特集:欧州に学ぶ、スタートアップの今起業家に魅力的なビジネス環境を提供するロンドン(英国)

2018年6月15日

ベンチャー・キャピタル大手のアトミコが発表した、欧州のテクノロジー動向に関する報告書「欧州テック産業の現状2017」によれば、2017年のテック(技術・イノベーション)分野への投資総額の首位は英国の54億ドルで、ドイツの25億ドル、フランスの21億ドルが続く。また、首都ロンドンが、欧州内外から有能な技術者が最も集まる都市と位置づけられるなど、依然英国は投資を引き付ける国としての地位を保っている。

2017年3月に欧州連合(EU)に対して正式に離脱を通知した英国は、EUとの本格的な交渉を開始している。新たな進出や創業を目指す企業にとって、英国は魅力的な国であり続けることができるのか、世界中の耳目を集めている。

イノベーションを強力に推進する英国政府

英国ビジネス・エネルギー・産業戦略省は、2017年11月に公表した「産業戦略」において、生産性向上に向けた五つの基盤(アイデア、人材、インフラ、ビジネス環境、地域)と四つの重点産業(人工知能(AI)・データ経済、クリーン成長、将来型モビリティー、高齢化社会)を設定すると共に、「産業戦略チャレンジ基金」を通じた重点分野への7億2,500万ポンド(約1,088億円、1ポンド=約150円)の支援や、革新的なビジネスに対する200億ポンド(約3兆円)の投資を盛り込んだ(2017年12月28日記事参照)。中には、新規事業向け融資を行う英国ビジネス銀行(British Business Bank)への25億ポンド(約3,750億円)の投資が含まれるなど、イノベーションに対する政府の後押しは大きい。

企業の研究開発プロジェクトなどへの資金面での支援において重要な役割を担っているのがイノベートUKである(2017年4月号ジェトロセンサー参照)。イノベーション振興に取り組む政府外の公的振興機関であるイノベートUKは、さまざまな対象業種や規模の助成金を、年間を通して公募している。また、イノベートUKは、デジタル技術や細胞療法などの10の重点分野において、先端技術の商用化支援を目的とした研究開発センター「カタパルトセンター」を運営している(参考参照)。企業・大学・人材・情報が集まるエコシステムを形成するユニークな取り組みだ。

参考:10のカタパルトセンター

  • 細胞療法
  • 化合物半導体
  • デジタル技術
  • エネルギーシステム
  • 未来都市
  • 高付加価値製造業
  • 医療テクノロジー
  • オフショア再生エネルギー
  • 人工衛星
  • 輸送システム
出所:
カタパルト・センター

豊富なスタートアップ支援プレーヤーの存在

起業の初期段階から、具体的なビジネス・サポートを提供するプレーヤーが豊富なことも英国の魅力である。イノベーション支援団体のネスタによれば、英国には163のアクセラレーター(注1)と205のインキュベーター(注2)が存在する。近年は、シード段階(注3)にある企業に対し資本の提供などの支援を期間限定で行い、会員費ではなくエクイティ(株式)を保持することで企業の成長に連動した報酬を主な収入源とするアクセラレーターの数が急増している。2007年設立のシードキャンプはその先駆けであり、その支援企業として紹介している、国際送金のトランスファーワイズは、企業評価額が10億ドルを超えるいわゆる「ユニコーン企業」だ。

国際金融都市ロンドンの中心で存在感を増しているのが、フィンテック、サイバーセキュリティー、スマートシティーなどの分野に絞り、起業家に対するインキュベーション・オフィスやコミュニティーを提供するレベル39だ。約200社の会員企業の中には、日本のフィンテック企業2社の名前も含まれている。

企業への投資を行うエル・マークスは、革新的な技術・製品を求める大手企業とスタートアップ企業の橋渡しも行っている。BMWグループUKと組んだオープン・イノベーション・イベント「BMWイノベーション・ラブ2018」を通じて厳選されたスタートアップ5社は、今後BMW幹部へのピッチ(プレゼンテーション)に向けたアプリケーション開発に取り組むことになる。

4万8,000人が集まる国際的テクノロジーイベント

起業家にとって英国でのPR機会は多い。ロンドン市の公式プロモーション機関であるロンドン・アンド・パートナーズが共催者として名前を連ねる「ロンドン・テックウィーク」もその一つである。2017年6月に5日間の会期で開催された219のイベントには、世界93カ国から約4万8,000人が参加した。2018年も同じ6月の開催を予定しており、スタートアップ企業のデモブースに加え、IoTや拡張現実(AR)・仮想現実(VR)といったテーマ別の出展機会「TechXLR8」を含む300超の関連イベントには、世界各国から5万5,000人の来場が見込まれている。

