海外投資リスク回避を目指す規制強化(中国)
中国対外投資管理制度の推移
2018年4月17日
「世界の工場」として発展してきた中国は、2001年の世界貿易機関(WTO)加盟をきっかけに、積極的に外資導入(「引進来」)で輸出競争力を高め、貿易黒字や対内直接投資の拡大で巨額の外貨を積み上げてきた。これを受け、国内流動性の過剰により元高圧力が高まった。加えて、海外の株や不動産などの資産の価格が相対的に下落したのを受け、中国企業の対外投資が拡大してきた。しかし、高リスク分野への投資にブレーキをかけるべきとの議論が国内で起き、政府は2016年末から、海外投資リスクを回避するべく一連の規制強化施策を打ち出した。
本稿では、中国の対外投資管理政策の歴史的推移を整理し、足元の政策動向と中国企業の対外投資の現状を踏まえ、中国の対外投資の管理方針について解説する。
中国の対外投資政策の歴史的推移
改革開放後の中国の対外投資政策の歴史を概観すると、厳格制限、規制緩和、促進試行、急速拡大、規制強化と推移している。
(1)厳格制限期(1979~1985年)
外貨準備高が不足していた改革開放初期にあたる1979年から、国務院は中国企業の外国での企業設立を認可し始めた。海外で初めて設立された企業は、北京市友誼商業服務公司と日本の丸一商事が東京で設立した合弁会社「京和株式会社」であった。この時期は中国企業による対外投資活動はほとんどなく、対外投資には国務院の許可を得る必要があった。海外投資が可能な企業は、貿易権を所有する中央政府直轄外貿公司または対外経済貿易部(現・商務部)が直轄する経済技術合作公司に限定された。
(2)規制緩和期(1986~1991年)
対外経済貿易部が1985年に公布した「非貿易型企業による海外での合弁経営企業設立に関する審査と管理弁法」に、資本と技術を保有する企業は海外で子会社を設立できると明文化された。ただし、中国企業に対外ビジネスの経験が不足していたことから、当時の対外投資の成功率は低かった。外貨と国有資産の流失を防ぐため、国務院は1991年に「海外投資の管理を強化する意見通知」を公布し、対外投資プロジェクトに対して、F/Sは国家計画委員会(現・国家発展改革委員会)が、契約締結と企業の定款作成は対外経済貿易部が厳しく審査を行った。
(3)促進試行期(1992~2000年)
1992年の鄧小平の「南巡講話」をきっかけに、中国経済は成長軌道に乗り、中国共産党第14回全国人民代表大会で初めて「走出去」戦略が提起された。国際市場を開拓し、輸出を促進するため、国際競争力を有する企業の対外投資とグローバル展開を積極的に支援する方針が明確化された。これを受け第1次対外直接投資ブームが起き、大規模な海外企業の買収も複数行われた。しかし、経済の過熱化への懸念が増大し、1993年に一部の企業による海外投資活動が一時的に停止された。1994年以降は対外投資が減少したが、表1のとおり対外投資に関する資産管理、審査手順、資金調達、外貨規制などに関する制度が整備された。
分野および目的 | 規定の名称と公布機関 |
---|---|
国有資産の海外管理強化 |
「国有の実物資産による海外企業の設立に関する規定」 (1993年、国有資産管理局、対外貿易経済合作部、税関総署) |
審査権限と手続きの明確化 |
「海外投資企業の審査批准手続きと管理弁法」 (1993年、対外貿易経済合作部) |
(4)急速拡大期(2001~2015年)
WTO加盟と「走出去」戦略の本格的な導入により、中国企業の対外直接投資は急速に拡大した。背景に、(a)海外から中国への工場の移転が加速し、貿易黒字と資本収支の黒字が続いたこと、(b)金融緩和による融資拡大により、大手国有企業の資金調達が比較的容易になったこと、(c)国内の過剰生産能力の解消を目的とした、国際市場開拓の必要性、(d)税制や融資に対する優遇措置、各種審査認可手続きの簡素化、法制度の整備、外貨規制緩和など、対外投資の拡大を目的とした数多くの支援策が相次いで打ち出されたことが挙げられる。
うち、(d)については、次の3点からなる。
- 審査および許認可手続きの簡素化
投資案件の許認可を得るにあたり、従来の許可制から登録制へ変更され、対外投資案件は当局の批准を取得しやすくなった。2009年5月施行の「海外投資管理弁法」により、審査権限が商務部から下級機関に委譲され、同部は国交のない国への投資、投資額1億ドル超の投資、複数の国・地域に跨(またが)る投資、特別目的会社(注1)の設立に関する案件のみを所管し、他案件については、省レベルに委譲された。 - 税制面の整備
2007年公布の企業所得税法により対外投資を行う企業の所得に掛かる二重課税が締結国との協定により回避され、2017年10月までに、中国は103カ国と租税条約を締結、うち、99カ国と発効している。 - 金融面での支援
