特集:欧州に学ぶ、スタートアップの今 IT分野だけでなく製造業ベンチャーにも魅力(イタリア)

2018年6月15日

イタリアにおいてもイノベーティブなスタートアップの成長支援は重要視されており、国や地方自治体、大学、金融機関、投資家やインキュベーターなどが支援を実施している。外国人の設立したスタートアップが地方自治体政府の支援を受け、大企業への売却に成功した例もある。

スタートアップ創出を政策的に支援、非EU市民向けのビザも設定

イタリア政府のスタートアップ支援策については、経済開発省が2012年より「デクレート・クレシータ(Decreto Crescita)2.0」(「成長政策2.0」の意)を定めており、毎年更新している。継続的な成長や技術進歩、若者の雇用環境改善、産学連携、優秀な人材の流入や資本の誘致などを目的としている。

2017年の主な優遇策としては、電子署名による会社設立時の登記など経費無料化、商工会議所への登録、印紙税の免除などがある。また、法律改正によりスタートアップ有限会社の設立が可能となり、有限会社でありながら株式発行による資金調達が認められるようになった。他にも付加価値税の還付のための書類提出が免除される基準金額の引き上げなど、起業直後のアーリーステージにあるスタートアップ企業を支援するための法律改正が実施されている。

外国人起業家にとっての一つのハードルとなるビザの取得についても優遇があり、非EU市民がイタリアで起業する場合のビザが2014年より設定されている。スタートアップビザと呼ばれるプログラムで、非EU市民のスタートアップの自営業者ビザ発行が通常のビザ発行に比べ大幅に迅速化、30日以内に発行されると明文化されている。また、学生ビザで入国して滞在している者が起業する場合、自国に戻り改めて手続きすることなく、スタートアップビザへの切り替えすることも可能とされている。卒業後または在学中に大学のインキュベーション施設などでスタートアップを始める場合などを想定している。

投資家とのマッチングイベントについても国レベルでの取り組みがなされている。東京でも「イタリアンイノベーションデー」というスタートアップ企業の投資家への露出イベントが実施されており、2018年は5月30日にジェトロ、NTTデータの協力の下、在東京イタリア大使館が開催された。このほか、規模の大きな投資家とのマッチングイベントについては、ITALIAN INVESTMENT SHOWCASE外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます が挙げられる。2017年はミラノで、2018年はトリノで開催された。イタリア産業総連盟や伊大手金融機関のインテーザ・サンパオロ銀行、スタートアップ支援機関、コンサルティング会社と開催地の州政府などが協力し、投資家側として日系企業の参加もみられた。

また、国だけでなく地方自治体レベルでもさまざまなスタートアップ支援を行っている。例えば首都ローマのあるラツィオ州では、ラツィオ州に拠点を置く中小・零細企業向けに補助金を設定しスタートアップの立ち上げ直後の時期の経営を支援する。2014~20年の欧州地域開発基金(ERDF)を活用しており、総額400万ユーロ規模だ。

大学が人材育成、起業の場を提供

またイタリアのスタートアップ環境においては、大学もさまざまな役割を担っている。まずは人材供給の面だ。経済開発省と国家統計局(ISTAT)が2017年2月に発表した調査によると、スタートアップ企業4,363社の人材の特徴として、72.8%が経営管理や技術工学の分野で高水準の成績で卒業し、88%がそれぞれの研究分野と一貫した職務を行っていると回答している。また、大学は起業環境の整備にも貢献している。ミラノ工科大学の例を挙げると、ミラノ市と共同で産学連携を目的とした機関「ポリハブ」を創設、メンター組織による経営指導や、国内外のベンチャーキャピタル、エンジェル投資家組織、コーポレートべンチャーキャピタル(CVC)(注1)と提携したスタートアップの資金調達の支援を実施しており、無線機器製造のフルーイド・メッシュ(Fluid Mesh)など、国際的な企業が生まれている。ミラノのボッコーニ大学も、ミラノ商工会議所・ミラノ市と連携して「スピード・ミー・アップ」という組織を設立しており、インキュベーション施設の提供、ビジネスプラン策定の指導、投資家とのマッチング機会の設定などを実施している。また、トリノ工科大学も「I3P」というインキュベーション施設を大学内に設置している。

