特集:欧州が歩む循環型経済への道民間団体・企業が主導の循環型経済へ向けた取り組み(スイス)
2020年6月4日
スイスでの「循環型経済」への移行は、新たなビジネスチャンスを狙うスタートアップ企業や中小企業の取り組みとこれを加速するため支援を行う民間団体が重要な働きをしているところに特徴がある。一方、行政は廃棄物管理とリサイクルに注力する。ここではスイスにおける支援団体と企業の動きを中心に紹介する。
「循環型経済」とは
連邦環境局(FOEN)によると、循環型経済とは「原材料の抽出から設計、生産、流通、最大限の使用段階、リサイクルまでのサイクル全体を考慮した統合アプローチ」を指す。商品は使用後に廃棄して終わりではなく、商品や材料が再生、再利用され流通し続ける。また天然資源の使用量が減り、廃棄物も抑制される。この流れを可能にするには、「原材料の加工」から「設計・生産」「流通」「消費・使用」「リサイクル・回収」の各段階に関わる全ての利害関係者が考え方を変える必要がある(図1および図2参照)。
グローバル企業の取り組み:ネスレ
欧州では、市民の環境に対する意識が強い傾向にある。このため、環境負荷が高い企業には厳しい目が向けられる。スイスでも、特にプラスチックを大量に使う企業は環境保護団体などから批判を浴びてきた。スイスに本社を置く食品大手のネスレもその一例だ。
ネスレはこれまで、自社の環境負荷を減らし自らのビジネスモデルを循環型に変えるため努力を重ねてきた。特に、プラスチックの利用に関する取り組みを次の通り紹介する。
1)包装を全て再利用または再生可能に
ネスレは、2025年までに全ての包装を再生可能または再利用可能にすること、および包装に用いる未使用プラスチックを3分の1に削減することを目標に掲げている。2019年9月に、環境負荷の少ない包装を開発するためにパッケージング研究所を立ち上げた。このほか、2020年1月に、食品包装用の再生プラスチック利用拡大および持続可能な包装の開発に向け、最大20億スイス・フラン(約2,220億円、1スイス・フラン=約111円)を投資すると発表した。
ネスレが2019年に包装で利用したプラスチックは150万トンで、事業全体で用いる包装材の約3分の1に上る。高い品質と安全性が求められる食品包装では、再生プラスチックの利用は容易ではない。新たな投資がプラスチックの循環型経済に貢献する、とネスレは期待する。
2)欧州プラスチック協定に署名
前述のプラスチックに対する取り組みを加速するため、ネスレは2020年3月に欧州プラスチック協定(European Plastics Pact) に署名した。欧州プラスチック協定は、オランダ、フランス、デンマークの各政府が中心となって立ち上げられた。約90の欧州の企業、NGO、経済団体、国の官庁、自治体が署名者として名を連ねている。ネスレのほか、英国・オランダの家庭用品・食品メーカーのユニリーバやフランスのスーパーマーケット大手カルフールなども、協定に署名した。
民間団体の取り組み:サーキュラーエコノミー・スイス
スイスでは近年、循環経済への移行を実現するため、民間の財団や団体による活動が活発だ。その内容は、スタートアップ企業の支援から行政のネットワーク強化など多岐にわたる。 特に目立つのは、社会起業家(注1)ネットワークであるインパクト・ハブ(Impact Hub、注2)などを中心に、2019年に組織された「サーキュラーエコノミー・スイス(Circular Economy Switzerland) 」だ。同ネットワークでは、流通大手ミグロが関与するミグロエンゲージメント基金(Migros Engagement Fund)などの財団から活動資金を得て、専門の組織の中核チームがプロジェクトやイベントを含む活動を推進している。 その活動は主に以下の通り。
1)スタートアップ企業の支援「CEインキュベータ 」
サーキュラー・エコノミー・トランジションが、循環型経済へ移行する流れに乗ってビジネスチャンスを狙うスイスの起業家・スタートアップを毎年25社以上(2020年は27社)、ベルン、ジュネーブ、ローザンヌ、チューリッヒの4都市から選定。選ばれた起業家・スタートアップは3カ月間のプログラム期間中、メンター・専門家・投資家ネットワークによる支援を無料で得て、ソリューションの実装とビジネスモデルの検証に取り組む。公共機関などとつながり、ワークショップやピッチングイベントへ参加することもできる。
プログラムの責任者の1人でインパクトハブ・ジュネーブのジョゼ・フィリップ・シルヴァ氏にジェトロが3月26日に聞いたところ、起業して間もないスタートアップ企業を支援することが効果的と判断し、2020年にはビジネスがかなり初期段階にある企業を中心に選出し、応募してきた企業は農業、食品、繊維、観光の関連が多かったという。
2)都市のネットワーク強化「サーキュラーシティズ・スイス (循環型都市スイス)」
コンサルティング企業エコス(ecos)とサークル・エコノミー(オランダ)が、都市の代表者とともに都市のリサイクルの可能性を分析・評価する試み。
3)家具のごみ削減と循環「Make Furniture Circular (家具を循環させる)」
主にオフィスや学校から出る備品を、廃棄せずに家具として循環させる取り組み。不要な備品の募集や家具リサイクルの啓発を行う。
スタートアップ企業の取り組み
スイスで、循環型ビジネスを行うスタートアップ企業は数多い。その中から数例紹介する。
1)コーヒーかすを使ったキノコ栽培「ファンギ・ファーマーズ(Funghi Farmers)」
