ガス価格高騰、どうなる英国のエネルギー政策

2021年11月11日

英国で、2021年春から徐々にガス価格が上昇している。特に9月からの上昇は急激だった。風力発電の稼働率が天候のため例年よりも低かったことなども重なり、電力価格も上昇した。この影響を受け、国内の小中規模のエネルギー小売事業者13社(10月21日時点)が9~10月に相次いで経営破綻に追い込まれた。

欧州でも、ガス価格が高騰している。2020年は、寒い冬だった。そのため、ガス消費量が多く、備蓄が少なくなっていた。加えて、新型コロナウイルス関連の制限が緩和され、経済活動の再開によりガス需要が増加した。高騰は、これら要因が重なった結果だ。

本レポートでは、英国のガス価格高騰による英国政府の見解と対応方針、経営破綻した小売事業者や産業界への影響、英国のガス輸入元と備蓄量などを報告する。あわせて、大規模原発新設の動きにも触れる。

政府、消費者保護を最優先

英国政府は9月18日、ガスの卸売価格高騰の背景と英国のエネルギー供給、産業・消費者保護に向けて、政府見解を発表した(英国政府ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます2021年9月28日付ビジネス短信参照)。

政府は世界的にガス価格が高騰している要因として、(1)世界的に新型コロナウイルス関連の規制が解除され、経済活動が再開するにつれて世界のガス需要が増加している、(2)2020年に寒い冬と重なったことでガス備蓄が少なく、ガス市場がタイトとなった、(3)特にアジアで液化天然ガス(LNG)の需要が高い、(4)新型コロナ禍で2020年に予定されていた重要な保守計画が延期され、2021年の計画と重なった、ことなどを挙げた。

英国への影響について、政府は2021~2022年冬のガス供給に関して緊急事態は予想していないとする。その上で、エネルギー安全保障は政府にとって絶対的な優先事項という。ガス・電力市場局(Ofgem、エネルギー部門の規制機関)やガス供給事業者と緊密に協力し、需要と供給を監視し対応しているとした。

この政府対応について、クワシ・クワルテング・ビジネス・エネルギー・産業戦略(BEIS)相は9月20日、声明(英国政府ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )を議会で発表。消費者を保護することが第1とした上で、以下の3原則を強調した。

  • 政府が経営危機に陥った企業を救済することはない。
  • 消費者、特に最も弱い立場にある人を価格の高騰から保護しなければならない。
  • エネルギー市場の競争が失われ、大手数社の寡占状態に戻ることがあってはならない。

同相の声明には、ノルウェーのエネルギー相との会談についても盛り込まれた。英国と欧州の需要を支えるため、10月1日からノルウェーの石油大手エクイノールのガス生産量を大幅に増やすことで合意したとする。エクイノールも同日、同社のノルウェー大陸棚の2つのガス田から英国・欧州向けにガスの輸出を増やすと発表済みだ(エクイノールのウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。

一方で、英国はいまだに化石燃料に依存し過ぎとも指摘。世界的なガス価格の変動の影響を受けていることは、その表れだ。ついて、将来のエネルギー安全保障を強化するため、国産の再生可能エネルギー(再エネ)導入を拡大する重要性を裏付けていると付言した。

また、BEIS相は9月23日付の声明(英国政府ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )で、消費者保護の取り組みも紹介した。具体的には、Ofgemがエネルギー価格上限(Energy Price Cap)を設定し、低所得者や公的年金・社会保障受給者などのエネルギー費用負担をさまざまな方法で支援しているという。

さらにこの声明では、今後数週間でさらに多くの事業者が市場から撤退する可能性にも触れた。

小売事業者が相次いで経営破綻、約244万軒に影響

ガス価格高騰の影響は、最近ますます深刻になっている。9月だけでも、エネルギー小売事業者の経営破綻が9社と相次いだ(表参照)。これに対しOfgemは、大手エネルギー小売事業者を経営破綻した事業者の顧客の受け入れ先として選任。エネルギー供給が滞ることがないように努めている。片や選任された大手エネルギー小売事業者の方は、新規顧客の受け入れによって負担が増すことを懸念している。

