2021年G7サミットに重ねる議長国・英国の未来
新型コロナと気候変動と中国への対応
2021年6月8日
英国イングランド南西部のコーンウォールで2021年6月11~13日、G7首脳会議(サミット)が開催される。EU離脱(ブレグジット)を完遂し、11月にはスコットランド・グラスゴーで開催される第26回気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)の議長国を務める英国は、G7の主要テーマを自国の将来戦略に重ね、サミット議長国として強い決意で臨む。その英国の取り組みからは、日本企業の商機も生まれている。
G7サミット、2年ぶりの対面開催
今回のG7サミットは、2019年8月にフランス南西部ビアリッツで開催された前回から約2年ぶりになる。2020年はオンラインで2度の首脳会合があった。米国で開催予定だった対面でのサミットは、新型コロナウイルス感染が世界的に流行する中で延期。最終的には開催が見送られた。また、ビアリッツサミット以降、米国とイタリア、日本、EUの首脳が交代している。参加7カ国とEUのうち、半数の首脳が今回の英国開催で初めて参加することになる。
サミットに加え、分野別の大臣会合も従来どおり複数開催される(表1参照)。特に今回は、貿易に特化した大臣会合をG7史上初めて設定。また、環境大臣会合も初めて「気候」を冠して、気候・環境大臣会合に衣替えした。これらを含め、今回は7つの大臣会合が予定されている。
このほか、非政府部門の提言を得るため、参加国の企業や労働組合、非営利組織などから成る「エンゲージメント・グループ」を6つ設置。さらに経済的強靭(きょうじん)性とジェンダー平等に関する助言を得るため、2つの「アドバイザリー・グループ」を設置している。
G7以外の招待国には、オーストラリア、インド、韓国、南アフリカ共和国の4カ国が名を連ねた。参加国と招待国を合わせた11カ国の人口(約22億人)は、世界の民主国家の人口の60%以上、世界経済の約半分を占める。このことから、英国政府は、少数の国々による閉じた会合ではないと強調している。
項目 | 内容・名称 |
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開催日 | 2021年6月11~13日 |
開催地 | 英国・コーンウォール(イングランド南西部)カービス・ベイ |
参加国 | 英国(議長国)、日本、米国、カナダ、ドイツ、フランス、イタリア、EU |
招待国 | オーストラリア、インド、韓国、南アフリカ共和国 |
大臣会合 |
貿易(担当省:国際通商省) 内務(担当省:内務省) 保健(担当省:保健・ソーシャルケア省) 外務・開発(担当省:外務・英連邦・開発省) 気候・環境(担当省:ビジネス・エネルギー・産業戦略省、環境・食糧・農村地域省) デジタル・テクノロジー(担当省:デジタル・文化・メディア・スポーツ省) 財務(担当:スーナック財務相、ベイリー・イングランド銀行総裁) |
エンゲージメント・ グループ |
ユース(青年) 女性 科学 労働 市民社会 ビジネス |
アドバイザリー・グループ |
経済レジリエンス・パネル ジェンダー平等諮問委員会 |
出所:英国政府G7公式サイトを基にジェトロ作成
オンラインでも主要テーマを協議
英国が議長国として、G7の優先事項として提示しているのが「新型コロナウイルス禍からの復興と将来のパンデミック対策」「自由で公正な貿易の推進」「気候変動と生物多様性保全への対応」「共通の価値観の推進」だ。これらの優先事項に沿って、7つの大臣会合も、それぞれ具体的な優先課題を設定している(表2参照)。
表2:2021年G7サミットと各大臣会合の優先課題
項目 | 内容 |
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G7議長国として英国が提示する優先事項 |
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優先事項とともに提示する議長国の考え方 |
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項目 | 優先課題 |
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貿易 |
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内務 |
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保健 |
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外務・開発 |
