特集:中小企業の海外ビジネス、成功の秘訣高千穂の乾しいたけを練られた戦略で世界へ/杉本商店(宮崎県)

2023年1月5日

日本の神話の発祥の地として知られる宮崎県高千穂。古くから続く深い森林の中では、今でも多くの生産者が世界最高峰の品質を誇るシイタケを栽培している。そんな高千穂の地で、農家から仕入れた乾しいたけを世界に販売しているのが、杉本商店だ。現在、同社の輸出は世界20カ国にも及び、売り上げの10%を海外が占めている。また、海外売り上げの多くは、伝統的にシイタケを食する文化のない欧米の国々向けだ。背景には、同社が数々の経験の中から編み出してきた、突出した戦略がある。同社代表取締役の杉本和英氏に話を聞いた(インタビュー日:2022年9月2日、11月11日)。


杉本和英氏。シイタケを模したかぶり物は展示会出展時のマストアイテム (ジェトロ撮影)
事業内容 乾しいたけなどの販売
従業員数 25人
創業 1954年(1970年、株式会社に改組)
主な進出市場 米国、欧州各国など

生産者を守るため、海外BtoB販売へ

杉本商店が海外販売へ大きくかじを切ったのは2018年。家業を継ぐために高千穂に帰郷して間もなかった杉本氏は、乾しいたけの国内での販売促進に困難を感じていた。スーパーなどでさまざまなプロモーションを行った結果、市場の関心が「価格の安さ」に向いていることが分かったのだ。もとより、杉本商店が扱う乾しいたけは原木栽培(注1)によるもので、高品質の代わりに栽培の手間がかかり、菌床栽培(注2)の乾しいたけと比して高価格になることは避けられない。かといって、販売価格をいたずらに下げて国内市場での競争に挑むことは、生産者からの買取価格を下げることを意味する。これでは、幼いころからなじみの、高千穂地域のシイタケ農家の暮らしを守ることができない。

そこで、杉本氏は海外のBtoB販路に目を向けることを決めた。背景にあったのが、先行して米国・EU向けに行っていた越境ECでのBtoC販売だ。従来、米国・EUのアマゾンには「Dried Shiitake」カテゴリーが存在し、主に中国産の安価な乾しいたけが流通していた。杉本商店は2017年ごろ、米国・英国のアマゾンで、乾しいたけの出品を開始。売り上げは徐々に増加し、高品質・高価格でも、海外顧客の一定の需要があることを確認していた。

とはいえ、これらの越境ECでの販売は、あくまで注文を受けた都度、消費者に向けて商品を発送するBtoCビジネス。大量の商品を現地の卸売業者に販売するBtoBビジネスとは異なり、1回の注文の売上高も比較的少額だった。海外にBtoBの販路を求めることは、杉本商店にとっては新たな挑戦だ。「海外ビジネスというとやはり、コンテナ満載の商品を外国に送るような、スケールの大きいものをイメージしていた。海外向けのBtoBビジネスには憧れがあった」と杉本氏は言う。


杉本商店が仕入れする生産地の1つ。
竹林の中にあるシイタケ農地は珍しく、海外バイヤーも関心を示すという(ジェトロ撮影)

「日常風景」に見いだした商機

海外へのBtoB販売の糸口をつかむべく、杉本氏は国内外の展示会や商談会への出展を続けた。しかし、当初の反応は芳しくなく、冷ややかな言葉も多く聞かれたという。「輸出に取り組むと関係者に話すと、『乾しいたけそのままでは、シイタケになじみのない海外市場に大規模輸出はできない。シイタケをベースに、市場ニーズに合わせた加工食品を開発すべき』という意見をもらうことが多かった」。しかし、杉本氏はその方針を取らなかった。「加工によって商品に付加価値をつけることは、原料はなるべく安い方がよいということを意味する。また、商品を競合に模倣されるリスクも高まる。結局、高千穂という土地の特異性や、生産者の生活を守ることができないと考えた」。素材そのものの良さを武器に商機をつかむべく、暗中模索の日々が続いた。

1つの転機となったのが、日本国内の輸出エキスポでの出来事だ。杉本商店のブースを訪れた外国人のバイヤーがブースに何気なく掲示していた原木栽培の写真を見て、「こんな風景は見たことがない」と異口同音に驚きを見せたのだ。海外産の安価な乾しいたけは菌床栽培が主流で、原木での栽培はまれだ。シイタケは屋内で育つものという常識を持っていた海外バイヤーに、霧深い山林の農地で育つ杉本商店の乾しいたけが驚きをもって受け入れられたのも、無理からぬ話だった。


