市場アクセスを維持、原産地規則の改定内容は示さず-NAFTA再交渉の目的公表(1)-
(米国、カナダ、メキシコ)
ニューヨーク発
2017年07月20日
米通商代表部(USTR)は7月17日、大統領貿易促進権限(TPA)法にのっとり、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉に関する交渉目的の詳細を公表した。1回目の交渉は8月16~20日にワシントンで行われる見込みだ。交渉目的の内容を2回に分けて紹介する。前半は、物品貿易、原産地規則、労働・環境条項について。
8月16日から交渉開始
USTRは7月17日にウェブサイト上で、NAFTA再交渉の目的の詳細を公表した。2015年6月29日に施行された「2015年超党派議会貿易優先事項説明責任法」(2015年TPA法)105項は、通商交渉開始の30日前までに、各交渉分野について包括的で詳細な交渉目的をウェブサイト上で一般公開することを義務付けている。ロバート・ライトハイザーUSTR代表は、1回目の交渉を8月16~20日にワシントンで行うと発表している(通商専門誌「インサイドUSトレード」7月19日)。
USTRは交渉目的を公開したウェブページの冒頭で、「トランプ政権はNAFTA再交渉を通して、米国の貿易赤字を削減し、米国の製造業や農業、サービス産業に対するカナダやメキシコ市場のアクセスを改善する、より良い貿易協定を追求する」とした。特にメキシコとの貿易赤字の拡大や、カナダ側の乳製品やワイン、穀物などに対する貿易障壁に現行の協定では対処できていないとして、これらの課題に取り組む姿勢を示している。
17ページにまとめられた交渉目的の詳細は、物品貿易、衛生植物検疫措置(SPS)、通関・貿易の円滑化・原産地規則、貿易の技術的障壁(TBT)、規制協力、サービス貿易(通信・金融を含む)、デジタル貿易・国境を越えたデータ移動、投資、知的財産、透明性、国有企業(国の統制を受けた企業も含む)、競争政策、労働、環境、腐敗対策、貿易救済措置、政府調達、中小企業、エネルギー、紛争解決、為替など幅広い分野をカバーしている。
繊維・アパレルは「センシティブ品目に配慮」
物品貿易については、工業製品と農業製品に関して、現行の無税での「双方向の市場アクセス」を維持(Maintain existing reciprocal duty-free market access)すると明記した。米国の産業界や農業界は、USTRが実施したパブリックコメントと公聴会で、再交渉によりメキシコとカナダに対する無税での市場アクセスを損なわないよう一致して政権に求めていた。米国商工会議所は、トランプ政権の方針を歓迎する声明を出している。
ただし、繊維・アパレル産業については「米国の輸入に係るセンシティブ品目に配慮する」との記述が盛り込まれた。また、市場アクセスに関しても「双方向」ではなく、現行の無税での「NAFTA市場への市場アクセス」を維持(Maintain existing duty-free access to NAFTA country markets)するとの表現が用いられている。後述する原産地規則においても、「原産地規則の執行を強化するための手続き(証明制度など)の確立」という項目で繊維が唯一例示されており、同分野では国内産業保護が強化される可能性がありそうだ。
農業分野の非関税障壁を撤廃
USTRはまた、メキシコやカナダの貿易障壁の撤廃により、米国製品の輸出拡大を目指すとした。農業については、関税割当の貿易制限的な運用に加え、補助金や価格操作など不公平なかたちで米国製品の市場参入を妨げている非関税障壁を撤廃するとしている。米国の酪農業界は、カナダへの乳製品輸出に課されている高い関税枠外税率の引き下げとともに、乳製品の価格管理制度を非関税障壁と批判している。
一方、USTRは米国の農産品関税について引き下げの可能性を示唆している。交渉目的には「米国のセンシティブ品目に関する関税引き下げ交渉を実施する際には事前に議会と十分に議論し、関税引き下げ前に合理的な調整期間を置く」と記述された。米国際貿易委員会(ITC)は、ライトハイザーUSTR代表の要請に基づき、NAFTA再交渉に伴う米国の関税撤廃の影響調査を実施しており、調査結果は8月16日までにUSTRに提出される見込みとなっている(2017年5月29日記事参照)。
原産地規則順守のため取り締まりを強化
企業の関心が高い原産地規則については、「必要に応じて、米国や北米で真に生産された財にNAFTAの利益が与えられるように更新・強化する」と記載された。域内品の使用を促す方針だが、具体的な内容は示されていない。
また、原産地規則の順守に関しては、取り締まりを強化する方向性を示した。NAFTAの特恵関税を享受する製品が原産地規則を満たしていることを担保するための加盟国間の協力を促進するとしている。
労働・環境はTPP協定の内容がベース
労働分野については、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定と同様、各国の労働制度やその運用をILO宣言(労働における基本的な原則および権利に関する宣言ならびにその実施についての措置)など国際的な労働基準に則したものにするよう求めた。同宣言には、結社の自由や団体交渉権の承認、強制労働の禁止、児童労働の廃止、雇用および労働における差別の排除などが盛り込まれている。現行のNAFTAの労働条項は各国が自国の労働法を執行することしか求めておらず、より高い労働基準の採用・維持を協定国に担保させるかたちだ。
環境分野においても、TPP同様、NAFTA加盟国が参加する多国間環境協定の義務に則した制度を採用・維持することを求めている。
USTRはまた、労働・環境条項をNAFTAの本協定に統合し、他の条項同様にNAFTA20章で規定される紛争解決手続きを適用するとしている。NAFTAにおける現行の労働・環境条項は補完協定と位置付けられており、同条項の違反には補完協定に関する特別な紛争解決手続きが適用される。しかし、その適用には両国が認める労働基準の履行や各国の環境法の効果的な実施を協定国が恒常的に怠った場合に限るなどの制約が課されており、十分に活用されていないとの指摘があった。
全米最大の労組組合である米国労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)は、交渉目的で示された労働条項について「不成立となったTPP協定の内容を大きくまねたものであり、米国製造業の復興という大統領がつくり出した期待感を満たすものではない」と批判した。AFL-CIOは、加盟国から独立して違反行為を調査し、紛争解決のために提訴できる労働事務局の設置などを要求していた。
環境団体シエラクラブも、「トランプ大統領は自身が嫌っていると主張したTPPで合意された弱い労働・環境条項をただ複写したいようだ」と痛烈な言葉で批判した。特に、環境保護規制に対して企業が提訴することを可能にしているとして、団体として撤廃を求めている国対投資家の紛争解決手続き(ISDS)について、USTRは回答を示していないとしている。
(鈴木敦)
(米国、カナダ、メキシコ)
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