特集:半導体グローバルサプライチェーンはどう変わる?全世界的な供給網の再編で岐路に立つ韓国の半導体産業

2023年1月24日

2022年後半以降の全世界的なメモリ半導体市況の悪化が、韓国の輸出に急ブレーキをかけている。加えて、同年10月以降の米国による対中輸出管理規則の強化により、最大の海外市場である中国への輸出回復に向けた道筋も不確かなものになりつつある。岐路に立つ韓国の半導体産業の現状と、持続的成長を目指す政府・企業の戦略を探る。

最大の輸出先、中国市場で高まる不確実性

韓国税関が公表する貿易統計によれば、2022年の韓国の輸出は前年比6.1%増の6,837億ドルとなり、2021年の伸び率(25.7%増)から大きく減速した。月別の輸出の伸び率(前年同月比)でみると、2022年10月に5.8%減と、2020年10月以来、24カ月ぶりのマイナスに転じ、その後11~12月もマイナスで推移した。輸出構成比で16.5%を占める半導体の集積回路(以下、IC)(注1)の輸出が、8月から年後半にかけて大幅なマイナスに転じたことで、全体の伸びを下押しした形である(図参照)。

図:韓国の半導体集積回路輸出(月別)
棒グラフで、韓国の半導体集積回路(HSコード:8542項)輸出額の月別推移(2021年1月から2022年12月)を表示。同24か月分の輸出額は次の通り。単位は、1,000ドル。7,369,203、7,197,469、8,142,641、7,884,261、8,663,511、9,512,805、9,272,408、10,034,268、10,527,185、9,618,445、10,328,898、10,745,587、9,440,305、8,957,655、11,267,855、9,369,479、9,904,711、10,612,180、9,987,931、9,664,679、9,874,238、8,377,032、7,686,463、7,702,148。また、折れ線グラフ(第2軸)で、前述の前年同月比伸び率の推移を表示。数値は次の通り。20.5%、14.9%、12.7%、37.5%、30.6%、41.5%、39.8%、42.7%、34.2%、29.0%、40.3%、36.8%、28.1%、24.5%、38.4%、18.8%、14.3%、11.6%、7.7%、-3.7%、-6.2%、-12.9%、-25.6%、-28.3%。

出所:韓国税関 Trade Statistics からジェトロ作成

2022年の韓国の半導体集積回路(IC)の主な輸出先を見ると、上位順に中国、香港(大部分は中国への再輸出)、ベトナムとなり、輸出全体の構成比はそれぞれ43.3%、15.2%、13.7%となった。また2022年の韓国のIC輸出の55%を占めるメモリICについては、中国向け輸出が全体の51.4%(香港も含めると71.6%)を占め、とりわけ中国の構成比が高い(注2)。

2022年後半以降、韓国にとって最大の輸出市場である中国における半導体需要の減速が、韓国の半導体輸出、さらには輸出全体の伸びを下押しする。その状況の中で、韓国の半導体産業の先行きの不確実性をさらに高めるのが、2022年10月、米国商務省・産業安全保障局(BIS)が導入した半導体関連製品(物品・技術・ソフトウエア)の輸出管理規則(EAR)強化措置である(2022年10月11日付ビジネス短信参照)。

韓国・対外経済政策研究院(KIEP)は2022年10月11日、半導体をめぐる米中間の覇権争いとサプライチェーの再編に関するレポートを公表(注3)。その中で「韓国の半導体企業は、これまで在中国の多国籍企業および中国地場企業の旺盛な半導体需要を満たすことで成長してきた。今後は、米国の対中半導体の輸出管理規則による影響が避けられない」との見通しを示している。また、韓国の半導体産業がグローバルバリューチェーン変革の時代に直面しているとの認識のもと、「特定国への過度な依存を緩和するために、現在のサプライチェーンの再編成を計画する必要がある」と論じている。

韓国貿易協会(KITA)は2022年12月28日、「半導体のグローバルサプライチェーン再編が韓国にもたらす機会と脅威」と題した報告書を発表(注4)。同報告書では、主要国の比較において韓国の対中国貿易依存度がそもそも高く、半導体輸出においては同依存度の高さがより顕著であると指摘。メモリ半導体、システム半導体、製造装置、素材などを含む半導体関連品目の全分野で、中国が最大の輸出相手国であると報告している。そのうえで、過度な中国依存から脱却し、中国リスクを最小化するための対策を講じておくことの必要性を提言している。

見直しを迫られる中国での投資戦略

韓国と中国との間の半導体輸出入において、金額ベースで一定の割合を占めるのが、韓国に本社を有するサムスン電子やSKハイニックスなどの主要半導体メーカーによる、本国と在中国現地生産拠点との間での輸出入であると見られている。たとえばサムスン電子は、中国国内で西安にNANDフラッシュメモリの生産、蘇州にパッケージングの拠点を有する。また、SKハイニックスは、無錫にDRAMメモリ生産、重慶にパッケージングの拠点を有するほか、大連では、インテルから買収したNANDフラッシュメモリの生産工場も稼働する(注5)。

