バイデン政権でも続く対中強硬策、次なる焦点は対外投資審査か(米国)
2021年9月1日
米中間の緊張関係が、なおも続いている。それは、米国で2021年1月に民主党のバイデン政権が発足して以降も、基本的に変わりない。共和党のトランプ前政権下では、追加関税や輸出管理・対米投資審査の強化など、ビジネスに影響する各種措置が導入された。現在でも、そのほとんどが据え置かれている。バイデン政権ではさらに、強制労働を理由とした輸入制限など、人権の切り口からも規制を強めてきた。
今後は中国からの投資ばかりでなく、米国から中国への投資にも、米政府による監視の目が入る可能性がある。米国企業の活動だとしても、安全保障に影響し得るためだ。本レポートでは、米国の対中措置を中心にこれまでの経緯を整理するとともに、米中関係の今後を見通してみる。
トランプ路線を基本的に踏襲
ジョー・バイデン大統領は、2020年11月の大統領選挙に向けたキャンペーン中、トランプ前政権による対中追加関税などの単独主義的な措置を批判していた。また当選後も、同盟国・友好国に痛みを与えるような通商政策は追求しない、としていた。このような姿勢から、政権発足後には1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品輸入への追加関税(以下、232条関税)と1974年通商法301条に基づく中国原産品輸入への追加関税(以下、301条関税)は見直されるとの見方もあった。しかし、2020年12月の「ニューヨーク・タイムズ」紙とのインタビューで、対中追加関税についてすぐには動かない、との考えを明かして以降、変化のないまま現在に至っている。232条関税についても、明確な方針への言及はなく、現在も継続されている(表1参照)。
根拠法 | 対象 | 内容 | 適用除外の状況および補足事項 |
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1962年通商拡大法232条 | 各国からの鉄鋼・アルミ製品の一部 |
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1974年通商法301条 | 中国原産品の一部 |
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EU、英国原産品の一部 |
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出所:米国政府発表資料などを基にジェトロ作成
232条関税と301条関税に関しては、米国内の輸入者向けの救済措置として、申請ベースの品目別適用除外制度が存在する。前者は商務省が、後者は米国通商代表部(USTR)が承認すれば一定期間、対象品目を米国に輸入するに当たって追加関税を免れることができることにはなっている。232条関税については引き続き新規申請も受け付けている一方(注1)、301条関税については過去に承認された一部の医療関連製品の適用除外が2021年9月末まで延長されているにとどまる。新規申請は、現時点では認められていない(2021年3月10日付ビジネス短信参照)。この状況を受け、追加関税の産業界への影響を懸念する超党派の米連邦議員が、キャサリン・タイUSTR代表に、301条関税の新たな適用除外制度を創設するよう要請した。しかし、タイ代表は、対中通商政策の包括的な見直しを進めていると述べるにとどめた。こうした要請が通るのか、通るとしたらいつになるか、めどすら明らかになっていない。
安全保障を動機とする輸出管理や対米投資審査の強化、政府調達における一部の中国製品・サービスの排除といった措置についても、バイデン政権は前政権の路線を踏襲(表2参照)。これら措置の根拠法(注2)が米議会で超党派により可決されたことも、政権の姿勢に影響しているとみられる。これらの分野で対中強硬の手を緩めた場合、共和党だけでなく、身内の民主党からも厳しく責任を追及されるリスクがあるためだ。
措置 | バイデン政権以降の主な動き |
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輸出管理規則上のエンティティー・リストへの中国企業などの追加 |
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新疆ウイグル自治区での強制労働を理由とした輸入制限 |
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中国人民解放軍への協力の疑いのある中国企業などへの新規の証券投資の禁止 |
