特集:変わりゆく世界の勤務環境―アフターコロナを見据えた働き方とはインド人材、コロナ禍収束後も在宅勤務を志向

2022年9月8日

世界的にも大規模な新型コロナウイルス感染拡大を経験したインド。その国内感染者数は累計4,300万人以上で、米国に次ぐ(2022年7月末時点)。

しかし、3度にわたる波の収束とワクチン普及に伴い、2022年3月末以降、新型コロナ対策としての各種行動制限は大きく緩和。他方、ウィズコロナの状況下で、在宅勤務(リモートワーク)が多くの企業に導入された。この新しい勤務形態の普及は、企業による採用方針や従業員の働き方への意識を変容させることにもつながっている。

在宅勤務志向が強いインド人材

これまでにインドが経験した感染拡大の波のうち、最後に到来したのはオミクロン型変異株を中心とした第3波(2021年12月~2022年2月)だ。感染拡大に伴い、各州政府がさまざまな行動制限を発出した。例えば、首都ニューデリーを有するデリー準州政府は、金融機関など一部を除く全ての民間企業にオフィスの一時閉鎖を命じた(2022年1月14日付ビジネス短信参照)。

しかし、第3波の収束以降、各種行動制限は全国的に大幅に緩和された。内務省は2022年3月、同省傘下の国家防災委員会(NDMA)による各種新型コロナ感染対策を24カ月ぶりに全面的に解除すると発表(2022年4月19日付ビジネス短信参照)。確かに、公共の場でのマスク着用は引き続き推奨されてはいる。ただし実際のところ、街中ではマスクを着用しない人々の姿が目立つ。

一方で、新型コロナウイルス感染拡大に伴って、在宅勤務が国内で広く普及。その導入は、従業員の勤務形態に対する意識変化をもたらした。世界経済フォーラムと調査会社イプソスの調査(注1)によると、「アフターコロナでも在宅勤務を続けたい」と考える回答者は、インドで45%。日本や米国を含む全調査対象国平均の35%を上回った。また、在宅勤務を希望する日数についての設問(注2)では、「5日」という回答が全体の37%。「4日」が19%、「3日」が19%だった。インドでは4人に3人が、週3日以上の在宅勤務を希望していることになる(図1参照)。また「5日」ということは、毎日在宅勤務で良いということを意味する。それが最多なので、インドでいかに在宅勤務が受け入れられているのか、うかがい知れる。

図1:インド国内の就業者が今後希望する在宅勤務日数
(週5日制の場合、単位:%)
インド国内の就業者が今後希望する在宅勤務日数について、2021年5~6月に世界経済フォーラムと調査会社イプソスが共同で実施した調査によると、勤務日数を週5日とした場合に、そのうち在宅勤務を希望する日数としては、全5日という回答が全体の37%、4日が19%、3日が19%と、インドでは4人に3人が週3日以上の在宅勤務を希望している結果となった。

出所:世界経済フォーラム・イプソス共同調査(2021年7月)の結果を基にジェトロ作成

IT企業アトラシアンが2021年12月に発表した調査レポート(注3)でも、同様の傾向がみられる。「今後フルタイムでの在宅勤務を希望する」とした回答者は、インドで57%。全対象国平均の37%を大きく上回った。インド全体の傾向として、従業員が柔軟な勤務形態を志向する傾向は強まっている。

この傾向を受け、在宅勤務制度を今後も維持する方針を打ち出し始めた企業もある。不動産会社CBREが2022年7月に発表した調査(注4参照)の結果によると、今後も「在宅勤務を全日、主な勤務形態に据える」としたインド企業は、6%に限られる。しかし、オフィス勤務と在宅勤務とを組み合わせるハイブリッド型を定着させたいとした企業は、計73%に上るのだ。他方、基本的に「全日オフィス勤務態勢」に戻す(コロナ前と同様にする)とした企業は、18%にとどまる。インドでは、アジア大洋州地域の中でも在宅勤務制度の活用に前向きな企業の割合が多い(図2参照)。

図2:インド企業が今後念頭に置く勤務体制(単位:%)
インド企業が今後念頭に置く勤務体制について、不動産会社CBREが2022年7月に発表した調査結果によると、今後も在宅勤務を主な勤務形態に据えるとしたインド企業は6%のみだった。しかし、オフィス勤務と在宅勤務とを組み合わせるハイブリッド型を定着させたいとした企業は計73%に上る。他方、コロナ前と同様に基本的に全日オフィス勤務体制に戻すとした企業は18%に留まった。

出所:CBRE調査(2022年7月)の結果を基にジェトロ作成

製造業などではオフィス勤務への回帰傾向も

しかし、企業が在宅勤務制度の活用をどれだけ積極的に検討しているかは、業種によって大きく異なるのが実態だ。

在宅勤務の定着に特に前向きな業種としては、IT分野を挙げることができる。全国ソフトウエア・サービス企業協会(NASSCOM)とボストン・コンサルティング・グループが2022年6月に発表した報告書によると、IT企業の8割がハイブリッド型の勤務体制を定着させる見込みだ。同時に、IT企業はITエンジニア人材の採用活動を、インド国内の中堅都市にも広げているという(従来は、大都市圏に限るのが通例だった)。さらに、大都市圏に住むITエンジニアの65%は、可能なら生活コストが3~5割程度安い中堅都市に引っ越したい意向を持っているという調査結果も出ている。オフィス勤務を前提にしないIT企業が増えたことで、より柔軟な勤務形態を求めるITエンジニア人材の争奪戦が全国規模で激化している。

他方、製造業が約半分を占める在インド日系企業では、コロナ禍収束後は全日オフィス勤務体制に戻したいと考える企業が多いようだ。パソナインディアの鎌田とも子副社長によると(2022年7月28日ヒアリング)、日系企業ではオフィス勤務を前提とする求人が現在でも主流だ。新型コロナ収束に伴って転職市場が活発化する中、求職者が求める賃金水準は高まっている。しかし、在宅勤務制度の有無が日系企業の採用活動に大きな影響を及ぼしている兆候は今のところ見られないという。


注1:
世界経済フォーラムと調査会社イプソスが就業者を対象に共同で実施した調査。実施時期は2021年5~6月。調査対象国は29に上り、インドのほか、日本や米国などが含まれている。
注2:
この設問上、勤務日数は週5日とするのが前提とされた。
注3:
アトラシアンの調査は、2021年7~9月に、インド、日本、米国、フランス、ドイツ、オーストラリアの計6カ国において、企業に勤める従業員(オフィススタッフ)6,000人以上を対象に実施された。
注4:
2022年2~3月に、インド、日本、中国などアジア大洋州の11カ国・地域の企業を対象に実施された調査。有効回答数は151社。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
広木 拓(ひろき たく)
2006年、ジェトロ入構。海外調査部、ジェトロ・ラゴス事務所、ジェトロ・ブリュッセル事務所、企画部、ジェトロ名古屋を経て、2021年8月から現職。

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