特集:欧州に学ぶ、スタートアップの今 地域政府ごとの取り組みが進む(ベルギー)
2018年6月15日
スタートアップに対する公的支援が隣国のオランダやフランス等に比べ、やや遅れていたベルギー。連邦政府はスタートアップ支援に関する政策方針「プラン・スタートアップ」を2015年に打ち出し、税制優遇などを導入した。ただ、具体的な支援については、経済および企業支援を管轄しているフランダース、ワロン、ブリュッセル首都圏の地方政府のレベルで、おのおの実施している状況だ。元々、ベルギーには各種研究機関が多く、豊富なITエンジニア等の技術系人材を背景に、国内全体のスタートアップの起業は年々増加している。
連邦政府による五つの措置と地方別の動き
連邦政府は2015年3月、イノベーション(技術革新)の促進につながるスタートアップや小規模事業者向けの支援強化を念頭に、「プラン・スタートアップ 」として税制措置を中心とした次の五つの措置を発表 し、2015年以降順次、実行している。(1)スタートアップを対象にしたタックス・シェルター制度(経営者・投資家への個人所得税減税による税制優遇)、(2)より魅力的なクラウド・ファンディングの仕組み(資金調達に係る個人所得税減税および固定資産税の控除)、(3)設立3年未満の小規模事業者向けの賃金コスト削減(源泉徴収税の一部免除)、(4)デジタル分野への投資奨励・控除制度(サイバーセキュリティー、デジタル関連製品への投資金額の一定比率を課税対象収益から控除)、(5)Eコマース(電子商取引)における夜間作業の規制緩和。特に(5)のEコマースについては、インターネットショッピングの需要が拡大している中、ベルギーでは夜間作業や日曜営業の規制が厳しく、隣国のオランダ等に比べ競争力に劣っていた。これを解消すべく、物流を含むEコマース関連分野でのみ規制を緩和し、2017年2月から適用している。
スタートアップ向けの公的機関による具体的な支援、補助等はそれぞれの地方政府が提供している(表1)。各地方政府は、一事業当たり数千~数十万ユーロの規模の資金援助や研修・トレーニング等の支援をしている。
例えば、フランダース地域政府では、「スタート・トゥ・スタート(Start to Start )」という、起業家やスタートアップ向けの支援サイトで情報提供を行っている。デジタル分野の産業振興に力を注ぐワロン地域政府では、「デジタル・ワロニア(Digital Wallonia )」や「クレアティブ・ワロニア(Creative Wallonia )」というプロジェクトを立ち上げ、イノベーションにつながる革新的なプロジェクトやスタートアップに対する資金援助や各種支援等、充実したサービスを提供している。また、ブリュッセル首都圏地域政府は、2018年1月より、従来、小売り産業の支援を行っていたアトリウム(Atrium Brussels)、貿易投資振興を担っていたブリュッセル・インベスト・エクスポート(BIE)および企業支援を行っていたインパルス(Impulse Brussels)の三つの機関の機能を統合し、新たに「ハブ・ブリュッセル(hub.brussels)」を立ち上げた。今後は一つの機関として総合的に、スタートアップや中小企業のビジネス展開のサポートをする。
表1:ベルギー地域政府のスタートアップ支援情報サイト
名称 | 内容 |
---|---|
Digital Wallonia | デジタル関連産業の総合情報 |
Startup Camp | アクセラレーター |
W.I.N.G | 投資・ファイナンシング情報 |
名称 | 内容 |
---|---|
Start to Start | インキュベーター、アクセラレーター等の情報。 |
Vlaams Agentschap Innoveren en Ondernemen | フランダース・イノベーション・起業支援庁。起業家向けの総合サイト |
名称 | 内容 |
---|---|
hub.brussels | 起業家・スタートアップ向けの総合サイト |
citydev.brussels | インキュベーター情報 |
Innoviris/RISE | イノベーションに繋がるスタートアップ向けの補助金事業 1社最大50万ユーロまで援助 |
Brustart | 投資・ファイナンシング情報 |
- 出所:
- 各サイトよりジェトロまとめ。
効果的なスタートアップ支援への課題
一方、特にワロン地域では、ここ数年で、インキュベーター等、起業をサポートする関係機関が増加しており、スタートアップやこれから事業を始めたい者にとって、「どの機関を利用すれば良いか分かりにくい」という声も上がっている。補助金や支援をする複数の公的サービスの「いいとこどり」を行う企業の存在や、インキュベーターの数が多すぎ有望なスタートアップの取り合いが発生するなど、非効率な競争を指摘されており、より効果的な支援が課題となっている(経済紙レコー、2017年11月26日記事より )。
