特集:アジアのサプライチェーンをめぐる事業環境調達多様化や自動化が加速(マレーシア)
コロナを受けた戦略転換(1)
2022年12月5日
新型コロナ禍に対する活動制限が厳しかったマレーシアでは、物流網の寸断や労働力不足も相まって、サプライチェーン混乱のリスクが顕在化した。さらに2021年末に発生した豪雨被害も、調達先の再考を企業に促すきっかけとなった。新型コロナ禍やグローバルな環境変化が企業活動に与える影響、そしてサプライチェーン再構築の動向を、マレーシアの重要産業である半導体分野に焦点を当てて読み解く。
ロックダウンや自然災害によるサプライチェーン寸断の影響と教訓
コロナ感染拡大を機に、ロックダウンなどによりアジア域内のサプライチェーンに大きな混乱が生じ、その寸断リスクが改めて認識されている。輸送スペース確保難、出荷遅延、運賃増、部材の調達難、受注残の拡大といった課題に加え、2022年以降は地政学的緊張を背景としたエネルギー価格のさらなる高騰、そしてマレーシアの場合は特に製造業の労働者不足・人件費上昇も複雑に絡み合い、企業の生産・調達・販売活動に大きく影響を与えている。
マレーシアにおける新型コロナ感染者数の推移と、政府による活動制限令の発令やその強度、国内外の主な出来事を整理したのが図1だ。さかのぼれば、米国トランプ政権による対中制裁の強化やブレグジット(英国のEU離脱)に象徴されるように、各国・地域で保護主義的傾向が強まっていたことから、世界経済の分断は生じ始めていた。そして、2020年初頭から世界中で新型コロナがまん延したことが、さらなる打撃を与えた。各地でのロックダウンと国際的な物流網の混乱により、サプライチェーンの混乱は悪化した。特にマレーシアでは、ASEAN諸外国と比べても厳しい封じ込め政策が特に2021年7月に取り入れられ、結果として製造活動の停止を余儀なくされる時期もあった。2020年6月に始まった、外国人労働者の新規雇用の凍結も、後々の深刻な人手不足に長く影を落とすこととなった。2021年10月から活動制限は徐々に緩和し、経済活動も正常化に向かったものの、2022年に入って以降、今度は、中国のゼロコロナ政策やロシアのウクライナ侵攻がサプライチェーン分断を増幅させた。
ジェトロの進出日系企業実態調査(1.74MB)によれば、在マレーシア進出日系企業のうち、現地調達先として、地場企業を挙げた企業の比率は2021年には58.2%にのぼり、前回調査(2020年)の47.4%から10ポイント以上上昇した。ASEAN主要国の中では、現地調達における地場企業の比率が最も高いのがマレーシアだ。逆に、日系企業の比率は32.2%と主要国の中では最も低く、サプライチェーン混乱を一因として地場企業からの調達比率が高まった可能性がある。後述するように、実際に在マレーシア半導体企業の中には、海外からの調達が滞ったことにより、調達先を地場企業に切り替えた例もあった。
既に地場企業からの調達比率が相当程度高いことから、今後の方針として「現地調達率を(さらに)拡大する」と回答した企業の比率は、主要国の中ではシンガポールに次いで低かった。その代わり、中国やASEANからの輸入調達を拡大する方針が明確に示された。今後1~3年で調達を拡大する先として、在マレーシア日系製造業のうち38.1%が中国、57.1%がASEANと回答した。いずれの回答比率も他のASEAN主要国を大きく上回る。
サプライチェーン寸断を受け、在マレーシア企業が導入した対策は
