特集:外国人材と働く世界で活躍するインド高度人材を、日本企業競争力強化の即戦力に

2020年10月20日

新型コロナ禍で、産業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が世界で急速に推進されつつある。これを支える存在として、インドの高度人材採用への注目が高まっている。

DXの実現には、高度かつ専門的なITスキルを有する人材が必要だ。しかし、日本ではIT人材が不足する。そのため、多くの企業が他社に後れを取らないよう、優秀なIT人材獲得に高い関心を寄せている。本稿では、日系企業が今後、DXを推進するために必要とされる高度専門人材の獲得について、世界有数のIT大国といわれるインド高度人材に着目。そのグローバル市場における立ち位置を確認するとともに、ジェトロがインド高度人材やその採用日系企業にヒアリングした調査結果を紹介する。あわせて、今後の人材獲得や安定的な雇用維持に向けた戦略も考察する。

グローバルに飛躍するインド人材、日系企業の採用実績はわずか

インドの高度人材は、グローバルビジネスの中で中心的、飛躍的に活躍を続けている。世界的に有名なIT企業の最高経営責任者(CEO)をインド人が担う例も多い(表1参照)。

表1:主なインド人CEO
No. 企業名 代表者名 出身大学 専攻
1 グーグル サンダー・ピチャイ インド工科大学カラグプール校
スタンフォード大学(修士)
ペンシルベニア大学(MBA)
金属工学
材料工学
経営学
2 マイクロソフト サティア・ナデラ マニパル工科大学
ウィスコンシン大学ミルウォーキー校(修士)
シカゴ大学 (MBA)
電気工学
計算機科学
経営学
3 IBM アーヴィンド・クリシュナ インド工科大学カンプール校
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(博士)
電気工学
電気工学
4 アドビシステムズ シャンタヌ・ナラヤン オスマニア大学
カリフォルニア大学バークレー校(MBA)
ボーリンググリーン州立大学(修士)
電気通信工学
経営学
計算機科学

出所:各社ウェブサイトなどを基にジェトロ作成

グローバル市場でそれほど多くのインド人が活躍するのは、工学系を専門とする学生の多さが一因だ。インド国内では、工学系の学生が毎年約150万人卒業する。その多くは、自身が学生時代に学んだ工学知識や英語力を武器に、世界的に有名な米国IT企業への就職を目指す傾向がある。また、米国への留学を契機に、留学後に現地で活躍する事例も多い。国際教育研究所が発表した「Open Doors Report 2019外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」によると、現在、米国に留学する学生は約110万人。そのうち、約18%をインド人が占める(図1参照)。もっとも、第1位の中国は34%だ。一見すると、かなりの差が開いているようにも見える。しかし、各国留学生の専攻分野をみると、いわゆる高度人材とみなされるSTEM分野(注)を専攻する中国人留学生は48%なのに対し、インド人留学生は80%にも上る(図2参照)。

高度な工学知識を持つインド人の米国留学が、世界的IT企業と人的なつながりを醸成する。人材の獲得競争において米国は、卒業後の採用などを通じて、インド人活用機会を最も期待できる。

図1:国別の米国留学者数シェア
現在米国に留学する学生は約110万人。そのうち、約18%をインド人が占め第2位。第1位は34%の中国。第3位は5%の韓国。

出所:国際教育研究所「Open Doors Report 2019」を基にジェトロ作成

図2:米国留学生の専攻分野シェア
米国の各国留学生の専攻分野をみると、高度人材とみなされるSTEM分野を専攻する中国人留学生は48%であるのに対し、インド人留学生は80%に上っている。

出所:国際教育研究所「Open Doors Report 2019」を基にジェトロ作成

世界の理工系学位取得者数に占める日本人の比率は、1.6%に過ぎない。中国の37.4%、インドの20.6%に比べて絶対数が少ないのだ。また、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が発表した「IT人材白書2020PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(7.35MB) 」によると、日本では、90%前後ものIT企業がIT人材の不足を感じ続けてきた(図3参照)。すなわち、企業側に高度人材需要はあると考えられる。さらに、経済産業省は「IT人材需要に関する調査PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(735.02KB) 」で、2030年に先端IT人材が約55万人不足すると公表した。日本では今後も、IT人材が慢性的に足りない状況が続くとみられる。

そうした中で、日本企業のインド人材の採用は、他国と比して多いとは言い難い。「IT人材白書2020PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(7.35MB) 」から近年の日本のIT企業の外国人材の出身国別雇用状況を確認すると、過去3年間は中国がトップで増加を続けてきた(図4参照)。一方で、インドは上位5位にも入っていない。つまり、多くの日本企業はインドからの高度人材の採用に、少なくともこれまではあまり積極的ではなかったと見てよさそうだ。同時に、インド人もこれまで日本で働くことに対して積極的ではなかった。しかし、米国が外国人労働者に対するビザを厳しくするようになった。それにつれ、日本にも関心が向くようになってきたとみられる。