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気候変動・環境 |
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デジタル・テクノロジー |
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財務 |
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出所:英国政府G7公式サイトを基にジェトロ作成
中でも、新型コロナ対策は最大のテーマだ。英国政府は2021年G7公式サイトで「より良い復興(Build Back Better)」をスローガンに掲げ、今回のG7をそのための国際的な調整と意思決定の場と位置付けている。
これと並んで英国政府が力を注ぐのが気候変動対策だ。11月には英国スコットランドのグラスゴーでCOP26が開催され、英国はG7に続いて議長国を務める(COP26公式サイト)。G7での議論はCOP26に向けた下地づくりの意味合いも持つ。
もう1つの大きなテーマは中国への対応だ。名指しはしていないものの、優先事項として掲げた、自由で公正な貿易と共通の価値観の推進は、G7が一致して中国に対峙(たいじ)する姿勢を色濃く反映している。
参加国の首脳と関係閣僚は、コーンウォールでのサミットに先立ち、主にオンラインで会合を持ち、これら3つの主要テーマについても議論を重ねてきた。そのポイントとこれに呼応する英国の取り組みを、以下に見てみたい。
(1)新型コロナ対策
足元の新型コロナ対策は、2021年2月19日に開催されたオンラインでの首脳会議(2021年2月22日付ビジネス短信参照)でも最大の議題だった。特にワクチンの普及が特定国に偏る中、開発途上国へのワクチン供給拡大を重視。G7全体で75億ドルを拠出するなど、世界保健機関(WHO)などの国際枠組み「ACTアクセラレーター」とワクチン共同購入枠組み「COVAXファシリティー」を通じた支援強化を宣言した。既にワクチン普及が最も進んだ国の1つとして、英国はこの首脳会議に先立ち、5億4,800万ポンド(約852億1,400万円、1ポンド=約155.5円)のCOVAXファシリティー支援と、将来のワクチン余剰分の過半数をCOVAXの調達備蓄に提供することを確約している。そして6月6日にはボリス・ジョンソン首相が、11日からのサミットで参加国首脳に対し、全世界の人々が2022年末までにワクチンを接種できるよう決意することを求める考えも示した。
将来のパンデミック対策では、ワクチン開発・普及の加速や変異株のゲノム解析(シーケンシング)などの情報共有強化などに合意した。これらは英国が特に力を入れているものだ。政府はワクチン開発について、2021年初の国際組織・感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)の提唱を受け、現在300日ほどかかるワクチン開発期間を100日程度に短縮する試みを後押ししている(2021年4月22日付ビジネス短信参照)。そして6月3、4日にオックスフォードで対面形式で開催された保健大臣会合では、研究アジェンダの調整やデータ共有加速などの実施原則を定めた「G7治療薬とワクチンの臨床試験憲章」(原文、日本語概要(123KB))をまとめている。
英国の新型コロナのゲノム解析は、5月10日時点で全陽性サンプルの11%、48万8,107件に達する。その世界有数のデータを世界各国に提供するとともに、年初に立ち上げた「新変異株評価プログラム(NVAP)」により、海外で発見された変異株サンプルの解析や諸外国の解析活動に対する遠隔支援などを始めた。さらに5月下旬には、ジョンソン首相が新たな変異株を特定・追跡する取り組み「グローバルパンデミックレーダー」の構想を発表。世界的なネットワークを構築してパンデミック発生前の病原体発見や迅速なワクチン・治療法開発などを実現する試みだ。この試みはWHOが主導し、英国政府や英財団ウェルカム・トラストなどが支援するとしている。
(2)気候変動対策
2020年後半以降、日本を含む多くのG7参加国が温室効果ガス(GHG)排出削減目標(NDC)を更新・強化してきた。また米国も、ジョー・バイデン政権発足直後に地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」に復帰。そうした今、G7でも気候変動対策に関連する合意形成が進んでいる。5月下旬にオンラインで開催された気候・環境大臣会合では、化石燃料エネルギーに対する政府の新たな国際的な直接支援を段階的に削減する考えを示し、その手始めに石炭火力発電への支援全廃に向けた具体策を2021年内に講じることで合意した(2021年6月1日付ビジネス短信参照)。