民間のコワーキングスペース(オフィス機能やミーティング機能がある共用施設)やインキュベーション施設、アクセラレーター(企業の成長促進をするための資金やコンサルティングなどの支援をする機関)も集積しはじめている。例えば、世界各地に拠点を持つ「インパクト・ハブ(Impact HUB)」のミラノオフィスだ。コワーキングスペースの提供や専門家によるアドバイス、投資家へのプレゼンテーション機会の提供のほか、6カ月間のアクセラレータープログラムを有する。同オフィスにはイタリアで起業する外国人の入居例もある。


Impact HUBミラノオフィスのコワーキングスペース(ジェトロ撮影)

コワーキングの形としては、パソコンを持参したスタートアップや起業を目指す若者の作業空間や交流空間の形成もみられるようになってきている。イタリアのカフェ文化といえば、伝統的にはカウンターでの立ち飲み形式であるが、特にミラノでは万博の開催後に旧来のカフェとは異なる座って時間を過ごせるようなカフェが増加しており、例えばミラノのカフェ「オット(oTTo)」では情報交換やアイデアの出し合い、作業に励む人たちの姿がみられる。また、仏大手小売りのカルフールがミラノ中心部の店舗内にコワーキングスペースを設けるといった動きもみられる。

外国人の設立企業も公的支援を利用しマイクロソフトへ売却に成功

外国人や外国企業がイタリアで起業を行う上での魅力は何か。先述のインキュベーターインパクト・ハブ(Impact HUB)ミラノのマルコ・ファビオ・ナンニーニ最高経営責任者(CEO)は、投資に関する優遇措置やビザに関する制度は欧州他国に比べても優れると指摘する。

外国人設立のスタートアップも現地機関の支援を活用してエグジット(注2)に成功した例もある。クラウドコンピューティング・IoT関連アプリケーションを扱い、2016年にマイクロソフトに買収されたソレール(Solair)だ。同社は2011年にボローニャで英国人のトム・デイヴィス氏によって設立された。2013年5月にエミリア・ロマーニャ州政府と同地域の大学・シンクタンクが連携し設立したスタートアップを支援する組織であるAsterが共催したコンテストで選出され、その後無料のメディア戦略に関する支援サービスや展示会への出展機会、投資家への露出機会の提供などを受け、エグジットに成功している。

ブランディングや中量生産が得意なイタリア企業から学ぶ

またイタリア企業の得意とする分野を間近で学び取り入れることができるチャンスがあるのも、イタリアでスタートアップを立ち上げる魅力の一つといえよう。例えば、ブランディングだ。ミラノ在住のビジネスプランナーである安西洋之氏は「イタリア企業は論理的思考に基づく説明方法や言語化には馴染(なじ)みにくい価値観や理念の重要性の理解について一日の長がある」と指摘する。こうした分野で優れた企業の例として、安西氏はブルネロ・クチネリの名を挙げる。ブランド力の強い高価格帯のアパレル製品を供給することに成功している同社は自らを「人間主義的な企業」と称し、同社ウェブサイトで消費者に語られるのは哲学や芸術、地域創生の価値観や現代社会への考察などだ。

またものづくり分野に関して、安西氏は「イタリアは少量生産と大量生産の間に位置する、中間ボリュームの生産に長(た)けているのが強味の一つ」と語る。日本では職人技術に依拠する企業が生産量を十分に確保できないといった問題が頻繁に発生するが、イタリアは職人文化という文化的資産を活用して量産品の中に職人的要素を入れ込むことに長(た)けている。そのためイタリアで起業したりイタリア企業と協業することは、このボリュームゾーンに適応し、マーケットをつかむチャンスがあると指摘する。


注1:
一般事業会社によるスタートアップへの投資活動のことおよびその活動を行う組織。
注2:
株式売却などによって創業者や投資家が投資を回収すること。
執筆者紹介
ジェトロ・ミラノ事務所 ディレクター
山内 正史(やまうち まさふみ)
2008年、ジェトロ入構。ジェトロ青森などを経て2014年8月より現職。

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