欧州で進む人権デューディリジェンスの法制化と企業の取り組み
欧州の「サプライチェーンと人権」セミナーから

2021年11月16日

サプライチェーンと人権をめぐる議論は欧州で大きな政策課題で、経営的にも重要だ。ジェトロは2021年10月15日、経済産業省と在欧日系ビジネス協議会(JBCE)との共催で、欧州における「サプライチェーンと人権」オンラインセミナーを開催した。

EUでは、人権デューディリジェンス(注1)に関する法令案を準備中だ。そのほか、既に実施されている非財務情報開示指令を強化する改正案も公表されている(2021年6月10日付地域・分析レポート参照)。今回のセミナーでは、EUと各国で進む法制化の動向や企業の取り組みなどについて、専門家や企業担当者が解説した。以下、その要旨を紹介する。

企業にとって実施可能なルールと環境整備が重要

冒頭、共催者JBCEのCSR委員会で委員長を務める木下由香子氏が、欧州で進む法制化やEUの政策について紹介。現場で感じられる変化も踏まえ、企業とJBCEの視点から重視している要素に触れた。

  • EUでは、デューディリジェンスの義務化と、サステナブル・コーポレートガバナンス・イニシアチブが2021年内に発表される予定とされる。そのほか、非財務情報の開示指令改正、また、サステナブルファイナンスの観点では社会的タクソノミー(EU独自の評価基準)の構築検討が進む。
    こうした動きから、従来のEU市場をより高いスタンダードにし、世界的競争力をつけようという成長戦略的な考え方も垣間見えてくる。加えて、新型コロナウイルス禍を経験し、また地政学的な理由からも政策における人権やデューディリジェンスの視点の重要性が増している。デューディリジェンスの概念がさまざまな法案に導入され、対象が広がりつつあるのも最近の傾向だ。9月に発効した輸出管理規則、現在議論中のバッテリー規則案、(エコデザイン指令を改正する)サステナブル・プロダクツ・イニシアチブなどにもこの概念が組み込まれている。
  • また、デューディリジェンスの対象自体もサプライチェーンだけでなく、より広義のバリューチェーンに広がってきた。同時に、人権にとどまらず環境・ガバナンスにまで広がる可能性を含んでいる。さらに、デューディリジェンスに関する情報開示の内容も、顧客や投資家、市民社会などからの要請も反映して、デューディリジェンスに関するプロセスの説明やその効果についての開示まで求められるようになっている。
  • 企業にとって第1に重要なのは、EU27カ国の法律の内容の調和、国際スタンダードとの調和、バッテリー規則案などの他法令内容との調和の担保だと考えている。
    第2に、法令の中で企業の法的責任をできるだけ明確にする必要があろう。
    第3に、リスクベースアプローチの重要性だ。最も効果的なのは川下の大企業にサプライチェーンの責任を全て負わせるのではなく、サプライチェーン上の企業それぞれがデューディリジェンスを行うことだろう。
    そして最後に、深刻な人権侵害は一企業では解決が難しい問題であり、真に有効なデューディリジェンスを行うためには企業が十分なデューディリジェンスを行える環境づくりが何よりも重要だ。

人権への取り組みで企業にポジティブな影響

続いて、経済産業省の通商政策局通商戦略室長(ビジネス・人権政策調整室長併任)の門寛子氏が登壇。サプライチェーンと人権に関心が近年高まっている背景や取り組みの必要性について、説明した。

