ITC、洗濯機の輸入による国内産業の損害を認定-サムスンとLGの進出先の議員には擁護の声-

(米国、韓国)

ニューヨーク発

2017年10月19日

米国国際貿易委員会(USITC)は10月5日、家電大手ワールプールの要請に基づき実施していた家庭用大型洗濯機に関する緊急輸入制限措置(セーフガード措置)の発動調査について、輸入が国内産業の損害の実質的要因となっていると認定した。USITCは12月4日までに措置内容の勧告を含めた報告を大統領に行い、大統領は報告受領後60日以内に実際の措置の内容を決定する。今回のセーフガード措置の標的として挙げられているサムスン電子とLGエレクトロニクスの韓国企業2社は、2017年に入ってから米国での工場設立を発表しており、進出先の議員は両社を擁護している。

セーフガード措置の発動調査に基づく認定

USITCは10月5日、家庭用大型洗濯機に関するセーフガード措置の発動調査に基づき、同製品の輸入増加が国内産業の重大な損害の実質的要因になっていると認定外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますした。USITCは10月19日に公聴会を実施し、12月4日までに措置内容の勧告を含めた報告を大統領に行う。

大統領はUSITCの報告を受け、一定期間(原則4年以内、最長8年)に限り、関税引き上げや輸入数量割当などの輸入制限措置を導入することができる(注1)。関税は現行関税の50%までの引き上げが、輸入数量制限を行う場合には、輸入量が直近の代表的な3年間の平均を下回らない範囲での適用が認められている。大統領は、USITCからの報告受領後60日以内に措置の内容(実施の有無を含む)を決定し、決定後15日以内に当該措置を実施する必要がある。

USITCは9月22日にも、太陽光発電パネルに対するセーフガード措置の発動調査について、国内産業の損害を認定している(2017年9月29日記事参照)。トランプ大統領がいずれかの調査に基づいて輸入制限措置を発動すれば、鉄鋼輸入に対してブッシュ(子)大統領が行った2002年以来のセーフガード発動になる(調査も2002年以来、注2)。

セーフガード措置は、アンチダンピング(AD)など他の貿易救済措置とは異なり、原則、全ての貿易相手国からの輸入が対象になる。しかし、WTO協定と整合的に運用するためには、輸入増加と国内産業の損害の因果関係を証明することなど、厳しい発動条件を満たす必要があり、上述のとおり適用期間も限られる。このため、輸入制限措置の導入を求める企業は、セーフガード措置ではなく、ADや補助金相殺(CVD)措置など他の貿易救済措置の発動を政府に働き掛けることが多い。

貿易政策の方向性を左右する節目に

貿易救済措置に詳しいピーターソン国際経済研究所(PIIE)シニアフェローのチャド・バウン氏は、トランプ大統領がセーフガード措置により新たに関税を課せば、数百ものその他の製品の製造業者から同様の措置の導入を求める声が押し寄せる可能性があるとして、「米国の貿易関係を左右する重要な節目(Pivotal Moment)」と分析している。

なお、米国が締結する自由貿易協定(FTA)の実施法には、FTA締結国からの輸入が米国の国内産業の深刻な侵害に大きく寄与していない場合に、これらの国からの輸入に対してセーフガード措置の適用を除外できる規定が盛り込まれている。USITCは、今回の損害認定において、国内産業の損害に対するFTA締結国からの輸入の影響を否定した。トランプ大統領はこの決定に基づき、今回のセーフガード措置の適用対象からFTA締結国を除くことができる。

調査要請側は迂回行為への対抗措置と主張

調査を要請した米国家電大手ワールプール(本社:ミシガン州)は、USITCの決定を歓迎する声明を出している。同社は、サムスン電子とLGエレクトロニクスの韓国企業2社が生産活動の移転により米国のAD措置を回避し続けてきた(注3)と批判している。全ての国からの輸入に対して貿易制限を行うセーフガード措置は、両社の迂回行為に対応するために米国政府が取れる「唯一効果的な方法(only effective means)」と述べている。

一方、サムスン電子とLGエレクトロニクスはダンピング輸出を否定している。両社製品が米国市場に受け入れられているのは価格ではなく商品の革新性が理由で、ワールプールの市場シェアの縮小は消費者の好みの変化に対応できていないことにあると反論している。

ワシントンの通商弁護士は、国内産業の損害認定において、USITCが迂回措置の有無を判断材料に含めたとは考えにくいと述べている。他方で、「一般的に米国人は自由貿易を支持する一方、外国企業や政府の『不公正』な貿易措置に対して保護主義的な措置を取ることには受け入れる傾向が強い」とし、外国企業の不公正な貿易措置への対抗策としてセーフガード措置を位置付ける方法は政治的なメリットがあると分析している。

