特集:欧州に学ぶ、スタートアップの今 豊富なソフトウエア人材を武器にビジネス環境が急速に発達(ポーランド)

2018年6月15日

ポーランドのスタートアップビジネス環境は、政府の後押しもあって、急速に発達している。政府はポーランド開発基金(PFR)を活用しさまざまなプログラムを立ち上げた。優秀な人材プールに引かれグーグルなど大手がアクセラレーターなどを立ち上げる。一方で、経営人材の不足がポーランドのスタートアップが抱える課題だ。

優秀なソフトウエア人材の宝庫

もともとポーランドは屈指のソフトウエア人材輩出国。プログラミング・コンテストサイトとして知られる「ハッカーランク」によれば、ポーランドは中国、ロシアに次ぎ優秀なデベロッパーを抱える。国際情報オリンピックでは、メダル総数は中国に次ぎ、金メダル数でも中国、ロシア、米国に次ぐ数を誇る。プログラミング・コンテストサイトの「トップコーダー」ではポーランドは国別ランキング6位、さらにグーグルの「コードジャム」、フェイスブックの「ハッカーカップ」などのプログラミングコンテストでも、ポーランド人は上位の常連だ。世界的にソフトウエア人材が不足していることを考えると、豊富な人材は大きなアドバンテージとなる。

こうした人材を比較的安価な労働コストで雇用できるポーランドは、欧州ではIT含むアウトソースの最大の集積地となっているほか、サムソンなどソフトウエア開発拠点を置く外資企業も多い。また、米国のスタートアップ養成所「Yコンビネーター」出身のビーコン開発企業エスティモート、米国のアクセラレーター・シード投資ファンド「500スタートアップ」出身の人口知能(AI)によるセールス支援ツール開発グロウボッツなど、ポーランド人が米国のプログラムに参加し立ち上げたスタートアップも多く存在する。英国に本社を置き海外送金サービスプロバイダーとして活躍するアジモも、ポーランド人が立ち上げたもので、開発拠点はクラクフに置かれている。

グーグルは2015年11月、スタートアップ支援拠点「キャンパス・ワルシャワ」を中・東欧で初めてワルシャワに設立した(2016年9月9日記事参照)。6カ月間の支援プログラム「キャンパス・レジデンシー」をはじめとする各種プログラムの提供や毎日のように開催するミートアップのほか、他のアクセラレーターやベンチャーキャピタルと協力し、中・東欧からよりすぐりのスタートアップを集めて投資家とつなぐイベント「CEEオールスターズ」を2017年から開催している。さらに、キャンパス・ワルシャワは、ポーランド一の富豪セバスチャン・クルチック氏と協力してアクセラレーター・プログラム「インクレディブルス」も立ち上げている。

このほかに、MITエンタープライズフォーラム・ポーランドをはじめ外資大手や会計事務所などが独自のプログラムを立ち上げている。

地場プレーヤーによる活動も盛んで、SaaSなどB2Bビジネスのテクノロジーに焦点を当て、アーリーステージのスタートアップに出資するベンチャーキャピタル「イノベーション・ネスト」によるアクセラレーター・プログラムでは、共同作業に適したプロトタイピング(UXデザイン)ツールである「UXPin」を提供し、2015年7月には起業後初期の資金調達にあたるシリーズAラウンドで500万ドルを獲得しているUXPinや、ファンディング・プラットフォームである「キックスターター」にて5日で目標の6万9,000ドルに達したデータストレージサービスのSher.lyなどを輩出している。

政府はスタートアップ支援を重要な課題と位置づけ

こうした動きを政府も積極的に後押しする。スタートアップ支援は政府の中期成長戦略「責任ある開発戦略(通称モラビエツキ戦略)」の重点と位置付けられ、2016年6月に政府が発表した起業家支援プログラム「スタート・イン・ポーランド」は、7年間で1,500社のスタートアップ支援を行うため約30億ズロチ(約960億円、1ズロチ=約32円)を投入することになっている。具体的なプログラムについては、ポーランド開発基金(PFR)が統括し、さまざまな機関が提供する70に及ぶプログラムは、PFRがスタートアップ向けに特設したポータルサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます で一覧できる。プログラムは「アイデア」「拡大」「海外進出」の三つのカテゴリーに分けられ、スタートアップのニーズに応じ、必要な情報が得られるようになっている。2018年2月には海外スタートアップの誘致のための特別なプログラム「ポーランド・プライズ」も立ち上げられた。ポーランド企業開発庁(PARP)が運営することになっており、海外スタートアップに対しては、ポーランドに拠点を構えることを条件に、最大20万ズロチの補助など各種支援が用意されることになっている。

