完成車は、発効8年目から急速に関税引き下げ
EUメルコスール通商協定を丸裸にする(1)
2019年8月30日
2019年6月28日、欧州連合(EU)の政策執行機関である欧州委員会とメルコスール構成4カ国政府(アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ)は、長年にわたって交渉が行われてきた通商協定の内容の大筋に関して、政治合意に達したことを公表した。EUとメルコスールの通商協定交渉の開始が正式にアナウンスされたのが1999年6月28日であるため、交渉開始からちょうど20年となる節目の時期に政治合意に達したことになる。
このEUとメルコスールの通商協定は、物品貿易に関するものだけでなく、サービス貿易、貿易の技術的障壁(TBT)、衛生植物検疫(SPS)、政府調達、競争政策、知的財産、政府系企業に関する規律など20程度の章から構成される包括的なものである。
日本と欧州を比較してみると、ともに自動車、機械、電気電子製品など工業製品をメルコスールに輸出し、農産物などを輸入するといった貿易構造が類似しており、今後、日本とメルコスールとの間の経済連携協定を検討する際に、このEUとメルコスールとの間の通商協定はベンチマークとして重要である。
既に、欧州委員会貿易総局やブラジル外務省などのウェブサイトには、協定条文案の多くが掲載されており、その内容や興味深い点などについて章ごとに紹介したい。なお、協定条文案は今後も法的な精査を受ける必要があり、確定した条文ではないことに留意が必要である。また、協定の発効のためには、EU側やメルコスール側での批准手続きを経ねばならず、正式に発効するまでには数年単位で時間がかかると予想されている。
連載第1回の本稿では、協定条文案の第1章~第7章について紹介する。
第1章 物品貿易
今回の合意によれば、メルコスールとEU間の貿易において、相当量の物品が自由化されることになり、メルコスール側はEUからの輸入品について品目ベースで91%(額ベースでも91%)を最長10年、特別な取り扱いを要するセンシティブ品目は最長15年かけて無関税化、EU側はメルコスールからの輸入品について品目ベースで95%(額ベースで92%)を最長10年かけて無関税化するものとなっている。
また、メルコスール側は自動車や機械類、化学品、医薬品など工業製品の輸入に対するセンシティビティが、EU側には農産品の輸入に対するセンシティビティがあるため、物品貿易に関しては、双方の事情に配慮した合意内容となっている。
(1)工業製品に関する取り扱い
- メルコスール側のEU産品に対する取り扱い
メルコスールはEUからの輸入品について品目ベースで91%(額ベースでも91%)を関税撤廃していく(なお、この91%の数字は、工業製品、農産品を合わせたメルコスール側の自由化率と偶然一致)。関税譲許スケジュールに関する付属書が公開されていないため、全貌は明らかでないが、自動車、機械などの主要な産品に対する取り扱いは次のとおり。- 完成自動車:
- 協定発効後の当初7年間は猶予期間とし、その間は5万台の枠内までは関税率を半減(ブラジルの場合は、35%の関税を17.5%に半減)。8年目以降は加速度的に関税率を引き下げ、協定発効後15年で関税率ゼロとする。
- 自動車部品:
- 現在14~16%の関税率が賦課されているところ、品目ベースで82%を(額ベースで60%)を10年かけて無関税化、さらにその他多数の部分を15年かけて無関税化する。
- 機械類:
- 現在14~20%の関税率が賦課されているところ、品目ベースで93%について、その多くを10年かけて無関税化する。
- EU側のメルコスール産品に対する取り扱い
メルコスールからの全ての工業製品輸入を10年かけて無関税化する。
(2)農産品に関する取り扱い
- メルコスール側のEU産品に対する取り扱い
メルコスールはEUからの輸入農産品について、品目ベースで93%(額ベースで95%)を段階的に無関税化する。 - EU側のメルコスール産品に対する取り扱い
EUはメルコスールからの輸入農産品について、品目ベースで77%(額ベースで82%)を段階的に無関税化するものとし、その他のセンシティブな農産品については、関税割り当て制度の活用などにより部分的に自由化されることとした。例えば、EU側にとってセンシティブ品目とされる牛肉、砂糖、エタノールについては以下のような取り扱いとされた。- 牛肉:
- 9万9,000トンの輸入割り当て(うち、55%を生肉、45%を冷凍肉に分配)の上限を設定し、枠内の輸入に対して7.5%の関税を賦課。輸入割り当ては6年間で上限の9万9,000トンまで拡大される。
- 砂糖:
- ブラジルに対して以前から設けられていた、年間18万トンまでの無関税輸入枠を撤廃する。また、パラグアイに対しては、年間1万トンの無関税輸入枠を設定する。
- エタノール:
- 化学用途のエタノールに対して45万トンの無関税輸入枠を設定、また、燃料等用途のエタノールに対して20万トンの輸入枠を設定し、枠内の輸入に対する関税を3分の1とする。
第2章 原産地規則
物品貿易において、本通商協定に規定された関税減免の恩典を受けるためには、当該貿易財が協定締約国・地域を原産地とする物品と判定されることが前提となる。原産地規則章では、本通商協定における原産地規則の定め方に関する一般ルール、個別の製品分野ごとの原産比率計算や原産地判定に関する基準を定めた付属書から構成されている。
この原産地規則章においても、双方の域内において調達した物品を原産性の判定に加えることを可とする累積制度を取り入れているが、CPTPP(いわゆるTPP11)や日EU経済連携協定(EPA)とは異なり、生産行為をも対象とした完全累積制度とはなっておらず、あくまで原産品の累積のみを可能としている。
