投資家保護に向けた効果は限定的
EUメルコスール通商協定を丸裸にする(2)

2019年8月30日

2019年6月28日に政治合意したEUとメルコスールの通商協定の条文案は、物品貿易に加えて、サービス貿易、貿易の技術的障壁(TBT)、衛生植物検疫(SPS) 、政府調達、競争政策、知的財産、政府系企業に関する規律など、包括的な内容だ。

連載第2回の本稿では、協定条文案の第8章~第17章について紹介する。

第8章 サービスおよび設立

本章では、サービスや投資に関する原則的な事項と自由化の対象範囲を定めている。

原則的な事項としては、サービスの貿易および投資に関する市場アクセス対象範囲や内国民待遇の付与について、ポジティブリスト方式(規定の適用を留保する措置や分野を列挙)を採用することとしている。なお、本協定では、内航海運や航空サービス、内陸航行、音響・映像サービスは対象外と規定されている。

投資に関しては、他のFTA(自由貿易協定)に規定されているような争乱の際の待遇、収用および補償、代位、利益の否認などにかかる規定や、ISDS、オンブズマン制度などの投資に係る紛争・問題解決に関する規定がなく、投資家保護に関する面は相当程度、限定的である。

また、本章では、EU、メルコスール側双方にとって基幹的、重要と認識されている郵便サービス、電気通信サービス、金融サービス、電子商取引の分野について、原則的な重要事項を規定している。例えば、郵便サービス分野におけるユニバーサル・サービスの提供、電気通信サービス分野における相互接続や秘密保持義務、金融サービス分野における透明性ある法規制体系や決済システムの整備などが規定されている。

さらに電子商取引分野では、電子的な送信に対する関税賦課の禁止、電子的手段によるサービスの提供に関する事前の許可を不要とする原則、電子認証・電子署名や電子的な手段による契約であることのみを理由とした法的有効性の否定の禁止、要求されていない商業上の電子メッセージ(迷惑メール)に関する措置、電子商取引の利用に係る消費者保護に関する措置を採用・維持することの重要性などに係る規定が定められている

第9章 政府調達

政府調達に関する章では、公的機関の購入する財・サービスについて、公正、透明、内外無差別の調達手続きを取ることを規定している。協定が対象とする調達機関および物品・サービス、基準額などは付属書に記載されることとなるが、付属書案が公開されていないため、現時点で詳細不明である。ただし、政府調達章が対象とする市場アクセスの幅はEU側の方が大きいとされており、メルコスール側が少々げたを履かせてもらった形となっているとのこと。

なお、メルコスール諸国はWTO政府調達協定に加入しておらず、これまでメルコスールが締結した通商協定には政府調達に関する条項は盛り込まれていなかったが、本通商協定は、メルコスールが政府調達に関する条項を盛り込んだ初の通商協定となる。このような事情を反映してか、当初は、本協定の対象は中央政府のみとなり、地方政府(州政府以下の自治体)の取り扱いは、協定発効後2年以内に結論を得ることとされている。

第10章 競争政策

競争政策に関する章では、カルテルなどの反競争的行為に対抗することの重要性を双方で認識し、競争当局間の協力関係について定めている。

当局間の執行協力については、例えば国境をまたぐ事案があった場合に、当局間で非秘密情報の交換を行うことができることや、執行協力を求めることができることが規定されている。

なお、双方の事情に配慮があったと考えられるが、法令によって、公営企業に対して独占的な地位を付与することは妨げられない旨が確認的に規定されている。

第11章 補助金

政府の支出する補助金に関して1つの章を立てており、その中で、補助金は固有の政策目的の達成のために有用な一方で、市場を歪曲(わいきょく)する可能性があることを確認している。

また、EU、メルコスール双方は、補助金に関するWTO交渉の議論において協力していくとともに、補助金の透明性向上や補助金の管理のための情報交換などの協力を行っていくことが規定されている。

第12章 国有企業

国有企業に関する章では、法令などによって排他的地位が付与された国有企業であっても、商業的動機に基づく経済原理によって活動しなければならないことが原則論として規定されている。

本協定では、その対象は商業的な活動を行う大規模な国有企業が対象とされ、基準値として年間売上高が200万SDR(1SDR=150円、3億円相当)以上の国有企業が対象となっている。

なお、公共サービスなど営利活動を目的としないものや、国防など配慮が必要なセクターは対象外とされている。アルゼンチンやブラジルといった連邦制を採っている国では、当初は中央レベルの国有企業を対象とし、地方レベルのものについては5年後に検討を行うこととしている。

第13章 知的財産権

知的財産権分野については、現在のところ、協定条文案は未公開であり、協定文案(英語)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(357KB) のみが欧州委員会のウェブサイトなどで公開されている。

これによれば、本協定では、特許、商標、意匠、著作権、植物品種、営業上の秘密といった知的財産権に関する基本的な事項について、国際的な協定を順守することや適正な執行を確保することなどが規定された包括的な取り決めが結ばれている。

また、双方にとって重要関心事項であった農産品や飲料に関する地理的表示(GI)の保護に関しても、EUの産品について355の名称(パルマハム、ロックフォールチーズ、アイリッシュウイスキーなど)が保護され、メルコスールの産品について220の名称(セラードミネイロコーヒーなど)が保護されることとなった。

第14章 貿易および持続可能な開発

本章では、持続可能な開発に貢献する形で国際貿易の発展を促進するため、貿易と労働条件との関係や貿易と環境開発との関係について順守すべき事項を規定している。

労働に関しては、強制労働や児童労働の撲滅、差別待遇の撤廃、結社の自由や団結権の保護といった基本的なILOの国際労働条約の順守を規定している。

環境に関しては、気候変動、生物多様性、森林経営、漁業および養殖に関する国際的な枠組みでの取極を順守することを規定している。特に気候変動に関しては、EU側、メルコスール側双方ともに気候変動枠組み条約およびパリ協定を効果的に履行する旨が規定されている。ブラジルでは2018年後半の大統領選挙期間中、現ボルソナーロ大統領がパリ協定の離脱をにおわす発言を行い、欧州側の反発を買っていただけに、特に印象深い。

第15章 透明性

透明性に関する章では、法令や行政手続きなどの政策実施手段の透明性をより高めるべく、情報公開やコメント収集手続きなどについて順守すべき事項を規定している。

第16章 中小企業

中小企業に関する章では、双方の域内における中小企業比率の高さに鑑みて、中小企業に対して配慮すべき事項について規定したものである。具体的には、貿易に関する規則をはじめ、関税率に関するデータベース、貿易手続きなどに関する情報をウェブサイトを通じて提供することや、中小企業コーディネーターを置き、サポートに当たらせることなどを規定している。

第17章 紛争解決

紛争解決に関する章では、本協定の運用に際して発生した紛争を解決するためのメカニズムを定めるものであり、紛争の当事者は関税同盟としてのブロック、または国となる。紛争当事者は、まず協議による解決や仲裁による模索することとなる。協議によって解決されない場合はパネルの設置を要請することができるが、WTOの紛争解決メカニズムとは異なり、パネルの判断が最終的かつ確定的なものとなる。

EUメルコスール通商協定を丸裸にする

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  2. 投資家保護に向けた効果は限定的
執筆者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所 次長
岩瀬 恵一(いわせ けいいち)
1993年通商産業省(現経済産業省)入省、貿易経済協力局特殊関税等調査室長、資源エネルギー庁長官官房総合政策課企画調査官、東北経済産業局地域経済部長などを経て、2017年現職に就任。

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