長期化する米中摩擦への対応策は
政権によって変わる政策と変わらない政策
2019年5月15日
米中摩擦に起因する米国の保護主義的な措置には、追加関税賦課、対米投資規制の強化、輸出管理の強化、中国製通信機器の政府調達の制限などがある。サプライチェーンが複数の国にまたがって構築されている現代においては、こうした保護主義的な措置は、米中企業だけでなく、国際ビジネスを行う日本企業へも影響を与えている。例えば、追加関税は調達コストや生産コストの上昇を招き、対米投資の規制強化は投資先国の選定に影響を与え得る。こうした影響がいつまで続くのか先行きがわからない不透明な状況では、企業は中長期的な事業計画を立てることが難しくなる。米中摩擦それ自体は、単なる貿易摩擦にとどまらず、国際社会における覇権争いが根底にあるため、収束する具体的な時期を見通すことは現時点ではほぼ不可能に近い。ただし、それぞれの個別具体的な措置については、根拠になっている法律の制度設計を見ていくことで、政権の判断によって解除され得るものと、容易には変わらないものとを見極めることはできる。前者は追加関税措置であり、後者は対米投資規制の強化、輸出管理の強化、政府調達の制限だ。後者の3つの措置は、規制強化そのものが法制化されているため、たとえ政権が変わったとしても、大幅に変更される可能性は低いと考えられる。
日付 | 内容 |
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2017年4月19日 | 通商拡大法232条に基づき、鉄鋼・アルミニウム製品の輸入が安全保障に及ぼす影響調査を開始 |
2017年8月18日 | 通商法301条に基づき、中国の技術移転策や知的財産権の侵害などについて調査を開始 |
2018年3月23日 | 通商拡大法232条に基づき、鉄鋼・アルミニウム製品へ追加関税賦課開始 |
2018年5月23日 | 通商拡大法232条に基づき、自動車・同部品の輸入が安全保障に及ぼす影響調査を開始 |
2018年7月6日 | 通商法301条に基づく追加関税第1弾の賦課開始(対中輸入340億ドル相当の818品目に25%) |
2018年8月13日 | 2019会計年度国防授権法(NDAA)が成立。CFIUSを強化するFIRRMAや輸出管理規制を強化するECRA、中国製通信機器の政府調達を禁止する条項などが含まれる。 |
2018年8月23日 | 通商法301条に基づく追加関税第2弾の賦課開始(対中輸入160億ドル相当の279品目に25%) |
2018年9月24日 | 通商法301条に基づく追加関税第3弾の賦課開始(対中輸入額2,000億ドル相当の5,745品目に10%) |
2019年2月17日 | 商務長官が自動車・同部品の安全保障調査の報告書を大統領に提出 |
2019年5月10日 | 通商法301条に基づく第3弾(対中輸入額2,000億ドル相当の5,745品目)の追加関税率を25%に引上げ |
2019年5月13日 | 通商法301条に基づく追加関税第4弾の対象品目案を公表(対中輸入額3,000億ドル相当の3,805品目に最大25%) |
注:232条に基づく追加関税やFIRRMA、ECRAなどは、必ずしも中国だけを対象にした措置ではない点に留意。
出所:政府発表資料などを基に作成
政権の判断で解除され得る政策
まず、政権の判断によって解除され得る追加関税について。現在、中国製品に対しては1974 年通商法301条(以下、301条)、鉄鋼とアルミニウム製品に対しては1962年通商拡大法232条(以下、232条)に基づいて、追加関税が課されている(注1)。301条では、通商協定違反や米国政府が不公正と判断する他国の措置について、232条では、特定製品の輸入が米国の安全保障に及ぼす影響について、政権が調査を行う。調査結果に基づいて是正措置を行うか否かを政権が判断し、行うと判断すれば、具体的な措置の内容を確定する。措置を解除する時期も政権が判断する。つまり、301条と232条は、追加関税などの措置の実施を直接規定しているものではない(注2)。
現在賦課されている232条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品への追加関税をみると、措置の内容に政権の判断が大きく影響していることが見て取れる。トランプ政権は、追加関税賦課を発表した2018年3月時点では、メキシコとカナダに対しては北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉で対応することが適切との理由から、両国への追加関税賦課を一時的に留保していた。だが、5月になると、NAFTA再交渉の進展が見られないとして追加関税賦課を決定し、2018年6月からメキシコ、カナダへも課している。反対に、韓国、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジルの鉄鋼製品に対しては、輸入割り当ての実施など長期的な代替策で合意したとして、追加関税の適用対象外としている。措置の撤廃については、商務長官の提言に基づき大統領が決定するとしている。