韓国の半導体産業に関わる専門家や研究者は、前出の2022年10月以降の米国による輸出管理規則(EAR)強化措置、および2022年8月に施行された米国「CHIPSおよび科学法(H.R.4346 )」(以下、CHIPSプラス法)の補助金受給対象事業者に課せられる対中投資制限が、サムスン電子やSKハイニックスなどをはじめとする韓国半導体メーカーの今後の中国における投資戦略ならびに中国を含むグローバルサプライチェーン戦略に、中長期的に影響を及ぼすことは避けられないとの見方を示す。(注6)

韓国・対外経済政策研究院(KIEP)のヨン・ウォノ経済安全保障チーム長は2022年10月、米国による新たな対中輸出管理政策の適用について、「サムスン電子やSKハイニックスの在中国拠点向けの輸出については、新たな規制の適用開始まで1年間の猶予が与えられたものの、1年間の猶予では不十分だろう」と指摘した。同氏が特にその影響の大きさを問題視するのが、半導体製造装置および関連製品の開発・生産のための製品に対する輸出管理規則の強化である。新たな輸出管理規則がサムスンやSKハイニックスの中国工場に対しても厳格に適用されれば、「今後、両社の中国国内の拠点では、量産するメモリICの製造用設備をアップグレードできない状況が生じる。メモリICのグローバル需要は変化が速く、一定の頻度で最先端の設備を導入しなければ市場での価値を失う。中長期的なスパンで、両社が中国で現状の生産規模を維持すのは難しいだろう」との見解を述べた。

韓国・水原市でサムスングループが出資・経営参画する、成均館大学のクォン・ソクジュン教授も米国のCHIPSプラス法ならびに輸出管理規則を踏まえ、「米中の技術覇権争いは長期化し、米国による技術・輸出の管理政策にも当面の変更はないとの見通しの下で、グローバル半導体企業は、中国とのデカップリングを意識した投資戦略を検討する必要がある」との見解を示す。半導体のグローバルサプライチェーンでは、生産設備や装置関連技術・ソフトは日本および米国への依存度が高い。その中で、「米国による新たな輸出管理の強化によって中国の製造拠点では、新たな設備の導入だけではなく、既存の装置のメンテナンスも困難になる。エンジニアによる定期的なトラブル対応、メンテナンスのためのソフトの更新などのテクニカルサポートが継続できなくなれば、既存の生産規模の維持は難しい」という。さらに、同教授は「当面、先端半導体への参入が難しい中国の半導体産業のロードマップと、グローバル半導体産業のロードマップには格差が生じることになり、グローバル企業の追加投資は、中国以外の国・地域に行う選択が合理的となる。在中国のメーカーが生産設備を国外に移管する動きも徐々に出てくるだろう」と展望する。

米国主導のサプライチェーン再編をチャンスに

韓国国内では、2019年半ば以降の米国の中国に対する段階的な輸出管理の強化が、中国企業との競争関係上、韓国の半導体産業への追い風となっているとの見方もある。

前出のKIEPのヨン・ウォノ経済安全保障チーム長は「トランプ政権による対ファーウェイをはじめとする輸出管理規則の強化は、競合相手として台頭する中国の半導体産業の成長スピードを遅らせた点で、韓国企業にとってはメリットが大きい。それがなければ、メモリ半導体市場はすでに中国企業に席巻されていた可能性もある」と指摘する。韓国産業研究院(KIET)のキョン・ヒゴン新産業室副主任研究員も「米国による対中規制はNANDフラッシュやDRAMなどのメモリ半導体を中心に、中国企業が韓国企業と競合する製品群において、中国企業の競争力を抑制する効果をもたらしている」と分析する。

さらに、前出のKITAによる報告書では、対中輸出管理強化などの手段を通じた、米国主導の同志国によるサプライチェーン再編の動きは、韓国にとって、(1)脆弱(ぜいじゃく)な製造装置や素材分野の補完、(2)安定的なサプライチェーンの構築、(3)中国を代替する新規市場の確保、などの機会の拡大につながると分析する。さらに、米国CHIPSプラス法がサムスン電子やSKハイニックスの米国国内の投資拡大につながる効果をもたらすとともに、「米国市場における中国のシェアを急減させる半面、韓国企業の米国内における市場シェアを高めるチャンスになる」と見込む。

CHIPSプラス法では、米国内での半導体の製造などに関わる設備投資に対する巨額の政府補助金に加え、半導体製造に係る投資に対して、最大25%の税額控除などの恩典を付与する。2022年12月、米国の半導体産業協会(SIA)は、CHIPSプラス法の効果により、同時点までに既に約2,000億ドルの民間投資が発表されているとの集計結果を公表しており、その中には、サムスン電子が2021年11月に発表したテキサス州テイラーでの170億ドル規模の先端半導体工場新設プロジェクトも含まれている(2022年12月15日付ビジネス短信参照)。

