2021~2027年中期予算計画とその背景を読み解く(EU)
徹底解説:EU復興パッケージ(第1回)
2020年9月23日
特別欧州理事会(EU首脳会議)が2020年7月17~21日、ブリュッセルで開催。90時間以上にも及ぶ連続協議の末、「歴史的」とも評される復興パッケージ(621.27KB)に合意した。欧州理事会では、2018年に始まった2021~2027年度の中期予算計画(多年度財政枠組み:MFF、以下、次期MFF)の議論で、予算の主要拠出国だった英国のEU離脱を受けて大幅な歳入減となる中、その予算規模などをめぐって加盟国間の対立が先鋭化していた。2月から新型コロナ禍がEU加盟国に拡大し、それに伴い経済の悪化が深刻化している。現在も感染拡大の第2波が懸念され、予断を許さない状況が続く。これを受けて欧州委員会は5月、新たに修正した次期MFF案に加え、「次世代のEU」と呼ばれる復興基金を含む復興パッケージ案を欧州理事会に提示(注1)した。しかし、復興基金の編成方針をめぐり加盟国間の溝は大きいままだった。
加盟国が激しく対立する中で合意に至った復興パッケージ(注2)は、予算規模が総額1兆8,243億ユーロに及ぶ。内訳は次期MFFが1兆743億ユーロで、復興基金が7,500億ユーロだ。その巨額の予算規模だけでなく、欧州委がEU名義で債権を発行し、市場から資金調達を行うことで賄われる復興基金にも合意した。このことから、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は今回の合意をEUの「歴史的な転換点」と述べた。このように、同パッケージ合意の重要性は計り知れない。
そこで、復興パッケージの徹底解説として、合意の内容や論点を3回に分けて詳しく見ていくことにする。まず第1回は、復興パッケージの理解に必要な予備知識として、MFFやEU予算の概要について解説する。その上で、次期MFFの内訳について、関心の高い分野を中心に紹介する。第2回では、次期MFFとともに復興パッケージの一部として合意した復興基金の概要と復興パッケージ全体の注目ポイントを押さえていく。また、復興パッケージは首脳レベルの政治合意を得たものの、EUの制度上、そのまま成立するわけではない。そこで、復興パッケージの成立までの今後の流れについても解説する。最終回となる第3回では、復興パッケージの交渉の焦点となっていたポイントを中心に、論点を整理していく。
多年度財政枠組み(MFF)とは
復興パッケージの具体的な内容に入る前に、予備知識として、MFFとその基礎となるEUの財源について解説する。
MFFとは、EUの最低5年間以上(現時点では、通常7年間)の期間の予算を規定する計画だ。EU機能条約(EUの最も基本的な条約の1つ)に規定された法的拘束力のある法令として位置づけられる。1988年から開始され、次回の2021~2027年度(暦年)分で6期目となる。MFFは、中期的なEU予算全体の歳出上限を設定するとともに、特定の政策領域ごとにも歳出上限を設定する。政策領域とは、EUの政治的な優先順位に基づき設けられる予算上の費目だ。このように、MFFでは、EU予算全体の上限と各政策領域の予算配分が設定され、これによってEUの優先政策を予算に反映させる。同時に、EUの財政自律を確保する役割を担っている。さらに、EUの年間予算は、MFFで規定されたEU予算全体と政策領域ごとの年間歳出上限に従って、年度ごとに編成される。MFFの成立までのプロセスは、欧州委がまずMFF案を欧州理事会に提出し、欧州議会の同意の下、欧州理事会が全会一致で採択する。
EUの歳入は独自財源によって賄われると、EU機能条約が規定している。独自財源はEUの財政自律を確保するために、EU全体の国民総所得(GNI)の特定割合(現行は1.2%)を超えないように制限されている。EUの独自財源は主に、(1)関税および砂糖課徴金、(2)付加価値税(VAT)に基づく加盟国からの拠出金、(3)GNIに基づく加盟国からの拠出金からなる。(2)に関しては、各加盟国のGNIの50%を上限とするVATをベースに、一部の加盟国を除いて一律の割合(2014~2020年度の現行率は0.3%)が設定される。(3)については、各加盟国のGNIに対して一定の割合が設定されている。また、その他の財源として、全体の歳入の数%程度だが、前年度からの繰越金やEU競争法違反に対する制裁金などがある。 EUの独自財源とその他の歳入を含めた全歳入のうち、GNIベースの加盟国拠出金が最大の財源となる。近年では、70%前後となっている。
