特集:世界経済を展望するキーワードワクチン:2021年上半期に急増したワクチン貿易、関連商品の貿易も増加
2021年10月7日
今後の世界経済の先行きの最も重要なカギの1つが、新型コロナワクチンだ。2020年末に新型コロナウイルスに対応するワクチンが世界で初めて承認されて以来、生産や接種状況などに大きな関心が寄せられている。ここではワクチンと関連商品の世界貿易につき、足元の動向を追う。
ワクチン供給国の顔ぶれに変化、中国が輸出上位に
世界経済は新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)拡大の影響を受け、未曽有の危機に陥ったが、徐々に回復軌道に乗りつつある。景気回復の最も重要なカギの1つがワクチンである。2020年末に、米国ファイザーとドイツ・ビオンテックが共同開発した新型コロナワクチンが世界で初めて英国で承認され、国内で大規模接種が開始された。ファイザー/ビオンテックのワクチンを含め、WHOは英国アストラゼネカ/オックスフォード大、米国モデルナなど10種類の新型コロナワクチンの緊急使用を承認(2021年9月時点)、世界各地でワクチン接種が進んでいる。英オックスフォード大の研究者によるデータベース「Our World in Data」によれば、世界のワクチン接種回数は2021年8月には累計50億回に達し、今後も増加の見込みである(注1)。
新型コロナワクチンの接種増加に伴い、世界のワクチン貿易も急激に拡大している。2021年に入り主要なワクチン供給国の輸出は軒並み増加、2021年上半期のワクチンの貿易データが取得可能な38カ国・地域(注2)の輸出は合計で405億ドルと前年同期の2.7倍に増加、すでに世界のワクチン貿易の過去最高額(2020年:334億ドル、ジェトロ推計)を更新した(表1参照)(注3)。2021年上半期の輸出トップはベルギーで、輸出額は前年同期の2.8倍、2019年同期と比べると3.3倍に拡大した。ベルギーには米ファイザーなど欧米製薬企業の拠点があることから、コロナ禍以前から主要なワクチン供給国であったが、2021年に入り新型コロナワクチン生産が急ピッチで進み、輸出額を押し上げた。2021年上半期のベルギーからのワクチン輸出先トップはドイツ、次いで日本、米国、英国、カナダと続く。それぞれの輸出規模も大きく、38カ国・地域それぞれの2021年上半期のワクチンの二国間貿易(輸出ベース)において、金額が最大となったのはベルギーからドイツ向け輸出、次いでベルギーから日本向け、米国向けとなった。
新型コロナワクチンはまた、ワクチン供給国の顔ぶれに変化をもたらしている。2021年上半期に2位につけたのは中国だ。2021年上半期の輸出額は前年同期の約134倍、2019年同期の約93倍と急伸した。コロナ禍以前の中国のワクチン輸出額の世界シェアは1%に届いておらず、足元の急増はWHOの緊急使用リストに載るシノファーム、シノバックの新型コロナワクチンが牽引したと思われる。主なワクチンの輸出先はインドネシア、アラブ首長国連邦(UAE)、ブラジル、トルコなど新興国が中心で、ベルギーとは様相が異なる。最大のインドネシア向けは前年同期の503倍と急激に増加、ワクチンの二国間貿易の11位につけた。また、中国以外の供給国でも、米ファイザーの拠点などがあるドイツが前年同期の約21倍に、米モデルナワクチンの生産や充填(じゅうてん)工程の委託先があるスイス、スペインがそれぞれ前年同期の約55倍、同約13倍に急増、ワクチン供給国としてのプレゼンスが急拡大した。
国・地域名 |
2019年上半期 輸出額 |
2020年上半期 輸出額 |
2021年上半期 | |
---|---|---|---|---|
輸出額 | 前年同期=100 | |||
主要国・地域計 | 14,933 | 15,120 | 40,543 | 268 |
ベルギー | 4,692 | 5,502 | 15,304 | 278 |
中国 | 54 | 38 | 5,020 | 13,360 |
ドイツ | 186 | 216 | 4,449 | 2,062 |
米国 | 1,028 | 804 | 3,109 | 387 |
スイス | 35 | 42 | 2,294 | 5,515 |
フランス | 2,028 | 2,145 | 2,014 | 94 |
スペイン | 116 | 144 | 1,921 | 1,335 |
アイルランド | 2,794 | 2,872 | 1,809 | 63 |
オランダ | 762 | 1,141 | 1,593 | 140 |
イタリア | 438 | 814 | 963 | 118 |
その他 | 2,800 | 1,404 | 2,066 | 147 |
