特集:欧州に学ぶ、スタートアップの今 急成長でユニコーン企業が初めて誕生(スペイン)
2018年6月15日
スペインでは2017年、技術系スタートアップへのベンチャーキャピタル投資額が単年ベースで初めて10億ユーロを超え、初めてユニコーン企業が生まれた。海外からの大型買収も増加。多国籍なエコシステムへと急成長しつつあるスペインのスタートアップ環境は、中南米へのゲートウェイとしての位置付けも注目される。
成熟期を迎えたスタートアップ市場、2社のユニコーン企業が誕生
通信最大手テレフォニカの発表によると、2017年のスペインの情報・通信およびソフトウエア系スタートアップへのベンチャーキャピタル(VC)投資額が前年比77%増の10億9,600万ユーロと初めて10億ユーロの大台を超えた。欧州連合(EU)では英国、フランス、ドイツに次ぐ4位で、スウェーデンを抜いたとされる。
スタートアップの各成長段階での出資や企業の合併・買収(M&A)を含めた件数ベースでも前年比41%増の389件と活況を呈し、スペイン系で初めて企業価値が10億ドル以上の未上場企業「ユニコーン企業」が2社生まれた。
このうち、マドリード発の「キャビファイ(Cabify)」は2011年創業の配車アプリ。競合の米ウーバーが一般人ドライバーを活用するライドシェアサービスで参入したものの、タクシー業界からの強い反発を背景にマドリードやバルセロナの裁判所より営業停止に追い込まれたのを尻目に、プロの運転手を採用し規制順守を徹底した。また高級車を使った法人向けサービスに重点を置くことで差別化に成功し、中南米に積極的にも進出。現在では14カ国130都市で展開している。楽天グループのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)が主要投資家となっており、創業から約6年半で企業価値は10億ユーロを超えた。直近2018年1月のVCからの資金調達後には企業価値が14億ドル(約11億3,400万ユーロ、1ドル=約0.81ユーロ)に達した。
「レットゴー(Letgo)」は2015年にバルセロナで創業したフリーマーケットアプリだ。開発拠点をバルセロナに維持しつつ、米国で事業展開している。スペイン最大フリマアプリ「ワラポップ(Wallapop)」の米国事業との統合を通じて規模を拡大し、2017年1月には南アフリカのメディア大手ナスパーズから1億7,500万ドルの投資を受け、2015年の創業からわずか2~3年でユニコーンクラブ入りした。
エグジットは買収が主流
2017年は買収によるエグジット(創業者や投資家が投資を回収すること)も相次ぎ、2月にモバイルゲーム開発「ソーシャルポイント(Social Point)」が米国同業「テイクツー・インタラクティブ・ソフトウエア」に2億ユーロ超で買収されたほか、住宅関連の緊急修理サービスアプリ「アビティシモ(Habitissimo)」が英国同業「ホームサーブ」に2,000万ユーロ超で70%取得された。
2017年のスペインにおけるスタートアップ数は前年比約20%増の3,258社とされるが、まだ全体的に規模が小さく、エグジットに至るのは100社に1社と言われる狭き門だ。また新規株式公開(IPO)にあたっての財務要件やコスト負担を満たせないケースが多いため、他の欧州諸国と同様、上場よりも主に国外の同業やVCによる買収を通じたエグジットが主流だ(表参照)。
時期 | スタートアップ名(業種) | 買い手企業(業種) | 金額 |
---|---|---|---|
2010年10月 | バイビップ(BuyVip、会員制セールサイト) | アマゾン(Amazon、米国・ECプラットフォーム) | 7,000万ユーロ |
2013年2月 | ソフトニック(Softonic、ダウンロードサイト) | パートナーズ・グループ(Partners Group、スイス・投資ファンド) | 8,250万ユーロ(株式の30%) |
2013年8月 | アルシス(Arsys、インターネット接続・クラウド) | ユナイテッド・インターネット(United Internet、ドイツ・同業) | 1億4,000万ユーロ |