加盟国拠出金はこのように、共通ルールの下で各加盟国の相対的な富裕度に応じて算出される。すなわち、各加盟国が公平に負担することになる。一方で、EU予算の各加盟国へのEU政策を通じた配分額は、各加盟国の拠出金の負担額に必ずしも比例するわけではない。EU域内の経済格差の是正などを目的として予算の約3割を占める結束政策は、一部の経済発展の遅れた加盟国や地域に優先的に振り分けている。また、従来MFFで最大の配分を受けてきたのが、共通農業政策だ。近年、配分割合が下がってきてはいるものの、2014~2020年度分のMFF(現行MFF)でも3割程度を占めた。農家への直接的な所得補助などからなるため、基本的には農業国である加盟国がより恩恵を受ける制度だ。
よって、各加盟国はGNIなどに基づく一定の割合で拠出金を負担するにもかかわらず、各加盟国は同様の割合でEU予算の配分を受けるわけではない。2018年度のEU予算で純拠出国となったのは、純拠出の大きい順に、ドイツ、英国、フランス、イタリア、オランダ。対して純受益国は、純受益の大きい順に、ポーランド、ハンガリー、ギリシャ、ポルトガル、ルーマニアだった。さらに、国民1人当たりの純拠出が高い国は順に、オランダ、スウェーデン、ドイツ、デンマーク、英国、オーストリアだ。つまり、EU予算には大まかに言って西欧・北欧加盟国から東欧・南欧加盟国への予算の流れがある。これが、MFF協議での加盟国間の基本的な対立構造となっている。
2021~2027年度 MFFは、7政策領域に予算を配分
欧州理事会が今回合意した次期MFFの中身を具体的に見ていくことにする。大枠としては、次期MFFでEU予算全体の上限は1兆743億ユーロとなり、7つの政策領域に配分されることになる。
政策領域 | 予算上限額(ユーロ) |
---|---|
1. 単一市場、イノベーション、デジタル化 | 約1,328億 |
2. 結束、レジリエンス、価値 | 約3,778億 |
3. 自然資源と環境 | 約3,564億 |
4. 移民と国境管理 | 約227億 |
5. 安全保障と防衛 | 約132億 |
6. 周辺国と世界 | 約984億 |
7. EU運営費 | 約731億 |
合計 | 約1兆743億 |
出所:欧州理事会資料からジェトロ作成
次期MFFの予算配分の大きい政策領域は、結束政策を含む政策領域2「結束、レジリエンス、価値」と、共通農業政策を含む政策領域3「自然資源と環境」だ。いずれも以前から予算の大部分を占めてきた領域で、大幅な変更はない。ここでは、EUの優先政策である「欧州グリーン・ディール(注3)」と、欧州デジタル化対応などをより反映した政策領域で新型コロナウイルス対策の要素も強い政策領域1「単一市場、イノベーション、デジタル化」の中身を見ていく。
政策領域1「単一市場、イノベーション、デジタル化」で最も予算規模が大きいのが、現行MFFの「ホライズン2020」の後継となる「ホライズン・ヨーロッパ」(約759億ユーロ)だ。気候温暖化対策やEU経済の競争力、成長を高めるための革新的技術の開発を後押しするEUの研究開発支援の枠組みである(図2参照)。
次に予算規模が大きいのが、「コネクティング・ヨーロッパ・ファシリティー」(約284億ユーロ)。「ホライズン・ヨーロッパ」と同様に現行MFFから引き継がれる、交通・エネルギー・デジタルの各セクターへの投資計画だ。EUの単一市場のさらなる統合の基礎として、EU域内のあらゆる地域の包括的な成長を目指すものでもある。
この政策領域にはほかに、国際熱核融合実験炉(ITER)や欧州宇宙計画などの「大規模プロジェクト」(約182億ユーロ)や、投資基金や投資助言サービスなどからなる投資促進策「インベストEU(注4)」(約28億ユーロ)、人工知能(AI)やサイバーセキュリティーなどの戦略的デジタル技術に投資する「デジタル・ヨーロッパ」(約68億ユーロ)などが含まれる。
なお、「ホライズン・ヨーロッパ」と「インベストEU」に関しては、次期MFFからの予算配分とは別に、復興基金(第2回で解説)から、それぞれ約50億ユーロと約56億ユーロの予算配分がある。
- 注1:
- 「復興パッケージ案の提案」に関しては2020年05月28日付ビジネス短信参照。
- 注2:
- 「復興パッケージの合意」に関しては2020年7月21日付ビジネス短信参照。
- 注3:
- 「欧州グリーン・ディール」については、ジェトロ調査レポート「欧州グリーン・ディールの概要と循環型プラスチック戦略にかかわるEU および加盟国のルール形成と企業の取り組み動向」(3.08MB)も参照のこと。
- 注4:
- 「インベストEU」に関しては、2018年6月14日付ビジネス短信参照
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ブリュッセル事務所
吉沼 啓介(よしぬま けいすけ) - 2020年、ジェトロ入構。