特集:欧州に学ぶ、スタートアップの今 既存企業とのマッチングでスタートアップを支援(ドイツ・NRW州)
2018年6月15日
ドイツ国内最大の人口と域内総生産(GRP)を有するノルトライン・ウェストファーレン(NRW州)では、デジタル化の推進の一環として、スタートアップ支援を積極的に推し進めている。州内6カ所に「デジタルハブ(digihub)」と呼ばれる支援機関を設置し、コーチングやピッチ(投資家などを対象としたプレゼンテーション)イベントなどの開催のほか、州内に集積する大企業や中堅・中小企業などとのマッチングを中心にスタートアップを強力に支援している。また、アーヘン工科大学を中心としたアーヘン市では、緊密な産学連携が行われ、大学発の技術立脚型のスタートアップが次々と生まれている。
最大の経済規模を有するノルトライン・ヴェストファーレン州
北西部に位置するノルトライン・ウェストファーレン(NRW州)は、ドイツにある16の連邦州で最も人口が多く、ドイツ全体の国内総生産(GDP)の5分の1以上を占めるなど、ドイツ経済の中心の一つとして知られる。州内には、化学品・薬品大手のバイエル(Bayer)やエボニックインダストリーズ(Evonik Industries)、電力大手のエーオン(E.ON)やRWEなど、多くの大企業が本拠地を置いているほか、「Hidden Champion(隠れたチャンピオン)」と呼ばれる優れた中小・中堅企業が多く所在する。また、州都デュッセルドルフ市を中心に600以上進出する日系企業をはじめ、英国の通信大手ボーダフォン(Vodafone)やフランスの化粧品大手ロレアル(L'Oréal)がドイツ国内本社を置くなど、多くの外国企業が進出し、欧州のおけるいわゆる「支店経済」を構成しているのも特徴だ。さらに州内には、アーヘン工科大学をはじめとした高等教育機関やフラウンホーファー研究機構などの教育機関が所在しており、強固な産学連携によるイノベーションの創出に取り組んでいる。
スタートアップ支援を通じたデジタル化の推進
NRW州は、インダストリー4.0やさらなるイノベーションの促進のため、デジタル化を積極的に推し進めていく方針を示している。その中で、スタートアップ支援を通じたイノベーションの創出は、デジタル化を推進する中で目玉の一つに位置付けられている。2016年には、州内6の都市または地域(アーヘン、ボン、デュッセルドルフ、ケルン、ミュンスターラントおよびエッセン/ルール地域))に「デジタルハブ(digihub)」と呼ばれる支援拠点を設置した。デジタルハブに期待される最も大きな役割の一つは、スタートアップと、大企業や中堅・中小企業などの潜在的な提携候補先とのマッチングである。既存産業とスタートアップを結びつけることで、イノベーションの創出を促進するとともに、スタートアップの早期のビジネスモデル確立を促している。
デジタル化推進を進める州都デュッセルドルフ
デュッセルドルフ市は、州内で最もデジタル化の推進、およびスタートアップ支援に力を入れている都市の一つだ。同市の代表的な成功例として挙げられるのは、ホテル検索サイトプラットフォームを運営するトリバゴ(Trivago)だろう。同社は、デュッセルドルフで2005年に設立されたのち、順調に拡大を続け、2013年には米国の旅行検索大手エクスペディアが株式の61.6%、4億7,700万ユーロ相当分を買収した。現在では、世界55の国と地域で事業を展開、従業員は1,600名以上にまで成長した。
デュッセルドルフ市に置かれているデジタルハブである「デジタル・イノベーション・ハブ・デュッセルドルフ・ラインラント(Digital Innovation Hub Düsseldorf/Rheinland GmbH)」は、コーチングやピッチイベントの開催、隣接するコワーキングスペース(事務所、会議室などの共用施設)の提供などを通じ、スタートアップを支援している。さらにアクセラレーターとしての活動を積極的に行っており、これまでのビジネスマッチングの実績は、9,300件以上に上るという。同団体のパートナーには、デュッセルドルフ市やデュッセルドルフ空港、デュッセルドルフ商工会議所ほか、ボーダフォンや小売り大手のメトログループ(METRO GROUP)など、多数の大企業が名を連ねており、日本企業も半導体大手のルネサスエレクトロニクスや電子機器開発大手のワコムが参画している。また日本からのスタートアップ関連視察に対し、デジタル・イノベーション・ハブ・デュッセルドルフ・ラインランドが3日間のトレーニングセッションを実施するなど、海外のスタートアップとの交流も積極的に行っている。
デジタルハブが最も力を入れるイベントの一つが、「デジタル・デモ・デー(Digital Demo Day)」と呼ばれるものだ。バーチャルリアリティーや拡張現実、ドローン、スマートデバイス、ロボット、 IoT、サイバーセキュリティーなどの分野のスタートアップが一堂に会し、自社製品を展示・PRする。直近では2018年は2月に開催され、約70のスタートアップが出展、州内の企業やスタートアップ支援関係者を中心に約1500名が来場した。同イベントには、海外のスタートアップも参加可能で、今後規模を拡大していく方針だという。また、2018年4月13日~20日には「スタートアップ週間(Start Up Woche Düsseldorf)」が開催され、支援機関や民間アクセラレーターによるプレゼンテーションやピッチイベントなど、170以上の関連イベントが市内で行われた。
アーヘンにおけるモノづくり関連スタートアップ・エコシステム
州内のもう一つの注目地域がアーヘン市だ。同地はもともと炭鉱地域として知られ、1980年代以降の産業転換とともに、ハイテク企業の誘致とスタートアップ支援に積極的に取り組んできた。同市発のスタートアップには、アーヘン工科大学(RWTH)のスピンオフ企業が多く、代表的な例としては、自動車エンジニアリングFEVグループや半導体大手のアイクストロンなどが挙げられる。また最近では、2010年に同大学初のスタートアップとして設立され、現在はドイツポスト傘下にあるストリートスクーター(StreetScooter)や、2015年に設立されたイーゴーモバイル(e.GO.Mobile)など、電気自動車関連のスタートアップの活躍も目立つ。
RWTHをはじめとしたドイツの工科大学の特徴として、大学と企業間の連携が強固な点が挙げられる。研究人材の相互交流のほか、企業による教授職の給与負担や大学施設建設への協力などが行われ、研究成果の迅速な商業化が実践されやすい土壌が育まれている。電気自動車への転換が一つの大きなトピックとなっている今日では、自動車関連での提携事例も多く、トヨタ自動車、デンソーなど、日系企業もRWTHとの提携に取り組んでいる。
同市では、大学および研究機関ほか、地域の金融機関や商工会議所、ベンチャー支援機関、自治体が協力し、高い技術力を持つスタートアップ企業を支援している。ベンチャー支援機関であるAGIT (Aachener Gesellschaft für Innovation und Technologietransfer)では、オフィススペースとワークショップエリアを安価な賃料で利用可能で、大学や研究機関の研究施設や人的ネットワークへのアクセスを提供しているほか、地域の商工会議所などと協力し、潜在的な投資家の紹介も実施している。事前審査はあるが、外国のスタートアップでも利用可能だ。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所 ディレクター
森 悠介(もり ゆうすけ) - 2011年、ジェトロ入構。対日投資部対日投資課(2011年4月~2012年8月)、対日投資部誘致プロモーション課(2012年9月~2015年11月)を経て現職。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所
ベアナデット・マイヤー - 2017年よりジェトロ・デュッセルドルフ事務所で調査および農水事業を担当。