これまでみたように、インドの高度人材は、米国はじめ世界で評価が高い。にもかかわらず、日本ではこれまで採用が少なかった。しかし、先述のような状況の変化がある。日本がIT人材の不足を埋めるため、インドの人材に目を向ける良いタイミングが来ているのではないだろうか。

図3:日本のIT企業のIT人材の量に対する過不足感
日本のIT企業にIT人材の量に対する過不足感を聞いた設問では、2015年度から2019年度の5年間の調査結果で一貫して、 回答企業の90%前後がIT人材の不足を感じていると回答。

出所:独立行政法人情報処理推進機構「IT人材白書2020」を基にジェトロ作成

図4:日本のIT企業の外国人雇用状況
日本のIT企業の外国人雇用状況では、中国がトップの3万1,361人、次いで韓国(9,685人)、ベトナム(4,645人)、 米国(2,434人)、フィリピン(1,783人)となっており、インドは上位5位に入っていない。

出所:独立行政法人情報処理推進機構「IT人材白書2020」を基にジェトロ作成

日本企業は、インド高度人材の活躍を評価

インドの高度人材をこれまでに雇った企業は、どのように評価しているのだろうか。ジェトロは実際にインド高度人材を採用する企業向けに「在日インド高度人材に関する調査PDFファイル(1.01MB) 」を実施した(注2)。

その結果、日本企業の多くから、インド高度人材におおむね満足感があるとの回答が得られた。当該設問に回答した企業全社が、自社が採用したインド人材に対し、「期待以上の活躍」「ほぼ期待通りの活躍」と評価。「期待通りではない」「期待以下」の回答は皆無だった(図5参照)。この回答結果を裏付けるかのように、インド高度人材の採用について、約85%の企業が今後の採用枠を「拡大」または「維持」する方針を示した(図6参照)。

図5:インド高度人材に対する満足度
「期待以上の活躍」が14.3%、 「ほぼ期待通りの活躍」が85.7%。

出所:ジェトロ「在日インド高度人材に関する調査報告書」

図6:今後のインド高度人材の採用枠
「維持する方針」が57.1%、 大する方針」が28.6%。

出所:ジェトロ「在日インド高度人材に関する調査報告書」

では、採用目的は何か。日本企業の多くは、インド人材が持つIT技術を活用したエンジニア系のノウハウに期待する傾向にある。現に、回答企業27社のうち約9割の24社が、採用を決めた理由の1つにインドエンジニア人材の優秀さを挙げた(図7参照)。インド人ITエンジニアの高度な開発能力を活用したい様子がうかがえる。

図7:インド高度人材を採用する理由
回答企業27社中約9割の24社が「エンジニア系で優秀な人材が多い」を挙げた。次に回答が多かった項目は、「ハングリー精神」で回答数は11。

出所:ジェトロ「在日インド高度人材に関する調査報告書」

インド高度人材も、日本での就業に好感

次に、日本企業に採用され日本で働くインド高度人材を対象とした調査の結果を分析する。インド高度人材が日本で就業した理由をみると、住みやすさや日本文化への関心など、生活環境面を重視する傾向が見えてくる。それらの理由に次いで、日本企業の高い技術力に注目し、日本での就業に至った人材も多い(図8参照)。

図8:インド高度人材の日本での就業理由
1位が「住みやすさ(気候、安全を含む)」(回答数27)、2位が 「日本文化、サブカルチャー」(同26)、3位が「日本企業の技術」(同25)となっている。

出所:ジェトロ「在日インド高度人材に関する調査報告書」

インド高度人材は、約77%が自身の業務に対して満足している(図9参照)。先述の通り、日本企業が当該人材に求める業務内容は、主にエンジニアリング技術を活用した開発業務だ。このことから、自身の得意領域を存分に発揮できるフィールドが与えられていることが、高い満足度につながっていると考えられる。

また、約63%のインド高度人材が今後も日本での就業を継続したいと回答している。その一方で、他国での就業やインドへの帰国を希望するとの回答も37%に上っている(図10参照)。

図9:インド高度人材の業務に対する
満足度
「満足している」が32.1%、「概ね満足だ」が44.6%となっている。

出所:「在日インド高度人材に関する調査報告書」

図10:インド高度人材の日本での就業
継続希望
「他国での就業を希望」は26%、「インドへの帰国を希望」は11%となっている。

出所:「在日インド高度人材に関する調査報告書」

人事評価での認識ギャップ解消を

調査結果からは、とくに人事評価に関して認識の相違も見えてきた。インド高度人材に納得感のあるフィードバックができていると回答した日本企業は、75%に上る。これに対し、インド高度人材の方から、上司から納得感のあるフィードバックが得られていないと回答した比率は50%を超える(図11参照)。

図11:評価フィードバックに対する反応

企業からの回答
Q:インド人材に納得感のあるフィードバックが
できている
「あてはまる」(10.7%)、「どちらかといえばあてはまる」(64.3%)となった

出所:「在日インド高度人材に関する調査報告書」

インド人材からの回答
Q:上司から納得感のあるフィードバックが
受けられている
「あてはまる」(19.3%)、「どちらかといえばあてはまる」(28.1%)、 「どちらかといえばあてはまらない」(36.8%)となった。