英国は最も野心的なNDCを打ち出している国の1つだ。2030年までの1990年比削減目標を53%から68%に大幅に引き上げ(2020年12月7日付ビジネス短信参照)、さらに2035年までの削減目標を78%に設定(2021年4月22日付ビジネス短信参照)。ガソリン車とディーゼル車の新車販売禁止は2035年から2030年に前倒しした(2020年11月20日付ビジネス短信参照)。海外の化石燃料プロジェクトについては、2020年1月に英国政府が主催した「英国アフリカ投資サミット」でいち早く、石炭採掘と石炭火力発電所への新規政府開発援助や輸出金融、貿易促進活動などを終了することを宣言。2021年12月には、石炭火力に限らず、原油、天然ガス案件への支援も終了する方針を打ち出している(2020年12月15日付ビジネス短信参照)。英国は、気候・環境大臣会合での議論を11月のCOP26でさらに具体化させていく考えだ。
5月下旬にオンラインで開催された財務大臣・中央銀行総裁会議と、6月4、5日にロンドンで対面形式で開催された財務大臣会合(2021年6月7日付ビジネス短信参照)でも同様だ。英国は議長国として、企業への気候変動リスク情報開示義務付けに向けて議論を主導した。これは、国際機関の金融安定理事会(FSB)の「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の提言に沿うものだ。英国は2025年までに世界で初めて情報開示を義務付ける方針を打ち出し、パブリックコメントも完了している。3月にはリシ・スーナック財務相が中央銀行であるイングランド銀行の使命に新たに気候変動対策を追加した。このように、金融という英国の基幹産業でも、この分野をリードしていく狙いだ。
(3)中国への対応
台頭著しい中国には、国際通商体制における公正さを追求し、G7が結束して対峙する考えだ。3月下旬に開催されたオンラインの貿易大臣会合(2021年4月8日付ビジネス短信参照)や、それに続く5月下旬の同会合のコミュニケ〔閣僚声明、原文、日本語仮訳(352.68KB)〕でも「公正な貿易」が強調された。国家の役割に関する透明性の欠如や、不公正な補助金給付に国有企業が果たす役割、強制技術移転など、中国などを念頭に非市場志向型の政策や慣行の是正に一致して取り組む考えを示した。さらに、WTO改革では、先進国と異なる優遇措置を適用する「特別かつ異なる待遇(SDT)」(いわゆる「途上国地位」)の見直しも進めるべきとしている。
コミュニケでは「強制労働」と題した章も設け、グローバルなサプライチェーンの中で強制労働のリスク軽減などで協働していく考えも明示した。ここに新疆ウイグル自治区の強制労働問題が念頭にあるのは明らかだ。これらの課題は、5月初旬にロンドンで対面開催された外務・開発大臣会合のコミュニケ〔原文、日本語仮訳(325.96KB)〕の対中国政策にも示されている。
気候変動対策でも、中国への圧力を強める。気候・環境大臣会合では、中国などG7以外の主要GHG排出国にもNDC強化を要求。新興国を含む全ての公的資金の提供者に、途上国の気候変動対策支援を奨励するとした(2021年6月1日付ビジネス短信別添資料参照)。G7など先進国がネットゼロに向け自主的に規制強化する中で、中国が途上国への影響をますます強めるのを阻止する必要があるとの見方に基づくものだろう。また、今回のG7に、ジョンソン首相が提唱する「民主主義国10カ国(D10)」のG7以外の3カ国、オーストラリア、インド、韓国に加え、3月下旬に南アフリカ共和国を追加招待したことは、この文脈からも興味深い。アフリカでの中国の影響力増大を懸念し、D10にこだわるのは得策ではないと判断したものとみられる。
英国はデービッド・キャメロン政権下の2015年3月、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を西側諸国で初めて表明。10月には習近平国家主席が英国を公式訪問し、英国の原発事業への中国の出資を発表するなど、両国は急接近していた。しかし、その後は距離が徐々に広がった。第5世代移動通信システム(5G)に関する米国の圧力(2020年7月21日付ビジネス短信参照)や香港問題を契機に、2020年に関係が急速に悪化。2021年には新疆ウイグル自治区の人権問題をめぐって制裁合戦に発展している。G7一体で中国に対峙することに、英国としてためらいはない。
「統合レビュー」で示す英国の中期戦略と連動
これらのG7主要テーマへの対応は、英国の国家戦略にも重なる。ブレグジットに伴う移行期間が2020年末で終了し、英国は名実ともにEUから離脱した。この状況で課題に取り組むことで、世界の中で新たな英国の立ち位置を確立することを思い描く。