また原産地証明は、CPTPPや日EU経済連携協定と同様、輸出者による自己申告が認められている。
第3章 税関および貿易円滑化
税関および貿易円滑化に関する章では、貿易に関連する通関手続きの円滑化を促進することを目的として、税関協力、物品の引き取り、事前教示、手続きの透明性、リスク管理、通関後の監査などに関する規定が定められている。
事前教示については、日EU経済連携協定と同様に、締約国の法令に従って定められた期限までに行われることとされているが、CPTPPのような具体的な期限(150日)は定められていない。
また、本通商協定で特徴的な規則として、腐食性物品(Perishable Goods)に関する規定があり、腐食性のある物品に対して適切な優先度を付与して取り扱うべき旨が定められている。これは、EUとメルコスール間の貿易では農産品の取扱高が大きいため、これらに対する配慮を明示的に示すといった背景があると考えられる。
第4章 貿易救済措置
貿易救済措置に関する章では、安価な物品の輸入増加などにより、域内産業に損害が発生した場合に取れる輸入制限措置の運用について定めており、本通商協定では2つの章を立てている。1つはアンチダンピング措置、補助金相殺関税措置、一般セーフガード措置の運用に関する事項を定めているもの。もう1つは二国間セーフガードの運用について独立した章を立てているものである。
前者については、アンチダンピング措置、補助金相殺関税措置、一般セーフガード措置の発動は、基本的にはWTO協定に規定された権利義務関係に従うものであることを確認するとともに、WTO協定の水準以上の内容として透明性強化、レッサー・デューティー(フルの課税率ではなく、輸入国内産業の損害を除去するのに必要に足る課税率)の選好が規定されている。
後者の二国間セーフガードについては、本通商協定に沿った自由化の結果、一方の域内の産業に重大な損害が生じる場合に、自由化の効力を一定期間停止できることを規定したものであり、措置は最長で2年間、1回に限りさらに2年間の延長ができるものとされている。また、二国間セーフガード措置を活用できるのは、協定発効後から基本は12年間、最長でも18年間までとされている。
なお、小国のパラグアイへの配慮として、EUが対メルコスールに二国間セーフガードを発動する場合、パラグアイだけは措置の対象外とすることができる旨の規定が盛り込まれている。
第5章 衛生植物検疫措置(SPS)
衛生植物検疫措置に関する章は、域内市民の健康安全の確保のため、輸入農産物などに対する安全確認のための手続きを規定している。本章では、WTO協定に規定された権利義務関係を確認するとともに、WTO協定の水準以上の内容として、透明性強化、緊急的な措置を発動することを可能とすることなどが規定されている。
また、小国パラグアイへの配慮として、パラグアイが検疫措置の執行に際して困難を生じた場合には、代替策の検討や技術的な支援を行うための協議を持つこととされた。
第6章 対話
これまでのEUやメルコスールの通商協定には存在しなかったものであるが、本通商協定では「対話」に関する章を立て、持続可能な農業を行うことを目的とした協力関係を構築していくことを規定している。具体的には、動物福祉、農業バイオテクノロジー、薬剤耐性、食品安全といった分野に焦点を当てた小委員会を設立し、情報交換などを通じた双方のバイラテラルな協力や、国際的なフォーラへの協力を推進することを規定している。
第7章 貿易の技術的障害(TBT)
貿易の技術的障害に関する章は、規格基準の制定や適合性評価に関する手順などに関する事項を規定している。本章では、WTO協定に規定された権利義務関係を確認するとともに、WTO協定の水準以上の内容が幾つか規定されている。例えば、強制規格の制定に際してインパクト分析を行うことを規定したほか、中小企業への影響を考慮することを求めることなどを規定している。また、WTO協定上、必ずしも明らかでない「国際標準機関」について、本通商協定では、ISO, IEC, ITU, Codex Alimentariusの4機関を固有名詞とともに定義している。
適合性評価に関しては、EUとメルコスールでは、電気安全、電磁両立性、エネルギー効率、有害物質対応などの面で相違が見られ、EUは自己適合宣言を活用した仕組みを用いているのに対し、メルコスール側では第三者認証の仕組みを用いている。このような仕組みの相違をブリッジするため、本協定においてはメルコスール側は、EUの適合性評価機関による試験結果を受け入れることに合意している。
また、本協定のTBT章には、自動車の安全・環境基準への適合の承認手続きに関する事項を定めた付属書が設けられている。これは、メルコスール諸国が国連欧州経済委員会による自動車の基準に関する多国間協定に加盟していない点に対処するためのものであり、メルコスール域内の自動車検査機関であっても、EUから認定された検査機関のものであれば、その試験結果を活用可能とすることなどが規定されている。
EUメルコスール通商協定を丸裸にする
- 完成車は、発効8年目から急速に関税引き下げ
- 投資家保護に向けた効果は限定的
- 執筆者紹介
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ジェトロ・サンパウロ事務所 次長
岩瀬 恵一(いわせ けいいち) - 1993年通商産業省(現経済産業省)入省、貿易経済協力局特殊関税等調査室長、資源エネルギー庁長官官房総合政策課企画調査官、東北経済産業局地域経済部長などを経て、2017年現職に就任。