政府による活動制限や物流網の混乱に対し、企業はどういった解決策を導入し、今も取り組みを続けているのか。マレーシアの重点産業である電気・電子分野に焦点を当て、主要企業の実例を示したのが表1だ。これによれば、ポイントとして挙げられるのは、(1)緩衝在庫の確保、(2)物流モードの変更、(3)サプライヤーの多様化、(4)その一環としてのローカルサプライヤーの発掘(ただし、多国籍企業の基準を満たす企業を見つけるのは容易ではない)、(5)不足部品の代替部品への交換、(6)海外拠点の分業、(7)省人化のための自動化推進、などであることが分かる。この多くは一時的な措置導入にとどまらず、今後、同様の危機が起こる場合のリスクに備え、現在も取り組まれているものだ。
世界的にみても、半導体分野では2021年以降、有志国連携によるサプライチェーン強靭(きょうじん)化に向けた動きが進展した。マレーシアでは2022年5月に、米国との間で半導体サプライチェーン強靭化に関する覚書を締結するなど、政府として取り組みを強化しつつある。同年5月に立ち上がったインド大洋州経済枠組み(IPEF)にも参画し、サプライチェーン強靭化を協議。多国間による新ルール形成を促し、マレーシアの成長に取り込みたい考えだ。
企業概要 | 主な課題 | 問題への対応 | |
---|---|---|---|
企業 | 主な分野 | ||
地場企業A | バックエンド製造 |
|
(1)緩衝在庫の確保。早期に生産量を引き上げ。 (2)生産自動化の加速。 (3)コストパフォーマンス向上を目指したサプライヤー数の引き上げ。中には、国境閉鎖を理由に調達先を海外サプライヤーから地場サプライヤーに切り替えた例も。切り替えを余儀なくされたが、結果として質を落とさずコストを抑えられることが判明した。 (4)外国人労働者数が減ったため、バックオフィス・スタッフの掌握業務を製造ラインにも拡大させた。 |
地場企業B | 電子機器受託生産サービス(EMS) |
|
(1)需要に合わせて生産計画を再編成。 (2)自動化の推進、省力化による生産効率の向上、高度熟練労働力の導入。 (3)重複作業の削減。 |
地場企業C | 集積回路(IC)/パッケージ | R&D(研究開発)や設計はオンライン会議でも代替可能であることが判明し、サプライチェーン寸断の影響はさほど受けず。 |
(1)パンデミック前からチーム連携が緊密であったため、大きな混乱は起こらず。特定のラボ作業を除き、オンライン会議で代替可能であった。 (2)一方でサプライチェーン上で起こり得る課題は、顧客との関係維持のため随時顧客には周知。 (3)現状と同品質のチップを供給できる代替サプライヤーの探索は実施(将来的な問題発生を見据え)。 |
地場企業D | バックエンド製造 |
|
(1)研究開発部門は在宅勤務を、エンジニアには現場製造を優先させた。 (2)部品不足に対応するための在庫管理を徹底。 (3)自動化の本格化。 (4)代替部品の調達を目的とした研究開発を強化。 |
外資企業A | バックエンド製造 |
|
(1)本社の支援も受けつつ、ASEAN域内で分担生産を実施。中には、従来マレーシアよりも低機能の製品を製造していた拠点もあったため、結果的には同拠点の機能増強につながった。受注にも100%対応できた。 (2)この経験も踏まえ、マレーシアで相対的に高付加価値機能を持つ製品を製造することの重要性を認識。そのための人材確保や自動化の重要性を確認。 |
外資企業B | バックエンド製造 |
|
(1)在庫の増加。 (2)調達手法(航空→海上)や調達ルートの多様化を実施。 (3)ローエンド生産の一部を、ASEAN域外他国の子会社に移管。 (4)更なるコスト圧縮のため、現地化と自動化を本格検討。 |
外資企業C | バックエンド製造 |
|
(1)地場中小企業との連携強化。多くの資材を現地化することでサプライチェーンを強靭化。それでもなお、重要部品は日本や米国からの調達は必要。 (2)生産の中断を減らすため、また品質を確保するため、自動化を本格化。 |
外資企業D | 電子機器受託生産サービス(EMS) |
|
