アジアの労務コスト比較、意外に大きい賃金水準の地域差
中央値と分布でみる賃金・給与のミクロデータ

2020年4月15日

ジェトロは毎年、海外進出日系企業を対象にアンケート調査を実施している。アジア・オセアニア地域では2008年度調査から職種別の月額基本給と年間実負担額の設問を加え、個社の賃金データから算術平均を計算し、米ドル建てに換算して比較している。しかし、個社データにはバラつきがあるため、平均値に加えて中央値も確認すると、現地の一般的な給与水準を把握しやすい。職種別の月額基本給データについて中央値と平均値、分布を比較したところ、国によってデータのばらつき度合いに差があることも分かった。また、本稿では従来よりも細分化した地域・エリア別に賃金水準を紹介し、最適な立地先を探す企業の調査材料となることを目指す。

マレーシアの賃金水準は、インドネシアよりも低い?

ジェトロは2019年8~9月、アジア・オセアニア(北東アジア、東南アジア、南西アジア、オセアニアの計20カ国・地域)に進出する日系企業に対し、現地での活動実態に関するアンケート調査を実施した(2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査参照)。同調査には、職種別の賃金(2019年8月時点)についての設問項目がある。日系製造業の作業員(正規雇用の実務経験3年程度の一般工と定義)の月額基本給の平均値をみると、中国では493ドル、タイでは446ドル、マレーシアでは414ドルという順であった。インドネシアでは348ドルと同3カ国より一段階低く、フィリピンとベトナムはともに236ドルでさらに低い水準という結果となった。

この作業員の月額基本給データについて、中央値(データを低い順に並べた場合に中央に位置する値)で比較すると、異なる結果が見えてくる。中央値は、集団の中で中間となる賃金水準で作業員を雇用している企業の水準であるため、感覚的には「一般的な水準」「普通の水準」に近くなることが期待できる。

中央値を計算してドル換算した結果が図1である。図1をみると、中国、タイ、マレーシアの3カ国では、平均値と中央値の乖離が大きいことが見てとれる。反対に、インドネシアやフィリピン、ラオス、パキスタン、バングラデシュでは乖離が少ない。

図1:在アジア日系製造業の作業員・月額基本給
(中央値と平均値の比較、単位:ドル)
中国、タイ、マレーシアの3カ国では、平均値と中央値の乖離が大きいことが見てとれる。反対に、インドネシアやフィリピン、ラオス、パキスタン、バングラデシュでは乖離が少ない。マレーシアとインドネシアを比べた場合、平均値でみるとマレーシア(414ドル)はインドネシア(348ドル)よりも高く、労賃でみると競争力はなさそうに見える。しかし、中央値ではマレーシア(331ドル)の水準はインドネシア(351ドル)よりも低いという結果になっており、この場合はインドネシアの方が高コストな印象を与える。

注:カッコ内は有効回答企業数。
出所:2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査の個票データより集計

あまりに平均値と中央値の乖離した国を、どのように捉えるべきであろうか。例えば、マレーシアとインドネシアを比べた場合、平均値でみるとマレーシア(414ドル)はインドネシア(348ドル)よりも高く、労賃でみると競争力はなさそうに見える。しかし、中央値ではマレーシア(331ドル)の水準はインドネシア(351ドル)よりも低いという結果になっており、この場合はインドネシアの方が高コストな印象を与える。

データの分布を確認するため、マレーシアとインドネシアの作業員の月額基本給の個票データについて、分布(確率密度曲線)をプロットした(図2参照)。同分布をみると、インドネシアでは350ドル付近の企業が突出して多いことが分かる。他方、マレーシアは300ドル前後である企業が最も多いのだが、分布がまばらで個社によって差が大きく、300ドルの数倍の賃金を支払っている企業も少なくないことが分かる。

図2:日系企業の作業員・月額基本給のデータ分布の比較
(マレーシア、インドネシア)
分布の各値の合計は1となる。一部の異常値は除いている。マレーシアは300ドル前後の企業が多いが、裾野が広く、分布はまばら。インドネシアは350ドル前後の企業が多く、分布は集中している。山がとがっているような分布になっている。

注:分布の各値の合計は1となる。一部の異常値は除いている。
出所:2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査の個票データより集計

