欧州委、「投資裁判所」導入に成功-EU・ベトナムFTAのテキスト案を公開-
(EU、ベトナム)
ブリュッセル発
2016年02月08日
欧州委員会は2月1日、ベトナムとの間で最終合意した自由貿易協定(FTA)のテキスト案の全文を公開した。EUとしては、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定署名国とのFTAという戦略的な意義があるが、特にTPP協定の「投資家対国家間の紛争解決手続き(ISDS)」に代わるものとして欧州委が提案した「投資裁判所制度」導入をベトナム側にのませた点をアピールしている。また、協定発効後の双方の関税削減・撤廃スケジュールも個別品目ごとに明らかにされた。
<EU・ベトナムFTA発効は1年以上先か>
欧州委とベトナム政府は2015年8月4日に、EU・ベトナムFTAについて大筋合意に達していたが(2015年8月11日記事参照)、その後、10月5日にTPP閣僚会合(米国アトランタ)で、ベトナムを含めてTPP交渉が大筋合意に至ったことで、迅速な対応を迫られた欧州委は、大筋合意から約4ヵ月でベトナム政府との最終調整を終え、2015年12月2日に同FTAの最終合意に達した(2015年12月10日記事参照)。
今後、同テキスト案は法的な審査を経て、EUの公用言語への翻訳作業や批准などの法的手続きを行うため、発効は1年以上先になる見通しだ。
<ISDSに代わる制度で投資の活性化に期待>
欧州委のセシリア・マルムストロム委員(通商担当)は同テキスト案公開の発表の中で、同FTAはEU域内企業のビジネスや貿易の拡大に貢献するだけでなく、「(投資家と国家間の紛争解決のための)投資裁判所制度を通じた、新しい投資紛争解決手続きに支えられ、質の高い投資が活性化する」とした。
同委員が指摘した「投資家と国家間の紛争解決のための投資裁判所制度」とは、従来のISDSに代わるものとして、EUが近年の通商交渉で提案している投資紛争解決システムのことだ。ISDSの下では、私人である投資家と投資国政府との間で投資紛争が起きた場合、投資家が政府を相手取って直接、国際仲裁機関に解決を付託することができ、このISDS条項はTPP協定にも盛り込まれている。
しかし、環境や安全・衛生分野で世界でも先進的なルールや基準を確立してきたと自負するEUでは、ISDSに基づく国際仲裁システムによってEU独自のルールや基準が否定あるいは無効にされるリスクがあるとの危機感が市民レベルでも根強い(議論の詳細はジェトロ調査レポート「EU米国間の包括的貿易投資協定(TTIP)交渉の進捗状況」20ページを参照)。このため、欧州委は2015年9月16日に、ISDSに代わる投資家と国家間の紛争解決手段として投資裁判所制度を提案した経緯がある。欧州委は特にTTIP協定交渉を意識して投資裁判所制度を提案してきたと考えられるが、その他のFTAや投資協定の交渉でも提案するとしている。この意味で、ISDS条項のあるTPP協定署名国であるベトナムに、EU独自の投資裁判所制度を認めさせた点は対外的にアピールしたい成果といえるだろう。
<品目ごとの関税低減計画も開示>
テキスト案によると、関税については個別品目ごとに削減・撤廃スケジュールが定められている。
(1)協定発効と同時に「即時撤廃」となるもの【カテゴリーA】
このほか、協定発効から均等段階的に撤廃されるものは以下のとおり。
(2)4年目に「撤廃」されるもの【カテゴリーB3】
(3)6年目に「撤廃」されるもの【カテゴリーB5】
(4)8年目に「撤廃」されるもの【カテゴリーB7】
(5)10年目に「撤廃」されるもの【カテゴリーB9】(ベトナム側のみ)
(6)11年目に「撤廃」されるもの【カテゴリーB10】
(7)16年目に「撤廃」されるもの【カテゴリーB15】(ベトナム側のみ)
ただし、これらに該当しない特殊な関税削減・撤廃スケジュールも一部定められた。ベトナム側の自動車関連品目の一部は「除外」、EU側の一部の果物および野菜に課される特別税も維持される。
なお、テキスト案の詳細は、EU・ベトナムFTA協定合意文書(2016年1月時点)(欧州委ウェブサイト)で閲覧できる。EU側の関税撤廃スケジュールはEU側譲許表で、ベトナム側の関税撤廃スケジュールはベトナム側譲許表で、個別品目ごとに現行関税率とともに参照できる。
なお、マルムストロム委員は、今回のテキスト案公開の意義は「透明性の高い通商政策のための強い意識」にあるとしている。EUは本件以外も含めて通商交渉の透明性・情報公開を重視しており、今回の協定全文の公表もその一環ということになる。
(前田篤穂)
(EU、ベトナム)
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