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情報通信技術・サービスのサプライチェーン(ICTS)保護規則の導入 |
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注:対米投資審査の強化と政府調達における一部の中国製品・サービスの排除については、バイデン政権以降、具体的な動きはない。前政権時に強化された規則が継続運用されているとみられる。
出所:米国政府発表資料などを基にジェトロ作成
米国の政権交代を機に、米中間の対話は深まっているのか。バイデン大統領は選挙キャンペーン中から、「自身はオバマ政権の副大統領時代に、習近平・中国国家主席(副主席時代も含む)と、世界のどのリーダーよりも長く時間を過ごした」と強調していた。しかし、大統領就任以降、習主席と1対1で会談したのは2021年2月の電話会談に限られる。それ以降では、両国外交トップによる対面会談(3月、米アラスカ州)、通商担当閣僚のバーチャル会談(5月)、米国務副長官と中国の外交部長との対面会談(7月、中国)の例がある(2021年7月29日付ビジネス短信参照)。しかし、いずれの会談でも両国の主張は平行線をたどり、緊張関係を緩和するには至らなかった。
人権問題の切り口から各種措置を強化
両国関係改善の糸口が見えない中、バイデン政権が力を入れ始めているのが強制労働に代表される人権問題への対応だ。2021年3月にUSTRが発表した通商政策課題でも、中国との関係では、新疆ウイグル自治区での人権侵害を最優先課題に挙げた(2021年3月3日付ビジネス短信参照)。これは、トランプ前政権が既に取り上げていた問題でもある。2020年7月に省庁横断の諮問機関を立ち上げ、米産業界に対して同自治区での強制労働にかかわる製品・サービスが自社のサプライチェーンに組み込まれていないかデューデリジェンスを促していた。政権交代直前の2021年1月には、同自治区での強制労働を理由に、同自治区産の綿・トマト製品輸入を全面的に留保するに至っていた。バイデン政権も6月、同様の理由で、太陽光パネル関連製品の輸入に一部制限を導入(2021年6月25日付ビジネス短信参照)したほか、産業界向けの勧告内容をトランプ前政権時のものから更新した(2021年7月14日付ビジネス短信参照、注3)。一方、米国からの輸出では、同自治区での人権侵害に加担している疑いのある中国企業などを輸出管理規則上のエンティティー・リストに掲載。それら事業体への米国製品の輸出・再輸出・国内移送などをおおむね原則不許可とした。このように輸出入両面で、人権問題を理由とした規制を強めてきた。
このほか、バイデン政権が前政権以上に踏み込んで対応しているものとして、いわゆる「中国軍事企業制裁」が挙げられる。中国の人民解放軍に協力している疑いのある企業などを対象として、米国企業など(注4)が新規の証券投資を行うことが禁じられる。この措置の目的は、米国企業などが意図せずに、米国の安全保障を脅かす恐れのある事業体を支援することを防ぐことにある。中国軍事企業制裁に先鞭(せんべん)をつけたのもトランプ前政権だった。ただし、バイデン大統領は2021年6月に署名した大統領令で、投資禁止対象とする中国企業の範囲を拡大。中国人民解放軍に協力している企業に加えて、監視技術分野で活動している企業も対象とした。これは、監視技術が人権侵害に利用され得るとの懸念に基づく。結果として、それまで44社だった投資禁止対象が59社に拡大。2021年8月2日から対象企業への新規証券投資が禁止された(2021年8月3日付ビジネス短信参照)。
今後は技術移転を伴う対外投資にも監視の目か
トランプ前政権が導入した措置の維持・強化という道をたどってきたバイデン政権。今後はさらに、新たな措置を導入する可能性が出てきている。バイデン政権で安全保障政策を統括するジェイク・サリバン大統領補佐官は2021年7月、グローバル新興技術サミット(注5)で、「米国からの対外投資で輸出管理の精神を迂回するようなもの、または国家安全保障に有害なかたちで競争相手の技術力を強化するようなもの、の影響について注視している」と発言。その上で、輸出管理と投資審査に関する具体的な取り組みが数カ月先に本格化する、と指摘した。