イノベートUKが毎年開催する「イノベート」も注目に値する。毎年約2,500人の来場者が集まるこのイベントは、9回目を迎えた2017年は11月にバーミンガムで開催された。約100社の出展スペースに加え、セミナー、投資家や大学関係者との交流会などが多数行われ、次世代テクノロジーに関する活発な議論・情報交換が行われた。そのほかの主なイベントは表のとおり。

表:英国のその他の主なスタートアップ企業向けイベントとその特徴
イベント 特徴
IoTテックエキスポ
(ロンドン、2018年4月18~19日)
製造、輸送、サプライチェーン、保険、物流、政府、エネルギー、自動車など、さまざまな業界にIoTがもたらす影響を取り上げ、最新のIoTイノベーションを探るイベント。
ビジネス・スタートアップショー
(英国を代表する展示会「ビジネスショー」の一部として開催。ロンドン、2018年5月16~17日)
2万5,000社を集める欧州最大級のビジネス・イベント。ビジネス開発、ソリューション発掘、販路拡大、スタートアップなど、さまざまな目的での商談・ネットワーキングが行われる。
テックデー
(ロンドン、2018年10月26日)
7,500名の来場者と200社のスタートアップ企業が参加するスタートアップ企業向けイベント。デモブースによる技術PRやピッチ(投資家などを対象とした短いプレゼンテーション)の機会がある。
出所:
各イベントウェブサイト

ピッチイベントを活用した認知度向上と資金調達

Eコマースのザ・ハット・グループ(THG)や食料品配達のデリバルーなど、数々のユニコーン企業を生み出した英国で、企業はどのようにして認知度を上げ、資金調達を行い、ビジネスを拡大しているのだろうか。政府の助成金、ベンチャー・キャピタルやアクセラレーターの支援に加え、ピッチイベントなどのコンテストへの参加事例を紹介したい。

例えば、2004年設立のザ・ハット・グループ(THG)は、2017年の「北西部ファイナル バンク・オブ・スコットランド起業家チャレンジ」の勝者となって500万ポンド(約7億5,000万円)の資金調達に成功している。また、2014年設立のフィンテック企業ワイレックスは、2016年に英国国際通商省主催の対日ビジネスミッションに参加し、東京で開催されたフィンテック・サミットのピッチランで、SBIホールディング賞を受賞した。

2016年設立から2017年までの短期間に「ベンチャーフェスト・オックスフォード2017」、「クライメイトKIC UK & アイルランド ベンチャーコンペティション2017」、「シェル・ニューエナジーチャレンジ2017」など、数々のコンテストで優勝してきたバッテリー延命技術のベンチャー企業ブリルパワーCEOのクリストフ・バークル氏は、「ピッチイベントでの入賞の成果としては、賞金の獲得もさることながら、企業認知度が向上することが大きい」と語る。

英国のEU離脱(ブレグジット)に向けた交渉の行方は不透明であるが、レベル39の代表のベン・ブラビン氏は、「豊富な投資家や才能ある人材の集積により、英国は起業家にとって魅力的であり続けるだろう」と強調する。実際、2016年6月の国民投票以降、レベル39の会員申込数は61%増となっているという。

投資を呼び込む大胆な施策、洗練された自由市場、レベルの高い教育機関、公用語としての英語の強みなど、複合的な要素が絡み合って投資を引き付けてきたロンドン。起業家にとって魅力的な市場であり続けられるか。英国から目が離せない。


注1:
企業活動の成長促進をするための資金や専門コンサルティングなどの支援を行う機関。
注2:
起業間もないスタートアップに対し起業と成長を支援する機関。
注3:
ビジネスモデルやコンセプトはあるが製品やサービス化はできていない準備段階。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所 次長
雪田 大作(ゆきた だいさく)
1997年、ジェトロ入構。輸入促進部 輸入促進課(1997年~1999年)、総務部総務課(1999年~2001年)、経済産業省通商政策局米州課(Researcher、2001年~2002年)、対日投資部対日投資課(2002年~2004年)、サンフランシスコ事務所(Director of BD、2004年~2008年)、対日投資部企業誘致課(課長代理、2009年~2012年)、対日投資部(総括課長代理、2012年~2015年)を経て現職。

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