スタートアップ関係者の交流を促すさまざまなイベントも盛んで、政府が支援する会議も数多く開催されている。大統領が主催する「宮殿でのスタートアップ」は、2017年に3回目を迎えた。選ばれた参加スタートアップは、その後1年間大統領の外遊時に同行することができる特別なパスポートを発行されるのが特徴だ。新政権発足後の2016年に始まったクラクフで開催される「インパクト」は、イノベーションに焦点を当てた経済会議だが、首相、副首相以下多数の政府高官が毎年出席し、2017年の会議では首相、副首相らの面前でピッチコンテストも実施された。政府のプログラム「スタート・イン・ポーランド」をマテウシュ・モラビエツキ副首相兼経済開発相(当時、現首相)が発表したのもこの会議の場だった。年2回開催される「ウルブス・サミット」は2018年4月に7回目を迎え、これまでに累計で1,000以上の投資家、1,500以上のスタートアップを含む、1万人以上が参加している。マッチングツールが整備されているため、事前に面談をアレンジして会議に臨むことができる。


経済会議でのスタートアップコンテストの様子
(ジェトロ撮影)

ウルブス・サミットでのミーティングの様子
(ウルブス・サミット提供)

規模拡大のための資金調達、経営人材などさまざまな課題も

資金面では、既述のイノベーション・ネストなど国家予算やEU資金をもとに立ち上げられたベンチャーキャピタルが数多く存在し、新たにPFRが支援してベンチャーキャピタルを立ち上げるプログラムも進行している。国営企業を中心に、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)立ち上げの動きも活発になっており、特にシード、アーリーステージの資金は潤沢といえる。

他方、規模拡大、出口戦略という点での資金調達の選択肢は限られており、こうした段階になると、海外に目を向けざるを得ないのが現状だ。ワルシャワ証券取引所への上場は条件が厳しく、上場を果たしたスタートアップはごくわずかだ。新興企業向けに開かれている取引所ニューコネクトは、流動性が少なくスタートアップの資金調達のために十分機能しているとはいえない。

ポーランドのスタートアップ支援団体であり政府、EUへのロビー活動も行っている「スタートアップ・ポーランド」のユリア・クシシュトフィアック=ショパ代表によると、ポーランドのスタートアップ自身の野心が低い傾向にあるという。これは国内での出口戦略が限られていることも影響するが、スタートアップに聞くと500~1,000万ズロチでの売却が理想というところも多いという。国内に3,800万人と一定規模の市場が存在することから、スタートアップが必ずしも立ち上げ時からグローバルな視点を持つとは限らない点も、自国市場が小さい近隣小国出身のスタートアップと比べると、不利な要素となりうる。ソフトウエア人材は豊富な一方、経営、セールスに長(た)けた人材が不足している点も課題だ。

こうした課題もあって、ポーランドでユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)は、電子商取引のプラットフォームを中・東欧地域で広く展開するアレグロ、ゲームソフトの「ウィッチャー」シリーズで世界的に有名なCDプロイェクトの2社にとどまっている。とはいえ、ここで触れたスタートアップに限らず、フィンテック、IoT、AIなどさまざまな分野で有力なスタートアップが生まれつつあり、ポーランドのスタートアップシーンには今後も注目だ。

執筆者紹介
ジェトロ・ワルシャワ事務所長
牧野 直史
2003年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済研究課(2003~2005年)、ジェトロ沖縄(2005~2008年)、海外調査部欧州ロシアCIS課(2008~2013年)を経て2013年6月よりジェトロ・ワルシャワ事務所長。在職中の2012年に司法試験合格。

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