(1)緩衝在庫の確保。 (2)製品の製造にあたって、代替材や代替部品の使用を認めるよう、取引先に協力を要請。 (3)材料の前広な注文。 (4)サプライチェーン寸断の際に機能しなかった、ジャストインタイム生産システムの廃止。 (5)コスト軽減のため、一部の製造工程を外部に委託。 |
外資企業E | バックエンド製造 |
|
(1)輸送リスクへの意識高まりと、保険によるカバレッジの拡大。 (2)より多くのサプライヤー獲得。 |
外資企業F | バックエンド製造 |
|
(1)自動化とIR4.0の導入本格化。 (2)同社用にカスタマイズした装置を供給できるサプライヤーが数社に限定されるため、代替調達先の確保が急務。 |
外資企業G | 電子機器受託生産サービス(EMS) |
|
(1)ジャストインタイム生産を見直し、部品・原材料と完成品の在庫を確保。 (2)物流混乱リスク低減のため、同社に物理的に近い距離に拠点を置くようサプライヤーを説得。 (3)調達先の多様化を加速。 (4)物流モードの多様化。陸上に加えて航空輸送も活用。 (5)労働集約的作業軽減のための自動化推進。サプライヤーに対しても自動化を推奨。 |
外資企業H | 集積回路(IC)/パッケージ |
|
(1)緩衝在庫の管理を徹底。 (2)かさばらない商品の仕入れに集中。 (3)確実な輸送のためプレミアム価格を支払い。 (4)原材料の海外からの調達寸断を、良質な地場製品で補完。加えて、高い技術力を持つ海外サプライヤーをマレーシアに誘致する可能性も模索。 |
出所:ジェトロ「マレーシアの電気・電子産業-半導体産業を中心に-」を委託したモナシュ大学マレーシア校のチュー・イン・テン准教授へのヒアリングから作成
さらに、マレーシアで企業活動に大きな影響を与えた出来事として、2021年12月にマレー半島で発生した大規模水害があった。12月中旬の豪雨により「100年に一度」とも評される洪水被害が発生、日本企業も多く集積するセランゴール州を中心に、工場の浸水、道路の寸断による物流停滞、被災した工場の生産停止、電力供給の寸断、従業員の通勤不能による操業停止などが数週間続いた(2021年12月22日付ビジネス短信参照)。2022年1月に統計局が発表した、洪水の影響に関する特別報告書によれば、被害額は61億リンギ(約1,891億円、1リンギ=31円)にのぼる。当時、被災した日系企業からは、「被害は想像以上に大きい。生産が1カ月程度遅延することも想定」「今回の洪水でマレーシア製造業の自然災害に対する弱さが露呈した。事業継続計画(BCP)策定が重要だ」との声も聞かれた。
これを受け、ジェトロがマレーシア日本人商工会議所(JACTIM)と共同で2022年1~2月に行った調査によれば、洪水によりサプライチェーンに影響が「出ている」と回答した企業は、対象企業のうち21.1%、製造業では27.8%にのぼった(図2-1参照)。影響が出ている場合の対応策としては、「原材料や部品の調達先の(一部)変更」が挙がった(図2-2参照)。その代替先としては「マレーシア国内」との回答が約6割を占めたものの、「海外」との回答も約3割見られた。
また、最も被害が深刻だったセランゴール州の企業58社に対し、具体的な課題を聞いたところ、「原材料や部材の調達」(20.7%)、「事業継続計画(BCP)の策定」(12.1%)といった中長期的な課題の方が、「施設・設備の修繕」(10・3%)や「従業員への休暇付与や給与調整」(3.4%)といった短期的な課題よりも深刻視されていることも分かった。新型コロナや数十年ぶりの自然災害に直面し、中長期的なサプライチェーン再編への意識は各段に高まったと言える。
物流コスト高騰・スペース確保にかかる状況と今後の見通し