301条も同様に政権の判断が大きく影響している。日米貿易摩擦が行われていた1985年7月、米国は日本の半導体市場が閉鎖的などの理由から、301条調査を実施し、制裁措置として日本のコンピュータ、電動工具、カラーテレビの3品目に対して、100%の関税を課した。この関税は、その後の日米協議によって、米国が問題視していたダンピング輸出が改善されたことから、1987年6月と11月に大部分が解除された(注3)。米国は中国に対しても、301条を基に追加関税賦課を試みたことがある。その際、米国は中国の市場アクセスを問題視し、服飾品など39億ドル分の品目に対して追加関税を課すよう迫ったが、1992年の2国間交渉によって、追加関税は賦課されることなく終わった(注4)。現在、301条に基づき中国原産品に課されている追加関税についても、米中協議の進展がみられないことを理由に追加関税率の引上げを行うなど、政権の判断が影響していることが見て取れる(2019年5月9日ビジネス短信参照)。
このように、301条、232条に基づく措置は、政権の判断に大きく委ねられることから、例えば301条に基づく追加関税ついては、現在継続中の米中協議にて、今後、米国が問題視する点が解決される、または一定の成果が見られる場合に、解除される可能性がある(注5)。また、仮に現在の追加関税が向こう数年間続いた場合でも、政権が変われば、トランプ政権とは異なる判断を行うことも考えられる。実際、通商問題を所管する下院歳入委員会で委員長を務める民主党のリチャード・ニール議員は、2月に行われた米中協議に関する公聴会で、「トランプ政権の関税は広範囲にわたり、破壊的で、物議を醸し、そして痛みを伴うもの」と明確に否定する見解を示している。
政権が変わっても容易には変更されない政策
一方、対米投資規制の強化、輸出管理の強化、中国製通信機器の政府調達の制限は、規制強化そのものが2018年8月に成立した2019会計年度国防授権法(NDAA)によって定められている。
米国では、安全保障上の懸念がある投資に対しては、外国投資委員会(CFIUS)が審査を行っている(注6)。これまで、CFIUSの審査対象は、米国企業が外国企業などにより「支配」(注7)される案件だったが、NDAAに盛り込まれた外国投資リスク審査法(FIRRMA)は、その審査権限を強化し、対象を米軍施設に隣接する土地の購入や、少額投資であっても米国企業が保有する機密性の高い技術情報へのアクセスが可能になる投資なども含むよう拡大した。従って、今後はCFIUSによる審査を受けなければならない投資案件が増加すると考えられる。
FIRRMAに基づくCFIUS権限強化(主な変更点)
- 審査対象の拡大
- ⽶軍施設などに隣接する⼟地の購⼊・賃貸(⼀⼾建て住居や市街地の⼟地は対象外)
- 重要技術・重要インフラ・機密性の高いデータを持つ⽶国企業に対する非受動的投資(少額出資であっても、⽶国企業が保有する機密性の高い技術情報・システム・施設などへのアクセスが可能になる投資や、役員会への参加などが可能な投資は対象)
- 外国企業が投資する⽶国企業において、その支配権が外国企業に渡るまたは機密性の高い重要技術・重要インフラ・データなどへの外国企業のアクセスが可能になる権利変更
- CFIUS審査の迂回(うかい)を目的とした取引・譲渡・契約
- 審査期間の延⻑
第1次審査を15⽇間延⻑し、最大45⽇間。第2次審査は、現行の45⽇間に加え財務⻑官が「特別事態」と認めた場合15⽇の延⻑可能。審査全体にかかる⽇数は最大75⽇から105⽇に。 - 事前届出制度の新設
投資の概要を記した「宣誓書」の提出制度を設置。正式な審査を受ける必要があるか事前に判断を求めることが可能。判断結果は30⽇以内に申請者に通知。外国政府と「実質的な利害関係」がある場合は原則義務。重要な技術への投資についても義務付けることが可能。 - 審査手数料の導入
取引額の1%または30万ドルのうち低い方の金額を上限。 - 同盟国や州政府など他の政府機関との情報共有
同盟国・友好国やの州政府と投資審査に必要な情報共有に向けた制度を構築。
出所:政府発表資料などからジェトロ作成
輸出管理については、NDAAに盛り込まれた輸出管理改革法(ECRA)によって、現行の制度では捕捉できていない新興・基盤的技術(emerging and foundational technologies)が新たに規制対象とされた。既存の規制に加え、今後は、新興・基盤的技術に該当する技術を米国から持ち出す際、または当該技術による付加価値が一定以上含まれた製品を外国から第三国へ持ち出す(再輸出)際などに、米国商務省産業安全保障局(BIS)の許可が必要になる。新興・基盤的技術の明確な定義はまだ固まっていないものの、パブリックコメントを通して政府から提案された新興技術には、人工知能(AI)・機械学習技術や付加製造技術(3Dプリンターなど)、ロボット工学などが含まれている(注8)。米国の研究開発(R&D)拠点で開発されたこれら技術を中国市場で活用しようとした場合、BISから許可を得る必要があり、場合によっては輸出が認められないことも考えられる。
