復興パッケージの論点を整理し、合意の意義を検証する(EU)
徹底解説:EU復興パッケージ(第3回)
2020年9月24日
第1回と第2回でみてきた次期中期予算計画(多年度財政枠組み:MFF、以下、次期MFF)や復興基金は、EUの優先政策を反映したものだ。同時に、EUの中期的な方向性を示すものでもある。こうしたEUの動きは、欧州での今後のビジネス戦略を検討する上で、日本企業としても把握しておくべきだ。
シリーズ最終回では、次期MFFや復興基金の内容を踏まえ、復興パッケージの論点を確認していく。ここから、今後EUがどう転換していくのかをみる上でポイントを読み取れるだろう。まず、今回の復興パッケージの合意までの大まかな交渉過程を解説する。その上で、復興パッケージの交渉時の論点を整理していく。最後に、まとめとして今回の合意の意義を考察する。
復興パッケージ理事会合意に至るまで
今回の欧州理事会(EU首脳会議)の復興パッケージに関する合意には、賛否両論の声が聞かれる。EU予算の議論では、純拠出国と純受益国との間での対立が生まれるのが常だ。今回もその例外ではない。2018年から始まった次期MFFの検討にあたり、2020年1月末にEUを離脱した英国が負担していた拠出金(注1)の減少分をめぐる加盟国間の意見の隔たりは大きかった。また、これが次期MFFの予算規模が主要な争点の1つとなっていた。
英国のEU離脱後も、EU予算を増額ないしは少なくとも同等のレベルを維持することで、結束政策や共通農業政策など、これまで通りの予算配分を確保したいというのが南欧・東欧加盟国の立場だ(注2)。これに対して、純拠出国、特に「倹約4カ国」と呼ばれるオーストリア、オランダ、スウェーデン、デンマークは拠出金の増額を嫌い、EUの予算規模の縮小を求めていた。英国は従来、財政規律を重視し、EU予算の拡大に慎重だった。その英国がEUを離脱したことから、倹約4カ国はEU内での影響力低下を懸念。オランダをはじめ、EU予算の拡大には強く反対していたとの見方がある。他方、ドイツとフランスは拠出金の主要提供国で、拠出金の増額には慎重だったものの、純受益国と純拠出国の中間的な立場だったとされる。
2020年2月に開催された特別欧州理事会は、そうした深刻な対立を反映し、大きな進展がないまま終了。その後、新型コロナウイルスの感染拡大が加盟国中で広がったことを受け、ドイツとフランスの強い後押しにより、復興パッケージが欧州委によって5月に提出された。そこで、欧州委員会が債券を発行し全額を市場から調達する復興基金「次世代のEU」と次期MFF案が盛り込まれた。さらに、この提案に対する各加盟国首脳の反応を受け、欧州理事会のシャルル・ミシェル常任議長が復興パッケージへの修正案を提出した。この過程を経て、7月17日から5日間におよぶ協議の末、欧州理事会は7月21日に、復興パッケージに合意した。
論点1:復興パッケージの予算規模―実質的には現状維持
まず、今回の交渉の主要な論点となっていた復興パッケージの規模について、最終的には、次期MFFが1兆743億ユーロ、復興基金が7,500億ユーロの総額1兆8,243億ユーロとなった。これは、7月のミシェル常任議長の提案にほぼ沿ったものだ。しかし、次期MFFだけをみると、5月の欧州委提案の1兆1,000億ユーロから減額されている。これは、倹約4カ国の主張をある程度受け入れた結果と思われる。しかし、倹約4カ国が同時に求めていた「予算の現代化」は実現していない。予算の現代化とは、結束政策や共通農業政策など、従来比重の大きかった政策領域の割合を大幅に減らし、代わりに気候温暖化対策や技術革新などへの投資の比重を上げるという予算配分だ。現行MFFと比べて次期MFFは、結束政策や共通農業政策の予算配分は全体的にやや減額になってはいる。とはいえ、一部費目ではむしろ増加している部分もあり、南欧・東欧加盟国の反発を考慮した結果と推測される。合意された次期MFFは、現行MFFの1兆823億ユーロに満たない。しかし、約750億ユーロ程度とされる英国の拠出金がなくなることや、7,500億ユーロ規模の復興基金が同時に合意されたことを考慮すると、現状維持に近いと考えられる。
なお、補足的ではあるが、今回の交渉が7月に合意に達したことは、いずれにせよ歓迎されるべきだろう。2月の時点では、意見の相違から合意の見通し自体が立たなかった。2021年以降の予算の執行の遅れが懸念されていたのだ。一方で、その後の新型コロナ禍を背景に、復興に必要な政策の速やかな開始がより一層求められていた(注3)。復興パッケージが7月に合意されたことで、今後、欧州議会の同意や加盟国での批准手続きが必要なことはさておいて、2021年からスムーズに新予算を執行開始するための1つの道筋をつけることができたと言える。