対外投資審査をめぐる議論自体は真新しいものではない。トランプ前政権も、対米外国投資委員会(CFIUS、注6)が技術移転を伴う対外投資も審査できるよう権限を拡大する条項をFIRRMA(注2参照)に盛り込むことを望んでいたとされる〔ただし、最終的には見送られた(通商専門誌「インサイドUSトレード」2021年7月16日)〕。議会でも、上院で財政委員会(通商を所管する権限を有する)に所属する有力議員(注7)が5月、「米国イノベーション・競争法案(USICA、S.1260)」(注8)への修正条項として、重要技術・サプライチェーンに関する敵対国向けの対外投資を審査する省庁横断の委員会をUSTRの下に設ける提案を共同で発表していた。結局、上院で6月8日に可決されたUSICAには同修正条項が含まれるには至らなかった。
もっとも、対外投資審査の強化にバイデン政権が着目し始めたことは、留意すべき動きだ。今後、議論が加速する可能性があると言えるだろう。
その上で注目されるのが、輸出管理と投資審査に関する政策を取りまとめる政府要職の人事だ。バイデン大統領は7月13日、商務省で産業・安全保障分野を統括する次官候補にアラン・エステベス氏を指名した。同氏は、オバマ政権時の首席国防副次官(調達・技術・兵站担当)を含め、30年以上にわたり国防総省で勤務。CFIUSにも所属していたこともある人物だ。現在は、米デロイト・コンサルティングに所属している。同氏が2019年7月に同僚と発表した「国家安全保障と技術規制」と題するレポートでは、機微な技術の規制に関して、リスク・ベースのアプローチを取るべきだと提言。具体的には、技術や仕向け国という切り口で一律に規制するのでなく、個別の事例ごとにリスクを精査し一定の基準を超えたものを規制していくという手法を挙げた。通商問題に詳しい米戦略国際問題研究所(CSIS)のウィリアム・レインシュ上席アドバイザーは論考で、技術管理を過度に緩めた場合は国家安全保障を脅かす恐れがある一方、過度に厳しくした場合は米企業が次世代のハイテク技術を創出するための資金源を失う、と指摘。エステべス氏にとっては両極の間で程よいバランスが取れるかが課題になる、とした(CSISウェブサイト参照)。この点、エステべス氏が提唱したリスク・ベースのアプローチは有用とみられる。しかし、同氏が商務次官に就任するには、対中強硬に傾いている議会の上院で過半数の承認を得なければならない。特に共和党議員の中には、政権に対して、より厳しい対中強硬策を取るよう迫る議員もいる。同氏がそうした議員らの信頼を得られるかが焦点となりそうだ。政権内での輸出管理と対外投資を絡めた議論は、同氏の就任をもって本格化する可能性がある。今後の上院での承認のタイミングが注目される。
- 注1:
- 詳しくは、米商務省の232条関税適用除外に関するウェブページを参照。
- 注2:
- 具体的には、「2019会計年度国防授権法」(2018年8月成立)、およびその中に含まれた「輸出管理改革法(ECRA)」「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」。
- 注3:
- 強制労働の疑いのある製品の輸入留保に関する傾向や手続きについては、2021年6月25日付地域・分析レポート参照。
- 注4:
- 米国市民、永住者、米国の法律または米国内の管轄権に基づいて組織された事業体(外国支社も含む)または米国内にいる個人が含まれる。
- 注5:
- グローバル新興技術サミットは、独立的な立場から米政権・議会に政策提言する人工知能国家安全保障委員会(NSCAI)が開催した。
- 注6:
- CFIUSは、外国からの対米投資に伴うリスクを審査する省庁横断機関。
- 注7:
- ボブ・ケイシー(民主、ペンシルベニア州)、ジョン・コーニン(共和、テキサス州)の両議員。
- 注8:
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米国イノベーション・競争法案(USICA)は、中国との長期的な競争が念頭に置かれている。米国内の半導体産業支援のための520億ドルの予算などを含む。
下院では上院法案に対応する法案を策定中。現時点で、法案成立のめどは立っていない。法案の審議状況は議会情報に関する公式ページを参照。
- 執筆者紹介
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ジェトロ ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
磯部 真一(いそべ しんいち) - 2007年、ジェトロ入構。海外調査部北米課で米国の通商政策、環境・エネルギー産業などの調査を担当。2013~2015年まで米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員。その後、ジェトロ企画部海外地域戦略班で北米・大洋州地域の戦略立案などの業務を経て、2019年6月から現職。