注1:人用ワクチンのHSコード(300220)の輸出額。新型コロナワクチン以外の用途も含む。
注2:主要国・地域は2021年上半期のデータが取得可能な38カ国・地域。(アイルランド、アルゼンチン、イスラエル、イタリア、インド、インドネシア、英国、オーストラリア、オーストリア、オランダ、カナダ、韓国、ギリシャ、ケニア、コートジボアール、シンガポール、スイス、スウェーデン、スペイン、タイ、台湾、中国、デンマーク、ドイツ、日本、ニュージーランド、フィリピン、フィンランド、ブラジル、フランス、米国、ベルギー、ポルトガル、香港、マレーシア、南アフリカ共和国、ルクセンブルク、ロシア)。
注3:世界のワクチン輸出に占める38カ国・地域の輸出シェアは2019年96%、2020年94%(ジェトロ推計)。
出所:各国・地域貿易統計からジェトロ作成
ワクチンの生産から接種までの関連商品リストを公開
世界でワクチン接種が広がるには、ワクチンそのものの貿易もさることながら、生産から接種に至るまでのプロセスが目詰まりを起こさずに機能することが重要である。そのためには、ワクチン原液を含む各種の成分をはじめ、ワクチンを充填するバイアル(容器)、保管の際に品質を保持するための冷凍庫、接種で利用する注射器など様々な商品が必要となる。こうした商品(以下、ワクチン関連商品)の貿易を円滑に進めるための指針の1つとして、WTOは2021年7月、WCO(世界税関機構)、OECD、ワクチンメーカーなどと協力して新型コロナワクチンの関連商品リストを公開した(注4)。同リストでは、ワクチンの生産から接種までに必要とされる商品(約80品目)につき、使用する段階ごとに生産、保管・配送、接種の3つに分類、生産については製剤化に必要な成分や添加物、フィルターなどの消耗品、生産のための製造装置、バイアルなどのパッケージに細分化した(参考参照)。また、商品ごとに目安となるHSコードも公表され、貿易動向の把握も可能となった。
参考:新型コロナワクチン関連製品の商品分類
ワクチンの生産
- [ワクチン]
- (ワクチン原液含む)
- [その他成分等]
- 塩化カリウム、各種酵素、ゼラチンなど
- [消耗品]
- 複合診断試薬、フィルターなど
- [製造装置]
- クロマトグラフィー装置、充填/密封用機器など
- [パッケージ]
- バイアル、ストッパーなど
ワクチンの保管・配送
冷凍庫、ドライアイスなど
ワクチンの接種
ゴム手袋、注射器など
注:”Joint Indicative List of Critical COVID-19 Vaccine Inputs for Consultation (Version 1.0) (2021年7月7日版)”(WTO)を基に作成。同リストでは対応するHSコードと共に83品目を掲載している。なお、一部の品目でHSコードの重複しており、HSコードの合計数は67(HS6ケタベース)となる。
出所:”Joint Indicative List of Critical COVID-19 Vaccine Inputs for Consultation (Version 1.0)”(WTO)(467.05KB)
そこで、ワクチン関連商品の貿易につき、前述の38カ国・地域の輸出を基に、2021年上半期の動きを段階ごとに追ってみたい。まず、第1の生産段階では、上述の通り5つに分けられる。このうち、「ワクチン」は主にワクチン原液を指すが、HSコードではワクチンの原液と最終製品を分けることができない。このため、上半期の動きは既述の通りとなる。残る4つのうち、「その他成分等」は酵素、ゼラチンなど製剤化に必要な成分や添加物などで、有機化学品、タンパク系物質など多様な化学品が多く含まれる。2021年上半期の輸出額が大きかったのは塩化カリウム、精製されたショ糖類、調整酵素類で、前年同期に比べていずれも増加を記録した。主要な供給国は塩化カリウムではカナダやロシア、精製されたショ糖類ではインド、ブラジル、調整酵素類ではデンマーク、米国と、成分ごとに異なる(表2参照)。
「消耗品」に含まれる商品は、複合診断試薬類、フィルターなどの液体ろ過/精製用品、エチレン系のポリマーの袋など、「製造装置」ではクロマトグラフィー装置など化学分析機器の部品、充填/密封用機器やナノ流体ミキサーなどの混合/攪拌(かくはん)用機器などで、いずれも2020年同期、2019年同期に比べて大きく増加した。複合診断試薬類や化学分析機器など相対的に高い技術を必要とする商品も多く、供給国の上位は米国、ドイツなど先進国が並ぶ。日本も化学分析機器の部品の輸出では首位と強さをみせた。これに対し、「パッケージ」で利用される商品では、中国の供給力の強さが目立つ。ゴム製のストッパーの輸出額ではドイツに次ぐ位置につけ、ワクチンを入れるバイアルなどのガラス容器、卑金属のキャップ類の輸出はトップであった。