マレーシアの賃金データのばらつきが大きい原因としては、同国の製造現場では比較的賃金が低いとみられる外国人労働者を活用している企業が多いため、外国人労働者が中心か、マレーシア人従業員が中心かで、企業の労務コストは大きく異なる点が挙げられる。マレーシアの最低賃金は2019年で1,100リンギ(262ドル、調査時点レート1ドル=4.19リンギで換算)であった。300ドル付近の企業については、最低賃金に近い水準で外国人労働者を雇用していると考えられる。

ただ、近年ではマレーシア政府から外国人労働者を減らす方針が打ち出され、年次雇用税(レビー)という外国人労働者を雇用する際の税負担を増やすといった動きがある。加えて、外国人労働者は数年で帰国するため、基礎研修を繰り返さなければならない煩雑性があり、技術的蓄積やノウハウも残らない。こうした企業側での負担感の増加もあって、最近では外国人労働者からマレーシア人従業員に切りかえる日系メーカーもある。マレーシア人は人口も少なく、労働力としては豊富でないため、賃金を400ドル、500ドルと高くしなければ、募集をかけても集まりにくい。

他方、インドネシアでは日系製造業の進出先がジャカルタから東部へ伸びるチカンペック高速道路沿線(西ジャワ州ブカシ県、カラワン県など)に集中しており、雇用する従業員の同質性も高いことから、個社ごとの賃金のばらつきはマレーシアよりも少ない。ブカシ県、カラワン県では、法定最低賃金が2019年時点で約423万ルピア(297ドル、調査時点レートの1ドル=1万4,242ルピアで換算)前後であった。この水準はジャカルタ首都圏を上回っており、同国内の他地域よりも格段に高い。インドネシアは人口も多く、労働力が豊富な中で、ブカシ県、カラワン県では最低賃金であってもワーカーは十分に集まる状況といえよう。そのため、データ分布上は300ドル~350ドル付近に回答数が集中している。

ベトナムの地方省の魅力

2019年度調査では、従前よりも細かい地域分類でアンケートを実施したため、より細分化して賃金水準を求めることが可能となった。同調査における最も細かい地域分類を用い、作業員の月額基本給の中央値を計算した結果が表1である。アジアで最も労働コストが低廉だとみられるのはバングラデシュ(99ドル、ダッカ周辺)、続いてパキスタン南部のシンド州(127ドル)、ミャンマー(138ドル、ヤンゴン周辺)といった順となった(注)。特に縫製業から注目されている地域が軒を連ねる。

ベトナム北部のハナム省(173ドル)やハイズオン省(181ドル)は5位と6位にランクインした。両省は同国のハノイ市(240ドル)やホーチミン市(257ドル)に比べて賃金水準が2割~3割ほど低い。昨今の拠点立地の際には「カンボジアやラオスを選択すべきか、ベトナムの地方省を選ぶべきか」という議論になるが、賃金水準だけに関して言えばベトナムの地方省はカンボジアやラオスと同水準か、それ以下の水準で雇用できる可能性がある。

また、インドについても州ごとの差がかなり激しい。ラジャスタン州(183ドル)とハリヤナ州(301ドル)は、同じインド北部であっても、カンボジアとマレーシアのペナン州ほど賃金水準が異なるので、進出計画を立てる際は、立地をより厳密に想定する必要があるだろう。