生産者の農地の1つ。
立ち並ぶクヌギの原木には、ところどころにシイタケが芽吹いている(ジェトロ撮影)

原木に打ち込まれた駒木の跡。
シイタケの種菌を付着させた杭状の駒木を1つの原木に複数打ち込み、菌糸が原木内に広がるのを待つ。シイタケが芽吹くまでには約2年間を要する(ジェトロ撮影)

生産環境という点で海外バイヤーを感嘆させたのは、原木栽培の光景だけではなかった。例えば、杉本商店ではシイタケ農家が持ち込んだものをその場で現金で買い取りする商取引を長年続けている。杉本氏が重きを置く「生産者を守る」という考えを体現する一例だが、このような地域社会への貢献という観点も、「持続可能な開発目標(SDGs)」の重視や、エシカルな消費を追求する社会的潮流に呼応したものだ。 杉本氏が幼いころから慣れ親しみ、日常の風景として捉えていた原木栽培や商品仕入れの背景が世界でも特異なものであり、そのまま海外バイヤーへの訴求価値になることに気づいた瞬間だった。

「高千穂の乾しいたけの質を伝えた後、海外バイヤーに、杉本商店がどのように自然環境や地域社会の課題に取り組んでいるかを伝えると、『買わない理由がない』とのお声をもらうようになった。商品そのものの魅力あってのことだが、『最後の一押し』として、生産の背景は非常に重要な訴求ポイントになっている」と杉本氏は言う。


杉本商店に農家が持ち込んだ乾しいたけ。
日によっては、買い取り査定を待つ生産者が長蛇の列を作ることも。
買い取り後は、選別・加工等を経て出荷される(ジェトロ撮影)

植物由来のうま味でビーガン市場に訴求

2019年、杉本商店はさらなる転機を迎えた。ドイツのベルリンで行われた日本食のプロモーションイベントで、杉本氏は大量の乾しいたけを販売用として会場に持参。しかし、イベント開始直前になって、ブースでの商品販売が規定で禁止されていることを知る。苦肉の策として、煮物にして、試食品として提供することに。その数、1,200食に及んだ。

すると、これが大反響を生む。「乾しいたけ特有の、植物由来のうま味に驚いた来場者から、今すぐこの場で売ってほしいという声が何件も聞かれた。また『ビーガン志向の消費者に受けるのではないか』との意見もあり、欧米に多いビーガン層がターゲットになることに気づいた」。肉や魚由来の食材を一切摂取しないビーガン志向の消費者にとって、動物由来の素材を用いずに日々の料理にうま味を加えることは大きな課題となる。乾しいたけそのものは欧米の消費者になじみのないものだったが、強烈なうま味はそのようなビーガン消費者のニーズを十二分に満たすものだったのだ。

以降、海外での販促に当たっては、乾しいたけが肉の代替としての役割を果たすという点を主要なアピールポイントの1つに据えるようになった。また、ビーガン消費者層が多く、購買力の高い欧米のローカル市場を主要なターゲット市場とした。杉本商店の乾しいたけを扱う海外レストランのシェフやバイヤーの中には、粉砕した乾しいたけを肉の代わりにギョーザのタネに用いたビーガン用を考案するものや、欧州料理に肉の代替として乾しいたけを利用したビーガン仕様のメニューを作り出すものもおり、洋の東西を問わないさまざまな料理に乾しいたけが活用されるようになったという。


ビーガン仕様のシイタケの煮物を試食品として配る杉本氏。
煮物は、動物由来の原料不使用にもよらず、肉や貝類を思わせるうま味と弾力がある。
「シイタケを知らないバイヤーにも、キノコであることが一目でわかるよう、
あえてシンプルな煮物で提供している」と杉本氏(杉本商店提供)

「見せ方」にも工夫を

生産の背景とビーガン向けの商品特性という2点を主な武器として、海外販路拡大のきっかけを切り開いた杉本氏。一方で、海外展開への課題が直ちに霧消したわけではなかった。 「生産地の背景という点でいえば、原木栽培や地域社会との共存などについて、限られた商談時間でバイヤーに伝えるのは難しい。ビーガン消費者向けという強みも、シイタケになじみのない欧米の消費者に対しては、『シイタケとはそもそも何なのか』から、わかりやすく伝えなければならなかった」。 この課題解決のために、杉本氏が着手したのが、乾しいたけという商品の「見せ方」の改善だ。