表:経営破綻した事業者とOfgemに選任された新規事業者と顧客数(10月21日時点)
撤退日 旧事業者 新事業者 顧客数
10月18日 GOTO エナジー (UK) シェル・エナジー 家庭用、約2万2,000軒
10月14日 ダリガス シェル・エナジー 家庭用、約9,000軒(ガスのみ)
非家庭用、少数(ガスのみ)
10月13日 ピュア・プラネット シェル・エナジー 家庭用、約23万5,000軒
10月13日 コロラド・エナジー シェル・エナジー 家庭用、約1万5,000軒
9月29日 エンストロガ E.ON ネクスト 家庭用、約6,000軒
9月29日 イグルー・エナジー E.ON ネクスト 家庭用、約17万9,000軒
9月29日 シンビオ・エナジー E.ON ネクスト 家庭用、約4万8,000軒
非家庭用、少数
9月22日 アブロ・エナジー オクトパス・エナジー 家庭用、約58万軒
9月22日 グリーン・サプライヤー シェル・エナジー 家庭用、約25万5,000軒
非家庭用、少数
9月14日 ピープルズ・エナジー ブリティッシュ・ガス 家庭用、約35万軒
非家庭用、約1,000軒
9月14日 ユーティリティ・ポイント EDF 家庭用、約22万軒
9月7日 PFP エナジー ブリティッシュ・ガス 家庭用、約8万2,000軒
非家庭用、約5,600軒
9月7日 マネープラス・エナジー ブリティッシュ・ガス 家庭用、約9,000軒
8月9日 ハブ・エナジー E.ON ネクスト 家庭用、約6,000軒
非家庭用、約9,000軒
1月27日 グリーン・ネットワーク・エナジー EDF 家庭用、約36万軒
非家庭用、少数
1月27日 シンプリシティ・エナジー ブリティッシュ・ガス・エボルブ 家庭用、約5万軒
合計 家庭用、約242万6,000軒
非家庭用、約1万5,600軒

出所:ガス・電力市場局(Ofgem)資料を基にジェトロ作成

英国の電力・ガス市場別のシェアは図1のとおりだ。現地報道によると、業界からは「(2021)年末までに残っているのは6社から10社になる」という声もある(「フィナンシャル・タイムズ」紙9月20日)。

経営破綻したイグルー・エナジーは9月29日に発表したプレスリリース(イグルー・エナジーウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )の中で「当社にとって、もはや経営が続けられない市場になっている。政府が導入したエネルギー価格上限は、消費者が不当なペナルティーを受けないようにするための方策で、重要だ。しかし、Ofgemが算出する価格上限の仕組みは、大手エネルギー小売事業者に有利に設計されている。当社のようなチャレンジャーブランドがこの仕組みを見直そうとしても、抵抗され続けているのが現状だ。現在、当社が経験している極端な価格上昇は、誰もが予想していなかった」とコメントした。

図1(a):事業者別電力市場シェア(2021年第1四半期)
ブリティッシュ・ガスが17.9パーセント、E.ONが17.3パーセント、OVOが14.3%、EDFが11.3パーセント、スコティッシュ・パワーが9.1パーセント、オクトパス・エナジーが7.0パーセント、バルブ・エナジーが5.7パーセント、シェル・エナジーが3.3パーセント、ユーティリタが2.6パーセント、アブロ・エナジーが2.0パーセント、ユーティリティー・ウェアハウスが1.9パーセント、その他が7.5パーセント。
図1(b):事業者別ガス市場シェア(2021年第1四半期)
ブリティッシュ・ガスが26.6パーセント、E.ONが14.3パーセント、OVOが11.8%、EDFが9.2パーセント、スコティッシュ・パワーが7.8パーセント、オクトパス・エナジーが7.1パーセント、バルブ・エナジーが5.1パーセント、シェル・エナジーが3.6パーセント、ユーティリタが2.7パーセント、アブロ・エナジーが2.4パーセント、ユーティリティー・ウェアハウスが2.0パーセント、その他が7.5パーセント。