  • 企業に人権尊重を求める動き自体はもともとあったが、昨今、サプライチェーンと人権への関心が高まっている背景には、米国のバイデン政権が人権・民主主義などを含めた基本的価値観を共有する欧州などの国々と連携した外交を重視し、時に対外経済政策にも影響していることなどがある。
    他方、中国も9月には「国家人権行動計画(2021~2025年)」を発表するなど、独自の動きを取っている。このように、欧米以外の国にも目を配る必要がある。
    また、企業にしてみると、各国政府の取り組み以外に念頭に置かなくてはならない。
  • 人権関連の国際的なフレームワーク整備は「古くて新しい話」と言えるかもしれない。近年の大きな流れとしては、2011年の国連「ビジネスと人権に関する指導原則」が大きな意味を持つ。この指導原則では、(1)人権を保護する国家の義務、(2)企業の責任、(3)被害者による救済へのアクセスの3つが柱だ。これに基づき、各国は行動計画(NAP)を策定しており、既にアジア、アフリカを含む20カ国以上で、対応済みだ。日本の場合は、2020年10月に策定された。
  • 人権に関する取り組みが不十分な場合、企業にはネガティブな影響が起こり得る。例えば、取引先からサプライチェーンを切られてしまったり、企業価値を毀損(きそん)すると思われて投資家が投資を引き揚げたり、顧客から商品ボイコットをされたり、といったことが考えられる。
    反対に、取り組みを充実させることにより、企業は取引先や投資家、顧客から評価されることにもなりうる。加えて、人材の確保という観点でも最近は、若い世代を中心に人権の尊重やサステナビリティーに取り組む企業は評価されており、採用面でもポジティブな影響が期待できる。
  • 企業活動に伴う人権リスクは労務管理に関するものや、ハラスメント、差別など幅広い。欧州では文化的な差異も大きく、さまざまな行き違いから生じるトラブルがあると思われる。重要なのは、リスクへの「備え」と関係者との「対話」だ。
    日本政府としても、企業の取り組みをどう支援していくべきか、企業の取り組みについて実態を調査し、企業をはじめステークホルダーとの対話などをしながら、政策を検討していきたい。

法令への対応だけでなく、その先を見据えた準備を

西村あさひ法律事務所フランクフルト・デュッセルドルフ事務所共同代表でパートナー弁護士の石川智也氏は、人権に関する欧州での法制化と日系企業が留意すべき点について解説した。

  • EUでは特に2020年以降、人権関連で新たな法令やガイダンスが多く発出されている。例えば、紛争鉱物資源に関する規則が2021年に発効した。最近の動きの中でも特に関心が高いものとして、EUでは人権に関するデューディリジェンス法制化がある。現在、具体的な指令案を準備中だ。
  • この指令案は、人権デューディリジェンスについて域内の調和を目指すものだ。
    指令はEUにおける法形式の1つで、それ自体ではEU加盟国で国内法的効力を有しない。しかし、EU加盟国に指令に沿った内容の法令の制定が義務づけられる。EUの指令によって、域内で調和が図られることになる。ここで言う「調和」とは、EU加盟各国で全く同じ内容の法令が制定されることが想定されたものではない。すなわち、指令に反しない限度で国ごとに規制が加重されたり、緩和されたりすることがある。
    当該指令案に関する論点としては、(1)欧州企業だけでなく域外にも適用されるか、(2)人権以外にも環境やガバナンスなどの要素も含まれるか、(3)サプライチェーンより広義のバリューチェーンまで対象となるか、などの点が挙げられている。
    指令案は、発表後にEU機関内の議論で修正を経て正式採択された上で、EU加盟国で実施法が施行されることで企業にとって義務が生じることになる。もっとも、各加盟国では指令に先行して法制化を進めているという実態がある。
  • 欧州各国による法制化の例としては、(1)英国の「現代奴隷法」、(2)フランスの「注意義務法」、(3)スペインの「非財務情報開示義務」、(4)オランダの「児童労働デューディリジェンス法」、(5)ドイツの「サプライチェーンにおける人権・環境デューディリジェンス法」、(6)ノルウェーの「人権デューディリジェンス法」、などがある。
  • その中で、ドイツのサプライチェーンにおける人権・環境デューディリジェンス法について紹介する。
    同法では、一定規模以上の在ドイツ企業に、国内外の自社サプライチェーンにおけるデューディリジェンス実施を義務付け、その義務違反に対して制裁規定を設けている。適用対象になる在ドイツ企業に商品を納めている日本企業に対し、直接の順守義務が課されるわけではない。とはいえ、当該企業から人権・環境に関するリスク・取り組み状況について確認を求められることはある。この法の執行(enforcement)面の特徴としては、労働組合やNGOなどに訴訟代理権を付与することも認めている点が挙げられる。つまり、当局からだけでなく、労組やNGOなどから問題提起される可能性もある。
  • 企業からは、(1)各国法令やEU指令の日本に所在する企業への域外適用、(2)自社グループに各法律が適用される拠点があるか、(3)制裁金、(4)EU指令はいつ成立・施行されるかといった点について関心が集まることが多い。ただ、これらの点にこだわりすぎてはいけない。
    域外適用はされるものもされないものもある。仮に自社に直接適用がなくても、取引先からサプライチェーンについて問われ、その中でデューディリジェンスを求められることはある。つまり、自社に適用があるかないかは本質的に重要ではない。
    制裁金についても同様だ。それ自体よりも、体制整備ができていないことによって、取引を打ち切られ、売り上げを失うことのほうが大きい。
  • さらに、EU指令の成立・施行を待たず、各国が法令整備を進めていくことも当然ある。また、取引先が法制化にかかわらず自発的に取り組むこともある。さらに、企業が自社で対応できるようになるまでには、ある程度時間がかかることも想定しなければならない。
  • 企業はサプライチェーンのデューディリジェンスを事業継続のための投資と捉えるべきだ。欧州拠点としては、本社への打ち込みも重要だ。社内規定や苦情処理窓口の整備、責任者の選任などの形式的な対応だけでなく、その先にあるリスク分析手法の確立まで検討が必要になる。
    どのように自社のサプライチェーンのデューディリジェンスを行うのか、手順・調査項目・方法を具体的に検討し、実践していくことが重要だろう。実践しながら手法を調整していく、アジャイル(機敏)な対応が有効だ。