表1:作業員の月額基本給 地域別比較(中央値、省・州・都市圏別、単位:ドル)
順位 国・地域 地域(省・州・都市圏) 月額
基本給
有効
回答数
1 バングラデシュ バングラデシュ全体 99 20
2 パキスタン シンド州 127 10
3 ミャンマー ミャンマー全体 138 20
4 ラオス ラオス全体 164 14
5 ベトナム ハナム省 173 18
6 ベトナム ハイズオン省 181 14
7 インド ラジャスタン州 183 23
8 カンボジア カンボジア全体 183 30
9 ベトナム バクニン省 185 17
10 フィリピン セブ 204 10
11 ベトナム フンイエン省 208 33
12 フィリピン カラバルソン 211 25
13 インド タミル・ナドゥ州 213 19
14 ベトナム ダナン市 213 12
15 ベトナム ドンナイ省 225 47
16 ベトナム ビンズオン省 235 55
17 ベトナム ハイフォン市 238 37
18 ベトナム ロンアン省 238 14
19 ベトナム ハノイ市 240 44
20 フィリピン マニラ首都圏 252 12
21 インド カルナータカ州 253 29
22 ベトナム ホーチミン市 257 29
23 インド マハーラーシュトラ州 281 17
24 インド ハリヤナ州 301 34
25 インドネシア バンテン州 316 17
26 マレーシア ペナン州 322 17
27 中国 中山市 326 11
28 インドネシア 西ジャワ州 351 162
29 インドネシア ジャカルタ首都圏 351 34
30 中国 東莞市 354 17
31 中国 アモイ市 354 11
32 マレーシア セランゴール州 358 44
33 タイ EEC除く地域 390 191
34 タイ 東部経済回廊(EEC) 390 100
35 中国 青島市 425 25
36 中国 武漢市 425 15
37 中国 大連市 463 20
38 中国 天津市 474 10
39 中国 蘇州市 496 17
40 中国 広州市 496 13
41 中国 重慶市 524 13
42 中国 上海市 566 20
43 中国 成都市 566 14
44 中国 北京市 757 14
45 台湾 桃園県 1,035 13
46 台湾 台北市 1,083 18
47 シンガポール シンガポール全体 1,770 55
48 香港 香港特別行政区 1,913 18
49 ニュージーランド ニュージーランド全体 2,574 17

注:有効回答数10社以上の地域のみ。
出所:2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査の個票データより集計

地域ごとでスタッフ給与水準の差が激しいインド

非製造業のスタッフ(正規雇用の実務経験3年程度の一般職と定義)についても、作業員と同様の方法で中央値を確認してみる(図3参照)。製造業の作業員と異なり、スタッフ給与については、中国、マレーシア、タイでの平均値と中央値の乖離が小さいことが分かる。前述の通り、マレーシアやタイの製造現場では外国人労働者が多い企業かどうかなどで差が激しいとみられるが、非製造業のオフィスワーカーなどでは自国出身のスタッフが中心となるため、データの散らばりが少ないものと推察される。

他方、インドではスタッフ給与の平均値(703ドル)と中央値(562ドル)の差が激しい。細かいデータをみると、インドのスタッフ給与では金融・保険業などが他業種に比べて高く、平均値を引き上げている。また、州によってもデリー首都圏の中央値が674ドルであるのに対し、タミル・ナドゥ州では421ドルと、同じ国とはいえ州が変わると4割弱の差が生じていることが分かった。

図3:非製造業・スタッフの月額基本給
(中央値と平均値の比較、単位:ドル)
製造業の作業員と異なり、スタッフ給与については、中国、マレーシア、タイでの平均値と中央値の乖離が小さいことがわかる。他方、インドではスタッフ給与の平均値(703ドル)と中央値(562ドル)の差が激しい。

注:有効回答数10社以上の地域のみ。
出所:2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査の個票データより集計

スタッフの月額基本給の中央値を地域別にみると、最も給与水準が低いのはパキスタンのシンド州(253ドル)で、続いてスリランカ(281ドル)、バングラデシュ(296ドル)と、南アジア3カ国が上位を連ねた(表2参照)。この3カ国は現在、ITワーカーなどの供給地として期待される国々である。同3カ国に比べると、インドは最も低いタミルナドゥ州(421ドル)であっても前述の3カ国よりも100~150ドル程度高い給与を検討する必要がある。

インドネシアの西ジャワ州は、製造業の作業員の月額基本給はASEANの中でも高い水準であったが、非製造業のスタッフ(355ドル)ではミャンマー(360ドル)よりも低い結果となった。この理由には、同州の特殊性がある。前提として、本調査での非製造業のスタッフの給与水準は、大卒で社会人3年目程度のメーカーの販売会社や商社の営業職や事務職などのポジションで回答されており、製造業の作業員よりも大幅に高くなるのが普通だ。例えば、ベトナムでは作業員の月額基本給(中央値)は216ドルだが、スタッフでは519ドルである(図1、図2参照)。しかし西ジャワ州では、作業員が351ドルに対してスタッフは355ドルと、ほとんど差がないことが明らかになった。

