WTOの上級委員会、委員が1人となり実質的に機能停止
(世界)
国際経済課
2019年12月12日
WTOでは12月10日、紛争処理制度の最終審に当たる上級委員会(以下、上級委)に、新たに2人の欠員(ウジャル・シン・バティア委員長、トーマス・R・グラハム委員)が生じ、同委員会は実質的にその機能を停止した。上級委に既に付託された13件の案件のうち10件は、委員の補充が果たされない限り、審理の続行は不能になると報じられている。
活用されてきたWTOの紛争解決システム
WTOには、貿易政策や措置をめぐり加盟国間で紛争が起きた場合に備え、紛争解決手続きが設けられている。当事国間での協議が不調に終わった場合、まず紛争解決小委員会(パネル)に案件が付託される。そのパネルの報告に対し不服があれば、当事国はさらに常設の上級委に申し立てることができる。
WTOにおける紛争処理件数は、WTO発足直後にピークを迎えた後、直近では2018年に、米国の通商拡大法232条関連の提訴が相次いだことにより38件と多かった(図参照)。1カ月当たりに進行中の紛争案件数は、同年に42件と過去最多となった。WTOの発足後、2019年11月末までに提起された紛争は累計592件に上る。うち、パネルでの審理は300件を超え、上級委の報告書は161件採択されている。
反対の米国が後任選考プロセスを阻止
2017年以降、上級委の委員が相次いで任期を迎え、あるいは自発的に退任してきたが、定員が本来7人のところが3人に減少し、欠員が生じたままの状態が長く続いた。そして、この12月10日をもって、残る委員は中国出身のホン・ジャオ氏1人となり、3人から構成される上級委員がついに構成できない事態となった(表参照)。
背景にあるのが、米国現政権のWTO紛争解決手続きに対する強い不満だ。具体的には米国は、上訴申し立てから報告書送付までの期限が守られていないことや、紛争解決に必要でない勧告的意見の存在など、複数の問題点を提示していた。米国はこうした懸念を理由に、全WTO加盟国のコンセンサスを要する上級委員の選考プロセスを阻止してきた。
この事態に対応しようと、日本も含め複数の加盟国から、米国の懸念に対処しつつ紛争解決手続きを改善するための各種提案がされてきたが、意見の集約には至っていなかった。特に米国は2019年11月に入り、強硬姿勢を一段と強め、この上級委問題を背景にWTOの2020/2021年予算成立をも阻止する構えをみせていた。
2国間協議やパネル自体などは存続するものの、2審制による紛争解決プロセスで公平性と信頼性が増していただけに、上級委改革は喫緊の課題だ。12月9日から11日にかけて開催された一般理事会では、議長ら上級委の問題を引き続き議論することを表明した。「仲裁」〔紛争解決に係る規則および手続きに関する了解(DSU)第25条〕を代替手段として用いるなどの、紛争解決機能の強化に向けた議論の行方が注目される。
(吾郷伊都子、朝倉啓介)
(世界)
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