特集:欧州に学ぶ、スタートアップの今 地域性豊かなスタートアップシーン(ドイツ)

2018年6月15日

ドイツでのスタートアップ支援策としては、国レベルでの支援のほか、州レベルでもそれぞれの地域の特色や産業構造に沿った特色あるプログラムを提供している。さらに民間の大手ドイツ企業もそれぞれスタートアップとの協業に取り組んでおり、日本企業も参加可能な独自のプログラムを提供している企業も多い。

積極的に行われる国や州レベルでのスタートアップ支援

ドイツでのスタートアップ支援策としては、各地に配置されている商工会議所や州関係機関での個別支援のほか、連邦レベルでは、2005年に設立された政府系ベンチャー投資ファンド「ハイテクスタートアップファンド」(High-Tech Gründerfonds)を通じたスタートアップへの投資や、ビジネスコンペの開催を通じての露出機会の提供が挙げられる。前者は、連邦経済エネルギー省(BMWi)やドイツ復興金融公庫(Kfw)、化学大手のBASFや自動車部品大手ボッシュなど、29の民間企業および団体からの出資で構成されている。これまでのプログラム(HTGF I、HTGF II およびHTGF III)を通じて、8億8,600万ユーロを投資し、480以上のハイテクスタートアップを支援してきた。投資以外にもネットワーキングの構築の支援や個別コンサルティングなどを行う。

地域性豊かなドイツのスタートアップシーン

連邦制をとるドイツでは、16ある州および特別市の権限が強いといわれ、それぞれの州や特別市によって、企業の集積度合いや注力する産業分野、産業政策の方針などが異なる。そして、それはスタートアップ支援政策にも当てはまる。会計コンサルティング大手アーンスト・アンド・ヤングの調査結果(2018年1月発表)によると、2017年におけるスタートアップへの投資件数を州別にみると、欧州におけるスタートアップの集積地として知られるベルリン(233件)を筆頭に、産業集積地として知られる南部のバイエルン州(76件)や、日本企業が数多く進出するノルトライン・ウェストファーレン(NRW)州(39件)、メディア関連の集積を有する北部のハンブルク特別市(39件)、さらに自動車大手ダイムラーの本社所在地として知られるバーデン・ヴュルテンベルク州(34件)と続いた。

図:州別スタートアップへの投資件数
ベルリンがトップで230件程度だった。その後バイエルン、ノルトライン・ウェストファーレンとハンブルクが同位、ヘッセン、ザクセン、ラインラント・プファルツ、ニーダ―ザクセン、チューリンゲンと続く。2016年はノルトライン・ウェストファーレンがハンブルクより多かった点を除き、同じ順位だった。
出所:
アーンスト・アンド・ヤング

首都ベルリンは、欧州の起業シーンをけん引する存在だ。50カ国100都市のベンチャー事情を調べた米調査会社の「グローバル・スタートアップ・エコシステム・レポート2017」によると、世界各都市を支援環境やこれまでの実績、投資資金へのアクセスの容易さ、国際的な企業や市場へのアクセス、人材採用のしやすさなどを比較した結果、ベルリンは総合的な評価の中で、世界第7位(欧州域内ではロンドンに次いで2位)、また特に「人材へのアクセス」部門では欧州域内最高の第5位に入っている。第二次大戦後、東西分断の時代に多数の大企業が旧西ドイツに拠点を移し、産業の空洞化が進む中、ベルリンの壁の両側に広がっていた緩衝地帯や周辺部の空地や廃虚などを活用し、スタートアップ育成支援が行われてきた。地価や物価がロンドンやパリといった他の欧州の巨大都市と比べて低水準で推移したことも、多様な知識やノウハウ、アイデアを持った人材の流入を促し、スタートアップ文化の育成に寄与したともいわれる。世界有数のITカンファレンス「テッククランチ・ディスラプト」など、国際イベントの開催地になったことも、起業の機運を高めている。

産業集積地として知られる南部のバイエルン州やNRW州、バーデン・ヴュルテンベルク州は、産業のデジタル化の推進を掲げ、州内の産業集積や研究機関とのネットワークを生かしたアクセラレータープログラム(企業の活動の成長促進をするための資金提供やコンサルティングなどの支援)やアドバイザリーサービスの提供、ビジネスコンペの開催、インキュベーション施設の運営・提供などが行われている。

欧州金融の中心地フランクフルト市を抱えるヘッセン州は、フィンテック(金融関連の技術やイノベーション)を中心としたスタートアップ支援に積極的に取り組んでいる。既述の「グローバル・スタートアップ・エコシステム・レポート2017」によると、現在活動する約300のテックスタートアップ(技術やイノベーションに基づくスタートアップ)のうち、フィンテック関連のスタートアップが80社以上を占めるという。フランクフルトに立地し、最適な保険プランや組み合わせを選択するアルゴリズムを開発・提供するクラークは、エルゴ(ERGO)やアリアンツ(Allianz)といった大手保険会社と提携してビジネスを展開しており、2016年には1,320万ユーロの投資を受け、大きな話題となった。また、州政府は2018年2月に、フィンテック関連スタートアップのビジネス活動や成長しやすい環境を作り上げるため今後3~5年間で最大2,000万ユーロを投資するというマスタープラン(基本計画)を発表した。具体的な方策として、人材育成や、米国のアクセラレーター「プラグ・アンド・プレイ」(Plug&Play)との協力によるアクセラレーター機能の強化、官民のベンチャーキャピタルなどの投資資金へのアクセスの強化などが挙げられている。


金融産業が集積するフランクフルト発のフィンテック企業クラークの創設者たち(クラーク提供)

大手企業も独自のインキュベーションプログラムを提供

ドイツでは、国や州政府による支援のほか、大手民間企業も独自のインキュベーションプログラムも提供されている。自動車大手のBMWは、「BMW スタートアップガレージ」というスキームを通じて、将来的に同社のイノベーションに貢献するような技術や製品、サービスを持つスタートアップとの協業を目指している。審査で選ばれたスタートアップは、12週間にわたって BMW社内のネットワーク構築や試作機作成支援など、さまざまな支援を受けることができる。国内鉄道大手のドイツ鉄道(DB)は、ベルリンに「DB マインドボックス」という組織を設立し、自社運営のアクセラレータープログラムを開始した。例えば同社のプログラム「DB スタートアップエクスプレス(StartupXpress)」では、3カ月間のプログラムの中で、2万5,000ユーロの資金提供やドイツ鉄道の持つ多種多様な大量のデータへのアクセス、アドバイス支援などが提供される。

執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所 ディレクター
森 悠介(もり ゆうすけ)
2011年、ジェトロ入構。対日投資部対日投資課(2011年4月~2012年8月)、対日投資部誘致プロモーション課(2012年9月~2015年11月)を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ベルリン事務所 ディレクター
油井原 詩菜子(ゆいはら しなこ)
2011年、ジェトロ入構。進出企業支援・知的財産部(2011~2013年2月)、ビジネス情報サービス部(2013年3月~2014年9月)、ジェトロ・ウィーン事務所(2014年10月~2015年9月)、ビジネス展開支援部(2015年10月~2017年10月)、海外調査部(2017年7月~2017年10月)を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所
ベアナデット・マイヤー
2017年よりジェトロ・デュッセルドルフ事務所で調査および農水事業を担当。

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