中国国内の親会社は限度額内で海外子会社に対し直接融資できるようになった(注2)。
また、対アフリカ、対東南アジア諸国連合(ASEAN)地域投資を促進するため、2007年に「中国アフリカ開発基金」が、2009年に「中国ASEAN投資協力基金」が設立され、当該国へ投資および貿易を行う中国企業に対する資金的な支援が行われている。
(5)規制強化期(2016年~現在)
対外投資が急速に拡大する中、リスクの拡大を懸念し、中国政府は表2のとおり2016年末から一連の管理強化措置を打ち出した。
中国における対外投資政策の足元の動向
中国政府は2016年11月末から(1)高額な海外送金に対する規制強化、(2)対外投資時の事前報告項目の追加、(3)不動産、映画、娯楽、スポーツクラブなどの分野への投資制限、(4)対外投資案件の奨励、制限、禁止の3分野への分類、(5)民営企業の対外投資活動に対する管理強化など、対外投資のリスクを回避するための管理を強化する一連の措置を打ち出した。
No. | 期日 | 部署・通達 | 主な内容 |
---|---|---|---|
1 | 2016年11月28日 | 国家外貨管理局が各地銀行へ通達 |
11月28日以降の対外投資を目的とした海外送金に対する規制強化の通達: (1)1回の資本取引で500万ドル相当の外貨両替、外貨送金などを行う場合、国家外貨管理局への事前報告の他、事前に関連部門(国家発展改革委員会、商務部、国家外貨管理局、中国人民銀行など)から送金の真実性、合理性について審査され、許可を取得する必要がある。 (2)総額が5,000万ドルを超える対外投資プロジェクトに対して、事前に監督部門により真実性、合理性に関して審査を受ける必要がある。 |
2 | 2016年12月5日 | 国家発展改革委員会「海外M&Aまたは入札プロジェクトに関する報告書式の変更に関する通知」(発改弁外資[2016] 2613号)を発布 | 海外でのM&Aの事前報告内容に、投資主体の営業許可と最新の収益性を示す純資産利益率、監査済みの財務諸表、買収先の調査などの項目を新たに追加。 |
3 | 2016年12月6日 | 国家発展改革委員会、商務部、国家外貨管理局、中国人民銀行の共同記者会見 | 不動産、ホテル、映画、娯楽、スポーツクラブなどの分野での非合理的な対外投資、本業以外の事業への投資、子会社の規模が親会社を上回る投資に対する監督を強化。 |
4 | 2017年1月7日 | 国有資産監督管理委員会「中央企業対外投資監督管理弁法」 | 原則、中央企業は主要取り扱い業務以外の案件の海外投資を禁止する。 |
5 | 2017年1月26日 |
国家外貨管理局 「外貨管理改革のさらなる推進、真実性・合法性審査の改善に関する通知」 |
対外投資の真実性、合法性の審査を強化する。 |
6 | 2017年4月27日 |
国家外貨管理局 「真実性・合法性審査の改善に関する通知」 |
海外子会社への貸し付けに国内の親会社が返済保証を提供する親子ローンついて、現行規定により対外投資の制限を受ける場合、その審査業務を一時的に停止する。また、不動産、ホテル、映画、スポーツクラブなどの指定業種に対し対外投資を行う場合、銀行または外貨管理局が厳格に審査する。 |
7 | 2017年8月4日 |
国務院 「対外投資方向性のさらなる誘導、規範化に関する指導意見 |
対外投資を奨励分野、制限分野、禁止分野の三つに明確化する。 |
8 | 2017年12月6日 | 国家発展改革委員会、商務部、人民銀行、外交部、全国工商連合会「民営企業による海外投資経営行為の規範」 | 民営企業による海外投資を国有企業と同様に支援する方針を明確化。一方、投資に係る認可や、届け出など中国国内での手続きの規定を順守することや、虚偽の投資により不正に外貨を取得したり、資産を移転、マネーロンダリング(資金洗浄)などを行わないこと。 |
- 出所:
- 2016年末より発布された関連規定に基づき整理作成
これら一連の措置により、大型案件の対外投資計画にも影響が出た。不動産大手の万達グループが2016年11月に発表した米国番組製作会社Dick Clark Productionsの買収計画(買収金額10億ドル)を放棄したとの報道もある(網易財経2017年3月14日付)。
特に、対外投資の約半分を占めている民営企業については、海外進出の経験が不足しているため、経営能力を引き上げることが急務だ。国家発展改革委員会は2017年12月18日の記者会見で、「一部企業の海外投資においては、違法経営や無謀な経営判断、悪質な不正競争、品質と安全管理の欠如などの問題が生じている」と指摘した。
民営企業の対外投資に対して、2017年12月に「民営企業による海外投資経営行為の規範化」を公布し、(1)管理体制の整備、(2)コンプライアンス順守、(3)社会的責任の履行、(4)資源と環境の保護、(5)リスク管理の強化などで民営企業による海外投資を指導している(表3参照)。