コロナ禍を経て、各地でのロックダウンとその後の需要急増により、様々な国・地域の主要港が混乱に陥った。2021年には海運と航空貨物の料金が過去最高を記録した。マレーシア最大の港であるクラン港も例外ではない。政府による活動制限令の下、コンテナヤードの混雑が深刻化したことに加え、抜港も相次いだ。2021 年 12 月の大規模洪水によって、状況はさらに悪化した。
しかし、その後は港の混雑が緩和され、輸送能力が正常に戻るにつれて、足元の貨物料金はピークから低下している。とりわけ航空輸送の荷動きについては、徐々に2019年レベルに戻りつつある(郵船ロジスティクスのマレーシア現地法人TASCO)。高インフレと金利の上昇が消費者需要を圧迫し、運賃をさらに押し下げる可能性もある(表2参照)。
項目 | 概要 |
---|---|
ポイント |
|
運賃の推移 |
|
スペース状況 |
|
今後の見通し |
|
出所:TASCO提供資料および同社へのヒアリング(2022年9月時点)から作成
港湾管理を行うウェストポートホールディングスも、「2022年第1四半期の輸送量の落ち込みは、ロシアによるウクライナ侵攻を受けた商品価格の上昇とそれによるサプライチェーンの混乱を反映してのもの」と分析。政府のコロナ規制緩和が奏功し、クラン港西港の運営は2022年6月頃から通常操業に戻ったという。しかし、中国のゼロコロナ政策と米国の港の混雑は引き続きボトルネックだ、とも指摘する(2022年7月21日エッジ紙)。米国がいまだに港湾の混雑に苦慮する理由として、中国への制裁関税に反して同国からの輸入需要が旺盛であること、港湾機能の刷新を行っておらず貨物量の急増に対応できていないこと、人員と設備の不足、などを挙げた。
サプライチェーンの混乱に接し、物流業者も諸対策を行っている。例えばTASCOによれば、コロナ禍においては特に着地側の感染状況に大きな影響を受けたことを踏まえ(例えば中国の主要港・空港では陽性者が一人でも確認されるとオペレーションが大きく変わる)、世界中の現地法人から瞬時に情報を収集し、どこの空港に貨物を発送するか、ターミナルはどこが使用可能かなど、出荷ごとに航空会社、船会社、仕向け港・空港を細かく調整しながら輸送方法を検討・決定した。また2021年末の豪雨時は、特に国内配送に影響が出る中、通行止めエリアにあったトラックフレートステーションターミナルを一時的に非被災地域に移動し、洪水被害が出ていない地域への配送遅延を最小限に抑える工夫したという。
また、DHLエクスプレス・マレーシアは、コロナ禍での最大の課題は、航空貨物容量の不足だったと振り返る。自社の貨物機と提携航空会社の容量では間に合わず、航空輸送ルートの拡大や追加スペースの確保が必要だった。こうした課題に対し、輸送インフラの強化や航空ネットワーク調整に注力してきた。2021年には電子部品の配送を強化すべく、香港・ペナン間の直行便を週5便、新たに導入した。今後も、危機対応力を強化するため、アジア太平洋の地上インフラと航空ネットワークの強化に投資を続けるという。「近年は、電子商取引(EC)プレーヤーが輸送を自ら行い、物流業者への依存を減らす傾向も強まる。貿易の態様が変化する中、単に商品を運ぶだけではない、新たな付加価値の提案も物流業者に求められる」と指摘した(2022年7月21日エッジ紙)。
コロナを受けた戦略転換
- 調達多様化や自動化が加速(マレーシア)
- 米中摩擦は一時的に恩恵(マレーシア)
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・クアラルンプール事務所
吾郷 伊都子(あごう いつこ) - 2006年、ジェトロ入構。経済分析部、海外調査部、公益社団法人日本経済研究センター出向、海外調査部国際経済課を経て、2021年9月から現職。共著『メイド・イン・チャイナへの欧米流対抗策』(ジェトロ)、共著『FTAガイドブック2014』(ジェトロ)、編著『FTAの基礎と実践-賢く活用するための手引き-』(白水社)など。