注:小数点第2位以下の処理の影響で、項目ごとの比率を足しても100%とならない。
出所:ガス・電力市場局(Ofgem)資料を基にジェトロ作成

食品や鉄鋼などの業界にも影響が及ぶ

BEIS相は9月21日、米国の肥料大手CFインダストリーズの英国子会社(注1)への支援を発表した(英国政府ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。同社は、ガス価格高騰で国内2工場の操業を停止していた。その製品には、炭酸水や食品パッケージなどに使う産業用の二酸化炭素(CO2)がある。アンモニア製造プロセスの副産物として生産し、その国内シェアは60%に達する。9月15日に2工場の稼働が停止されたことで(CFインダストリーズウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )、CO2とアンモニアが不足。食品や飲料の供給が大幅に滞る恐れが生じていた。そのため、CO2市場が世界的なガス価格に適応するまでの3週間、操業コストを政府が限定的に支援することにしたもの。これを受けて同社は同日、1工場の操業再開を発表した(CFインダストリーズウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。

こうした状況を受け、BEIS相は10月1日、CO2のさらなる安定供給を目的に、一時的にCO2関連企業を競争法から除外することを発表(英国政府ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。これにより、業界は供給の混乱を回避しやすくなり、国民経済に不可欠なCO2を国内の一部地域や食品分野など最も必要としている産業に優先的に供給することができるようになった。

さらには、買い手のCO2卸売業者とも合意(注2)。その結果が10月11日に発表された(英国政府ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。これにより、ガス価格の高騰が続く間も、2022年1月まで食品業界などへのCO2供給が確保されることになる。BEIS相は「この合意により、重要な産業が今後数カ月間、公的資金の提供なしに安心してCO2の供給を受けられる。政府は迅速に行動して必要な支援を提供し、より長期的で持続可能な解決策に合意するための十分な猶予を与えた」とコメントした。

ガスをはじめとするエネルギー価格高騰の影響は、鉄鋼業界にも及んでいる。英国の鉄鋼業界団体UKスチールのガレス・ステイス事務局長は9月15日、「昨年(2020年)は1メガワット時(MWh)当たり約50ポンド(約7,800円、1ポンド=約156円)だった。しかし、(昨今の)高騰により、世界の鉄鋼市場が活況を呈しているにもかかわらず、採算に合う鉄鋼生産ができない」と発言。「1MWh当たり2,000ポンドを超えるスポット価格は、エネルギー市場が不健全になっている兆候だ。電気料金は冬場に上昇するため、状況は日々緊急性を増している」と、業界への影響が大きいことを政府とOfgemに訴えた(MAKE ukウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。

英国のガス備蓄量は欧州各国と比べ僅少

BEIS相の9月20日付声明(英国政府ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )によると、英国のガス供給源は国産が約48%(2020年)、ノルウェーからの輸入が約30%。2020年のガス需要は38%が家庭用暖房、29%が発電、11%が産業と商業用だ。また、2,200万世帯以上がガス供給網に接続している。

ここで、2020年のガス輸入元を確認してみる。ノルウェーが最大で26万6,156ギガワット時(GWh)。総輸入量に占める構成比は55.7%だ。次いで、カタール9万6,904GWh(同20.3%)、米国5万3,439GWh(同11.1%)、ロシア2万4,635GWh(同5.2%)の順で多い(図2参照)。ノルウェー、オランダ、ベルギーとはガスパイプラインで接続されている。