日系企業の進出企業数でみると、インドネシアは他の主要ASEAN諸国と大差がない。しかし、大卒率が同程度と仮定しても同国は人口規模が大きいため、大卒者の絶対数は他のASEAN諸国よりも必然的に多くなる。大卒者の供給が多い一方、前述した通り、日系企業の多い西ジャワ州のブカシ県やカラワン県では法定最低賃金が高い水準で設定されている。それを大幅に上回る水準で雇用する必要がなくなり、作業員とスタッフの給与にほとんど差がない状況が生じる原因になっているとみられる。また、同国は中堅企業が少なく、一握りの大企業と大勢の零細企業という産業構造になっていることから、高学歴の人材であっても、給与を問わず大企業での職を希望するケースが多いようだ。

そのほか、ベトナムのダナン市(389ドル)は、ハノイ市(556ドル)やホーチミン市(519ドル)よりも25%~30%程度低く、フィリピンのマニラ首都圏(480ドル)やカンボジア(475ドル)よりも低い。例えば、コールセンターなどのビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)などの事業を行う上では適地と言えるかもしれない。

また、製造業・作業員では比較的低コストであったマレーシアでは、クアラルンプール(955ドル)がASEANではシンガポール(2,528ドル)に次いで高く、労務コストが高いというイメージ通りの結果となった。また、シンガポールのほか、香港、韓国、ニュージーランド、オーストラリアは、すでに日本の新卒並みか、それ以上の給与水準となっているのが実情だ。

表2:スタッフの月額基本給 地域別比較(中央値、省・州・都市圏別、単位:ドル)
順位 国・地域 地域(省・州・都市圏) 月額
基本給
有効
回答数
1 パキスタン シンド州 253 12
2 スリランカ スリランカ全体 281 17
3 バングラデシュ バングラデシュ全体 296 32
4 インドネシア 西ジャワ州 355 34
5 ミャンマー ミャンマー全体 360 108
6 ベトナム ダナン市 389 11
7 インド タミル・ナドゥ州 421 14
8 インドネシア ジャカルタ首都圏 435 179
9 ラオス ラオス全体 460 17
10 カンボジア カンボジア全体 475 57
11 フィリピン マニラ首都圏 480 46
12 インド カルナータカ州 492 28
13 ベトナム ホーチミン市 519 126
14 ベトナム ハノイ市 556 148
15 インド ハリヤナ州 597 58
16 インド マハーラーシュトラ州 632 29
17 タイ 東部経済回廊(EEC) 651 19
18 インド デリー首都圏 674 39
19 マレーシア セランゴール州 717 39
20 中国 重慶市 743 11
21 中国 成都市 750 16
22 タイ EECを除く地域 813 260
23 中国 大連市 814 30
24 中国 青島市 850 23
25 中国 武漢市 879 22
26 マレーシア クアラルンプール 955 55
27 中国 上海市 1,133 51
28 中国 広州市 1,133 10
29 中国 北京市 1,147 60
30 台湾 台北市 1,274 114
31 香港 香港特別行政区 2,296 241
32 韓国 ソウル市 2,313 48
33 シンガポール シンガポール全体 2,528 300
34 ニュージーランド ニュージーランド全体 3,053 34
35 オーストラリア ニューサウスウェールズ州 3,388 52
36 オーストラリア ビクトリア州 4,065 19
37 オーストラリア 西オーストラリア州 4,234 10

注:有効回答数10社以上の地域のみ。
出所:2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査の個票データより集計

アジアの賃金水準はこの10年で大きく変化したとみられ、以前は「低廉な労働力が得られる国」というイメージであったが、そうでなくなっている地域もある。1人あたりの所得水準が高い、有望な消費市場に成長したと捉えることもできる。同じ国の中であっても地域によって賃金・給与水準にばらつきがあるため、拠点の設置を検討する際はミクロなレベルで調査をするのが望ましいだろう。


注:
バングラデシュはダッカ周辺、ミャンマーはヤンゴン周辺に日系企業が集中しているため、両国では細かい地域区分をしていない。また、回答数が少ない国・地域は細かい都市区分をしていない。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課 リサーチ・マネージャー
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課(2009~2012年)、ジェトロ大阪本部ビジネス情報サービス課(2012~2014年)、ジェトロ・カラチ事務所(2015~2017年)を経て現職。

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