生産の背景という点に関しては、専門の業者に委託し、高千穂での原木シイタケ栽培の様子や生産者へのインタビューを撮影。英語字幕を付け、3分程度の動画を製作した。文字や写真だけでは伝えきれない生産現場の空気感を視覚的にわかりやすいかたちでバイヤーに伝えることが狙いだ。また、バイヤーが味わいを想起しやすいよう、海外での展示会や商談会で、試食品を口にした人々がそのうま味に驚く様子も撮影し、編集して1本の動画とした。これらの動画は、新型コロナ禍の中で主流となったオンライン商談の冒頭で、海外バイヤーに視聴してもらうほか、リアル開催の展示会での自社ブースに用意したモニターでも再生するようにした。結果として、商談相手のバイヤーからは、取引に向けたより具体的な質問が出るようになったという。

動画のほかにも、プロの料理写真撮影家に依頼して撮影した乾しいたけの活用レシピなども、SNSを用いて発信するようにした。色とりどりの料理写真には英語のキャプションをつけ、海外消費者やレストランのシェフなどに、SNS上で高千穂シイタケの魅力を直接訴求できる態勢を構築した。

杉本氏いわく、「バイヤーや消費者が購買行動を起こすのは、『驚き』と『感動』を感じたときのみ」だという。動画やSNSの活用は、シイタケを知らないバイヤーや消費者に「驚き」と「感動」を喚起するため、試行錯誤の中で練り上げていった戦略だ。


米国でのイベントで、乾しいたけを用いた完全植物性の「Zen ミネストローネ」を食する
消費者の反応を記録した映像(杉本商店Youtubeから)
生産の背景を説明するために製作した動画(英語字幕付き、杉本商店提供)(vimeo.com) 外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

各国に「チーム」づくり、世界に広がるシイタケの魅力

現在、杉本商店の海外輸出は、従来の越境ECサイトでの販売と合わせ、BtoB販売でも実りつつある。一方で、当初に思い描いた「コンテナを満載にする」ほどのBtoB輸出にはまだ道半ばだという。「BtoB販路をさらに拡大するためには、シイタケそのものや、他の産地と高千穂の乾しいたけの違いを海外市場に理解してもらうことが不可欠だ」と杉本氏は語る。そのために、近年では海外の展示会や商談会への出展に加え、官民さまざまなパートナーと協働した食のワークショップ開催のためにも、世界各国を飛び回るようになった。それらの取り組みは、シイタケの魅力を現地市場に伝えるだけでなく、杉本商店の理念に共感する「チーム」を各国に作り出すきっかけにもなっているという。「中小企業が世界の市場で勝負するには、各国で出会った人とのつながりを大事にし、協力を仰がなければならない。『チーム』作りのためには、現地に直接足を運ぶことが極めて重要だ」。現場を大切にする杉本氏の理念は、高千穂という生産地においてだけでなく、販売先の各国でも一貫している。


インドの調理学校で開いた杉本商店の乾しいたけを用いたワークショップの様子(杉本商店フェイスブックから)

シイタケの安定した栽培が可能になったのは20世紀初頭だ。それまで、栽培は山中に浮遊するシイタケの種菌が自然に原木に活着するのを待たねばならず、このことから、昭和初期まで極めて希少な作物だった。杉本氏の幼少時も、高千穂地域のシイタケ農家では、出荷前の乾しいたけを床の間で大切に保管している光景がよく見られたという。今日、乾しいたけはより身近に食されるようになり、世界各地にもその魅力が伝わりつつある。一方で、生産者や杉本商店がシイタケを尊ぶ思いは、古来から少しも変わっていない。


高千穂で秋から冬にかけて発生する雲海。
シイタケ農地を包み込む雲海が与えるかすかな水分は、良質なシイタケの発育に不可欠なものだという
(ジェトロ撮影)

注1:
切断した天然の木材に種菌を打ち込み、自然環境下でキノコ類を育てる栽培方法。
注2:
栄養体を混ぜた人工の培地(菌床)に種菌を打ち込み、空調管理をした屋内でキノコ類を育てる栽培方法。
執筆者紹介
ジェトロ宮崎
岡田 脩太郎(おかだ しゅうたろう)
2018年、ジェトロ入構。ジェトロ・ビエンチャン事務所などを経て、2021年10月から現職。

この特集の記事

※随時記事を追加していきます。

ご質問・お問い合わせ