなすことが期待されている。2020年10月に発表した戦略「水素ロードマップ」では、スペインでの水素電解能力を2024年までに300~600メガワット(MW)、2030年までに4ギガワット(GW)に高める目標だ。豊富で安価な再エネ電力を背景に、大規模なグリーン水素生産を前面に打ち出しているといえる。さらに利用面でも、2030年までに運輸分野では水素ステーション100~150カ所の設置、FCVのバス150~200台と小型商用車・トラック5,000~7,500台、水素鉄道2路線の導入を目指す。また、産業分野では、水素消費の25%をグリーン水素に転換することを目指す。復興計画でも、グリーン水素プロジェクトに約16億ユーロの予算を計上し、民間資金も含め89億ユーロの投資を見込む。
既に多数の企業が水素関連プロジェクトを発表している(表参照)。その大部分が大手電力企業を中心とした案件だ。特にイベルドローラのプロジェクトは、製造能力20MWの水素電解プラントにメガソーラー(出力100MW)とリチウムイオン蓄電設備〔20メガワット時(MWh)〕を併設。大手肥料メーカーのアンモニア工場で天然ガスをグリーン水素燃料に転換する。水電解装置の調達先、米国企業カミンズ(注2)の工場誘致にもつながる大規模案件と見られている。
また、ガス輸送網管理会社エナガスは、インフラ大手アクシオナや政府機関と、マヨルカ島でグリーン水素製造プロジェクトを進めている。圧縮・貯蔵や運搬、販売、既存ガス管を利用した水素輸送など、サプライチェーン運用に重点を置いた案件として注目される。
これらのほか、バスク州のBH2Cやカタルーニャ州の「カタロニア水素バレー」など、地域ごとの産官学エコシステム構築の動きもある。
プロジェクト | 内容 |
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イベルドローラ (電力) |
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エンデサ (電力) |
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エナガス (ガス輸送網管理) |
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レプソル (石油ガス) |
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バスク州(BH2C) |
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出所:エコロジー移行省、各社発表、各種報道を基に作成
日・スペイン間のビジネス事例は水素、洋上風力などの新技術中心
EU復興基金の活用を視野に入れた日本とスペインの企業間のグリーンビジネスも活発化しつつある。水素分野では、トヨタが2021年4月に鉄道機器大手CAF主導の水素電車開発に燃料電池システムを供給すると発表。三菱パワーは5月、イベルドローラとの間で再エネを活用したグリーン水素、バッテリー貯蔵、熱供給の電化ソリューションの開発推進に向けたプロジェクト創出で協力することで合意した。
洋上風力は、イベルドローラが世界各地で既に設備容量1.3GWを稼動済み。さらに、2.6GWの設備を建設中だ。また、風力発電機器大手シーメンス・ガメサが洋上風力発電機の納入・受注実績で世界シェアの7割を握っている。洋上風力分野では、スペイン企業がいち早くノウハウや実績を蓄積しつつあるのだ。一方、スペインは日本と同様、近海の大陸棚が狭く、従来の着床式洋上風力の開発が困難という事情がある。そのため、洋上風力発電所の設置実績は国内で実質ゼロである。
しかし近年、浮体式風力発電技術が成熟し、スペインでも2030年までに1~3GWの導入を目指す「洋上風力発電・海洋エネルギーロードマップ」の意見公募手続きが2021年7月に始まった。日本では2020年末以降、導入目標や海域利用などの政策整備を進めた動きが一足早く始まっており、これと重なる流れだ。浮体式技術が前提となるため、新たな洋上風力発電の市場や開発拠点として注目される。一方、技術面での参入障壁が高く、現時点では太陽光や陸上風力ほど激しい競争もないと言われている。
これに先立ち、イベルドローラは2021年2月、スペイン初の商用浮体式風力発電所(計300MW)を開発すると発表していた。日本でも、2020年9月には日本に洋上風力発電の事業拠点を設立。2021年3月には、コスモエコパワーおよび日立造船と共同で、青森西北沖での開発事業に参画している。今後、日本企業によるスペインでの洋上風力発電事業への参画の可能性もあるだろう。
また、これまで日・スペイン企業の連携や協業の舞台が第三国に広がるケースも多々見られた。地球規模での排出削減に向けた取り組みが必要となる中、今後そうした事例はさらなる広がりを見せていくと考えられる。
- 注1:
- 再エネ由来の電力を利用して、水を電気分解して生成する水素。製造過程で二酸化炭素を排出しない。
- 注2:
- カミンズは、ディーゼルエンジン大手として知られ、水電解装置も製造する。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・マドリード事務所
伊藤 裕規子(いとう ゆきこ) - 2007年よりジェトロ・マドリード事務所勤務。