その姿は、政府が3月に発表した外交・安全保障政策の新方針「統合レビュー」にも映し出されている。新方針は、保有核弾頭上限の大幅に引き上げなど、とりわけ安保政策の転換が注目を集めた。しかし、それは一部分にすぎない。同方針が示す4つの「戦略的フレームワーク」の最初に掲げているのは「科学と技術を通じた戦略的優位性の維持」だ(表3参照)。軍事技術やサイバーセキュリティーなどと並んで、研究開発投資の拡大や海外人材獲得のための移民政策に関する考えを示している。
4つ目の「国内外における強靭性の確立」では、「グリーン産業革命」(2020年11月20日付ビジネス短信参照)など気候変動への取り組みや、新型コロナ対策を軸とする保健分野の強化策を提示している。英国がG7の新型コロナ対策でワクチン開発加速やゲノム解析支援などに重点を置いているのは、ライフサイエンス先進国としての地位をさらに強化する狙いに沿う。野心的なGHG排出削減目標などの気候変動対策も、こうした戦略につながるものだ。
中国について、統合レビューでは「システミックな競合相手」と位置づける。良好な貿易投資関係の追求は継続しつつ、一層台頭する中国が英国や同盟国に与える構造的な課題に対処する能力を強化する必要性を示した。決定的な通商関係の悪化は回避しつつ、特に米国と連携した対中政策を継続していくだろう。
分類 | 項目 |
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1.科学と技術を通じた戦略的優位性の維持 |
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2.未来の開かれた国際秩序の形成 |
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3.国内外における安全保障の強化 |
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4.国内外における強靭性の確立 |
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出所:統合レビュー(英国政府)
広がる商機と、試される議長国の手腕
ビジネスの目線から見ると、これら主要テーマに対する英国の対応は、新たな商機も生み出す。
それは日本企業にとっての商機でもある。富士フイルムの英国子会社では、新型コロナワクチンの生産を担う。米ノババックスが開発したNVX-CoV2373で、フジフイルム・ダイオシンス・バイオテクノロジーズのイングランド北東部ダラムの工場で生産が進んでいる。洋上風力発電では、三菱商事や住友商事が英国の発電事業や海底送電事業で存在感を発揮。電源開発(J-POWER)や関西電力も発電事業会社に出資している。丸紅は2020年、英国の二酸化炭素(CO2)回収溶剤製造・回収設備エンジニアリング会社カーボン・クリーン・ソリューションズに出資し、CO2の回収・利用(CCU)事業の共同開発に乗り出した。中国通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)の排除は、同社に代わる5G通信網供給事業者を確保するための英国政府の投資拡大につながる。NECは、スペイン通信大手テレフォニカの英国現地法人とともに政府の資金提供を受けた。2021年2月には、通信網供給事業者の機器の相互運用を可能にする技術「オープンラン(Open RAN)」の共同実証に成功した。
2月のG7首脳声明では「2021年を多国間主義のための転換点」とすることが宣言された(2021年2月22日付ビジネス短信参照)。国際協調路線を前面に打ち出した背景には、バイデン新政権の下で外交方針を大きく転換した米国の存在がある。ドナルド・トランプ前大統領と欧州首脳らの不協和音が目立った2018年のカナダ・シャルルボワと2019年のビアリッツの両サミットと今回のサミットで、モメンタムが大きく異なることを象徴している。先に見た主要テーマ以外では、6月の財務大臣会合で、G7参加国間で隔たりが大きかったグローバル・ミニマム課税とデジタル課税について、大きな進展がみられた(2021年6月7日付ビジネス短信参照)。サミットを前に、機運は高まっている。
今回のG7で、さらに幅広く具体的な合意を実現し、自国の戦略の糧にできるか。議長国・英国の手腕が試される。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロンドン事務所 次長
宮崎 拓(みやざき たく) - 1997年、ジェトロ入構。ジェトロ・ドバイ事務所(2006~2011年)、海外投資課(2011~2015年)、ジェトロ・ラゴス事務所(2015~2018年)などを経て、2018年4月より現職。