輸出管理改革法(ECRA)の概要
- 現行の輸出規制では捕捉できていない「新興・基盤的技術」が今後規制される。
- 該当技術の米国からの持ち出し、付加価値が一定以上含まれた製品の外国から第三国への輸出(再輸出)は、米国商務省産業安全保障局(BIS)の許可が必要になる。
ECRAで行われる輸出管理強化
- 「新興・基盤的技術(emerging and foundational technologies)」を対象にした輸出 規制の構築
- 包括的武器輸出禁止国に対する輸出ライセンスの対象範囲および除外基準の見直し
- 商務省のライセンス発行における審査要件に、対象技術の輸出が米国の防衛産業基盤に及ぼす影響を追加
パブリックコメントに付された新興技術の対象14分野
(1)バイオテクノロジー、(2)人工知能(AI)・機械学習技術、(3)測位技術(Position, Navigation, and Timing)、(4)マイクロプロセッサー技術、(5)先端コンピューティング技術、(6)データ分析技術、(7)量子情報・量子センシング技術、(8)輸送技術、(9)付加製造技術(3Dプリンターなど)、(10)ロボット工学、(11)脳コンピュータインターフェース、(12)極超音速、(13)先端材料、(14)先進監視技術。
※法案自体は成立しているものの、ECRAが効力を有する具体的な日は設定されていない。必要な改定手続きなどが終わった後に、効力を有する。それまでは現状の輸出管理を維持(SEC. 1768. (a))。
出所:政府発表資料などからジェトロ作成
政府調達の制限については、NDAAの889条で、華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)を含む5社の通信機器などの米国政府による調達禁止、およびこれら製品を主要な部品または重要なテクノロジーとして利用している企業と米国政府が契約することが禁止された。例えば、日本企業A社がファーウェイやZTEの通信機器を利用している製品を顧客に販売し、その製品がさらに加工されて最終的に米国政府へ納品される場合、A社は直接的に米国政府と契約をしていなくとも、顧客に対して自社製品を販売できなくなる恐れがある。
米国政府による中国製通信機器などの調達禁止
- 2019会計年度国防授権法で、安全保障上の懸念から、ファーウェイやZTE(関連会社含む)などが生産する中国製の通信機器やビデオ監視装置の政府調達を禁止。
- 今後、これら製品を利用している企業と米政府との契約も禁止される。
規制対象
- ファーウェイ、ZTE(いずれも関連会社含む)の通信機器
- ハイテラ、ハイクビジョン、ダーファ(いずれも関連会社含む)のビデオ監視装置および通信機器
- これら企業が提供する、またはこれら企業の製品を利用している電気通信またはビデオ監視サービス
- 国防⻑官が指定する中国政府による⽀配や関係がある企業が提供する電気通信・ビデオ監視機器またはサービス
2019年8⽉〜
- これら製品・サービスを主要な部品または重要なテクノロジーとしている通信機器・サービスの政府による調達、取得、使用、契約および契約延⻑・更新を禁⽌。
2020年8⽉〜
- これら製品・サービスを主要な部品または重要なテクノロジーとしている通信機器・サービスを利用している企業等と政府との契約および契約延⻑・更新を禁⽌。
資料:2019年国防授権法をもとにジェトロ作成
このように、投資や輸出管理については、規制強化そのものが法で定められていることから、今後、法律が修正されない限り、たとえ大統領や政権が変わったとしても、強化された規制が大幅に変更されることはないと考えられる(注9)。
中国などとのビジネス実態の整理・把握を
では、これら法で定められた措置に対しては、どのような対応策が取れるのか。対米投資規制強化、輸出管理改革、政府調達の制限は、法律自体は成立しているものの、まだ施行されていない。前述の新興・基盤的技術のように、まだ定義が確定されていない点も多く、細則の発表が待たれている状況だ。従って、これらがどのような議論を経て細則が決定されていくのかを注視しておくことが、まず重要となる(注10)。