地元ジュネーブの企業から大量に廃棄されるコーヒーかすを使って、ヒラタケを栽培する。なお、スイスは世界有数のコーヒー消費国だ。全日本コーヒー協会資料(53.11KB)によると、2018年の1人当たりコーヒー年間消費量は約8 キログラムで、日本の3.7 キログラムの約2.1倍に当たる。
2)生物変換で食品廃棄物から動物用飼料を作る「ティクインセクト (TicInsect)」
食品廃棄物を、アメリカミズアブの幼虫を使って動物用飼料のためのタンパク質に生物変換する。
3)循環型の国産時計を作る「IDウォッチ(ID Watch )」
ケースに再生ステンレスを70%以上使用し、ストラップにパイナップル繊維製の皮の代替素材ピニャテックスや100%堆肥化が可能な植物素材を使って、時計を製造する。
4)宇宙ごみの除去を狙う「クリア・スペース(ClearSpace )」
機能していないまたは応答しない人工衛星を見つけて除去できる人工衛星を開発する。さらに、回収した人口衛星の機体や部品を、宇宙で再利用・リサイクルするサービスの実現を目指す。
スイスの廃棄物削減・リサイクルの状況
循環型経済へ移行するためには、廃棄物削減やリサイクルの促進も重要な要素だ。これらのスイスにおける現状と取り組みは以下の通りだ。
1)建築廃棄物が全体の8割強を占める
連邦環境局(FOEN)ウェブサイトによると、スイスで発生する廃棄物は毎年8,000万~9,000万トン、1人当たりに換算すると約716 キログラムに上る(2020年4月21日時点の確認結果に基づく)。1人当たり所得の高さの裏返しとしての大量消費が原因で、世界の中でも高い水準だ。今後も経済成長に伴って消費が拡大し、消費と廃棄物の発生が切り離されない場合は増加が見込まれる。
種類別は、建築廃棄物(注3)が84%と最も多く、都市廃棄物(注4)の7%、バイオ廃棄物(注5)と続く。
2)建築廃棄物のリサイクル率は高い
前述したFOENによると、スイスでの建築廃棄物のリサイクル率は高い。掘削で生じる廃棄物5,700万トンのうち75%、解体時に発生する廃建材1,700万トンの70%がリサイクルされる。 また、2000年に45%だった都市廃棄物のリサイクル率は、2017年に53%に増加した。
バイオ廃棄物は2017年に約550万トン発生していて、毎年約420万トンが焼却される。FOENは毎年200万トンの食料が廃棄されているとする一方、このフードロスの70%は回避できると指摘する。
3)プラスチックごみ排出削減に向けた取り組みが進むも、課題は残る
2010年、スイスでは約100万トン(1人当たり約125キログラム)のプラスチックが消費された。
プラスチック製レジ袋の削減は民間や州政府の主導で進展した。スーパー大手のミグロ(Migros)とコープ(Coop)がレジ袋を有償化すると、国内の需要は激減した。州政府レベルでは、例えばジュネーブ州が、2020年1月に食品などの小売店がプラスチック製レジ袋を無償配布することを禁止する措置を導入した。
ペットボトルもリサイクルが進むが、その他のプラスチックはリサイクルが遅れ気味で、その多くは廃棄される(2019年10月2日付地域・分析レポート参照)。スイスでは可燃性廃棄物の埋め立ては2000年から禁止されているため、廃棄プラスチックの大半は焼却される。
2018年6月に連邦政府が発表した「アジェンダ2030実施状況(1.43MB) 」は、国連が提示した持続的開発目標に照らして、スイスの持続可能な開発の取り組みを自ら評価する文書だ。その中で、連邦政府は廃棄物の削減には課題があり、特に生物由来の廃棄物、プラスチック、電池のリサイクルで改善の余地があると認める。
「循環型経済」というキーワードは、欧州ビジネスにおける流行語ともいえる。既存ビジネスは自らのビジネスモデルの見直しを図り、またスタートアップ企業は新たなビジネスチャンスを狙う。連邦政府や州政府の介入が少ないスイスで、循環型経済への移行を実現させるには、企業などの組織が自主的に行う活動がいかに進むか、また個別企業の取り組みを結び付けて大きなムーブメントにする支援団体の活動がカギとなる。
環境規制でEU加盟国との調和を進めながらも、非加盟国としてしばしば独自路線を歩むスイス。グローバルイノベーション指数2019では9年連続で首位を守る(2019年07月31日付ビジネス短信参照)など技術力は十分にある。スイスが本分野で躍進するかが注目される。
- 注1:
- 社会起業家:貧困や環境保護、福祉など社会的な課題をビジネス手法によって解決しようと事業を興す起業家のこと。
- 注2:
- インパクト・ハブ:2005年にロンドンで活動が始まった持続的成長とイノベーションを両立させようとするNPOの連合組織であり現在50カ国以上で活動を行っている。スイスでは、ジュネーブ、チューリッヒなどにそれぞれインパクト・ハブが存在したが、2019年5月に合併しインパクト・ハブ・スイスが立ち上げられた。
- 注3:
- 建築廃棄物:掘削で生じる廃棄物や解体時に発生する廃建材など。
- 注4:
- 都市廃棄物:家庭、オフィス、公共ごみ箱などから生じる廃棄物。
- 注5:
- バイオ廃棄物:木材、食品などの廃棄物。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ジュネーブ事務所
小谷 由紀子(こたに ゆきこ) - 2005年、日本規格協会に入社。2019年からジェトロ・ジュネーブ事務所に出向。主に欧州標準化機関との連携強化に携わる。