公的支援を利用し成功したベルギーのスタートアップ企業の事例としては、データ・ガバナンス・ソリューションを提供するコリブラ(Collibra 、本社:ニューヨーク)がある。同社は、約10年前にブリュッセル自由大学(オランダ語系)(VUB)からのスピンオフ企業として設立された。現在、本社機能を米国・ニューヨークに置いているが、起業時はブリュッセルに最初の拠点を設立した。当時、ブリュッセルを選んだ理由は、(本来、オランダ語系のブリュッセル自由大学出身にも関わらず)フランダースからの援助は得られず、ブリュッセル首都圏地域からは補助金による資金援助等のサポートを得ることができたからだという。その後、急成長を遂げ、現在では、ブリュッセルの他、パリ、ロンドン、ニューヨーク等で合わせて約300名の従業員を雇用している。同社は、3年以内に売上高を20億米ドルに伸ばすことを目指しており、ベルギー初の「ユニコーン」企業(時価総額10億ドル以上の非上場のベンチャー企業)となることが期待されている。
スタートアップの国外展開を支援
スタートアップや起業家を対象にしたイベントは各地で増えている(表2)。まだ小規模なイベントが多いが、約1,500社の企業が参加しているStartups.beが主催する「テック・スタートアップ・デー(Tech Startup Day)」は、ICT・デジタル分野に関わるスタートアップを対象にしたB2Bイベントで、ネットワーキング、投資家との面会、ブランドのアピール等を主な目的とし、毎年ブリュッセルで開催されている。同イベントには、ベルギー進出を目指す国外のスタートアップ、ベンチャー・キャピタル(VC)の参加も可能だ。
また、ベルギーのスタートアップ企業の国外でのビジネス展開を支援する取り組みも始まっている。フランダース貿易投資局(FIT)は、米国・ニューヨークを拠点とするアクセラレーター(資金援助や専門的コンサルテーションなどの支援を通じ、スタートアップの成長を支援する機関)大手のERA(Entrepreneurs Roundtable Accelerator)と提携し、スタートアップの米国市場展開を支援するプログラム(Flanders New York Accelerator)を2018年1月から開始した。選考されたフランダース地域のスタートアップ6社をニューヨークに派遣し、3カ月間の支援プログラムを提供する。各社はメンター(専門家)によるピッチング(投資家などを対象としたプレゼンテーション)、マーケティング、ファンディング(資金調達)等のトレーニングやアドバイスを受け、プログラム終了時には米国市場での成功に向けたビジネス戦略の立案を行う。
イベント・ プログラム名 |
時期 | 開催地 | 主催 | 概要 |
---|---|---|---|---|
Tech Startup Day | 2018年3月15日 | ブリュッセル | Startups.be | 起業家、スタートアップ企業と投資家対象のBtoBネットワーキング。ICT・デジタル分野。カンファレンスやワークショップを併催。Startups.beには、1500社以上のスタートアップが登録しており、120社のサービスプロバイダーが参加している。 |
Hack Belgium | 2018年4月26~28日 | ブリュッセル | hackbelgium.be | 起業支援イベント。1000名の参加者が3日間の会期中、「ベルギーの将来のため」に設定された12の課題に関連する新規事業の立案・立ち上げを目指す。各分野のエキスパート200名からアドバイスが受けられる他、ワークショップを併催。 |
Boostcamp | 2018年5月14~18日 | ブリュッセル | Microsoft Innovation Center Brussels | ICT分野のアーリーステージのスタートアップが対象のプログラム。事業案のビジネス化をサポートするツール、メンター制度、ネットワーキングを提供。 |
Reseau Entreprendre Bruxelles | ― | ブリュッセル | Reseau Entreprendre Bruxelles | 80以上の企業経営者がボランティアで起業家を支援するネットワーク。新たなビジネスに対し知見のある経営者がアドバイス・指導をする仕組み。 |
LeanSquare | ― | リエージュ等ベルギー各地 | LeanSquare | リエージュ拠点のアクセラレーター。デジタル分野等で成長が見込まれ、「ニューエコノミー」に寄与するスタートアップを支援。指導、ネットワーキング、出資等、ステージに合わせた支援を提供。 |
Flanders New York Accelerator | 第1期:2018年1月22日~4月13日 | ニューヨーク | ERA Global | フランダース出身のスタートアップの米国市場進出支援制度。NYを拠点にするアーリーステージ企業向けのアクセラレーターのERAと提携し、3カ月間の短期研修プログラムを提供。 |
- 出所:
- 各サイトよりジェトロまとめ。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ブリュッセル事務所 所員
土屋 朋美(つちや ともみ) -
2007年、ジェトロ入構。
貿易投資相談センター・ビジネスライブラリー課(2007~2010年)
海外市場開拓部海外市場開拓課(2010年~2011年)
機械・環境産業部機械・環境産業企画課(2011~2014年)
海外調査部欧州ロシアCIS課(2014~2015年)を経て現職。