同時に、中国など米国が安全保障上の懸念を有している国と合弁企業を有するなどのビジネスを行っている場合は、合弁企業と買収先の米国企業の最新のテクノロジーとの関係性などを整理し把握しておくことが重要だ。例えば、CFIUSの権限強化に対しては、投資した企業を通じて中国などへ機微な情報や技術が流出してしまうといった、米国政府が考える安全保障上の懸念点を払拭(ふっしょく)する説明を行えるようにするためだ。実際、元財務次官補でCFIUS議長も務めたクレイ・ローリー氏は、CFIUS強化の背景に中国の台頭があるからといって、「中国との合弁企業の有無だけによって、米国へ投資できないということではない」との見解を示している(2018年10月10日付ビジネス短信参照)。同様に、輸出管理の強化に対しては、米国の製品や技術が社内でどのように利用されているのか整理しておくこと、政府調達の制限に対しては、ファーウェイやZTE製の通信機器などの社内での利用の有無などを把握しておくことが重要となる。なお、ECRAは米国外で既に取得できる技術については規制対象外としているため、米国外で取得できる技術だと証明できるようにしておくことも重要だ(2019年1月31日付ビジネス短信参照)。
今できる対応策を
301条に基づき中国製品に対して追加関税賦課が決定された際、多くの日本企業が、自社が取り扱う製品が対象になるか否かを調査した。しかしながら、合計で7,000弱にも上る追加関税対象品目(注11)が自社のサプライチェーンに組み込まれているのか、組み込まれている場合はどれほどの影響があるのかを把握するには、グローバル化が進展した現代においては相応の時間を要した。同様に、米国の製品や技術が社内でどのように利用されているのかを把握するのにも、一定の時間がかかることが予想される。従って、細則が発表されてから実際に施行されるまでの期間が短ければ、新たな規制に対応できない恐れもある。罰則規定が設けられている場合もあることから、今からできる準備を行っておくことが重要だ。予見可能性が決して高いとは言えないトランプ政権下でのビジネスにおいては、事実を積み上げながら今できる対策と準備をすすめておくことが肝要となろう。
- 注1:
- これとは別に、1974年通商法201条に基づきセーフガード措置を取ったものや、アンチダンピング税、相殺関税が賦課されている品目もある。なお、232条に基づく追加関税は、必ずしも中国だけを対象にした措置ではない。
- 注2:
- 301条においては、通商協定違反が認められた場合、米国通商代表部(USTR)は、当該措置の撤廃・是正に向けた制裁措置を発動することが原則として義務付けられている。また、相手国による措置や政策などが、不合理かつ差別的であり米国のビジネスの負担になる場合においても、対抗措置を発動しなければならない。
- 注3:
- ダンピング輸出に関する制裁措置と、対日市場アクセスに関する制裁措置があり、後者については、ダンピング輸出に関する措置が解除された後も一定期間続いた。調査は、米国半導体工業会(SIA)の要請に基づいて実施された。301条に基づく対日制裁措置は、経済産業省の「通商白書」やジェトロ白書の「世界と日本の貿易」を参照した。
- 注4:
- 米議会調査局の資料(CRS, Enforcing U.S. Trade Laws: Section 301 and China)などを参照した。
- 注5:
- ただし、追加関税を賦課する原因となった、強制技術移転の禁止などは、解決に時間を要すると指摘されているほか、5月上旬の協議以降、米国が対中姿勢を硬化させている点(2019年5月13日記事参照)には留意が必要。
- 注6:
- 大統領にはCFIUSの勧告に基づき、買収を差し止める権限が与えられている。実際には、CFIUSからの勧告を受けた時点で、自主的に買収を取りやめるケースが散見される。
- 注7:
- 取得する株式の多さなど、明確な基準は示されていない。
- 注8:
- 基盤的技術についても、今後パブリックコメントが行われる予定。2018年11月22日付ビジネス短信参照。
- 注9:
- 運用や法解釈については、政権によって異なる判断を行う可能性がある。
- 注10:
- CFIUS強化については、財務省がパイロットプログラムを実施している。なお、パイロットプログラムの対象になる投資に関して宣誓書の提出を怠った場合は、最大で取引額と同額の罰金が科される可能性がある。2018年10月16日付ビジネス短信参照。
- 注11:
- 5月15日時点で実際に追加関税が賦課されている品目数。第4弾(リスト4)は含んでいない。
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部米州課
赤平 大寿(あかひら ひろひさ) - 2009年、ジェトロ入構。貿易投資相談センター人材開発支援課(2009~2014年)、海外調査部国際経済課(2014~2015年)、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員(2015~2017年)を経て2017年8月より現職。主に米国の通商政策に関する調査・情報提供を行っている。またTPP11に関する情報提供も行っている。