2014年2月 | ミルアヌンシオス(Milanuncios、クラシファイドサービス) | シブステッド(Schibsted、ノルウェー・ネットメディア) | 1億ユーロ |
2014年4月 | イードリームズ(eDreams、オンライン旅行予約) | (上場) | 11億ユーロ |
2014年10月 | トロビット(Trovit、アグリゲーションサイト) | ライフル(Lifull、日本・ポータルサイト運営) | 8,000万ユーロ |
2015年2月 | ラ・ネベラ・ロハ(La Nevera Roja、フードデリバリー) | フードパンダ(Foodpanda、ドイツ・同業) | 8,000万ユーロ |
2015年7月 | イデアリスタ(Idealista、不動産情報サイト) | アパックス・パートナーズ(Apax Partners、英国・投資ファンド) | 1億5,000万ユーロ超 |
2016年4月 | プリバリア(Privalia、会員制セールサイト) | バントプリベ(Vente-Privee、フランス・同業) | 5億ユーロ |
2016年5月 | チケットビズ(TicketBis、チケット販売サイト) | イーベイ(eBay、米国・ECプラットフォーム) | 1億5,000万ユーロ |
2016年7月 | オラピック(Olapic、ユーザー生成コンテンツによる販売促進) | モノタイプ(Monotype、米国・欧文フォントメーカー) | 1億3,000万ドル |
2017年2月 | ソーシャルポイント(Social Point、モバイルゲーム) | テイクツー・インタラクティブ・ソフトウエア(Take Two Interactive Software、米国・同業) | 2億ユーロ |
- 出所:
- 企業ウェブサイト、報道などを基に作成
大企業もスタートアップ取り込みに本腰
スペインの企業によるスタートアップ投資や提携・協業の動きも徐々に活発化している。スペインの主要株価指数IBEX35指標銘柄を構成する超大企業の多くが自前のアクセラレーターやコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)(投資事業を主体としない事業会社による投資)を通じたスタートアップとの関係強化を進めている。代表的な例である通信大手のテレフォニカは、スタートアップ支援・投資プラットフォームである「オープンフューチャー(Open Future)」の下で、欧州と中南米のハブ11カ所でシード投資(早期でのスタートアップへの投資)やメンタリング(専門家によるアドバイス)、コワーキングスペース(共用オフィス施設)を提供するアクセラレーター「ワイラ(Wayra)」や、同社のCVCである「テレフォニカ・ベンチャーズ」、中南米などで官民協調ファンドによる投資を主導する「アメリゴ(Amerigo)」を通じてスタートアップに投資している。2017年末までに同社のスタートアップの投資先は1,700社以上に達し、うち783社に上記の支援スキームを通じた投資を行った。
ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行(BBVA)も、英国のモバイルアプリ銀行「アトム(ATOM)」をはじめとするフィンテックスタートアップへのM&Aを活発に展開するほか、スタートアップ発掘コンペ「オープンタレント(Open Talent)」や内製アクセラレーターを通じて、「破壊的」技術の取り込みに力を入れる。
スペインは金融危機で失業率が上昇して以降、起業を支援するアクセラレーターが急増し、現在では140以上ある。有名起業家が多数参加するスペイン初のアクセラレーター「シードロケット(Seed Rocket)」から、一代でスペイン最大のスーパーマーケットチェーンを築き上げた「メルカドナ」創業者が自ら推進する「ランサデラ(Lanzadera)」、自治体政府機関が運営するものまで多彩だが、近年は特に大企業が運営し、特定の業種に特化した設立が多い。
