ナイル川ダムめぐる周辺国の対立、背景には人口増加(エチオピア、エジプト、スーダン)

2021年8月17日

急速な人口増加やデジタル化の進展など、アフリカの長期的な経済発展には世界の期待が集まる。その一方で、拡大する人口を養うに十分な食料の生産や、経済成長に伴い拡大する電力などのインフラ需要への対応が大きな課題だ。ナイル川流域では、アフリカでも指折りの人口を抱え、経済成長も著しいエチオピア、エジプト、スーダンが1つの水源を共有し、争いの火種となっている。

エチオピアは2021年7月5日、大雨季の始まりにあたり、前年に続いて2回目のグランド・ルネッサンス・ダム(注1)の貯水を開始、7月19日には早くも予定水位に達した。このダムは、建設開始から約10年が経過する。しかし、水力発電で電力需要を満たしたいエチオピアと、ナイル川の水量減少を懸念するエジプトとスーダンの下流2カ国との間で、貯水期間や水量制限などに関する交渉が難航している(2020年1月23日付ビジネス短信参照)。同ダムをめぐる双方それぞれの主張を報告する。

水資源活用権を訴えるエチオピア

エチオピアでは、人口の70%以上が年齢30歳未満で、就学中の児童・生徒は3,000万人以上だ。国連は、2032年にエチオピアの人口が1億5,000万人に達し、2049年には2億人を超えるとみている。それに伴って、電力需要は、今後増大していくことが避けられない。さらに、2019/2020年度では1人当たりの消費電力154.74キロワット時(kWh)にとどまるも、増大する見込みだ。これに対して、グランド・ルネッサンス・ダムで備えていきたいというのがエチオピアの考えだ。このダムの設備容量は計画時で6,450メガワット(MW)に及ぶ。

また、同国では地下水源に目立ったものがないという事情もある。内陸国のため海洋淡水化も望めない。結果、利用可能な水源の約7割をナイル川(いわゆる青ナイル)の流域水系に頼るのが現状だ。また、現時点で約2,500万人がきれいな水を利用できない。国内では、将来の水資源確保に備え、国を挙げて植林プロジェクト「緑の遺産」(注2)を進めている。

このように、エチオピアにとってダムに対する期待は大きい。もっとも、その建設には遅れが発生。総工費は50億ドル規模に及んでいる。これにはダム建設国債などのかたちで国民が拠出する自国財源が充てられている。

エチオピアのダム問題への姿勢は「アフリカの問題はアフリカで解決する」というものだ。近年では、アフリカ連合(AU)議長国元首の仲介(注3)の下、下流国の水利用に支障がないようにダムを運用することが繰り返し明言された。貯水そのものは、ダム建設の一環として2015年に当事3カ国で合意・署名した基本原則に示されていた。今回の貯水についても必要な情報を積極的に開示し、エジプトやスーダンの懸念払拭(ふっしょく)に努めていると主張する。そもそも、グランド・ルネッサンス・ダムは、AUが採択した「アフリカ・インフラ開発プログラム(PIDA)」にも列挙され、このプログラム自体が地域統合と相互の発展を目的としたものだ。シレシ水・灌漑・エネルギー相は国連安保理で、スーダンにとってグランド・ルネッサンス・ダムはエジプトにとってのアスワンハイダムの役目を果たすと指摘。ダム建設がスーダンの干ばつや洪水被害を抑制すると、その利益を説いている。

エチオピアにとって、ダム建設は主権の問題で、国の威信をかけたプロジェクトでもある。シレシ大臣による国連安保理での「エチオピア国民にはナイル川を利用する権利があるのか否か」「同様にナイル川の水を飲むことが許されるのか否か」といった言葉がエチオピアの立場を端的に表している。水利権をめぐる問題は、当事国間の政治的意思と誠実な交渉と関与があれば、合意可能という立場だ。

エジプトとスーダンは交渉再開を要請

エジプトの人口は、2020年に1億人に達した。2050年には1億5,000万人まで増加すると予想される(2020年2月19日付ビジネス短信参照)。ナイル川からの農業・生活・工業用水の需要も増加する見込みだ。エジプト政府は水資源確保のため、水田の作付け制限や、海水の淡水化プロジェクトにも取り組んでいる。これまでも人口増加に合わせて、食料確保のため灌漑農業の土地を広げてきた。しかしエジプトは降雨が少なく、国土の約9割が砂漠で覆われている。水資源の約95%をナイル川に依存している。そのため、現在のナイル川の水量では将来的な水不足が懸念されている。その結果、国内では合意なく貯水を開始したエチオピアへの非難が強まった。

当事国間での合意を目指すエチオピア政府に対し、エジプト政府は、水制限交渉での米国やEU加盟国、アラブ連盟、AUなどに支援を求めてきた。7月8日の安保理で、サーメハ・シュクリー外相は、エチオピアによる一方的な貯水は違法とし、貯水停止を要請。同時に、これまでと同様にAUの仲介で3カ国間の交渉を再開することを求めた。

スーダンのマリアム・サーディック・マハディ外相は、同ダムの役割は認めている。しかし、合意のない貯水は許されないとし、AUの仲介による交渉を求めている。エチオピアが2年程度の短期間で貯水完了を計画していることに対し、スーダンは基幹産業であるナイル川流域での農業に必要な水量を確保すべく、2年以上の期間をかけて貯水するよう求めている。


注1:
エジプトのアスワンハイダムの貯水容量1,620億立方メートル(日本ダム協会)に対して、グランド・ルネッサンス・ダムは740億立方メートル(国際水力発電協会)。
注2:
「緑の遺産(Green Legacy)」計画の植林目標は5年間で200億本。なお、この2年間での植林実績は100億本に及ぶ。
注3:
2020年には南アフリカ共和国、2021年はコンゴ民主共和国(旧・ザイール)、それぞれの大統領がAU議長国を務め、仲介している。
執筆者紹介
ジェトロ・アディスアベバ事務所 事務所長
関 隆夫(せき たかお)
2003年、ジェトロ入構。中東アフリカ課、ジェトロ・ナイロビ事務所、ジェトロ名古屋などを経て、2016年3月から現職として事務所立ち上げに従事。事業、調査、事務所運営全般からの学びを日本企業に還元している。
執筆者紹介
ジェトロ・カイロ事務所
井澤 壌士(いざわ じょうじ)
2010年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産企画課(2010年~2013年)、ジェトロ北海道(2013~2017年)を経て現職。貿易投資促進事業、調査・情報提供を担当。

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