論点2:EU名義の債券の発行を原資とした補助金と融資―「歴史的」合意との評価も
復興基金の財源として、欧州委が金融市場から資金を調達する債券の発行で合意したことも、財政統合を含むEU統合のさらなる深化につながるものとして評価すべきだろう。
復興基金は、ドイツやフランスの後ろ盾を受け、欧州委が5月に提案したものだ。提案当初の基金は、返済不要の補助金5,000億ユーロと融資2,500億ユーロからなるものだった。その背景には、近年、厳しい債務負担に苦しむスペインやイタリアなどが、今回の新型コロナ禍でとりわけ深刻な影響を受けたことがある。もっとも倹約4カ国は、欧州委が発行する債券を念頭に置いた補助金に反対で、これ以上の財政負担を避けたい立場だ。その要求を受け、融資の割合を大幅に増やしたものの、大枠として欧州委が5月に提案した7,500億ユーロは維持された。
こうしたことから、フランスのエマニュエル・マクロン大統領やイタリアのジュゼッペ・コンテ首相が今回の合意を「歴史的」と評している。
論点3:RRFでの補助・融資のガバナンス―政治的介入による予算執行に遅延リスク
復興基金の大部分を占める補助金と融資による支援制度「復興レジリエンス・ファシリティ(RRF)」に関しては、2007年からの金融危機に対する支援策の条件に厳しい緊縮財政などを含む改革を求められたギリシャやスペインをはじめとする多くの国が、その経験からより柔軟な予算の受給プロセスを求めていた。一方、オランダなどは資金へのアクセスに対する各国個別の厳格な条件設定など、コントロールをより重視した受給プロセスを要求していた。折衷案として、EU理事会(閣僚理事会)が投資や改革の計画を承認する段階で、全会一致ではなく特定多数決が導入された。これによって、倹約4カ国だけの反対では、承認自体は阻止することができなくはなる。しかし、予算執行段階では1カ国の反対で執行を遅らせることができるともした。予算の執行のためには、EU理事会が、承認済み計画の実施状況が設定目標に十分達成していると認める必要がある。そこで「深刻な逸脱」があると考える加盟国が1カ国でもある場合、この予算の執行は欧州理事会(EU首脳会議)に付託され「徹底的な」議論がされるまで、欧州委は予算執行の決定を留保することになる。これは、柔軟性をより重視した承認プロセスではある。ただし、予算の執行には、逐一、加盟国間での政治的な合意が必要となることから、場合によって政治的な対立が長期間続くことも予想される。結果として、予算執行が大幅に遅れる可能性があると指摘されている(注4)。
論点4:EUの優先政策―研究開発支援予算軒並み減額の中で、温暖化対策への予算配分を増強
今回の合意を政策別にみると、5月の欧州委提案と比べて、EUの優先政策である欧州グリーン・ディールや欧州デジタル化対応などをより反映した「ホライズン・ヨーロッパ」「インベストEU」「デジタル・ヨーロッパ」などの投資計画への予算の減額が目立つ。例えば、「ホライズン・ヨーロッパ」は、5月の欧州委提案の約944億ユーロから減額され、約809億ユーロとなった(ただし、現行MFF下の先行計画「ホライズン2020」の約794億ユーロの規模は維持した)。また、「インベストEU」は、5月の欧州委提案の約316億ユーロから、大幅に削減され、約84億ユーロとなった。こうした投資計画の予算は、次期MFFからだけでなく、復興基金からも充てられている。しかし、復興基金はあくまでも一時的な特別予算だ。MFFで優先政策への投資強化を恒常的に目指す予算の現代化につながっているわけではない。このように、予算の継続性が懸念されている(注5)。
気候温暖化対策に関しては、気候中立目標と関連付けられる次期MFFと復興予算の予算割合が、5月の欧州委提案の25%から30%に引き上げられた。この点は評価されるところだ。もっとも、気候中立目標との関連付けの詳細は、明らかにされていない。こうような目標設定が実際に気候中立に役立つのか、疑問視する声も上がっている。
また、「公正な移行基金」(石炭などに依存し脱炭素化社会への移行の影響を最も受ける加盟国や地域を支援する)の予算が、大幅に減額されたことも批判されている(注6)。5月の欧州委案では次期MFFと復興基金から合計400億ユーロとされていたが、これが175億ユーロに縮小したのだ。さらに、「公正な移行基金」へのアクセスには、2050年までの気候中立目標への誓約を必要とされていたのが、誓約がない場合でも割り当て予算の50%まで受給可能になった。この点に関してポーランド政府は、「(EU基金へのアクセスに関して)気候中立目標へのコミットメントで個別国に義務を課さないなど、2019年12月の欧州理事会文書(注7)の項目を修正した」ことを明らかにした。
論点5:新保健プログラムなど、当初注目された制度は大幅に削減