公的機関によるアクセラレータープログラムとして面白いのは、バスク州政府の「バインド4.0(BIND4.0)」だ。国に先行してインダストリー4.0に取り組む同州(2016年12月27日記事参照)では、2016年より製造業を中心とする州内大企業とスタートアップのマッチングによるオープンイノベーションを支援している。プロジェクト公募で選ばれた国内外のスタートアップは約半年間、パートナー企業から報酬を受け取りサービスを展開すると同時に、州政府から集中的な活動支援プログラムを受ける。2017年は欧州、米州、アジア58カ国から385件の応募があり、選抜されたスペイン、欧州3カ国、およびカナダのスタートアップ27社が、鉄道車両CAFや電力大手イベルドローラ、自動車部品ゲスタンプ、メルセデスベンツ・ビトリア工場といった大企業27社と協働でプロジェクトを実施した。
スタートアップの登竜門的コンペ、日本企業との協業例も
駆け出しのスタートアップが投資家や大企業に売り込みを行うために活用されるのが、スタートアップ発掘コンペやネットワーキングイベントだ。
コンペで知名度が高いのは、NTTデータの子会社エヴェリスが運営するエヴェリス財団が毎年開催する「エヴェリス・アワーズ(Everis Awards)」。世界中のデジタル、バイオ・ライフサイエンス、産業技術分野の起業家を対象とし、6万ユーロの高額賞金に加えて1万ユーロ相当のメンタリングが受けられるのが魅力だ。同コンペでは2018年よりセミファイナリストが、NTTデータが世界的に開催する「豊洲の港からpresents グローバルオープンイノベーションコンテスト」への出場権を獲得できるようになった。
なお、NTTデータの同コンテストのグランドチャンピオンはここ2年連続でスペイン系スタートアップとなっている。このうち2017年に受賞した「ソーシャルコイン(Social Coin)」とは、2018年2月に人工知能(AI)を活用した地域理解ソリューションの開発での協業を行うと発表した。
金融大手カイシャバンク系の財団が経済・産業・競争力省傘下の国家イノベーション公社(ENISA)と共催する「EXXIアワーズ(EXXI Awards)」は、スペインまたはポルトガルに拠点を持つ中小零細企業が対象。毎年結果が大きく報道され、勝者は賞金2万5,000ユーロに加え、知名度や財界、投資家とのコンタクトを手に入れることができる。
ネットワーキングイベントにも注目
「イニシアドール(Iniciador)」など、スタートアップ創業者らが推進するネットワーキングイベントが各地で毎月のように開催されている。大型イベントとしては、スペインのスタートアップの65%が集積する二大ハブのバルセロナとマドリードでは、それぞれ年に一度、国際規模のイベントが実施されている。
バルセロナでは「フォー・イヤーズ・フロム・ナウ(4YFN)」が、毎年2月開催の世界最大級のモバイルイベント「モバイルワールドコングレス(Mobile World Congress)」と併催され、年々にぎわいを見せつつある。5回目を迎えた2018年は、欧州、アジア、中南米の12カ国から600社超のスタートアップが出展した。600超の投資家が参加し、企業関係者を含む2万人以上が来場した。今回は日本のスタートアップ7社が初めて共同パビリオンに出展した。
マドリードでは「サウス・サミット(South Summit)」が毎年10月に開催されている。同イベントは、有名女性起業家が設立したスタートアップ推進団体スペインスタートアップとIEビジネススクール傘下のIE大学、電力大手エンデサ、グーグル起業家支援プログラムが中心となり運営されている。2017年で5回目を迎え、3,500社超のスタートアップ、2,700社以上の企業、約100カ国から650超の投資家が参加、1万2,500人が来場した。同イベントの目玉は、国内外のスタートアップから公募・審査された100社を中心とした投資家へのピッチ(プレゼンテーション)や1対1のミーティングで、これまで参加した500社は合計14億ドルの資金を調達した。
成長スタートアップも初期は公的支援を利用
スペイン政府はスタートアップのみを対象とした政策は打ち出していないが、中小零細企業によるイノベーションを積極的に推進してきた。資金調達支援の面で最も重要な支援は、開発金融公庫(ICO)によるスペイン初の官製ファンドオブファンズ(注1)である「FOND-ICO」だ。2013年に12億ユーロの資金で組成され、これまでに40のベンチャーキャピタルから合計30億ユーロのファンド資金を呼び込むことに成功した。