出所:「在日インド高度人材に関する調査報告書」

この認識ギャップが生まれた理由としては、それぞれが評価指標において重視する項目に相違があることが考えられる。日本企業は、「チームとしての成果(78%)」や「個人としての成果(70%)」を評価項目において重視する(表2参照)。一方、インド高度人材は、日本企業から評価されていると考える評価指標を、「チームとしての成果(70%)」や「成果に至るまでのプロセス(51%)」などと回答。「個人としての成果」は最も低い25%だった(表3参照)。このように対照的な認識ギャップを埋めることが、今後の大きな課題といえる。

表2:企業が最も重視する評価指標
No. 評価指標 回答割合
1 チームとしての効果 78%
2 個人としての成果 70%
3 成果に至るまでのプロセス 47%
4 チームワーク 47%
5 リーダーシップ 22%
6 コミュニケーション力 13%
7 チームマネジメント 9%

出所:「在日インド高度人材に関する調査報告書」

表3:企業に評価されていると考える評価指標
No. 評価指標 回答割合
1 チームとしての効果 70%
2 成果に至るまでのプロセス 51%
3 コミュニケーション力 40%
4 リーダーシップ 40%
5 チームワーク 36%
6 チームマネジメント 30%
7 個人としての成果 25%

出所:「在日インド高度人材に関する調査報告書」

この課題解決へ向け、取り組みが進められている企業もある。例えば、ある国内ベンチャー企業は、エンジニアリングマネージャーがエンジニアと毎週、一対一の会議を実施。エンジニアが考えていることを丁寧に吸い上げる体制を整備しているという。また、エンジニア同士が評価し合うペアレビューを採用する企業も見られた。さらには、数カ月おきに評価制度に対するフィードバックを抽出し、フィードバックを基に評価制度を柔軟に変更する企業もある。

これらは限られた事例に過ぎない。いずれにせよ、日本企業は、認識ギャップを埋めるために具体的なアクションを起こし、自社のインド高度人材の雇用維持につなげる努力が必要ではないだろうか。それが、より多くの優秀な人材雇用や、他国での就業またはインドへ帰国を希望する人材の引き留めに寄与する可能性がある。

コロナ禍で新たな採用方式の可能性

新型コロナウイルス感染拡大により、多くの企業の採用活動に影響が生じていることは言うまでもない。特に、外国人採用を行う企業は、出入国制限などの影響で満足な採用活動ができない実態がある。一方、このような状況下でも、優秀なインド高度人材の採用を後押しする動きも出ている。

パソナは、経済産業省から9月に「国際化促進インターンシップ事業外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を受託した。インドをはじめとする5カ国にサテライトオフィスを設置し、約80人程度の外国人材と日本に主な事業所を持つ中堅・中小企業をマッチング。もって、インターン受け入れ支援を実施する。コロナ禍の影響もあり、当面はオンラインでのインターンシップとなる。

ジェトロは、インド工科大学ハイデラバード校(IIT-H、注3)で10月2日、2020年度の学生向け就職企業説明会「JAPAN DAY」(注4)をオンライン開催した。オンラインによる開催のため日本企業は現地渡航の必要がなく、採用コストが削減できる結果ももたらした。また、今回は現地のIIT-H在学生だけでなく、JICAの奨学金プログラムを活用して日本の大学院に留学しているIIT-H卒業生も参加している。この結果、既に日本文化になじみのあるインド人学生の雇用も期待できる。

従来型の対面での面接を繰り返す採用活動が困難な中、オンラインの積極活用などでインド高度人材を獲得することは、将来のビジネス拡大にもつながるだろう。本稿で紹介したインド高度人材のアンケート結果を参考に、より多くの日本企業が自社にマッチするインド高度人材を採用することを期待したい。


注1:
Science、Technology、Engineering、Mathematicsそれぞれの頭文字を取った言葉で、これらの教育分野を総称する表現。
注2:
テクノロジー分野における日印促進事業を行うスキルズ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(東京都)と共同で、日本に就業するインド高度人材57人、インド人材を採用する日本企業27社を対象に調査を実施した。
注3:
IIT-Hは、日本政府の支援によって設立された。
注4:
この就職企業説明会は、従来同様にジェトロ、国際協力機構(JICA)、IIT-Hが共同して開催した。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション・知的財産部スタートアップ支援課
瀧 幸乃(たき さちの)
2016年、ジェトロ入構。対日投資部誘致プロモーション課、ジェトロ・ベンガルール事務所、イノベーション・知的財産部イノベーション促進課などを経て、現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課(執筆時)
谷口 晃希(たにぐち こうき)
2015年4月、山陰合同銀行入社。2019年10月からジェトロに出向。お客様サポート部海外展開支援課を経て、2020年4月から現職。

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