中国の技術移転策などに関する通商法301条調査を開始-WTO協定に則した対応が取られるかは不透明-
(米国、中国)
ニューヨーク発
2017年08月24日
米国通商代表部(USTR)は8月18日、中国の技術移転策や知的財産権の侵害について、1974年通商法301条に基づいた調査を行うと発表した。USTRは通商法301条により、貿易協定違反や米国政府が不公正と判断する他国の措置について、その撤廃や是正を目的に制裁措置を発動する権限を与えられている。制裁措置の発動プロセスがWTOの協定に則したかたちで行われるかどうかは現段階では不透明だが、通商分野の専門家からは米国政府による一方的な制裁措置の発動を警戒する声が聞かれる。
調査対象は中国政府の4つの行為の有無
ロバート・ライトハイザーUSTR代表は8月18日、1974年通商法301条に基づいて、中国の技術移転策や知的財産権の侵害に関する調査を行うと発表した。トランプ大統領は8月14日に同調査の実施検討をUSTRに指示する大統領覚書に署名している。今回の発表は、その検討の結果、調査発動を正式に行うとUSTRが示したものだ。
通商法301条は、貿易協定違反や米国政府が不公正と判断する他国の措置について、貿易協定上の特恵措置の停止や輸入制限措置などの貿易制裁を行う権限をUSTRに与えている(注1)。貿易協定違反の場合には、USTRは当該措置の撤廃・是正に向けた制裁措置を発動することが原則として義務付けられている。また、貿易協定に違反していなくても、USTRが「不公正」と判断した貿易措置については、制裁措置の発動が可能となっている。
USTRによると、以下の4つの中国政府の行為の有無が今回の調査対象になる(パブリックコメントの内容を受けて、今後追加される可能性あり)。中国企業への技術移転を強制する行為やライセンス規則、米国企業の買収、サイバー攻撃など幅広い行為が含まれている。
(1)米国企業の技術や知的財産を中国企業に移転することを目的に、米国企業の中国事業を規制・干渉する中国政府の行為(不透明で裁量的な許認可の行政プロセスや合弁事業の強制、外資資本比率の制限、調達に係る差別などを含む)。
(2)市場原理にのっとったライセンスや技術契約を、米国企業が中国企業と結ぶことを妨げる中国政府の行為〔技術輸出入管理令により義務付けられている補償(注2)や改良技術の帰属に関する条件(注3)などを含む〕。
(3)中国の産業政策に合致した先端技術や知的財産権を取得することを目的に、中国企業による米国企業の組織的買収や投資に対して中国政府が行う指示や不当な支援。
(4)米国の商業コンピュータネットワークへの違法侵入、知的財産・営業秘密・ビジネス関連の機密情報を電子上で窃盗する行為への中国政府の関与または支援。
通商法301条の発動にかかる調査は、同法302条に基づき、利害関係者(interested parties)からの要請があった場合に加えて、USTRが自主的に発動することもできる。前者による発動実績が多いが、今回はUSTRによる自主的な発動となっている。
USTRは3月に発表した「2017年通商政策の課題および2016年次報告」の中で、「米国通商法を厳格に執行する」として、通商法301条の制裁措置などを積極的に発動していく姿勢を示していた(2017年3月8日記事参照)。
WTO協定に該当するかどうかの判断がカギ
調査開始後に、USTRは対象措置がWTO協定や自由貿易協定(FTA)など米国が締結する貿易協定の内容に該当する行為であるかを判断する。WTO協定に該当するとUSTRが判断した場合は、同協定の実施法(ウルグアイ・ラウンド協定法)に基づき、USTRはWTOの紛争解決機関(DSB)に相手国の違反行為を提訴することが義務付けられている。つまり、通常のWTOの紛争解決手続きに則した紛争解決処理が行われる。
他方、WTO協定に該当しないとUSTRが判断した場合は、調査結果に応じて、米国政府は独自に制裁措置を実施し得る。ただしこの場合、他国が米国の制裁措置をWTOに提訴し、同措置がWTO協定違反と判断されれば、他国は逆に米国の措置に対して報復措置を取ることが可能となる。米国政府はWTOが設立されて以降、301条による一方的な制裁措置の発動を見合わせてきた。ワシントンの通商専門家は「トランプ政権が301条に基づいた一方的な制裁措置を発動すれば、近年の米国政府の貿易政策からの逸脱となる」と指摘している。
トランプ政権はこれまで、WTOのルールやDSBの在り方について強い不満を示してきた。ウィルバー・ロス商務長官は、4月29日の大統領令で指示された貿易・投資協定の見直しに関する調査において、WTOも対象にするとしている(2017年5月15日記事参照)。
なお現段階では、今回の調査対象がWTO協定に該当するかどうか(該当する措置を含むかどうか)の判断は示されていない。
一方的制裁措置の発動を懸念する声も