欧州委は、将来の保健衛生上の危機に対処する目的で、新保健プログラム「EU・フォー・ヘルス」の立ち上げを提案していた。しかし、このプログラムは復興基金から削除され、MFFに一部が残ったにとどまった。同じく欧州委が提案していた「ソルベンシー支援インスツルメント」〔新型コロナ禍を受けた財務上の問題(流動性の低下など)を抱える企業などに対する一時的支援策〕は、まるごと削除された。
また、政治的な注目を集めていた新制度として、EU予算へのアクセスと加盟国の「法の支配」を関連付けるメカニズムがあった(注8)。しかし、ハンガリーやポーランドからの猛烈な反対を受けて、文言こそ一部残されたものの、大幅に薄められた。現実には、実効性が疑問視されている(注9)。
今後の注目ポイントと評価:実行力と27カ国の結束示したEU
今後の注目ポイントの1つは、EUレベルでの新たな税制の導入だ。欧州委が発行する債券の償還資金捻出を目的に、リサイクルできないプラスチック廃棄物に対する課税、炭素国境調整メカニズム、デジタル課税、排出権取引制度(ETS)の改正などが提案されることになっている(第2回記事参照)。
これらの新たなEUの独自財源の導入は、今回の復興パッケージの合意により、欧州理事会のレベルで方向性までは合意された。しかし、今後の欧州委による法案提出や、EU理事会や欧州議会での採決が必要になる。このため、施行開始の予定時期を含め、その詳細はいまだ不確定要素が多い。日本企業も、今後の展開を注視していく必要があるだろう。
今回の復興パッケージの合意には、加盟国による全会一致での承認を必要とする。そのため、多くの妥協が積み重ねられたのは事実だ。例えばRRFは、財政負担の増加を懸念する純拠出国からなる倹約4カ国の強固な反対を受け、当初は主に補助金で構成されていたのがむしろ融資額が主となる結果になった。また、RRFは主たる復興策でありながら、予算の執行プロセスに遅延の懸念が残る制度になっている。また、既得権益を維持したい純受益国の南欧・東欧加盟国の反発を背景に、欧州委が当初提案していた予算の現代化は後退し、結束政策や共通農業政策への配分が現状維持に近いかたちに落ち着いた。一方で、気候温暖化対策やデジタル化などEUの優先政策への投資は削られた。
だとしても、新型コロナウイルスの感染拡大の影響が深刻化し、加盟国間の対立も先鋭化する中で、欧州委による債券発行について合意できた点は重要だ。また、これまで「少なすぎるし遅すぎる」との批判を受けてきたEUの予算について、総額1兆8,243億ユーロという史上最高額の予算を2021年からのスムーズな予算の執行に向けて7月に合意できた点は、フォン・デア・ライエン委員長が自負するように、評価されるべきだ。何より、加盟国各地で自国中心主義や反EU感情が高まる中で、EUの実行力、安定感、結束を示すことができた意義は大きい。今回の復興パッケージ合意は、そうした意味を示しているのだ。
- 注1:
- 英国は従来、予算の1割強を負担していた。
- 注2:
- チェコ、キプロス、エストニア、ギリシャ、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、マルタ、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロバキア、スロベニア、スペインの14カ国が2月1日、結束政策予算の現状維持などを求める共同声明を発表 している。
- 注3:
- EPCのレポート参照(レポート1 、レポート2 )。EPCはブリュッセルのシンクタンクで、EU政策を専門とする。
- 注4:
- 「ポリティコ・ヨーロッパ」の記事参照。ポリティコ・ヨーロッパはブリュッセルの米国系メディアで、EU政策や欧州政治を専門とする。
- 注5:
- EPCのレポート 参照。
- 注6:
- 経済政策を専門とするブリュッセルのシンクタンクBruegelのレポート と国際環境NGOグリーンピースの声明 参照。
- 注7:
- 「欧州グリーン・ディール」に関して、欧州理事会で2019年12月12日に採択された文書。2019年12月16日付ビジネス短信参照。
- 注8:
- EUは創立時から、最も基礎的な価値として法の支配の原理を重視してきた。「法の支配」メカニズムでは、一部の加盟国がこの原理を軽視する場合、当該加盟国へのEU予算の執行を一時保留する。これによって、当該加盟国による法の支配の改善を促す。
- 注9:
- 「ユーラクティブ」の記事 参照。ユーラクティブは、ブリュッセルの独立系メディアで、EU政策を専門とする。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ブリュッセル事務所
吉沼 啓介(よしぬま けいすけ) - 2020年、ジェトロ入構。