サムスンとLGの両社は米国での生産開始を発表

サムスン電子とLGエレクトロニクスは2017年に入り、米国での洗濯機製造工場の設立をそれぞれ発表している。

サムスン電子は6月28日、サウスカロライナ州ニューベリー郡に38億ドルを投じて家電工場を開設すると発表した。キャタピラーが閉鎖した工場を引き継ぎ、2018年から洗濯機などの生産を行い、2020年までに954人の雇用を創出すると発表している。

LGエレクトロニクスは2月28日に、テネシー州モンゴメリー郡に82万9,000平方フィート(約7万7,000平方メートル)の新工場設立を発表している。新工場は2019年から稼働の予定で、洗濯機などの家電を製造し、少なくとも600人の正規雇用をもたらすとしている。また、ニュージャージー州バーゲン郡の北米本社の拡張を行っており、同社によるとこの拡張で、現在500人の従業員数を2019年までに1,000人以上に増やす予定だ。

サムスン電子はUSITCの決定を受けて声明を発表し、サウスカロライナ州での工場開設に引き続き取り組むとしながら、「USITCは、貿易救済措置の発動がこの工場開設を妨げ、米国の消費者に影響を及ぼす可能性を慎重に考慮すべきだ」と、米政権を強く牽制している。

ワールプールは、完成品の洗濯機だけではなく、主要部品もセーフガード措置の対象にすべきと主張している。サムスン電子とLGエレクトロニクスが、部品を輸入して現地で組み立て作業だけを行う工場を設立し、セーフガード措置の適用を再び回避する可能性があるとしている。

トランプ政権がジレンマに直面との報道も

LGエレクトロニクスとサムスン電子の工場立地予定先の連邦議会議員らは、両社の擁護に回っている。

通商専門誌「インサイドUSトレード」(10月5日)によると、テネシー州のマーシャ・ブラックバーン下院議員(共和党)は10月3日、USITCのロンダ・シュミッドトレイン委員長宛てに書簡を送り、両社の米国投資を引き合いに出しながら、これらの投資を危険にさらすことがないよう求めている。ブラックバーン下院議員は、上院外交委員長のボブ・コーカー議員(共和党、テネシー州)と共に、LGエレクトロニクスの工場開所式にも参加している。

サウスカロライナ州のラルフ・ノーマン下院議員(共和党)は、USITCの損害認定に先駆けて9月7日に実施した公聴会において、サムスン電子を擁護した。また、同議員は、下院歳入委員会貿易小委員会少数党筆頭委員のビル・パスクレル議員(民主党)やレオナルド・ランス議員(共和党)などニュージャージー州選出の下院議員4人やテキサス州選出の下院国家安全保障委員長マイケル・マッコール議員(共和党)と共に、ワールプールの申請の却下を求めるレター(書簡)をUSITCに送付している(「インサイドUSトレード」9月7日)。ニュージャージー州にはサムスン電子とLGエレクトロニクスが米国本社を置いており、テキサス州にはサムスン電子の半導体工場がある。

他方、ワールプールの拠点があるオハイオ州選出のシェロッド・ブラウン上院議員(民主党)とロブ・ポートマン上院議員(共和党)、パット・ティベリ下院議員(共和党)は、前述の9月7日の公聴会においてワールプールの主張を支持した(「インサイドUSトレード」9月7日)。

トランプ政権は、外国企業が「不公正」な輸出を行い米国企業に損害を与えていると批判する一方、米国での雇用創出につながる外国企業の投資は歓迎する姿勢を示してきた。ウィルバー・ロス商務長官は、サムスン電子とLGエレクトロニクスの両社の式典に参加しており、LGの工場開所式では「この投資や雇用創出は、まさに政権が米国労働者のために求めている種類のものだ」と発言している。

ロイター通信(10月4日)は、両社が大統領選挙後に米国投資を発表していることから、トランプ政権は「米国製造業者の利益と外国企業による投資のどちらに重きを置くか、どちらの雇用が大事と判断するか」というジレンマに直面していると報じている。

(注1)大統領が取り得る措置は、1974年通商協定法203条(a)(3)項で規定されている。これらの措置には、関税の賦課・引き上げ、関税割当・輸入割当の実施のほか、外国との通商交渉による解決や国内の産業構造調整に向けた調整援助措置の実施などが含まれる。

(注2)WTO発足後の1995年1月から2017年6月末までに米国が発動したセーフガードは6件。

(注3)米国政府はワールプールの要請に基づき、サムスン電子とLGエレクトロニクスの家庭用大型洗濯機の輸出にAD措置を適用してきた。2013年2月に韓国とメキシコからの輸入へのAD措置の発動を決定したほか、2017年1月には中国からの輸入に対しても発動している。ワールプールは、両社が韓国とメキシコから中国へ、次に中国からタイとベトナムへと生産拠点を移すことで、米国のAD措置を回避してきたと批判している。

(鈴木敦)

(米国、韓国)

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