主要項目 | 主要内容 |
---|---|
管理体制の整備 |
|
コンプライアンス順守 |
|
社会責任の履行 |
|
資源と環境の保護 |
|
リスク管理の強化 |
|
- 出所:
- 「民営企業による海外投資経営行為の規範」に基づき作成
中国企業による対外投資状況
中国政府が2016年まで10年間「走出去」のもと、中国企業の海外進出を後押しした結果、中国の対外直接投資額は毎年2桁成長を遂げ、急速に拡大した。2016年末に対外投資残高は前年比23.6%増の1兆3,573億9,000万ドルまで拡大し、過去最高を記録した。
年 | フロー | 前年比 | ストック | 前年比 |
---|---|---|---|---|
2006年 | 212 | 43.8% | 906 | 58.4% |
2007年 | 265 | 25.3% | 1179 | 30.1% |
2008年 | 559 | 110.9% | 1840 | 56.0% |
2009年 | 565 | 1.1% | 2458 | 33.6% |
2010年 | 688 | 21.7% | 3172 | 29.1% |
2011年 | 747 | 8.5% | 4248 | 33.9% |
2012年 | 878 | 17.6% | 5319 | 25.2% |
2013年 | 1078 | 22.8% | 6605 | 24.2% |
2014年 | 1231 | 14.2% | 8826 | 33.6% |
2015年 | 1457 | 18.3% | 10979 | 24.4% |
2016年 | 1962 | 34.7% | 13574 | 23.6% |
- 出所:
- 2016年度中国対外直接投資統計公報
一方、リスクの拡大を懸念し、中国政府は2016年末から、監督強化措置を打ち出した。その影響もあり、2017年1月から12月までの1年間は各月の投資額が前年同月比でそれぞれ大幅に減少した。
国家発展改革委員会・外資利用および海外投資司国際産能合作処の張煥騰氏によると、中国企業の対外投資には以下のような課題がある。(1)無謀な投資活動を行い、海外の投資先が経営困難になり赤字に陥る。(2)中国国内で融資を受け海外の不動産などリスクの高い分野へ投資することで、債務増加と資金流出が起き、国家の金融システムに脅威を与える。(3)投資先国・地域の環境保護、資源、安全に関わる法令を無視した結果、生産停止に陥るケースもあり、経済的な損失に加え、中国のイメージ悪化をもたらす。
それらを是正するため、中国政府は企業の対外投資を奨励、制限、禁止の3分野に分類した。制限分野に対しては、企業が慎重に投資するよう促し、状況に応じて必要な指導と注意を行うとしている。禁止分野への投資には有効かつ厳格なコントロールを行うとしている。これは国有企業だけではなく民営企業も対象となっている。
一方、同委員会は、2014年から実施された「海外投資項目批准・届け出管理弁法」に代わり、2017年12月26日に「企業海外投資管理弁法」を公布した(2018年3月施行予定)。同法により、行政手続きが簡素化される。投資額3億ドルを上回る大型案件については、プロジェクト始動前の同委員会への報告義務を廃止し、同委員会の許認可が必要とされる案件についても、省政府での予備審査や中間手続きを廃止することにより行政手続きが簡素化される。ただし、海外投資に伴うリスクへの監督管理は強化され、海外子会社を通じた再投資が管理対象に含められ、国家の利益と安全を守るために重大な問題が生じる場合、同委員会への報告を義務付けるとした。法規の違反歴がある企業はブラックリストに記載され、厳しく処分するなど監督強化の内容が盛り込まれている。
これらの政府による管理強化を受け、今後の中国企業による対外投資動向がどう推移するか注目される。
- 注1:
- 債権や不動産の流動化や証券化など限定された目的だけのために設立される会社のこと。SPC、SPV、SPEとも言う。
- 注2:
- 2009年8月1日に「中国国内企業の対外貸し付けに係る外貨管理に関する国家外貨管理局の通知」が施行され、中国国内の親会社は海外子会社に対する貸し付けが可能となった。外貨管理局は対外貸付限度額を、国内親会社の所有者持ち分(すなわち純資産)の30%に当たる金額か、国内親会社の子会社に対する投資額のいずれか低い方としている。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・広州事務所
盧 真(ロ シン) - 2004年、ジェトロ・広州事務所入所。総務関係、日本企業の中国進出支援、調査担当を経て、2015年4月から中国企業の対日投資業務を兼務、現在に至る。2017年に入ってからは、広東省・深セン市における、日本の中小企業と地元企業のビジネスアライアンス事業も担当。