表2:ワクチン生産に関連する商品の輸出額(2021年上半期)
商品 | 2021年上半期 | 主な輸出国・地域 | ||
---|---|---|---|---|
輸出額 (100万ドル) |
2020年上半期=100 | 2019年上半期=100 | ||
塩化カリウム | 4,199 | 111 | 90 | カナダ、ロシア、米国 |
精製されたショ糖類 | 3,943 | 106 | 127 | インド、ブラジル、タイ |
調整酵素類 | 3,508 | 116 | 133 | デンマーク、米国、オランダ |
商品 | 2021年上半期 | 主な輸出国・地域 | ||
---|---|---|---|---|
輸出額 (100万ドル) |
2020年上半期=100 | 2019年上半期=100 | ||
複合診断試薬類 | 21,411 | 133 | 163 | 米国、ドイツ、オランダ |
液体ろ過/精製用品(フィルターなど) | 5,285 | 125 | 118 | 米国、ドイツ、フランス |
エチレン系のポリマーの袋 | 4,758 | 114 | 109 | 中国、ドイツ、米国 |
商品 | 2021年上半期 | 主な輸出国・地域 | ||
---|---|---|---|---|
輸出額 (100万ドル) |
2020年上半期=100 | 2019年上半期=100 | ||
化学分析機器(クロマトグラフィー装置など)の部品 | 7,184 | 124 | 113 | 日本、米国、ドイツ |
充填/密封用機器、ラベル付け機器 | 4,633 | 121 | 112 | ドイツ、イタリア、中国 |
混合/攪拌用機器(ナノ流体ミキサーなど) | 2,549 | 122 | 104 | ドイツ、中国、イタリア |
商品 | 2021年上半期 | 主な輸出国・地域 | ||
---|---|---|---|---|
輸出額 (100万ドル) |
2020年上半期=100 | 2019年上半期=100 | ||
加硫ゴム製(硬質ゴム除く)のストッパー | 5,814 | 138 | 115 | ドイツ、中国、米国 |
フラスコ、バイアル等ガラス容器 | 4,707 | 128 | 116 | 中国、ドイツ、イタリア |
キャップ、蓋等包装用品(卑金属性) | 3,035 | 126 | 125 | 中国、ドイツ、スペイン |
注1:表1と同じ主要38カ国・地域の輸出額を基に、各分類の輸出合計額上位品目を中心に主要品目を抽出。
注2:2020年のそれぞれの品目の世界貿易額(輸出ベース)に占める38カ国・地域のシェアは71~97%[”Trade Map”(ITC)による]。
注3:主要な輸出国・地域は、2021年上半期の輸出額(38カ国・地域)のうち輸出額上位3カ国・地域。
出所:各国・地域貿易統計からジェトロ作成
ワクチンの保管・配送、接種関連商品輸出で中国の存在感
最終製品となったワクチンは、続いて保管・配送というロジスティックスの段階に移る。一般的に、医薬品の保管・配送では入念な品質管理が重要となるが、新型コロナワクチンではファイザー/ビオンテックやモデルナのワクチンは構造が壊れやすい遺伝子で作成されており、特にファイザーのワクチンはセ氏マイナス75度±15度の超低温冷凍での保管が必須となるなど、厳格な温度管理が必要とされている。今回のリストも、保管・配送段階の関連商品として、運搬用のプラスチックケースのほか、横置き型(容量800リットル以下)および直立型(同900リットル以下)の冷凍庫、ドライアイスなどがリストアップされた。
2021年上半期の各商品の輸出額は、生産段階の各商品と同様に、2020年同期比、2019年同期比ともにいずれも拡大している(表3参照)。特に伸びが大きかったのは、品質管理に必須の冷凍庫で、横置き型、直立型ともにコロナ禍以前の2019年同期の約1.6倍に増加した。両タイプの冷凍庫とも、最大の輸出国は中国である。特に、横置き型では輸出合計額に占める中国シェアは79%を占め、次点のデンマーク(4%)を大きく引き離す。直立型でもシェアは39%に及んでいる。直立型では、中国に次いで、米国、ドイツ、オランダがそれぞれ約1割のシェアで追っている(注5)。