スタートアップに直接支援を行っているのは、経済・産業・競争力省傘下の国家イノベーション公社(ENISA)および産業技術開発センター(CDTI)だ。
ENISAは1980年代より、企業の投資額と原則同額の低利・長期の融資(成熟段階に応じて2万5,000~最大150万ユーロ)を無担保で提供する代わりに、企業が黒字となった場合には利益率に応じた変動利子を受け取る形の支援を続けている。2016年は融資件数808件のうち、495件が創業2年以内のいわゆるスタートアップに該当する企業向けで、融資額は3,500万ユーロに達した。うち相当部分が情報・通信分野とされる。
CDTIは、情報通信やバイオ分野などにおいて技術革新やR&Dを行うテクノロジー企業に対象を特化した補助金を提供する「ネオテック(Neotec)」プログラムを2002年より行っている。2016年より予算が従来の倍額の2,000万ユーロに引き上げられたことで、助成企業数はそれまでの年間60件から100社以上に急増した。
エグジット予備軍と呼ばれる成長したスタートアップの中には、初期にこうした公的支援を受けたところも多い。公表こそされていないものの実質的なユニコーン企業(企業価値10億ドル以上の未上場企業)とも言われるデジタル人材派遣「ジョブアンドタレント(Jobandtalent)」や、配達アプリ「グロボ(Glovo)」はENISAの支援を利用。グロボは、ファストフード店など配達サービスのない実店舗で商品購入を代行し、1時間以内に自宅配送を行うというEコマース市場のニッチを突いたビジネスで、2015年創業にもかかわらず2017年9月には楽天キャピタルなどによる大型出資で企業価値が7,000万ユーロに達したとされる。
オンライン投票管理システムの世界最大手「シテル/サイトゥル(Scytl)」は2001年創業のバルセロナ自治大学からのスピンオフであり、CDTIとENISAの両プログラムを利用した。現在の企業価値は3億6,000万ユーロを超えており、早晩エグジットに至ると言われている。
CDTI振興協力部でデジタル化分野の支援プログラムを担当するラウル・ガルシア氏は、「破壊的技術を持つ企業でも資金調達ができなければ1~2年で消えてしまう。エンジェル投資家(注2)よりも、さらに早期の段階で有望な企業を支援するという点で、公的機関が支援する意義がある。また、ターゲット市場よりも企業が持つ技術を重視する点で、民間投資家とは目線が異なる」と説明する。
海外のスタートアップも誘致
スペイン貿易投資庁(ICEX)は2016年より、国外の革新的スタートアップの誘致プログラム「ライジングスタートアップ・スペイン(Rising Startup Spain)」を始動した。毎年公募から選ばれたスタートアップ10~15社を対象に、ビザ発給迅速化、マドリードとバルセロナにおける無料ワーキングスペースや専門的なアドバイスの提供、1万ユーロの資金支援を行う。
スペインのエコシステム(起業および事業推進の環境)は、他のEU主要国ほどの規模や成熟度ではないが、近年の急成長ぶり、開発人材の層の厚さと比較的低い人件費、生活の質の高さでは際だっており、今後スタートアップの多国籍化が進むと期待される。
CDTIアジア大洋州R&Dプログラム担当のアンヘレス・バルブエナ氏は、「大企業だけでなくスタートアップにとっても、スペインは欧州、中南米、北アフリカへのゲートウェイである。スペイン発の成長しているスタートアップの多くは中南米市場を飛躍のバネとした。海外の起業家にとっても、中南米市場への足がかりの可能性という意味も含めて、スペインはビジネスチャンスの大きい市場だ」と語る。
- 注1:
- スタートアップへ投資するファンドへの出資を行うファンド。
- 注2:
- 起業して間もない小さな会社に対して資金を提供する、個人の投資家。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・マドリード事務所
伊藤 裕規子(いとう ゆきこ) - 2007年よりジェトロ・マドリード事務所勤務。