英国には冬の間の4~5日の需要を賄える量のガス貯蔵施設があると報じられている。ただし、その容量は9.7テラワット時(TWh)と欧州各国と比べて極めて少ない。これが、今回のガス価格高騰の一因として考えられる(図3参照)。

図2:2020年の英国の天然ガス輸入先
ノルウェーが266,156ギガワットアワー、カタールが96,904ギガワットアワー、米国が53,439ギガワットアワー、ロシアが24,635ギガワットアワー、トリニダード・トバゴが11,190ギガワットアワー、オランダが11,073ギガワットアワー、ベルギーが7,497ギガワットアワー、ナイジェリアが3,688ギガワットアワー、エジプトが2,040ギガワットアワー、フランスが1,079ギガワットアワー、アルジェリアが488ギガワットアワー。

出所:英国政府資料を基にジェトロ作成

図3:欧州各国のガス備蓄量
ガス貯蔵施設の容量は、イタリアが197.7テラワットアワー、ドイツが230.3テラワットアワー、フランスが128.5テラワットアワー、オランダが143.8テラワットアワー、ポーランドが35.8テラワットアワー、スペインが34.2テラワットアワー、英国が9.6テラワットアワー。10月23日時点のガス備蓄量は、イタリアが173.4テラワットアワー、ドイツが163.1テラワットアワー、フランスが122.2テラワットアワー、オランダが82.6テラワットアワー、ポーランドが34.6テラワットアワー、スペインが27.1テラワットアワー、英国が9.8テラワットアワー。

出所:欧州ガスインフラ(Gas Infrastructure Europe)資料よりジェトロ作成

既述のとおり、英国のガス供給源は主に国内生産とノルウェーからの輸入で占められる。このことから、供給面では一定量を確保できているといえそうだ。もっとも、国内ガス需要の約4割が家庭用暖房に使われていること、ガス貯蔵施設に限りがあるのが懸念材料だ。今回の状況が長引く場合や、今冬の気温が低くガス需要が増えた場合の影響が生じる可能性がある。

大規模原子力発電所の新設計画浮上

このような状況の中でも、政府は温暖化ガス(GHG)排出のネットゼロの計画を進める考えだ。そのために、再エネ拡充のほか、大規模原子力発電の新設計画を進める考えだ。

BEIS相は9月20日の声明の中で、政府は今後数年間に少なくとも1つの新規の大規模原子力発電所のプロジェクトを承認するとした。そのために3億8,500万ポンドを投じ、次世代の先進的な原子力技術を支援。数十億ポンドの民間資本の誘致と数万人の雇用創出を支援していくという。

さらに、複数の現地報道によると、政府は、米国の原子力大手ウエスチングハウスと協議している。狙いは、ウェールズ北西岸に接するアングルシー島での大規模原子力発電所新設だ。同島では日立製作所が2020年9月、原発建設計画から撤退した経緯がある(2020年9月18日付ビジネス短信参照)。この計画が実現すれば、同発電所は2030年半ばに稼働を開始し、600万世帯以上に電力供給できる見込みが立つ。

英国では2021年9月以降、ガス、電力価格の高騰に加え、エネルギーに関してさまざまな問題が続いた。一例として、フランスとの国際連系線の火災(2021年10月6日付ビジネス短信参照)や、給油スタンドのガソリン供給不足(2021年9月28日付ビジネス短信参照)などが挙げられる。Ofgemは、ガス価格の高騰は長期的に続く可能性があるとしている。今冬のガス需要には、警戒が必要だ。


注1:
CFファーティライザーズ。稼働が停止されたのは、ビリンガム工場(イングランド北東部ティーサイドに所在)とインス工場(同北西部チェシャー所在)。後に再開されたのは前者。
注2:
CFファーティライザーズが生産を継続できる水準でCO2価格を設定し、買取業者(卸売業者)はその価格を支払うことについて、合意された。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
宮口 祐貴(みやぐち ゆうき)
2012年東北電力入社。2019年7月からジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て2020年8月から現職。

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