適切な情報開示が自社に対する正当な評価への近道

最後に、日系企業の事例として、Fuji Europe Africa B.V.の山田瑶氏が不二製油グループのビジネスと人権の取り組みについて紹介した。特にパーム油のサステナブル調達が例示された。

  • ビジネスと人権といった課題に取り組むべき理由としては、(1)人のために働くという自社の経営理念、(2)消費者からの不買運動、顧客からの取引停止といった市場リスクへの対応、(3)法的義務・コンプライアンスの観点、などが挙げられる。例えば、米国企業がマレーシアのパーム油企業への輸入禁止措置を発動した例が実際にある。こうした場合、企業にしてみると、ある日突然に特定国への商売ができなくなってしまうことになる。そのような意味で、大きなリスクをはらんでいる。
    当社のビジネスと人権の取り組みは、大きく2つに分けられる。その1つは、ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点からの社内体制の整備だ。本社取締役会の諮問機関としてESG委員会を設置することや人権デューディリジェンスの導入などが含まれる。2つ目は、サプライチェーンでの実践となる。ここで各種主原料(注2)の調達方針を定め、中長期目標、重要業績評価指標(KPI)を策定・公表していくことになる。
  • 不二製油グループでは、責任あるパーム油調達方針において、「森林破壊ゼロ」「泥炭地開発ゼロ」「搾取ゼロ」を掲げている。
    当グループはパーム油サプライチェーンの中間あたりに位置する。すなわち、直接生産者から原料を購入している立場にはない。だとしても、責任ある調達を通じてこうした問題の解決に貢献していきたいと考えている。
    パーム油のサプライチェーン改善の具体的取り組みとしては、(1)マルチステークホルダーによる問題への対処、(2)グループ会社のサプライヤーに対する労働環境改善プログラムなど改善方法の提供・支援、(3)小規模農家へのトレーニング提供による認証取得支援、などを進めてきた。
  • サプライチェーン改善の仕組みとして、苦情処理(grievance)メカニズムを2018年から運用している。
    具体的には、「責任あるパーム油調達方針」に基づき、窓口で受け付けた内容を調査。適切なものと確認できれば、直接取引のあるサプライヤーに対して問題改善のためのエンゲージメントを図るという仕組みだ。これにより、サプライチェーン上のリスクの把握と問題の改善が可能になる。どういう問題を受け付けどう取り組んでいるかは、「グリーバンス・リスト(grievance list:苦情処理レポート)」にまとめ、公表している。
    開示すること自体がリスクになるのではという指摘をしばしば受ける。しかし、国際的に自社の取り組みへの正しい評価を得ようとするならば、開示が前提になると考える。いくら良い取り組みをしていても、情報開示がなければ取り組みをしていないものと見なされてしまうと認識している。

注1:
人権デューディリジェンスは、「企業活動に伴う人権への負の影響を調査・評価し、それを防止、停止、軽減させること」と定義できる。
注2:
具体的には、パーム油、カカオ、大豆、シアカーネルなど。
執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所 次長
安田 啓(やすだ あきら)
2002年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済研究課、公益財団法人世界平和研究所(現・中曽根康弘世界平和研究所)研究員、海外調査部国際経済課などを経て、2019年から現職。

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