ワクチンは、保管・配送を経て、最終段階として接種に移る。ここで必要な商品は、主に注射器、注射針、ゴム手袋や絆創膏(ばんそうこう)などで、消耗品が中心である。これらの多くはワクチン接種のみならず、新型コロナ対応商品としての需要が高まっており、2021年上半期の貿易額はいずれも拡大した。特に、使い捨てのニトリルゴムの手袋など一般用途のゴム手袋類は、感染防止対策用品として急激に需要が高まり、輸出額は2020年同期比で3.3倍に、2019年同期比では4.8倍に膨らんだ。最大の輸出国はマレーシアで輸出シェアは60%、次点はシェア18%で中国となった。2021年上半期の中国の一般用途のゴム手袋輸出は、2020年同期比で4.6倍、2019年同期比で13.2倍と、世界的な需要拡大とともに一気に増加、タイを抜いて2位に浮上した。中国は、医療用(外科用)のゴム手袋でも輸出額トップと強さをみせる。この他の商品では、注射器は2021年上半期の中国の輸出額が米国をわずかに上回り、最大の輸出国(シェア16%)となったほか、注射針ではベルギーを上回り、米国に次ぐ2位となるなど、ワクチン接種の関連商品においても、中国の存在感は高まっている。
表3:ワクチン保管・配送、接種に関連する商品の輸出額(2021年上半期)
商品 | 2021年上半期 | 主な輸出国・地域 | ||
---|---|---|---|---|
輸出額 (100万ドル) |
2020年上半期=100 | 2019年上半期=100 | ||
運搬用のプラスチックケース | 5,839 | 130 | 117 | 中国、米国、ドイツ |
冷凍庫(容量800L以下、横置き型) | 1,086 | 147 | 157 | 中国、デンマーク、イタリア |
冷凍庫(容量900L以下、直立型) | 837 | 164 | 164 | 中国、米国、ドイツ |
ドライアイス | 235 | 117 | 122 | オランダ、イスラエル、スウェーデン |
商品 | 2021年上半期 | 主な輸出国・地域 | ||
---|---|---|---|---|
輸出額 (100万ドル) |
2020年上半期=100 | 2019年上半期=100 | ||
一般用途のゴム手袋(外科用除く) | 14,513 | 328 | 482 | マレーシア、中国、タイ |
注射器 | 3,001 | 115 | 120 | 中国、米国、フランス |
絆創膏等 | 1,901 | 115 | 100 | 中国、ドイツ、米国 |
ニトリルゴム手袋(外科用) | 1,519 | 169 | 213 | 中国、ドイツ、オランダ |
注射針、縫合用針 | 1,454 | 117 | 111 | 米国、中国、ベルギー |
注1:表1と同じ主要38カ国・地域の輸出額を基に、各分類の輸出合計額上位品目を中心に主要品目を抽出。
注2:2020年のそれぞれの品目の世界貿易額(輸出ベース)に占める38カ国・地域のシェアは60~95%[”Trade Map”(ITC)による]。
注3:主要な輸出国・地域は、2021年上半期の輸出額(38カ国・地域)のうち輸出額上位3カ国・地域。
出所:各国・地域貿易統計からジェトロ作成
- 注1:
- 英オックスフォード大研究者らによるデータベース。
- 注2:
- アイルランド、アルゼンチン、イスラエル、イタリア、インド、インドネシア、英国、オーストラリア、オーストリア、オランダ、カナダ、韓国、ギリシャ、ケニア、コートジボアール、シンガポール、スイス、スウェーデン、スペイン、タイ、台湾、中国、デンマーク、ドイツ、日本、ニュージーランド、フィリピン、フィンランド、ブラジル、フランス、米国、ベルギー、ポルトガル、香港、マレーシア、南アフリカ共和国、ルクセンブルク、ロシアの計38カ国・地域。
- 注3:
- 人用ワクチン(HS 300220)の輸出額。新型コロナワクチン以外の人用ワクチンも含む。なお、世界のワクチン輸出に占める38カ国・地域の輸出シェアは2019年96%、2020年94%(ジェトロ推計)。
- 注4:
-
”Joint Indicative List of Critical COVID-19 Vaccine Inputs for Consultation (Version 1.0)”, WTO
リスト(第1版、2021年7月7日付)(467.05KB)には83品目が掲載されているが、一部の品目でHSコードが重複しているため、HSコードの合計数は67(HS6ケタベース)。なお同リストでは、ワクチンに含まれる成分を、有効成分(ワクチン原液を含む)、不活化成分、その他成分の3つに分けているが、ここでは後者2つをまとめて「その他成分等」とする。 - 注5:
- 2021年上半期の輸出額における「シェア」は、38カ国・地域の輸出合計額に占めるシェア。
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部 国際経済課
中村 江里子(なかむら えりこ) - ジェトロ(海外調査部、経済情報部)、(財)国際開発センター(開発エコノミストコース修了)、(財)国際貿易投資研究所(主任研究員)等を経て2010年より現職。