現地メディアでは今回の調査について、北朝鮮問題への対応強化に関して中国政府に圧力を加える手段の1つだと報じる向きが多い。ロイター通信(8月2日)の記事(注4)は「これは単に(米中)2国間交渉のレバレッジにすぎない」との、元WTO上級委員会委員長および元下院議員のジェイムス・バッカス氏の発言を紹介している。
今回の措置は産業界と政界で広範な支持を受けていると報じるメディアもある。「ワシントン・ポスト」紙(8月14日)は「シリコンバレーのハイテク企業とラストベルトの製造業がともに今回の措置を支持している」「貿易・経済政策をめぐってはホワイトハウス内で意見の不一致があると多くの人が指摘しているが、今回の措置については完全に意見が一致している」とのホワイトハウス高官の発言を引用している。
また、前述のロイター通信の記事によると、上院少数党院内総務のチャック・シューマー議員(ニューヨーク州)、上院財政委員会少数党筆頭委員のロン・ワイデン議員(オレゴン州)、上院銀行住宅都市委員会少数党筆頭委員のシェロッド・ブラウン議員(オハイオ州)の民主党有力3議員が、中国の技術移転策に関して強い対応を取るようトランプ大統領に働き掛けたとして、本調査の発動が与野党両党派の支持を得る可能性を示唆している。
ただし通商分野の専門家からは、一方的な制裁措置を政権が発動した場合の影響を懸念する声が聞かれる。
ワシントンの通商弁護士は、米国がWTOのDSBから外れた一方的な制裁措置を中国に対して行えば、中国はWTOに基づいた報復措置を発動し、米国は制裁措置の解除かWTOで認められた中国の報復措置を受け入れなければならないと述べている。
ピーターソン国際経済研究所(PIIE)シニアフェローのチャド・バウン氏は「中国は現在、同国が問題視する米国の貿易政策についてWTOに提訴する方針を取っているが、しばしば敗訴している」と指摘し、「トランプ大統領が一方的な措置を取るのであれば、中国が独自に米国の301条調査のようなプロセスを設けることを妨げることはできない」との見方を示した。そしてその場合、「中国の措置は現在よりも不透明で乱用的になる。最終的には中国の報復措置により、米国の輸出者が損害を受ける」との懸念を示した。なお中国政府は、米国はマルチの貿易ルールの批判者になるべきではないとして、米国の一方的措置に対してあらゆる対抗措置を取る考えを示している。
また、元USTR代表補でアジア・ソサエティ政策研究所副所長を務めるウェンディ・カトラー氏は「中国でビジネスをしたければ、知的財産を譲り渡しなさい」という厳しい選択に米国企業は迫られており、政府はこれらの問題に対処する必要があるとしつつ、「301条調査が行われれば、中国は交渉の場に着きにくくなる。また、欧州や日本など他の貿易相手国も米国と手を組むことに消極的になる。これらの国の企業も同様の問題を抱えており、われわれはその支援も必要としている」と述べている。
USTRは調査を開始した8月18日に、本件に関して中国政府に協議要請を行った。今後は、9月28日まで本件に関するパブリックコメントを受け付け、10月10日に公聴会を開催する予定。また、調査期間は最大12ヵ月となっている(注5)。
(注1)米国憲法によって、関税賦課や外国との通商を規制する権限は議会に属しているが、1974年通商法などにより、通商協定に係る権限は大統領に付与されている。同法301条は、他国の措置を迅速に撤廃・是正することを目的として、同権限を行政機関であるUSTRに付与している。
(注2)具体的な内容は不明。ただし、USTRが3月に発表した「2017年版スペシャル301条報告書」では、技術提供者が技術受入者の権利侵害の責任を負うことを義務付けた規定を問題視している。措置の詳細は、経済産業省発行の「不公正貿易報告書」(第1章 中国の知的財産の項)参照。
(注3)技術輸出入管理条例第27条は、ライセンスなどにより供与された技術を改良した技術は改良を行った当事者に帰属するとしている。また、技術供与側は、技術受入側がライセンスなどにより供与された技術を改良し、この改良された技術を実施することについて制限を加えることはできないとしている。
(注4)記事は、トランプ大統領がUSTRに301条調査の検討を指示するという報道が出たことを受けたもの。
(注5)調査期間は通商法304条(a)(2)(B)で規定されているが、同規定はWTO協定対象外の行為の調査実施に適用されるものとなっている。また、トランプ政権は中国に対する協議を申請したとしているが、WTO協定に基づいた協議申請は現時点で行われていない。これらの点を指摘し、「政権は少なくとも一部の中国政府の行為について、WTO協定に該当しないと判断する」と分析する見方(在ワシントン通商弁護士)もある。
(鈴木敦)
(米国、中国)
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