2022年7月には、サムスン電子が、テキサス州内で11件の新たな半導体工場の建設計画を始動させたことを複数のメディアが報じている(注7)。報道によれば、サムスンがテキサス州税法第313章の税優遇措置の適用のために申請した投資プロジェクトは、今後10~20年で計11件、総額2,000億ドル近くに及び、約1万人の雇用創出につながる可能性があるという。同月、SKハイニックスの属するSKグループは、ホワイトハウスでのジョー・バイデン大統領主宰のバーチャルイベントで、米国内に半導体やグリーンエネルギーなどの分野で220億ドル規模の投資計画を発表。そのうち150億ドルを、先端半導体のパッケージングとテスト施設、および研究開発パートナーシップに充てることを表明している(注8)。

装置や素材分野での自立性向上、同志国との連携強化がカギ

韓国政府は、国家先端戦略産業としての半導体産業の競争力強化のため、国内のエコシステムの強化に向けた施策パッケージの策定などに重点的に取り組んでいる。2023年1月3日には、政府・企画財政部が、新たな税制優遇策として、半導体施設への投資に対する税額控除率を最大25%まで引き上げる方針を発表するなど、米国や台湾などの主要国を意識した支援策や税制優遇整備が進む(本特集「国際戦略物資となる半導体、企業はどう動く(世界)」参照)。

他方、韓国における半導体産業の中長期的な課題として、前出のKIEPやKITAの報告書が共通して指摘するのは、半導体製造装置や主要素材の分野における国産化率の低さ、ならびに日本を含む特定国への依存度の高さである。たとえばKITAによれば、2021年の半導体製造装置の輸入先は、米国(26.9%) 、オランダ(26.3%) 、日本(24.3%)の3カ国が約8割を占める。また、主要品目の輸入依存度の高い半導体素材についても、その40%以上を日本からの輸入に依存する。韓国の半導体産業が抱えるこれらの脆弱性を踏まえ、KITAは、(1)短中期的には米国が主導するサプライチェーンに積極的に参画し、同志国との連携において先端半導体製造装置および素材需給の安定性を高めること、並行して(2)持続的な研究開発への支援策により、装置や素材分野での自立性を徐々に高めること、などを提言している。

製造装置に関わる研究開発の支援では、2021年3月、ソウル近郊の京畿道竜仁市において、政府が「素材・部品・装置特化団地」として指定する、「竜仁半導体クラスター産業団地計画」が承認・告示された(2021年3月30日付ビジネス短信参照)。こうした動きと合わせ、京畿道地域には半導体装置を中心とする研究開発クラスターの形成が進む。2022年11月16日には、オランダの半導体製造装置大手のASMLが京畿道の華城で、新たな半導体拠点「ASML-Hwaseong campus」の起工式を行っている(注9)。同地域にはASMLに加え、米国のラムリサーチや、アプライドマテリアルズ、日本の東京エレクトロンなど、半導体製造装置の分野の主要メーカーによる研究開発拠点の立地が相次ぎ、一大集積を形成しつつある(2022年5月9日付ビジネス短信参照)。今後、政府・企画財政部が2023年1月に発表した新たな税制優遇策(前出)が導入・施行されれば、政府が戦略的に推進する最先端製造装置や素材の分野におけるグローバル企業の立地をさらに後押しすることが期待される。

先端半導体産業をめぐるグローバルサプライチェーンの再編プロセスでは、米国主導のサプライチェーンと中国とのデカップリングが、他の産業に先駆けて、現実のものとなりつつある。その中で、韓国内では、米国およびその同志国との関係性を重視し、製造装置や素材も含めた需給の安定化を図ることが優先課題と認識されている。韓国政府は、韓国国内における税制も含めたビジネス環境の整備により、研究開発や人材育成も含む半導体エコシステムの拡充と競争力の強化へ向けた取り組みを加速する。韓国企業にとっては、輸出面での中国市場への過度な依存からの脱却と、米国の輸出管理規則の運用に応じた中国での投資戦略の柔軟な見直し、CHIPSプラス法を通じた米国内の生産拠点の拡充と市場の獲得などが中長期的な主要課題になるものと考えられる。


注1:
HSコード上で8542項(集積回路)に分類される品目。
注2:
HSコード上で85432.32号(集積回路のうちの記憶素子)に分類される品目。
注3:
Hyung-Gon Jeong (2022年10月11日) “The U.S.-China Battle for Semiconductor Supremacy and Reshaping of Global Supply Chain”, Korea Institute for International Economic Policy(KIEP)
注4:
KITA(2022年12月28日発表)、Trade Focus2022年第35号掲載(原文は韓国語)。
注5:
SK Hynix(2021年12月25日付発表)“SK hynix completes the First Phase of Intel NAND and SSD Business Acquisition”
注6:
本稿における韓国の専門家・研究者のコメントは、ジェトロが韓国国内でのインタビュー(2022年12月12~14日)において聴取した内容に基づく。
注7:
2022年7月20日付・米国Austin American-Statesman(ウエブ版)、7月23日付韓国・中央日報(日本語版)ほか。
注8:
SKグループ(2022年7月29日発表)“SK Announces $22 Billion in New Investments in the U.S. in Semiconductors, Clean Energy, and Bioscience”
注9:
2022年11月17日付韓国・Business Korea、同11月16日付韓国・K-Odysseyなどの報道情報に基づく。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし)
1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。

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